閑話:生命の理と、触れてはいけない話題
浅瀬の確認を終えた後の、短い休憩時間。
ナオキは、リヴをじっと見つめていた。
リヴはその視線に気づき、小首を傾げる。
「なに、私の顔にキノコでもついてる?」
「いや、違う。ちょっと、この世界の“理”について考えてたんだ」
ナオキはそう言って、枝で砂地に丸と線を描き始めた。
「君たちの世界では、人間とエルフの間に“ハーフエルフ”が生まれるって話だよね?」
「うん。生まれるけど……“混じり物”なんて言われることもある。
そういうの、好きじゃないけどね」
「地球だとね、ウマとロバの間に生まれるラバは、子どもを作れない。
ライオンとトラのライガーも、基本的には繁殖できない。なんでだと思う?」
リヴは少し考えて、真顔で答えた。
「……仲が悪いから?」
「惜しいけど違う。原因は“生命の設計図”、つまり染色体という遺伝子の束の数だ」
ナオキは砂に数字を書きながら続けた。
「地球の人間は四十六本。ウマとロバは数が違うから、ラバは中途半端な設計図になる。
だから、子孫を残す“プログラム”がうまく動かないんだ」
リヴは真剣に聞いている。
その耳がピクリと動くたび、光が反射してきれいだった。
――少しの沈黙。
「でも、君たちの世界では“ハーフ”が普通に生まれる。
これはつまり、遺伝子的に極めて近いか、
あるいは――この世界の魔法や魔素が遺伝子の理の不一致を修正しているってことだ」
「魔法が、生命の理まで?」
「そう。もしそれが本当なら、地球の科学を超えてる。
だから、君を見てると、俺の常識が一つずつ壊れていくんだ」
ナオキは小さく笑い、砂に描いた円を指で崩した。
「リヴが使う魔法には、地球と同じ物理法則もあれば、
地球じゃ絶対に起こらない現象もある。
それが“理の違い”ってやつが、不思議でね」
リヴはしばらく黙っていたが、ふわっと笑った。
「ナオキって、“知ること”を楽しんでる顔するよね」
「まあな。でも――ここからが本題だ」
ナオキはリヴと自分を交互に指差した。
「俺と君の場合、遺伝子の設計図の互換性がどうなっているか。
これは、この世界の“生命の理”を確かめる上で、避けて通れない最大の疑問だ。
“ヒト”という地球の種と、君という異世界の種族。
もし、もしも――」
ナオキが続けようとした瞬間、
リヴの頬がじんわりと赤く染まりはじめた。
「きゅっ………………っ」
彼女は少し身を引き、眉を寄せた。
ナオキはまったく気づかず、理屈の熱に夢中で話を続ける。
「もしも、遺伝子的な壁がなければ、それは俺たちの医療知識や食料の安定化にも繋がる。
つまり――新しい理屈の誕生を意味する」
リヴの頬はさらに熱を帯びていく。
目の焦点が合わず、耳までほんのりと赤く染まった。
言葉の意味を反芻し、
だんだん理解していくうちに、心拍が上がる。
そして――
「………っ…………、な……っ」
彼女の声が震えた。
ナオキは、まだ自分の発言の危険性に気づかないまま、
真面目な顔で締めくくる。
「俺と君の間で、継続的な子孫が――つまり、子どもが――」
その瞬間、リヴの顔が一気に真っ赤に染まった。
「な、な、ナオキの……エッチ……!!」
「えっ!? ちょ、違うっ!!」
リヴは両手で顔を覆い、耳の先まで真っ赤にしながら背を向けた。
「子どもって、そういう意味で言う!?
あ、あたし、そういうの聞いてないからねっ!」
「ち、違うんだリヴ! 理論上の話で! 純粋な学術的考察で――!」
ナオキが焦って説明すればするほど、リヴの熱は上がっていく。
空気が微妙な温度になり、
沈黙のあと、彼女が震える声で呟いた。
「……じゃ、じゃあ……試してみる……?」
「え?」
「な、なんでもないっ!!!」
頬を掻きながらため息をつき、ぼそりと呟く。
「いや、でも……もし本当に“生まれる”なら、それは――新しい理、だ」
――パァンッ!!
リヴは弓を抱えて立ち上がり、真っ赤なまま森の奥へと走り去った。
ナオキは呆然と見送り、砂に残った染色体の図を見つめた。
「……痛みで観測結果、確認っと」
木々の間を風が抜け、リヴの声が遠くで響いた。
「もっと雰囲気出して言ってくれたらいいのに……」
「ナオキの、バカーーー!!!」
その声は森の奥まで、しっかりと反響していった。




