薬草と魔法むそう
ナオキは冷凍抽出した軟膏を少し指に取り、リヴの腕の傷に塗ろうとした。
「ちょっと試してみるか」
リヴは眉をひそめ、腕を差し出す。
「あのときの……でも、これって……作り方が変わってるのよね?」
俺は軽く笑った。
「まあ、普通じゃない方法かもね。でも、薬草成分は同じだし、濃度が違うだけで」
リヴは恐る恐る軟膏を塗る。冷たい感触が腕に広がる。
「……あ……これ……きく……。すぐ……わかる……」
足を治したときの記憶があるからこそ、効果自体は信じている。
けれど今回は“何か”が違うらしい。リヴの瞳が大きく開き、火の光を反射した。
「でも……どうして……こんなにつよい? これ……魔法……?」
俺は肩をすくめ、くすっと笑う。
「魔法じゃないよ。科学。
乾燥させずに生のまま成分を抜いて、それを凍らせて分けるんだ。
氷の中心に“濃い層”ができるから、そこだけ削って……ワセリンで整える」
「……カガク……? レイトウ……?
こおりの……上級魔法……?」
「だから魔法じゃなくてだな……」
リヴはぽかんと口を開けたまま、火の揺らぎを映していた。
「……わからない……まったく……。でも……すごい……」
理解していない。
それでも、迷いなく──“信じて”いた。
「まあ、作り方はいいさ。効けばそれで十分だろ」
「……うん。ナオキ……すごい……」
その一言に、ナオキは思わず目を逸らした。
軟膏を塗る仕草が落ち着いたころ、
リヴは火の揺らぎに照らされた傷跡をぼんやり眺めながら、
ぽつりと呟いた。
「こういう……“つくる”って……ナオキの世界の人、みんな……できるの……?」
「いや、全員は無理。俺だって専門じゃないし」
「じゃあ……なんで、ナオキは……できるの?」
「生活の延長、だな」
「せいかつ……?」
リヴは首を傾げる。
その仕草がどこか幼くて、胸に刺さる。
俺は指を上下に振りながら説明した。
「たとえばさ。怪我したら消毒して、洗って、乾かして、薬塗って、ガーゼ巻いたりするだろ? 地球では、それを“科学”って考え方でまとめてるんだ。
薬草も乾かすか、生で使うかで効果が変わるし、熱を加えると成分が壊れたりもする。そういう手順が“積み重なって”るだけ」
リヴはぱちぱちと瞬きをした。
「……すごい。
積み重なるって……そんな言葉、初めて聞いた……」
「魔法は積み重ならないのか?」
「ならない……と思う。
使える人は、ぱってできるし……
使えない人は、なにやっても……できない……」
リヴは小さく視線を落とした。
その肩が少し寂しげに揺れる。
「だから……わたし、むいてないのかなって……」
「そういえば、リヴは……魔法が使えるの? 氷の魔法とか言ってたし」
問いを聞いた瞬間、リヴの指が止まり、肩が沈んだ。
「……つかえないの。まったく。
ちいさい魔法も……だめ」
「魔法が使える人なんて、ほとんどいないのか?」
「うん……すくない。
まともに使えるの、村に一人か二人……
それも、火をちょっとつけるとか……そのくらい……」
「意外と地味だな」
リヴは少しだけ笑った。
「こおりの魔法なんて……おとぎ話だし。
わたし……半分エルフなのに……」
ゆるく丸めた肩、伏せた横顔。
その“ちいさな落ち込み”が、火の光でより鮮やかに映る。
(劣等感か……)
俺はそっとリヴの肩に手を置き、微笑む。
「そっか……でも、焦ることはない。魔法が使えなくても、君の力や知恵は十分に強い。今までだって、そうやって困難を乗り越えてきただろう?」
リヴは小さく頷き、少しだけ目に光を取り戻した。
「……うん、ありがとう、ナオキ……」
俺は少し考え、笑みを浮かべる。
「魔法のことはよくわからないけど……イメージで使えるなら、発火点と酸素と結合させたりして火を出せたら格好いいよね。
あと、空気中の水分を飽和状態にして水を出せたら、水汲みが楽になるだろうなあ」
「……?」
リヴは完全に置いていかれた顔をした。
「サンソ? ハッカテン? ホウワ? えっと……それ、なに語……?」
「いや、日本語……だけど。
あ、難しいよな。ごめん」
「ううん、きらいじゃない……
ナオキの、その……“よくわからない話”……
すき……」
「その言い方はどういう……」
「ふふ……なんでも、たのしそうに話すの……
いいな、って思うだけ……」
リヴは指をむにむにと動かしながら、
火の明かりのほうを見つめる。
「でもね……ナオキのはなし聞いてると……
魔法って、ちょっと……できそうに思えるの。
なんでだろう……?」
俺は少し照れながら肩をすくめた。
「たぶん……“理由をつけて説明してる”からだよ。
俺の世界は、なんでもかんでも理由を探すクセがあるんだ」
「……りゆう……」
「魔法を使える人にとっては、きっと“感覚”なんだろうけど、俺は逆に、理由がわかれば安心するタイプなんだよ。
そういうのが……リヴにも少し伝わってるのかもな」
リヴは静かに目を細めた。
「ナオキの……そういうところ……
すごく……すき……」
「え?」
「ま、まって、いまの……ちが……
そういう“すき”じゃなくて……」
耳まで真っ赤になりながら、
リヴは小さく両手で顔を覆った。
「ナオキのはなし、すき……ってこと……
へんな意味じゃなくて……」
俺は笑いをこらえきれなかった。
「わかってるって」
「わかってない……」
「わかってるよ」
「……むぅ……」
リヴはぷいと横を向いたが、
その横顔は火の光でほんのり桃色に染まっていた。
空気がふっとゆるんだとき、
リヴは指を組み、そっとこちらを見る。
「……もっと……ききたい。
ナオキの世界のこと……
べんり、ってなに……?
どうして、そんなに……たのしそうに……話せるの……?」
「全部いっぺんにだと多すぎるぞ」
「……ゆっくりで……いい……
ずっと……きいていたい……」
その言葉の響きに、
火の揺らぎよりも柔らかい温度が宿っていた。




