森へ行こう
今日は、前から計画していた森の探索の日だ。
ナオキは、まるで冒険家みたいな装備で準備をしていた。
防水リュック、方位磁石、地図、応急セット、
そして腰には、いつものバール。
リヴはその姿を見て目を丸くする。
「ねぇ、それ……完全に探検隊だよね?」
「いや、現地調査だ。安全第一。想定外を想定するのが医療系の基本」
「うんうん。でもそのバールは?」
「心の安定剤だ」
「物理的にもメンタル的にも頼りすぎでは?」
ナオキは苦笑しながら、肩のリュックを締め直した。
「ほんとはさ、ドローンでもあればよかったんだけどな」
「どろーん?」
リヴが小首をかしげる。
ナオキは、両手で四角い形を作って説明した。
「小さい機械で、空を飛ばせるんだ。
上から景色を撮影して、地形とか位置関係を確認できる」
「え、それ……人間が飛ばなくても空を見られるの? 魔法みたい!」
「まぁ、理屈で動く魔法ってとこだな。
本当なら衛星も電波塔も使ってリアルタイムで地図を作るんだが……」
「えーと……えいせい? でんぱとう?」
「……うん、忘れてくれ。とにかく、この世界にはWi-Fiがないってことだ」
「ワイ……?」
「はいはい、次の話題いこうか」
リヴは笑って、肩をすくめた。
「でも、ドローンなくてもいいじゃない。こうして歩けば、森の声が聞こえるんだから」
「安全第一でね」
ナオキは空を見上げ、朝霧の中に淡い光を見た。
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二人はウロを出て、森の中へ足を踏み入れた。
足元の苔がしっとりと濡れ、踏みしめるたびに静かに沈む。
鳥の声が頭上から降ってきて、木漏れ日が霧に溶けていく。
「……やっぱり森って、生きてる感じがするな」
「うん。空気が柔らかい。あと、ちょっと甘い匂いがする」
「花粉か樹液か……まぁ、鼻がかゆくならなきゃセーフだ」
リヴは笑いながら歩いていたが、ふいに立ち止まった。
耳がぴくりと動く。
「……ナオキ、静かに」
「え? なにか――」
その瞬間、茂みの奥でカサリと音がした。
小さな影が跳ねる。
「……ウサギ?」
「違う。あれ、ヒュートだよ」
「ヒュート?」
リヴが指差した先――そこには、白くて丸い毛玉のような小動物がいた。
ぱっと見はただのウサギ。
けれど、目がやけに大きく、耳の先に骨のような突起がある。
「危険生物か?」
「うん。一応ね。あの耳の角で木の根を掘って巣を作るんだけど、驚くと突進してくる」
「……ウサギなのに?」
「ウサギ“じゃない”からね」
ヒュートは鼻をヒクヒクさせながら、こちらを警戒している。
その目が一瞬、赤く光った。
「おい、来るぞ!」
ヒュートが跳んだ。
ぴょん、ではない。
弾丸のような速さで、一直線にナオキめがけて飛び込んできた。
「わっ、早っ――!」
リヴが前に出る。
足元で空気が揺れた。
彼女の指先から光の線が走り、ヒュートの進行軌道をなぞるように閃く。
「リヴ、待て! 危な――」
ぼすっ。
音にならない衝撃波。
ヒュートはその場で動きを止め、ふらりと地面に転がった。
気を失っている。
リヴは息を吐いて、腰に手を当てた。
「ふぅ……びっくりした。こいつ、ちょっと気が荒いね」
ナオキは呆然とその場に立ち尽くした。
「……いや、君の反応速度が荒いよ」
「だって襲ってきたじゃん」
「そうだけど……え、今の何? 魔法?」
「んー、ちょっと空気を押しただけ」
「“ちょっと”で吹き飛ぶウサギって何だよ……」
「魔法だけど、名付けて――リヴ式・理の投射《空気を押す!!》」
「ネーミングセンスが個性的!!」
「えへへ、でしょ? 理の響きを大事にしてみたの」
「“響き”じゃなくて、語感が強すぎるの!」
リヴはくすくす笑いながら、ヒュートの鼻をつんと指で押した。
「……くすぐったそう。寝てる時のナオキみたい」
「寝てても攻撃されるの!? 俺ウサギ扱い!?」
ナオキは安堵しながら苦笑した。
「危険生物との初遭遇、無事終了だな」
「うん。これで今日の目標、“安全に帰る”は達成率50%だね」
「おい、まだ半分かよ」
「残りは“もう少し奥を確認する”でしょ?」
「……そうだった」
リヴは立ち上がり、森の奥を指さした。
「行こう。今度は、ヒュート以外の“森の住人”を見てみよう」
「了解。今度は俺が前に出る」
「ふふ、頼もしい隊長さん」
「隊長じゃなくて、現地責任者な」
「はいはい、りょーかい」
二人の笑い声が、霧の奥へと溶けていった。




