プリンが世界を書き換えた日
ウロの朝。
リヴは木漏れ日の中で、ノートを抱えていた。
ナオキが昨日描いた図――火、水、風の理屈。
それを何度も指でなぞりながら、小さく唇を動かしている。
「ねえ、ナオキ。わたし、もっと知りたい。
この“カガク”ってやつ、もっと教えてほしい。」
ナオキは思わず笑った。
「おっ、理系女子の誕生か。」
「リケイ?」
「理屈を考えて、世界を理解する人のことだよ。」
「ふふっ、じゃあ、わたしも“リケイ”になる!」
彼女は胸を張って言った。
その瞳は、昨日よりずっと輝いている。
「よし。じゃあ――教材、取りに行ってくるか。」
「きょうざい?」
「うん。本とか映像とか、地球の“勉強の道具”。
それがあれば、リヴにもっとわかりやすく教えられる。」
リヴの耳がぴんと立つ。
「そんなすごいもの……! 私も一緒に行っていい?」
ナオキは少し考えて、笑いながら肩をすくめた。
「うーん……まあ、何度も見てるし、理屈もわかってるだろうけど――」
リヴはぱっと顔を上げた。
「じゃあ、わたしも行く!」
地球に興味津々なリヴだったが、以前ナオキが話した“通過に10秒を超えると切断される”という恐ろしいルールを思い出し、顔を青くした。
「でも、失敗したら体が半分こになるんでしょ?」
「……まあ、そうなるな。」
リヴはぴたりと動きを止めた。
そのまま小さく首を振って、真面目な顔で言った。
「今回は遠慮します。」
「ははっ、だよな。」
ナオキは笑って立ち上がり、リュックを背負う。
「大人しく待っててくれ。美味しいものも持ってくるから。」
その一言に、リヴの目がぱっと輝く。
「クリームパン!!」
ナオキは笑いを堪えながら指を立てる。
「もっと美味しいものかもよ。」
「クリームパンよりも!?」
リヴの反応に、ナオキは笑いながら手を振った。
「楽しみにしとけ。すぐ戻る。」
そう言って、『32型』の光の縁に手を伸ばし、画面を起動させる。
空間が淡く歪み、青白い光がウロを照らす。
ナオキの姿が、ゆっくりと消えていった。
リヴはナオキの背中を見つめ、手を合わせた。
「……いってらっしゃい。」
ナオキは軽く振り返り、笑顔で言った。
「行ってきます。」
ウロの中に静けさが戻る。
リヴは両膝を抱えて、ぽつりと呟いた。
「……もっと、知りたいな。」
光が収束し、ナオキは再び地球のアパートへ戻ってきた。
時計を見ると、わずか数分しか経っていない。
冷蔵庫を開け、手を止める。
「……あった。最後のプリン。」
手に取るその姿は、まるで何かの秘宝でも扱うようだった。
「クリームパンより……衝撃的だろ、これは。」
ノートPCとタブレット、教材用のUSBを詰め、再びポータルを開く。
青い光が弾け、ナオキは異世界へと戻った。
数十分後。
光が再び開く。
ナオキがリュックを背負い、少し息を弾ませながら戻ってきた。
「ただいま。お待たせ。」
「おかえり! ……それ、なに?」
リヴが駆け寄る。
ナオキは笑って袋を取り出した。
「お待ちかね。地球で“プリン”って呼ばれてる奇跡の食べ物だ。」
「き、きせき?」
彼が差し出したのは、小さな透明のカップ。
ふたを開けると、淡い黄色の光沢が中でとろりと揺れていた。
「……ぷりん?」
リヴの声が震えた。
スプーンを手渡すと、彼女は恐る恐る一口。
――とろん。
舌の上でとけた瞬間、リヴの瞳が見開かれた。
体が固まり、息を止める。
――瞬間、時が止まった。
「な、なにこれ!? あまっ……やわっ……しあわせぇぇぇぇ!!!」
全身がびくんと震える。目を見開き、頬が赤く染まる。
両手で頬を押さえ、涙がにじみ、唇が震えた。
「舌が……とける……! これ、食べ物じゃない、魔法だよ!」
ナオキは腹を抱えて笑った。
「はははっ、ようこそ、地球の甘味の世界へ!」
リヴは両手をぶんぶん振りながら叫ぶ。
「ずるい! こんな世界があるなんてずるい!」
「言っただろ? もっと美味しいものかもって。」
「これ……これ、世界を救える味だよ!!」
ナオキは吹き出して笑った。
「大げさだな。」
「だって! だってぇ……こんなの知らなかったもん!!
なにこれ、罪の味!? もう一口、だめ、止まらない!!」
ナオキは肩をすくめる。
「女の子がしていい顔じゃない。食べ物に惚れてる顔だぞ。」
リヴは我に返り、耳まで真っ赤にして両手で頬を押さえた。
「わ、わたし、そんな顔してた!?」
「した。」
「……もう! ナオキのせいだよ!」
ぷいっとそっぽを向くが、
その頬にはまだ――“世界を変えた甘味”の余韻が残っていた。
ナオキはそんな彼女を見て、静かに笑った。
長めのお話を、ここまで読んでくださってありがとうございます。
この先のふたりの毎日を一緒に見守ってもいいかな、と思っていただけたら、ブックマークや評価でそっと支えてもらえると、とても心強いです。




