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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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初めての魔法狩り

 ウロの森。


 朝の霧がゆっくりほどけていき、木々の間に細い光の筋がいくつも差し込んでいた。

 濡れた苔と土の匂いが、息を吸うたび胸の奥まで入り込んでくる。


 いつもの朝なら、木の実を拾って、キノコの様子を見て、罠を確かめる。

 その合間に水場まで行って、飲み水になりそうなところを探す。


 今日のリヴは、違った。


 腰に小さなポーチ。

 短いナイフ。

 手には、よく磨かれた丸い石ころ。


 森の娘らしい装備はいつもと変わらないのに、その瞳だけが少しだけ鋭かった。


「今日は、“魔法”で狩る」


 声に出した瞬間、自分で少しおかしくなって、口元がゆるむ。

 けれど、胸の奥はきゅっと縮こまったままだった。


(ほんとうに、できるかな)


 でも、それを確かめるために、今日は森に出たのだ。


 川辺に着くと、朝の光が水面でばらばらに砕けていた。

 冷たい空気が頬を撫でる。


 リヴは、いつもより少し時間をかけて石を探した。

 角の取れた、片手にすっぽり収まる大きさ。

 重さも、あまり軽すぎず、重すぎないもの。


「これ……よさそう」


 くるりと指先で転がしながら、石の感触を確かめる。


(力は、流すんじゃない。伝えるんだ)


 ウロの中で、木の板に棒きれで描かれたナオキの図が頭に浮かぶ。

 丸い石の絵と、周りに描かれた矢印と、簡単な言葉。


(“落ちる力”は消えない。ただ向きを決めてやるだけ)


 リヴは深く息を吸い込んだ。

 手のひらに石を乗せ、そっと目を閉じる。


 指先から、魔力を流す。

 いつも薬草に触れるときより、少しだけ強く。

 けれど、暴れないように、静かに、静かに。


 空気がきゅっと縮み、耳の奥の音が遠くなった。


「重さは“落ちる力”。なら、押し出す方向を変えれば――」


 目を開ける。

 視界の端で、木の幹がまっすぐ立っている。


 指先を前に向けて、石を軽く押し出すように構えた。


「――理式投圧ロジ・バレット


 パシュッ。


 小さな破裂音とともに、石が飛んだ。

 矢を放ったときよりも早く、視界から消える。


 すぐ後に、乾いた音が森に響いた。


 コンッ。


 少し離れた木の幹に、石がめり込んでいた。

 樹皮が剥がれ、その周りだけ色が変わっている。


「……っ」


 反動はほとんどなかった。

 腕が引っ張られる感じも、肩が痛くなることもない。


 胸の中だけが、どくん、と大きく跳ねた。


「魔力の減り……あんまりない……?」


 呼吸を整えながら、自分の体の中を確かめる。

 魔力を使ったとき特有のだるさは、ほとんどなかった。


 もう一度。

 今度は石を二つ手に取る。


「理式投圧」


 パシュッ、パシュッ。


 二発。

 三発。

 四発。


 石は、ほとんど同じ軌道をなぞるように飛んでいく。

 木の幹に小さな傷が増えていった。


 息が少しだけ早くなる。

 けれど、膝が笑ったり、視界が暗くなるような感覚はない。


「すごい……」


 指先に残ったじんわりした熱を、リヴは握りしめた。


「これが、“理の魔法”……」


 森の奥から、かすかな気配がした。


 風とは違う。

 枝が揺れる音とも違う。

 重さを持った、小さな生き物の気配。


 リヴはすっと腰を落とし、息を殺した。

 耳を澄ませると、落ち葉の上を跳ねるような小さな音が近づいてくる。


 灰色の毛並み。

 長い耳。

 ウサギに似た魔獣、ヒュート。


 いつもなら、足音を殺して少しずつ距離を詰め、

 石を投げるか、罠の位置まで誘導する。


 今日は、違うやり方を試しに来た。


(ほんとうに、やるの?)


 喉が、ごくりと鳴る。

 指先が少しだけ冷たくなった。


 魔獣は、枯れ枝をつついていた。

 まだこちらには気づいていない。


 リヴは、ゆっくりと石を握り直した。


 片方の足に、ぎゅっと力を込める。

 逃げるための一歩も、すぐに出せるように。


 指先に魔力を集める。

 さっきよりも、少しだけ慎重に。


 風が止まり、森の音が薄くなる。


(大丈夫。こわくなったら、逃げる)


