街の門で――再訪の甘味
昼下がりの街道を、乾いた風が走り抜けていった。
さらさらと土を巻き上げ、地平線の向こうまで続く平原を揺らしていく。
街ヴェルンの門の前には、長い列ができていた。
荷馬車の軋む音、馬の鼻息、人々の声。油と香辛料の匂いが空気に混ざり、森とはまったく違う、人の暮らしの熱が漂っている。
「やっぱり、簡単には入れないんだな」
ナオキの呟きに、リヴは耳を伏せ気味にして頷いた。
「身分証までは要らないけど……私たちは少し目立つと思う」
ナオキは自分の黒髪を指に絡め、苦笑を漏らす。
列の後ろから、旅人たちの視線が静かに、しかし確かに向けられていた。
ハーフエルフの少女と、東方の異人。
この地方では、どちらも珍しい。
順番が回ってくると、思っていたとおり、門番が眉を寄せた。
「おまえさん、どこの生まれだ。見かけない顔だぞ。
それに、そっちの娘は……混じりか?」
「森の出です」
リヴが一歩前に出て答えた。
「薬草師で、ヴァルター商会との取引の約束があります」
ナオキもすぐに続く。
「俺は助手です。試作品を納めに来ました」
門番の表情が、警戒と不審のあいだで揺れた。
「ヴァルター商会だと? あの大商会の名を出すとはな……証拠はあるのか」
ナオキはそっとポケットから小袋を取り出した。
掌の上に置いた琥珀色の飴玉が、昼の光を受けて淡く輝く。
「これを。ヴァルターさんに評価してもらった試作品です。よかったら、どうぞ」
門番は一度リヴの顔を見、それからナオキの手元を見つめ、慎重に飴を口に含んだ。
次の瞬間、目を見開いた。
「……甘い……。なんだこれ、こんな菓子は初めてだ」
「でしょう。今はヴァルター商会にしか卸してないので、ここで味わえるのは珍しいですよ」
門番は素直に頷いた。
「なるほど……確かに、あの商会の匂いがする。通っていい。中で確認してもらえ」
「ありがとうございます」
二人が門をくぐると、空気の色が変わった。
温かい風が吹き抜け、焼き立てのパンと香辛料の香りが鼻先をくすぐる。
ナオキは思わず立ち止まり、街の景色を見渡した。
石畳が整然と続き、赤い屋根が陽を受けている。
商人たちが声を張り、子どもが走り、どこかの家から鍋の匂いがした。
「……本当に、街なんだな」
「ようこそ、ヴェルンへ」
リヴは少し誇らしげに笑う。
門の先には、巨大な市が広がっていた。
通りの両側には屋台がぎっしりと並び、煙と香りと声が混ざり合って渦を巻いている。
干し肉が吊るされ、燻製の煙が白く揺れ、塩漬け肉の樽は強烈な香りを放っていた。
魚屋には干物がずらりと並び、山羊乳のチーズは酸味を帯びた香りで道行く人の足を止める。
黒パンと硬焼きパンが山と積まれ、子どもたちが籠を抱えて走り抜けていく。
犬が骨をくわえて横切り、どこかで商人同士の値切りが始まった。
「……活気がすごいな」
「音も匂いも、森の暮らしとは反対だから」
ナオキは周囲を見回しながら、軽く口元を押さえた。
「空気の半分が食べ物でできてるみたいだ」
「慣れたらお腹が鳴るよ。あっち、薬草市」
リヴが示した先には、束ねられたハーブが並ぶ露店があった。
乾いたセージにタイム、見慣れない紫の花。
瓶に詰められた淡く光る粉末は、魔力触媒だと札に書かれている。
「……魔法素材とスパイスの境界が曖昧だな」
「使う人しだいで薬にも毒にもなる。街では、その境目も商売になるの」
リヴの言葉には、少しだけ大人びた響きがあった。
市場のざわめきは、まるで呼吸をする生き物のようだ。
鉄鍋を叩く音、果実を搾る水音、笛の短い旋律。
遠くの酒場から、かすれた歌声が流れてくる。
「……本当に、文明の濃さが違う」
ナオキは感嘆とも戸惑いともつかない声で呟いた。
「森が恋しくなった?」
「いや。見ておきたいものが増えただけだよ」
「そういうところ、やっぱりナオキらしい」
リヴはくすっと笑い、通りの先を指差した。
白い看板が見える。秤と麦穂の紋章。
ヴァルター商会の支店だ。
「ほら、あそこ」
「ほんとだ。前に来たときは、扉を叩く手が震えてたな」
「今日は成果を持ってきた。胸張って行こう」
「うん」
二人は人の波を抜け、商会の前で足を止めた。
石造りの壁に陽が反射し、扉の金具が鈍く光っている。
リヴは深呼吸をひとつして、ナオキを見上げた。
「ねえ、さっきの門番の顔、すごく面白かった」
「舌が早かったね。言葉より説得力があったみたいだ」
「あなた、案外商人の素質あるのかも」
リヴが笑い、二人は扉を押した。




