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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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再現実験

 朝靄はまだ草むらの上に薄く漂っていた。

 露をまとった草葉が光をはじき、夜と朝がゆっくり入れ替わる。

 その静けさの中で、ナオキは深く吸い込んだ冷気に、ようやく眠気が抜けていくのを感じた。


 背後で、ふわりと軽い足音。


「ナオキ……あのね……!」


 振り向くより先に、リヴが駆け寄ってきた。

 頬は赤く、長い耳はぴんと立ち、興奮で震えている。


「見たよね! 昨日の……火。あれ……ほんとうに、出たよね……?」


 その声音が胸の奥まで震えている。

 魔法という“夢の話”が、初めて形になった。

 それは十五歳の少女には、世界が反転するレベルの出来事だった。


「ああ。見たよ。焦げ跡まで残ってる」


 ナオキは地面にしゃがみこみ、指で黒くなった部分をすくった。

 湿った土とは違う、確かな“燃焼の痕跡”。


「ここ、ちゃんと燃えてる……。酸化の跡もある」


「さんか……ねつ……?」

 リヴは首を傾げる。それでも拒絶せず、理解しようと耳を傾けている。


 ナオキは言いかけて、ゆっくり息を吐いた。


(全部説明しても理解しきれないだろう。でも――)


 それでもいい。

 昨日の一瞬で分かった。

 イメージしようとする気持ちこそが、この世界の魔法の“核”なんだ。


「火ってのはな、燃えたい粒がいるんだよ。空気の中に」


「も……燃えたい粒……?」


「そう。そいつが熱をもらうと光る。つまり燃える」


 リヴは自分の掌を見つめながら、小さく呟く。


「じゃあ……あたし、あのとき……その粒に……あったかくなれって思った……?」


「そう。理屈はぐちゃぐちゃだったけど、イメージは完璧だった」


 リヴは照れたように耳を触り、かすかに笑った。


「えへへ……よくわかんないけど……たのしかった……」


「それでいいよ」


 この世界で魔法を使える者は少ない。

 村でも旅でも、魔法が使える者は“奇跡”のように扱われる。


 リヴが語った、村の分類はこうだ。


 《天才》


 理屈ゼロ。

 なのにイメージだけで炎や水を引きずり出す者。

 数百人に一人。場合によっては数千人に一人。


 《事故》


 幼い頃の火事、落雷、氷崩れ。

 生死の境目で刻まれた“極端な体験”が魔力と噛み合い、

 強制的に魔法の核となる。


 そして、リヴはそのどちらでもなかった。


(理解しようとし、イメージしようとし、そして俺の言葉を信じてくれる――)


 その三つが揃えば、魔力を“理屈”で動かせる。

 この世界ではほとんど存在しない、第三の魔法の形。


(……リヴは、理で魔法を使えるタイプだ)


 ナオキは胸の中で確信し、立ち上がった。


「リヴ、ひとつ聞くぞ。昨日、なんで火が出たと思う?」


「えっとね……サンソ……あつい……って……ナオキが言ってたこと思い出して……あとは、“でろっ!”って……」


(ほぼ精神論……!)


 だが、それでいい。

 理解・イメージ・信頼。

 三つが揃い、奇跡ではなく“現象”として火は生まれた。


「よし……もう一回、試してみるか」


「やる!!」


 即答だった。

 その目の奥は、期待と喜びでいっぱいだった。


 二人は拠点前の開けた場所に並んだ。

 朝霧が薄くほどけはじめ、草原が少しずつ黄金を帯びていく。


「まずは昨日の続きだ。落ち着いていこう」


 ナオキが言うと、リヴの顔がぱっと明るくなる。

 胸の前で指を重ね、期待を隠しきれない。


「やる……! また火、出したい……!」


「焦らなくていい。昨日のは奇跡じゃない。理屈とイメージが噛み合った結果だ」


「り、りくつ……」


「昨日言っただろ? 空気の粒が熱をもらうと――」


「あ、あったかくなる! そしたら、燃える!」


 ナオキは思わず吹き出す。


「まあ雑だけど……まあ、それでいい」


 リヴは誇らしげに胸を張った。

 その姿があまりに子どもっぽくて、ナオキは小さく笑ってしまう。


「よし。じゃあ、もうちょっとだけ詳しく言うぞ」


 リヴは背筋を伸ばし、真剣な表情で耳を傾ける。


「空気の中には細かい粒があってな、その中に酸素っていう燃えやすい成分がある。

 そいつの結びつきが緩んで、熱が集まれば……光と熱が生まれる」


「む、むずかしい……」


「簡単に言えば、“熱いイメージ”を正確にすると火になるってことだ」


「あ、それならわかる!」


(……理解の取捨選択がうまい子だな)