 心の中でナオキの声を真似る。


「……っ」


 パシュッ。


 ほとんど音もなく、石が走った。

 空気が指先から押し出される感覚だけが、少しだけ残る。


 ヒュートの体がびくりと跳ね、その場で倒れた。

 しばらく、足がぴくぴくと動いて──やがて静かになった。


 リヴは、その場から動けなかった。


 耳の奥で、自分の鼓動だけが大きく響く。

 冷たかった指先が、じわじわと熱くなっていく。


 恐怖の震えではなかった。

 知らないことを、ひとつ越えたあとの、どうしていいか分からない震えだった。


 しばらくして、ようやく足が前に出る。


 近づいてみると、ヒュートの体には小さな穴がひとつ空いていた。

 外から見える傷は小さいのに、骨はきれいに貫かれている。


 喉の奥がきゅっと締まる。


 リヴは膝をつき、両手を重ねて目を閉じた。


「……ありがとう」


 小さな声でそう告げる。

 この肉は、今日の自分たちの食卓になる。


 そう思った途端、さっきまでの震えが、少しだけ落ち着いた。


 その夜。


 十畳のウロの中では、ランプの明かりが柔らかく揺れていた。

 外の森はすっかり暗く、入口の布の向こうからは風の音だけが聞こえてくる。


 リヴは、ナオキがくれたスケッチブックを机代わりの木箱の上に広げていた。

 表紙には、ナオキの字で「リケイ・メモ」と書いてある。


「……えっと」


 炭の芯を削った簡単な筆記具を握り、リヴは慎重にペン先を走らせた。


 大きく、魔法の名前を書く。


 ●理式投圧ロジ・バレット


 その下に、ナオキの真似をして短く区切って書いていく。


 ・空気と魔力の“押し合い”で発射

 ・落ちる力を横に曲げる

 ・魔力の減りはすくない(いっぱい撃てる)

 ・小さい魔獣なら、骨まで届く


 書きながら、リヴは何度も首をかしげた。

 字の形が歪んでいるのが気になる。

 けれど、ナオキなら読めるはずだ。


「“リヴ式・理の投射”……ふふ」


 自分でそう呟いて、少しだけ頬が熱くなる。


 ページの端には、小さなスペースが残っていた。

 そこに、少し迷ってから、落書きのようなメモを付け足す。


 【初めての魔法狩り、成功。こわかったけど、ちゃんと当たった。】


 それを見て、リヴは小さく息を吐いた。


(こわかった、ってちゃんと書いておこう)


 紙に残しておけば、いつか忘れそうになったときに思い出せる。

 今日の震えと、魔獣に合わせた手の感覚を。


 そのノートが読み返されるのは、ほんの少し先のことだった。


 数日後。


 ウロの入口の布がめくれ、冷たい風と一緒にナオキが戻ってきた。


「ただいま」


「おかえり、ナオキ」


 リヴが笑って迎える。

 森の奥で過ごす二人の「ただいま」と「おかえり」は、いつも短くて、それだけで安心できる言葉だった。


 荷物を下ろしたナオキは、喉を潤したあと、いつものようにウロの中を一周見て回る。

 薬草の様子。

 乾燥させたキノコ。

 そして──机の上のスケッチブック。


「あれ、新しいページできてる」


 ナオキが表紙をめくると、見慣れない文字が目に飛び込んできた。


「理式投圧……ロジ・バレット?」


 声に出して読むと、後ろでリヴが少し肩をすくめた。


「えっと……ナオキが教えてくれた“おとす力を横にするやつ”、名前つけた」


「お、名前まで付けたのか」


 ナオキは、ぱらぱらとページをめくりながら目だけ動かす。


「ひと言くらい相談してくれてもよかったのにな。

 ……って言いつつ、けっこうカッコいいな、これ」


「だ、だめじゃないの……?」


「だめどころか、センスあるよ」


 ナオキは口元をゆるめた。


「理式投圧。ロジ・バレット。響きもいいし、中身ともちゃんと合ってる」


 さっき読んだページを指でとんとんと叩く。


「それにな。こっちのほうが、もっと大事だろ」


 そう言って、ページの端のメモを軽くつつく。


 【初めての魔法狩り、成功。こわかったけど、ちゃんと当たった。】


「怖かったって書いてるの、いいな」


「……いいの?」


「怖いのにちゃんとやったってことだろ。

 “全然怖くなかったです”って言われるより、こうやって書いてあるほうが、よっぽど信用できる」


 リヴは、胸の前でそっと指を重ねた。


「……うん」


 ナオキはスケッチブックを閉じ、ランプの灯りを少しだけ絞る。


「とりあえず、今日はそれで十分だな。

 理式投圧は合格。今度、俺の前でも撃って見せてくれ」


「うん、見てて。ちゃんと当てるから」


「外したら、そのときはまた一緒に考えよう。

 当たらなかった理由を見つけるのも、“リケイ”の仕事だしな」


 そう言って笑うナオキを見て、リヴも小さく笑った。


 ランプの火が低くなり、ウロの中に静けさが戻ってくる。


 暗闇の中、机の上のスケッチブックだけが、まだほんのりと温もりを残していた。

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