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『32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~』  作者: ひろボ


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第3話:ステータスオープン!?

 ナオキはウロを抜け、アパートの6畳に戻った。テレビの前に立つと、光る長方形がいつもより遠く感じられる。川のこと、あの「足跡」のこと。未知の存在がこの森を歩いているかもしれない——その重さが胸にのしかかる。


「……俺、異世界に行ったんだよな?」


 誰もいない部屋で、ナオキは右手を前に突き出した。マンガやラノベで見たお約束の台詞を、半分自嘲で口にする。


「ステータスオープン!! アイテムボックス!!」


 画面はシーン、と静まり返っているだけ。壁紙がそこにある。虚しい静寂が部屋を満たした。


(特殊能力なし。スキルなし。魔法なし。あるのは手取り15万と貯金20万……現実ってやつだ)


 深いため息と一緒に、ナオキはノートパソコンを開いた。大手通販サイトでまず打ち込んだ検索ワードは、「銃器」「武器」。



『アサルトライフル』

『HK-417』


 当たり前だ。


 期待は短く砕けた。表示されるのは模型銃やエアガン、中には銃器を持ったも女の子のフィギュアの写真ばかり。「銃で無双する」という夢は捨てられた。


(現実的にいくしかないか……)


 検索ワードを変え、「工具」「解体用」。カテゴリは「DIY・工具・ガーデン」だ。ナオキは自分ルールを三つ、口の中で反芻する。


(1)予算は1万円以下——貯金は崩したくない。

(2)32型の対角線(約80cm)以下で持ち運べること。

(3)素人でも扱える、金属バットより強力なもの。


 最初に目に留まったのは登山用ピッケルだ。見た目は頼もしい。だが、指が止まる。


(使ったことねえだろ。素人が扱えないものは、ただの重りだ)


 そのとき、カテゴリの片隅に一行の商品名が目に飛び込んだ。


『解体用バール(釘抜き)』――長さ75cm、価格約3,000円。


(……これだ)


 思わず声が漏れる。重く、シンプル。金属の塊。使うのは「殴る」だけだ。金属の塊で、殺傷能力は段違い。それでいて「工具です」と胸を張れる。


(武器といえば、バールのようなもとよく言うもんな)


 マウスを動かして「カートに入れる」をクリックした。


「お届け予定日、2日後……か」


 注文確定の表示を見て、胸中の緊張がわずかにほぐれる。しかし到着まで丸腰で川の偵察に向かう気はしない。ナオキはすぐに次の行動を決めた。


 財布を掴んで外に飛び出す。近所の100円ショップ、ディスカウントストア、ドラッグストアを駆け回る。彼の買い物リストは、ラノベの知識と看護学生としての常識が混ざった実利的なものだった。


 普段使っている大学ノートに購入リストと書く。


 — 購入リスト(安価だが有用) —

 ・滅菌ガーゼ(個包装)

 ・包帯・絆創膏各種(止血・保護用)

 ・アルコール消毒スプレー(小型)

 ・使い捨てゴム手袋(大量)

 ・チャック付きポリ袋(小〜大)

 ・使い捨てライター(複数)

 ・乾電池式LEDライト(替え電池含む)

 ・カロリーブロック、飴(非常食)

 ・塩、砂糖、胡椒(保存性と調味、交易品)

 ・透明ガラス小皿(実験・交易用)

 ・真っ白な陶器の皿(贈答・交易用)

 ・布(補修、包帯代用、簡易テント)

 ・糸と針、絆創膏テープ(縫合や固定)

 ・小さなスケッチブックと鉛筆(言語不通時の図示用)

 ・アロマオイル小瓶(匂いの防御、贈答用)


 買い物袋を抱えながら、ナオキは考えた。魔法やオーバーテクノロジーで、これらが無駄になることも考えられるが、文明度の低い地域や封建的な社会では「魔法のように貴重」に映る可能性がある。だが同時に、貴重品になれば権力者や商会に目をつけられるリスクもある。


 魔法やオーバーテクノロジーで、これらが無駄になることも考えられるが、


(権力や専売で規制される……っていうのは、ラノベによくあるパターンだな。売るなら慎重に、流通経路は秘密にしないと)


 だからこそ、ナオキは「現地でそのまま大量に売りさばく」ことは最初から念頭に置かなかった。あくまで自分の命と衛生を守るための備蓄——それと、少量ずつ慎重に販売する「種」を残す計画だ。


 ウロに戻って並べると、洞穴の一角がたちまち「前線基地」らしく見える。滅菌ガーゼの白、透明な小皿の光、乾電池の銀色が棚のように整然と並び、ナオキは小さな満足を感じた。


 その夜は通常通り、介護施設での夜勤が入っている。疲労はあるが、不思議と頭は冴えている。夜の静けさの中、彼は働きながらも川と足跡のことを考え続けた。


「柏木君、今日元気だね?」


 ナースステーションで、休憩中の先輩・美咲にそう言われ、ナオキはカップを受け取る。コーヒーの湯気が立ち上り、香りが鼻をくすぐる。その温度と香りに、ふっと肩の力が抜けた。


(俺は、テレビの向こうに異世界を抱えてる)


 現実は何も変わらない。だが秘密を持つと、日常の輪郭が少しだけ輝く。疲れが薄まり、自分が主人公の物語の一部になった気分になるのだ。


 バールの到着まで、あと一日。ナオキはカップを置き、窓の外の静かな夜を眺める。次の休日、川の本格的な偵察をする——その段取りを、頭の中で丁寧に組み立て直した。


 ただし、ひとつだけ自分に誓ったことがある。

 ——拠点に敵を誘い込むような真似は絶対にしない。安全第一。生き延びて、帰るために動く。


 百円ショップの小物たちが、小さな命綱のように見えた。ナオキはそれらを手で整えながら、静かに笑った。冒険は始まったばかりだが、準備の手応えは確かにあった。

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