 ナオキは心の中で苦笑しつつ、手で前方を示した。


「リヴ。目の前の空気の中に、小さな“燃えたい粒”が浮かんでると思え」


「燃えたい粒……燃えたい気持ち……?」


「そう。そいつらが、熱を『欲しい』と思うようにイメージするんだ」


 リヴは目を閉じ、掌にゆっくり意識を向ける。


 朝の光が頬に淡く差し込み、長いまつ毛の影がわずかに揺れた。


「ちりさん……あったかくなれ……」


 ナオキも横で深く息を吸う。

 リヴの呼吸が整うのを感じながら、静かに呟いた。


「空気の動き……熱の流れ……そこに意識を合わせろ」


「……ナオキ、なんか……わかる気がする……」


「そのままでいい」


 空気が、小さく震えた。


 草がふわりと揺れ、二人の影が一瞬だけ重なる。

 リヴの指先が、ほんのり赤みを帯びるような錯覚が走った。


「……火よ……」


 ぽっ。


 微かな橙光が、リヴの掌の前に灯った。

 本当に一瞬。けれど間違いなく“火”だった。


「……でた……?」


 震える声。

 ナオキは優しく頷いた。


「出たよ。まだ弱いけど、間違いなく火だ」


「ほんとう……?」


「本当だ。昨日より安定してる。こんなに早く再現できるとは思わなかった」


「やった……やった……!」


 リヴの胸が小刻みに上下する。

 昨日とは違う。そこには確かな“自信の芽”が宿っていた。


「じゃあ、もう一度いってみよう」


「うん……!」


 リヴは掌を見つめ、小さく息を吸う。


 昨日の記憶が胸へと流れ込む。

 闇の中で怖くて逃げ帰った日々の先で、初めて灯った小さな光。

 あの温かさが、イメージとして手の中に形成されていく。


「イメージは“強く”じゃない。“正確に”だ。

 熱が集まり、粒が震えて……光になる」


「……震える……あつい……ひかる……」


「そう。三つを合わせる。心でだ」


 リヴはゆっくり目を開き、掌を前に突き出す。


「……火よ……!」


 ボッ……!


 さっきよりはっきりとした炎が、ゆらりと灯った。

 数秒間、赤橙の光が風に揺れ、空気を震わせる。


「出た……! さっきより長い!」


「よし、安定してきたな」


 リヴはその場で小さく跳ねた。


「すごい……すごいよ、ナオキ!

 あたし……あたし……!」


 言葉にならない喜びが、声の奥で震えている。


(これで……偶然じゃないと証明できた)


