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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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ヴァルター商会――甘味の契約

 扉を押し込むと、頭上で真鍮の鈴がやわらかく震えた。

 外の喧騒が一瞬で遠ざかり、静寂が店内を満たす。

 きちんと磨かれた木床が、踏みしめるたびにわずかな光を返し、棚には瓶詰めの香辛料がぎっしりと並んでいた。

 どれも丁寧にラベルが貼られ、同じ角度で揃えられている。


 奥の方では、羽根ペンが紙を擦るやわらかな音が続いていた。

 そのリズムが不思議と落ち着きを与える。

 店番の青年が気配に気づき、顔を上げた。


「いらっしゃいませ……あれ? ハーフエルフの方ですか?」


 一瞬、驚きが青年の目に浮かんだ。

 けれど商人の矜持なのか、それをすぐに沈め、穏やかに会釈してみせる。


「ご用件を伺ってもよろしいでしょうか」


「ヴァルターさんにお会いしたいの。リブネ・モーアと申します」


 名乗った瞬間、青年の目がわずかに見開かれた。

 それは“知っている名だ”という反応だった。


「……失礼いたしました。少々お待ちください」


 青年が奥へと姿を消した後、店内には香辛料の温かな香りとインクの匂いが混ざり、静かに漂っていた。

 ナオキは棚のラベルを眺め、眉を上げる。


「……手書きでここまで揃えてるんだ。線まで同じ太さで書けるものなのか」


「商会の帳簿係はね、魔法より怖いのよ。数字と字面が乱れると、徹夜で書き直し」


 リヴは小さく笑ったが、その声の奥には緊張が隠れていた。

 ナオキはそれにすぐ気づき、そっと隣に立つ距離を縮めてやる。


 そのとき、奥の扉の向こうから低く響く声が漏れてきた。


「……ハーフエルフのリヴだと?」


 胸に響くような重い声だった。

 ナオキがそちらに視線を向けると、リヴは小さく息を吸い込み、胸元を押さえた。

 たったそれだけで、彼女がどれほど緊張しているかが伝わった。


 やがて扉が開き、香料と革の香りをまとった大柄な男が姿を現した。

 背が高く、銀混じりの髪を後ろで束ねている。

 灰色の瞳は鋭いが、どこか深い影も宿していた。


「……やはり君か。久しいな、リヴ」


 その声には驚きと、わずかな安堵が混じっていた。

 リヴは姿勢を正し、そっと微笑を浮かべる。


「ご無沙汰しています、ヴァルターさん。今日は……取引の話で伺いました」


 ヴァルターの眉が、ほんの少しだけ持ち上がった。


「ほう。取引とは珍しい。以前は、逃げるように姿を消したというのに」


「ええ。今回は逃げません。……彼と一緒だから」


 そう言ってリヴがナオキに視線を向ける。

 その一瞬だけ、彼女の瞳が頼もしさを宿したのをナオキは見逃さなかった。


「ナオキと申します。技術を担当しています」


「技術、か。実に曖昧だが……商人の世界では嫌いじゃない肩書きだ」


 ヴァルターの目が、値踏みするようにわずかに細まる。

 だが険しさではなく、興味がにじんでいた。


「では聞こう。この商会は“言葉より物”を信じる。何を持ってきた?」


 ナオキはリュックから金属缶と木箱を静かに取り出した。

 それらを机に並べ、ふたを開く。


 木箱の中には、均一な大きさに切り揃えられた角砂糖がぎっしりと詰まっていた。

 白く、淡い光を返し、寸分の狂いもなく揃っている。


「これは……前にリヴが置いていった角砂糖か」


 ヴァルターの眉がかすかに動いた。

 重役級の商人が初めて見るものではないが、ここまで整った形は異様だった。


「精製砂糖でさえ王都の貴族にしか回らんというのに……形を整え、そろえるなど職人技どころの話ではない」


「火加減と型があれば誰でも作れますよ。でも、熱の扱いと時間の見極めは……失敗すると一気に砂に戻ります」


「つまり、再現が極めて難しいということだ」


 ヴァルターは角砂糖をひとつ手に取り、軽さを確かめるように指で弾いた。

 その表情に、商人特有の静かな熱が宿る。


「これは……いい。持ち運びやすく、割って量を調整できる。王都で出せば金貨が動くぞ」


 ナオキは続けて金属缶を開いた。

 中には、宝石のような色を宿した果実飴が整然と並ぶ。

 赤、橙、淡い緑、琥珀色。光の角度で輝きが変わる。


 ヴァルターの視線が缶そのものに移る。


「この入れ物……鉄か? いや、それより軽い。なのに丈夫だ。蓋のここ、描かれているのは……果実の絵か? 本物に見える」


「塗装と印刷を合わせてます。湿気にも衝撃にも強いんです」


 ヴァルターは手のひらで缶を転がし、低く唸った。


「容器だけでも価値がある……職人では真似できん」


 リヴが一歩前に進み、言葉を継ぐ。


「中身は角砂糖をさらに加工したもので、果汁を煮詰めて香りと甘みを閉じ込めています。

 保存がきいて、薬草と合わせると咳止めにもなります」


 ヴァルターは飴をひと粒つまみ、光に透かし、口に含んだ。


 その瞬間、目が見開かれた。


「……これは……香りが層になっている。

 果実の甘み、蜜のコク、そしてほんの少し焦がしたような熱の香りまで」


「加熱温度を変えると甘さに深みが出ます。ただ……説明すると長くなるので」


 ナオキは穏やかに笑った。

 ヴァルターも口の中の飴を転がしながら、ゆっくりと笑う。


「……まいった。口の中が祭りだ」

「でしょう? 甘いものは、言葉より先に伝わります」


 リヴはその様子に小さく胸をなでおろした。


 だがヴァルターはふいに真顔に戻り、二人を鋭く見据えた。


「……だが、これは同時に危険でもある。

 “甘さ”は富を動かす。富が動けば、必ず誰かの怒りを買う」


 その言葉に、リヴがわずかに肩を震わせた。

 ナオキはその震えを見逃さず、そっと手を添えた。


「わかっています。でも、これは“分け合う”ための甘さです。

 疲れた人にも、遠くの人にも届くように。独り占めするためのものじゃない」


「分け合う、か。商売では最も危険な言葉だが……嫌いではない」


 ヴァルターは飴の缶を閉じ、深々と頷いた。


「角砂糖は王侯向け。飴は選ばれた顧客向け。……それなら扱える。

 うちの名で売ろう。独占契約でどうだ?」


 ナオキは静かに微笑した。


「まずは条件を聞かせてください。それから判断します」


「気に入った。……やはり君たちは、森から来た風変わりな商人だ」


 その言葉に、リヴはようやく深く息をつき、ほっと笑った。

 緊張で強ばっていた指先が、ほんの少しだけナオキの袖をつまんだ。


 香辛料の香りと甘味の余韻が混ざり合う室内で、

 二人にとって異世界での最初の契約が――静かに幕を開けようとしていた。

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