帰還と、昼食と、少しの達成感
森の奥での小さな戦闘が終わり、二人はゆっくりと歩いて拠点へ戻っていた。
霧はほとんど消え、木々の隙間から差す光が、やわらかく二人の背中を照らしている。
リヴが前を歩きながら、草を避けつつくるりと振り返った。
「ねぇナオキ、今日の私、ちょっとすごくなかった?」
「いや、“ちょっと”どころじゃないだろ。ちゃんと魔法使いしてたよ」
「でしょー? なんか、こう……風が言うこと聞く感じした!」
「それ、だいぶ危ない発言だけどな」
「ふふふっ」
リヴは嬉しそうに笑い、尻尾を小さく振った。
その姿を見て、ナオキの口元もゆるむ。
ほんの数週間前――リヴは森の獣に襲われて重症を負っていた。
それが今では、ゴブリンを相手にしても笑っている。
(あの時の“怖い”は、もうここにはないんだな)
ナオキはそんなことを考えながら、足元の小道を踏みしめた。
森の奥からの帰り道は、驚くほど穏やかで、風がやけに優しかった。
――ほんの数時間前まで戦っていたとは思えないほど、穏やかな空気だった。
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ウロへ戻ると、ナオキは荷物を降ろし、大きく息をついた。
「……ふぅ。今日も無事生還。探索初日は合格点、ってとこかな」
「うんっ、完璧! あ、でもヒュートのとき、ちょっと焦ったかも」
「焦ってあの反応速度? もう立派な上級者じゃん」
リヴは得意げに胸を張った。
「えっへん! でもお腹すいた。今日はごほうびランチ!」
「ごほうびって……まあ、いいけど。なに作る気?」
「ふふふ、名付けて“森の恩恵スープ”!」
「嫌な予感しかしないんだが」
リヴは小さな木のボウルを取り出し、鍋に水を張る。
「さっき拾ったキノコと、昨日のパンの残り、それに……森のハーブ!」
「いや待て、その“森のハーブ”って安全確認した?」
「うん! ヒュートがかじってたやつ!」
「おいおい、あいつ草食じゃない可能性あるぞ」
「でもいい匂いだよ? ほら」
リヴが差し出した葉は、薄紫の筋が入った不思議な植物だった。
甘い香りがする。確かに、食べられそうではある。
ナオキはしばらく考えてから、苦笑した。
「……まあ、煮てから考えるか」
「やった! ナオキの許可でました!」
リヴはうきうきと鍋をかき回し始めた。
火はナオキが持ち込んだカセットコンロ。
「ねぇナオキ、これ、ほんと便利だよね。魔法で火は出せるけど、火の番しなくていいんだもん」
「それがテクノロジーの力だ」
「てくの……?」
「いや、もういいや。説明するとまた魔法の話になる」
「じゃあカガクの仲間?」
「うん、そういうことにしとこう」
リヴは笑いながらスープをかき混ぜた。
鍋の中から、やわらかい湯気が立ち上る。
香りは思った以上に良く、ナオキの腹が鳴った。
「……うん、これはいけるかも」
「ふふ、私のセンスを見直した?」
「少しだけな」
「“少しだけ”って何さー!」
軽口を交わしながら、二人はスープを分け合った。
口に運ぶと、想像よりもずっと優しい味が広がる。
少し甘くて、草の香りが鼻に抜ける。
どこか懐かしい、田舎の味のようだった。
「これ……普通に美味いな」
「でしょ! 森の恩恵だよ!」
「うん、これは合格だな。食中毒の兆候もなし」
「失礼な!」
リヴが頬を膨らませ、スプーンを突き出す。
「はい、これで正式に“リヴ式スープ”認定」
「また“リヴ式”増やしてるし……」
「いいの! 魔法も料理も、気持ちで作るの!」
ナオキは苦笑したが、どこかその言葉に納得もしていた。
理術も、魔法も、料理も――“理解して、感じて、形にする”という点では同じだ。
「……こういう感覚、俺にはなかったな」
「ん?」
「俺、ずっと“根拠、エビデンス”ばかり気にしてたんだよ。
でも君は“楽しくやる”ことを覚えてる。それがたぶん、一番大事なんだ」
リヴはスプーンを止めて、ふわりと笑った。
「だってさ、ナオキといると、むずかしい話も楽しくなるんだよ」
「それは……どう反応すればいいんだ」
「褒められて照れる医療系男子」
「やめて」
リヴがくすくす笑う。
スープの湯気の中、二人の笑顔が揺れていた。
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食事のあと、ナオキはタブレットを開き、簡単なメモを打ち込む。
・リヴ、詠唱省略傾向。
・理術→感覚制御型(無詠唱化)。
・反応速度向上。危険判断も的確。
そして最後に、ふと迷ってからこう書き加えた。
・理解は知識ではなく、経験の積み重ね。
画面を閉じると、リヴが横から覗き込んだ。
「ねぇ、それ、私の成長記録?」
「まぁ、研究ノート的なものだな」
「じゃあ、書いといて。“森のスープ、おいしかった”って!」
「研究ノートにならないから!」
「なるもん!」
二人は笑いながら、木の根元に座り込んだ。
昼下がりの森は穏やかで、遠くで鳥の声がする。
静かな時間が、ゆっくりと流れていく。
リヴはふと空を見上げて呟いた。
「ねぇナオキ。私、ちょっとだけ自信ついた」
「だろうな」
「でもね、怖い気持ちが消えたわけじゃないんだ」
「うん。怖さを知ってる人ほど、強くなるんだよ」
リヴはその言葉に、少し驚いたような顔をした。
それから、目を細めて笑う。
「……そっか。じゃあ、私はこれからもっと強くなるね」
「その前にまず昼寝だな」
「もー! 台無し!」
笑い声がまた、森に響いた。
光が枝葉をすり抜け、ウロの中にきらめきを落とす。
風が通り抜ける音が、まるで森が息をしているようだった。
その穏やかな午後の中で――ナオキは思った。
この世界での暮らしは、もう“生き延びる”だけじゃない。
少しずつ、“生きる”という日常へと変わってきているのだ。
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夕暮れが近づき、空が金色に染まり始めた。
ナオキは空を見上げ、深く息をつく。
「……よし、次はもう少し範囲を広げようか」
「え、もう次の冒険の話?」
「そうだ。せっかく森のマップ作りたいしな」
「やった! 次は“森の果実スープ”ね!」
「スープ縛りやめようか」
笑いながら、二人はウロの入り口に腰を下ろした。
一日の終わりの風が、心地よく吹き抜ける。
その風はまるで、「よく頑張ったね」と囁くように優しかった。




