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『32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~』  作者: ひろボ


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第37話:二度目の探索

 ナオキは夜明け前のウロで、焚き火の灰をそっと崩した。

 街に行く。――そう決めていた。

 だがその前に、もう一度だけ森を歩く必要がある。

 装備の確認と、野営の本番。

 そして、リヴと確かめておきたいことがあった。


「リヴ、次で最後の探索にしよう。

 街へ向かう準備を整えたい。」


 リヴは驚いたように目を瞬き、すぐに笑った。

「わかった。私の魔法も頼りにしてね。前と違って――戦うことも、守ることもできるから。」


 ナオキは短く息を吐き、頷いた。

「頼りにしてるよ。」


 そうして、ふたりの最後の探索が始まった。


---


 森の朝は、冷たい霧の中に音が溶けていた。

 枝から滴る露の音。

 木の皮を伝う虫の足音。

 鳥が一羽、低く鳴いて飛び去る。


 ナオキは深呼吸をし、湿った空気を肺に入れた。

「……やっぱり、この森は独特だな。空気が濃い。」


 リヴが笑ってうなずく。

「森が“まだ寝てる”時間帯だからね。

 動くのは私たちと、せいぜい鹿くらい。」


 ふたりは並んで歩き出す。

 道はないが、リヴの足取りは軽い。

 枝を避ける角度、地面を踏む深さ、葉の上で止まる時間。

 どれも最小限で、音が出ない。


 ナオキはそれを真似しようとしたが、すぐに枝を踏み鳴らした。

 ぱきん、と乾いた音。

 リヴが笑う。


「音はね、“鳴らないように歩く”んじゃなくて、“鳴らしていい音を選ぶ”の。」

「鳴らしていい音?」

「そう。風と似てる音、鳥と同じリズム。

 森は、知らない音にだけ敏感なの。」


 ナオキは少し考えて、次の一歩をそっと置いた。

 乾いた葉を避け、苔の上に体重を移す。

 ――音がしない。

 リヴが静かにうなずいた。

「そう、それ。森の呼吸に合わせて。」


---


 少し歩いたところで、リヴが立ち止まった。

「ねえ、試してみてもいい?」

「例の“探知”か。」

「うん。風で……周りを“見る”魔法。」


 ナオキは頷いた。

「いいよ。やってみよう。」


 リヴは息を吸い、掌を前に出した。

 風が生まれ、木の葉がわずかに鳴る。


 だがその風は、すぐに乱れた。

 枝葉にぶつかり、四方へ散って消える。

 風は形を持たない。ぶつかるたびに渦になり、力を失っていく。

 返ってくる“面”がない森では、風はただ流れて消えるだけだった。


 リヴは眉をひそめた。

「……ダメ。返ってこない。」


 ナオキは少し考え、地面に指で円を描いた。

「風は反射しすぎる……というより、ぶつかるたびに拡散して力を失う。

 木や葉の間で渦になって、形が崩れるんだ。

 だから“戻り”がない。

 ソナーみたいに情報が返ってくるわけじゃなく、全部が雑音になるんだな。」


 リヴはその説明を聞きながら、掌の中の風をそっと感じ取ろうとした。

 けれど、それは形を保てず、指の隙間からすり抜けていった。


「ソナー?」

「風を押し出すんじゃなくて、リヴの魔力を“水面に落とす石”みたいに広げてみろ。

 力を入れず、ただ波紋を作る感じで。」


 リヴは小さく頷き、目を閉じた。

 次の瞬間、空気が静まり返る。

 彼女の足元から、見えない何かが広がっていった。

 風ではない。だが確かに、空気が触れた。

 さっきのような乱れはなく、波は静かに広がり、木々の間を滑るように通り抜けていく。


 森の形が、輪郭だけを残して心に浮かぶ。

 リヴが息をのむ。

「……見える。木の太さも、岩の位置も、わかる。」


 ナオキの口角が上がった。

「風じゃなく、魔力そのものの波。これなら拡散しても“感じ取れる”。」

「魔力波ソナー、だね。」

「いい名前だ。」


 リヴは目を開け、うっすら笑った。

「風の中じゃなくて、自分の中の波で見るんだね。」

「そう。森を押すんじゃなく、森に“触る”。」


 ナオキはその言葉を聞いて、内心で少し感心した。

 自分は理屈で語ったが、彼女は感覚で掴んでいる。

 その違いが、まるで二人で同じ地図を描いているように感じられた。


---


 日が昇り始める。

 霧が薄れ、木漏れ日が地面にまだらに落ちる。

 ナオキは深呼吸をして言った。

「これで、森の中でも安全に動ける。野営の夜も怖くないな。」

 リヴがうなずく。

「うん。風も、もう敵じゃない。」


 その瞬間、小さなそよ風がふたりの間を抜けた。

 まるで、森が“それでいい”と答えたように。


---


 夕方。

 ウロの外、タープの下。


 焚き火がぱちりと弾けた。

 リヴが手をかざすと、風が流れを整え、煙が真上に昇る。

 空気の冷たさがやわらぎ、タープの中に温もりが満ちた。


「これで寒くないと思う。」

「環境制御まで……すっかり野営魔法使いだな。」

「ふふっ、パンの次はキャンプの魔法かも。」


 ナオキは笑いながら地図を広げる。


《魔力波探知:範囲十五歩。動体検知◎。夜間安定。

 環境制御:煙流固定、温度安定。実用可。》


「ねえ、ナオキ。計画があると、怖くないね。」

「計画は、“夜を見える形にする”魔法みたいなもんだ。」


 リヴが頷き、スープを差し出す。

「飲んで。街に行く前の、最後の夜かもしれないし。」


 スープは素朴で、温かかった。

 キノコの香りが柔らかく、パンの端が溶けていく。


 ナオキはカップを置き、ゆっくりとつぶやいた。

「……これなら、街まで行けるな。」


 リヴは微笑み、炎に照らされた瞳を細めた。

「うん。今度は二人で、“見える夜”を歩こう。」


 焚き火の灰がふわりと舞い、森の奥へ吸い込まれた。

 魔力の波が、その先を静かに照らしていた。



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