表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/156

森を抜けて

 ナオキはリュックの肩紐をきゅっと引き寄せて、森の空気をひと口だけ肺に入れた。

 胸の奥まで届く冷たさが、これから先の道の長さを静かに告げている。


 朝の森は、昨夜の湿り気を少し残している。葉先から落ちる水滴が、どこかで小さく弾けた。音の少なさが、かえって森の広さを意識させた。


「出発前の最終確認。薬草軟膏、干しキノコ、乾パン、カロリーブロック、飴、石鹸、圧縮タオル、包材サンプル、折りたたみバケツ、火種、ライター、方位磁石……そんなところかな」


 自分に言い聞かせるように読み上げながら、ナオキは指先でひとつひとつ触れていく。

 失敗できない。森での一泊は、今の自分たちにはただのイベントじゃない。

 街までたどり着けるか、そこで商品を形にできるか――生活の先行きまで、この荷物に少し乗っていた。


「ねぇ、それだけあれば本当にどこでも生きていけちゃうよね。少し怖いくらい」


 リヴが笑い混じりに言う。けれど、その目は荷物の中身をちゃんと追っていた。


「道具があっても、最後は運と……君の魔法が頼りだよ」


 冗談めかして付け足しながら、ナオキは息を吐いた。

 運と魔法。そのどちらも、自分の手では直接握れないものだ。


 リヴは肩をすくめて笑い、指先を軽く上げた。

 空気がふるりと震え、淡い光の輪が森の奥へ溶けていく。


「キャンプ魔法《魔力波ソナー》。百メートル以内に敵性反応なし」


「それを一瞬でやれる時点で、この世界の魔法レベルは君が頭ひとつ抜けてるよ」


「“わたしの魔法”だし」


 照れ混じりに言いながら、風に髪を揺らす。

 その動きが木漏れ日の粒と混ざり、少し非現実な光景になった。森の色よりも、リヴの輪郭のほうが鮮やかに見える。


「魔力は説明しようとすると消えちゃうから、科学さんには降参してもらう」


「科学さんは、分からないものは『あとで考える』って棚に置いておくから大丈夫」


「へんな棚が増えそう」


 リヴが笑い、ナオキも肩の力を少しだけ抜いた。


 二人は歩き出した。

 リヴの展開した見えない防壁が風に乗り、木々の葉をそっとゆらす。

 ナオキの手には地球産の小さなコンパスがあった。


「見て。ほら、針が迷わない」


「これは感覚よりずっと正確だからな」


「普通は太陽とか星とかで方角を読むのに……ほんと、ナオキの世界の道具って全部“正確すぎる”」


「感覚より数字を信じる文化だからね。迷ったとき、誰かの勘じゃなくて“同じ針”を見ようとする」


「だから、こっちの人からするとちょっと冷たく見えるのかな」


「かもな。でも、こういうときは頼りになる」


 森は驚くほど静かで、鳥のさえずりさえ遠かった。

 揺らぐものが少ないからこそ、小さな異変があればすぐ目につく。

 今日は――何も起きないでくれ、とナオキは心の中でだけ願う。


 ナオキが地面に目を向けると、リヴがすぐに理解したように頷く。


「《土成形》《密閉》」


 土がゆっくりと盛り上がり、半球形のドームが姿を現した。

 湿り気も冷気も遮断する、純粋な土の小屋。

 内側の空洞が形成されていく気配を、足裏がかすかに伝えてくる。


 その滑らかな曲線を見て、ナオキは苦笑した。


「なんだかもう、野戦科学研究所みたいだ」


「名前だけで強そうなんだけど。ここで変な薬とか爆発とか作らないでね?」


「……火薬類は持ってきてないから大丈夫」


 本当に持ってきているのは、小さな希望と、かろうじて支払える生活費だけだ。


 ナオキは周囲に赤外線センサーを四つ設置していく。

 掌ほどの小さな装置が規則的に点滅し、リヴの目が丸くなる。


「これ、この間作ってたやつ?」


「熱を拾うから、人でも獣でも近づけば反応する。夜の見張り代わりだ」


「つまり、安心して眠れる……ってこと?」


「たぶん。俺が眠れないときの保険でもある」


「……そっちのほうが大事かも」


 リヴが少しだけ真顔になり、それからまた笑った。


「理屈の上では、だよ」


「また理屈~」


 リヴが笑い、ナオキも笑った。

 笑い声が小屋の内側に反響し、思ったよりもあたたかく響いた。


 その空気のまま、夕食の準備に取りかかる。

 干しキノコを刻み、折り畳み鍋に放り込む。

 コンソメ粉末を加え、携帯燃料に火をつけると、青い炎が静かに灯った。


「わぁ……火の色が違う」


 リヴは炎に身を寄せ、目を丸くした。


「なんで青いの? 普通の火は赤いのに」


「炎の色は温度と燃えるものによって変わる。赤は低温、青は高温。つまり、こいつは効率よく燃えてる」


「だから、こんなに静かなんだ……」


「うん。森の木を焦がさないで済むように作ってある。熱だけを出してる感じだな」


 リヴの理解に、ナオキはふっと笑う。


「飲み込みが早い。素直に嬉しいよ」


「ナオキが楽しそうに教えてくれるから、覚えたくなるんだよ」


 鍋から立ちのぼる湯気が二人の間を通り、温かな香りが漂う。

 ここから先の道の不安も、森の冷たさも、今だけは湯気の向こう側に押しやられていた。


 ナオキはスプーンを手渡した。


「火の温度と心の温度は関係ないけど……こっちは、だいぶ高温かな」


「じゃあ、たしかめてみるね」


 リヴがスプーンを口に運び、ふっと頬を緩めた。


「……ああ……生きてるって感じがする」


「干しキノコは俺には回復アイテムだけど、君にはただの具材だろ」


「けど……ナオキが嬉しそうだと、それだけで美味しいよ」


 外では赤外線センサーの光が規則的に瞬き、小屋の中は青い炎の明かりで満たされていた。

 森の夜は本来、音に満ちている。

 けれど今日は、風も息をひそめていた。

 二人が無事に街まで行って、またこの森へ戻ってくるための一夜――そんな顔つきの静けさだった。


「……こうやって安全に野営できるの、奇跡みたいだね」


「魔法と科学が手を組むと、こうなるんだろうな。俺たちは意外と相性がいいのかも」


「次は空も飛べるといいよね」


「安全性を考えると……もう少し準備が必要だよ」


「でも、風に乗ってふわっとならいけそうな気がする」


「その感覚が危ないんだよ……でも、街までひとっ飛びは魅力だな」


「そのときは、“空飛ぶ天使”って呼ばれたいな」


「間違いなく君が、だよ。俺は荷物持ち担当だ」


 二人は顔を見合わせて笑った。

 その笑い声が、小屋の壁にやわらかく吸い込まれていく。


 夜の森には風ひとつ吹かず、

 青い炎と淡い魔法の光だけが、寄り添うように静かに灯り続けた。

 その灯りの向こうに、まだ見たことのない街の景色と、これから選ぶ暮らし方が、ぼんやりと続いている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