第38話:キャンプの魔法使い
森を抜けて北の岩棚へ。
風避けの良い場所に着くと、ナオキは地図を見ながら周囲を確かめた。
「ここにしよう。地面が締まってて、水も近い。」
リヴが頷き、少しわくわくした声で言った。
「ナオキ。魔法で“野営環境”って、作れると思う?」
「やってみよう。理屈が通るなら、現場試験だ。」
リヴは両手を地面にかざす。
「じゃあ――まず整地、してみるね。」
土がゆっくりと波打ち、落ち葉と石が脇へ寄っていく。
まるで地面そのものが息をしているようだった。
「……すごいな。表面、完全に水平だ。」
「“押す”んじゃなくて、“ならす”イメージ。水を注ぐみたいに。」
ナオキが感心している間に、リヴは両手を合わせ、小さく息を整える。
指先から光が流れ、土が音もなく盛り上がる。
低い壁が輪郭を描くようにせり上がった。
「小屋の壁。厚さは手のひら二枚分くらい。」
ナオキは壁を叩き、感触を確かめる。
しっかりしていて、手に柔らかい振動が返ってきた。
「これ、魔力の消費は?」
「ううん、少しだけ。……多分ね、ちゃんと理屈を考えてるから。」
「理屈?」
リヴは少し恥ずかしそうに笑って、手のひらを見せた。
「ナオキが言ってたでしょ、“押すより、形を理解するほうが楽”って。
前は“無理やり動かそう”としてたけど、今は“どうすれば動くか”を考えてる。
だから、無駄な力を使わないんだと思う。」
ナオキは頷く。
「なるほどな。イメージが中途半端なまま無理に発動してたら、
魔力は全部“形を探すため”に使われる。
でも、最初から完成形を描けてれば、魔法は“確認作業”になるわけか。」
「うん。……多分、カガクの理って凄いね。これが“ちゃんと考える魔法”なんだね。」
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壁の内側に、ナオキは木の枝を組んで屋根の骨組みを作る。
リヴが軽く指を鳴らすと、土が細く伸びて隙間を埋めた。
小屋の形が、ゆっくりと完成していく。
そのままリヴはくるりと周囲を見渡し、次々と手を動かした。
地面が少し沈み、滑らかなくぼみが生まれる。
そこに湧き水のような透明な水が溜まり始めた。
「水場、できた。」
「ちょっと待て。自然水脈まで繋げたのか?」
「ううん、地下の湿気を引き上げただけ。風と似てるの、流れを“整える”感じ。」
ナオキは言葉を失った。
さらに、リヴは指をひと振り。
土が薄く溶けて石の皿となり、続けて鍋、そして椅子。
椅子は低い切り株ほどの高さで、表面がつるりと滑らかに磨かれている。
「……これで、調理も座るのも大丈夫。」
ナオキは頭を抱えた。
「お前、それもうチートどころかDIY職人だよ!」
リヴは胸を張って笑った。
「だって、キャンプって便利なほうが楽しいでしょ?」
ナオキは呆れながらも、心の底では感心していた。
魔法の使い方が確実に“生活技術”になっている。
「荷物、半分以下で済むな……。
リヴがいれば、もう文明の八割は再現できる。」
「じゃあ、私は“キャンプ文明の創始者”?」
「違いない。もう少しで電気も通せそうだ。」
二人は顔を見合わせて笑う。
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夕暮れ。
焚き火の火が小屋の壁を照らし、影がゆっくり揺れた。
リヴが鍋の中をかき混ぜながら言う。
「これ、地球の調味料とパンの端と森のハーブ入れてみたの。ちょっと贅沢スープ。」
ナオキがひと口すすると、思わず目を細めた。
「うまい。……味覚まで進化してるな。」
リヴが照れたように笑う。
「ナオキの持ってくる料理には負けるけどね。」
ナオキはスプーンを置いて、にやりと笑った。
「いや、俺のは地球の科学の結晶だからな。こっちは、森の魔法の結晶だ。」
「なら、いい勝負かな?」
「むしろ共演だな。カガクとマホウの融合スープ。」
リヴが吹き出した。
「名前がダサいよ、それ。」
「味は保証するけどな。」
二人は笑いながら、湯気に包まれる。
「リヴの料理で、カフェができるな。」
「カフェ?」
「うん。森の中の、やたらオシャレなやつ。」
リヴは肩をすくめて笑う。
「じゃあ、私、店長だね。」
「名札つけるか。『森カフェ・リヴ』。」
二人の笑い声が、焚き火の音に混ざって消えた。
「ふふっ。魔法で形を作るだけじゃなくて、味も整えられたら完璧だね。」
「おい、もうそれ料理人の領域だぞ。」
「じゃあ――“キャンプの魔法使い”兼“森の料理人”!」
「肩書きが増えすぎて名刺に入りきらねぇな。」
リヴがスプーンを掲げ、いたずらっぽく言う。
「でも、キャンプの魔法使いって、いい響きでしょ?」
「……ああ、最高だ。」
ナオキは笑って、スープをもう一口すする。
ハーブの香りが、焚き火の煙と混ざって夜気に溶けた。
「――キャンプの魔法使い!」
ナオキは吹き出し、火がぱちりと跳ねた。
「……いや、もう異世界キャンプ番組でも始めるか。」
二人の笑い声が、夜の森に静かに溶けていった。
火の粉が上空へ昇り、星に混ざる。
森は、まるでその宣言を祝福するように、優しく風を吹かせた。