 ナオキは静かに確信した。

 リヴは“魔法という現象の核”に、手を伸ばし始めている。


 陽が昇り、草原は金色を帯びはじめていた。

 薄い朝霧が風に溶け、世界が目を覚ますように輪郭を取り戻していく。


 ナオキとリヴは向かい合い、ふたつの影が地面に長く伸びていた。


「さて……ここからが、本番だ」


 ナオキが言うと、リヴの喉が小さく上下する。

 期待の震えと、ほんのわずかな緊張。

 それでも、瞳は昨日のリヴとは違っていた。


「……ほんとうに、できる……?」


「できる。理由は二つある」


 ナオキは人差し指を立てる。


「ひとつは、リヴが“現象の理”を理解しはじめたからだ。

 火は、熱と酸素と燃える粒が反応した結果――これはこの世界の“法則”だ」


 リヴはこくりと頷く。

 昨日と違い、言葉の意味を掴もうとする強い目つきだった。


「もうひとつは……リヴが“信じてる”からだ。

 自分自身を。そして俺の言葉を」


 リヴの肩がわずかに震える。


「……うん……」


「火を起こすのに、魔力のゴリ押しなんて必要ない。

 理屈を正確に、イメージを丁寧に。

 その二つを魔力でほんの少し後押しすれば、それでいい」


 この世界で魔法を使える者は少ない。

 ほとんどは“天才”か“事故”。

 強引にイメージを叩きつけるような魔法で、魔力を大量に消費してしまう。


 だが――リヴは違う。


(リヴは“理屈”を理解し、“正確なイメージ”で現象の核を握れる……)


 ナオキはゆっくりと手を差し出し、リヴの掌にそっと触れた。


「リヴ。世界を全部動かす必要はない。

 意識するのは……ここだけだ」


 掌の前、ほんの数センチの空間。


 リヴは目を閉じ、そこに意識を集中させた。

 風が草を撫で、鳥のさえずりが遠くで響く。

 世界がゆっくり静まり返っていくようだった。


「空気の粒が舞ってる。それを思い浮かべろ」


「……ちいさい粒……」


「そいつらに、“熱が欲しい”って思わせるんだ」


「ほしい……って……」


「そう。火の、いちばん最初の気持ちだ」


 リヴは小さく頷いた。

 昨日の“あったかい火”の記憶が、胸の中でふっと灯る。


「次は熱だ。リヴは昨日、それを手の中で感じた」


 リヴの眉がふわりと緩む。


「……うん……痛くなかった……あったかかった……」


「その感覚を、胸で思い出せ。

 火は怖くない。世界の仕組みだ」


 リヴの呼吸が整い、掌に意識が集中していく。


「よし。酸素だ」


「サンソ……!」


「空気の二割。熱で結びつきが緩んで、光る粒になる」


「光る……はじける……」


「そうだ。それを“正確に”思い描く」


 リヴはゆっくり目を開き、ナオキを見た。


「ナオキ……できそう……」


「ああ。できる」


 リヴは再び掌を前に向けた。

 朝の光に照らされ、少女の横顔がはっきりと浮かび上がる。


「……やる……」


「……見てるよ」


 リヴは息を吸い、胸に溜めて、

 心の奥で小さく呟いた。


(ナオキ……信じてる……)


「……火よ……!」


 その瞬間――


 空気が震えた。


 掌の前のわずかな空間に、

 熱のイメージが滑り込み、酸素の粒が震え、世界の理がカチリと噛み合う。


 光の粒が、ぱらぱらと舞った。


 そして――


 ボウッ!!


 昨日とは比べものにならない炎が、掌の上で花開いた。


 橙が紅へ、紅が金へと揺らめき、

 炎は風に揺られながらも形を保ち続ける。

 熱は優しく、掌を焼かず、ただ光だけを世界へ放つ。


「…………っ」


 リヴの瞳が大きく見開かれ、震えた。

 頬を伝った涙が、炎の光を受けてきらりと光る。


「……ナオキ……!

 ナオキ……! わたし……ほんとうに……!」


 声は震えていた。

 嬉しさで。

 驚きで。

 そして――自分を許す気持ちで。


 ナオキは微笑んだ。

 心からの、柔らかな笑みだった。


「ああ。リヴの火だよ。理を掴んだ結果だ」


「り……! り……わたし……!」


「火は祈りじゃ起きない。

 リヴは“理解して、想像して、信じた”。

 その三つで……世界を動かしたんだ」


 リヴは胸に手を当て、涙を拭う。


「……胸が……あつい……でも……こわくない……

 ナオキの言葉が……ぜんぶ、ここに……」


「それでいい。それが“魔法”だ」


 炎はふっと弱まり、ゆっくりと消えていった。

 残ったのは、温かさと――確かな自信。


 リヴはその手を胸に抱きしめ、震える声で呟いた。


「ナオキ……みてて……

 あたし……もっと……できる……気がする……」


 朝日が草原を満たし、光の波が揺れる。


 跳ねるように笑うリヴは――

 どんな火よりも、

 どんな魔法よりも、


 この世界でいちばん明るかった。

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