出発前の確認と贈り物
朝の光が森を透かして差し込み、露をまとった緑が静かに輝いていた。
冷たい空気の奥に、これから動き出す一日の気配が滲んでいる。
ナオキは卓上に広げた荷物をひとつずつ確かめ、袋の口を整えた。
「まずは消耗品から。圧縮タオル二十……水をかけると広がって、お湯ならふんわりする」
「こんなに小さいの? 雲の赤ちゃんみたい」
リヴが指先でつまみ、目を輝かせる。
「次。折りたたみバケツ。満水で十リットル。縁に補強が入ってるから案外丈夫」
「ぱかって開くの気持ちいい……これ好き」
「火種と固形燃料。湿気に弱いから、缶のまま持っていく」
「缶、耳ついてる。かわいいね」
静かな森に、二人の声だけが柔らかく響いた。
ナオキが一息ついたとき、リヴは机の端に置いてあった小袋を拾い上げた。
「これ、光ってる……なにが入ってるの?」
「飴。砂糖を煮詰めて固めたおやつだよ。
ただ、純粋な結晶は甘さが強すぎて価値まで跳ね上がるから……食べ物としてちょうどいいところに調整してる」
リヴは小さく頷き、そっと一粒を口に含んだ。
瞬間、瞳の奥がぱっと明るくなる。
「……っ、なにこれ……! こんな甘さ、この世界にないよ……!」
頬がゆるみ、肩の力がふっと抜ける。
その顔があまりにも素直で、ナオキは思わず笑ってしまった。
「保存も利くし、包み方を工夫すれば街でも売れる」
「こんなの、絶対に騒ぎになるよ」
「……だろうな」
ナオキは小さく息を吐き、手元のメモに目を落とす。
「問題はそこなんだ。地球産のものを軽く渡したら、すぐに噂が広がる。
“どこの錬金師だ”“異国の秘具だ”って……場合によっては拘束される」
「ナオキさ、そういう人たちの前でごまかすの苦手だよね」
「だから慎重に選ぶ。相手を間違えなければいい」
彼は紙の端を指で押さえながら言った。
「ヴァルターに会おう。街で商会を仕切ってる人だ。
前に君が話してくれた“あの人”で合ってるよね?」
「うん。少しだけ話したことがある。
追われてた時に助けてくれた人で……角砂糖と清潔の話をしたら、“その知恵は人を救う”って言って何も取らなかった」
「金の匂いより、それを使う人のことを見られる人なんだな」
「うん。欲だけじゃ動かない人。怖い時でも……安心させてくれる人だった」
ナオキはゆっくり頷き、真剣な表情でメモを閉じた。
「なら、信用できる。まずは一歩、預けてみてもいいかもしれない」
「きっと大丈夫。あの人なら、悪い方に持っていかない」
リヴはそう言って笑った。その笑顔は、森の朝霧みたいに柔らかかった。
二人はリュックを中心に置いて、持ち出す物の最終確認を始めた。
多すぎても困るし、軽くなりすぎても頼りない。
その絶妙な線を二人で探った。
「街に持っていく地球産は……飴、乾パン、乾燥果実。包材サンプル、圧縮タオルは少しだけ。バケツは一つ。
浄水器は……まあ、保険として内緒」
「了解!」
リヴは意気込んで拳を握った。
「甘いものは私の担当だね」
「頼もしいよ、甘味部長」
二人で笑い合うと、ナオキは箱の底に残っていた薄紙の包みをそっと取り出した。
触れるだけで中身がやわらかく動いた。
「……最後に、もうひとつだけ」
薄紙を開くと、淡い桜色の布がふわりと広がった。
白いレースが細く道を描き、裾は軽く揺れる仕立てになっている。
リヴは驚いたように息を呑んだ。
「……な、なにこれ……」
「森の緑にも合うと思って。君に似合うんじゃないかな」
「……似合うかなぁ……」
言葉とは裏腹に、頬がすでに赤い。
小屋の奥でそっと着替える気配がし、それから――。
「……ナオキ」
声が少し震えていた。
くるりと振り返ったリヴは、桜色のワンピースの裾をそっとつまんで見せた。
朝の光をすくい上げるようにレースが揺れ、森の空気が一瞬だけ柔らかく変わった。
「ど、どう……?」
ナオキは言葉が出てこなかった。
心臓の鼓動だけがやけに大きく響く。
「……見惚れてた」
言ってから、自分で耳を赤くする。
リヴは驚き、小さく笑い、そして幸せそうに目を伏せた。
「ありがとう。恥ずかしいけど……すごく嬉しい」
その声が甘くて、小屋の中を優しく跳ねた。
「裾、歩幅に合わせて前を少し短くしてある。回ると――」
「こう?」
リヴが軽く回ると、レースが白い円を描き、一瞬だけ光を集めた。
「ワンピースの扱いは?」
「最重要。士気向上装備だから……携行で」
「うん、任された!」
リヴが胸を張り、ワンピースの裾がふわりと揺れる。
その姿は、森の緑を少しだけ甘く染めていた。
「ねえ」
背中越しに、やわらかい声が届いた。
「“プレゼント”……ありがとう。心もあったかくなった」
ナオキは小さく頷き、肩にかかった紐を整えた。
二人は並んで外へ出る。
桜色の裾が朝の光をすくい、それを森へ返す。
旅立ちの朝に、これ以上ない色だった。




