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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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三ヶ月の孤独と、再会の代償

 リヴが去ってから、およそ三か月。


 ナオキの生活は、六畳とウロ――ふたつの空間を往復する一本の線のように細く、静かに続いていた。


 夜は介護施設での夜勤。

 明け方に短い仮眠を挟み、日中は通信制の講義とレポート。

 空いた時間はすべて、ウロでの作業と記録に消えていった。


 それでも倒れずにいられるのは、木の根に守られた棚に置いた、小瓶ひとつのおかげだった。


 細かく砕いた、あのエナジーキノコの粉末。


 カップスープにひとつまみ混ぜると、胸の奥に小さな火が点く。

 眠気と倦怠を押し返すような、淡い温かさ。

 効き目が強すぎると分かっているから、ナオキは計量スプーンを使い、ほとんど儀式のように量を決めていた。


 命を削らないための、命綱。


 


 孤独な研究は、毎日を埋めていた。


 青黒い薬草を刻み、六畳のプランターへ。

 水耕栽培用の容器にも分け、土の配合、湿度、温度、光の角度までノートに書き留める。


 結果はどれも変わらなかった。


 地球の土は、その葉を抱こうとしなかった。


 根は伸びる前に白く乾き、葉は色を失い、指先で触れた瞬間、紙片のように崩れる。

 息をのむ暇もないほど脆かった。


(やっぱり……俺の世界だけじゃ、この生命には届かないんだろうな)


 落ち込む気持ちは確かにあった。

 けれど、不思議と絶望にはならなかった。


 リヴの世界の命が、こちらでは生きられない。

 ただ、それだけの話なのだと、自然に受け取れていた。


 ノートに一行、書き込む。


「薬草A:地球側での増殖は現状不可。供給源はリヴのみ」


 残されたインクの線は淡々としている。

 けれど胸の奥では、その一行が重い沈殿のように沈んでいった。


 それでも、手は止めない。


 軟膏の配合と、皮膚の回復具合。

 キノコ粉の分量と、夜勤明けの身体の戻り方。

 そうした細かな実験が、ページを少しずつ埋めていく。


 進まない部分と、確かに前へ進む部分。

 その両方が、三か月の重さになった。


 


 買い出しのための財布は、いつも薄かった。


 百円ショップの金属スプーン、小鍋、保存容器。

 特売の日だけ買う醤油や味噌。

 災害用の保存食。


 袋が指に食い込む帰り道、レジ袋の擦れる音まで違って聞こえた。


 これが異世界の資本になる。

 そう思うと、生活用品のひとつひとつに、別の重さが宿った。


 ウロでは、それらをブルーシートの上に並べていく。


 金属の冷たい光。

 乾いた香辛料の匂い。

 日本語のラベルが、木の内側で場違いなほど鮮やかだった。


(三か月後、どれを渡せて、どれが役に立つんだろう)


 そんな未来の想像が、孤独な作業の支えになっていた。


 


 約束の日が近づいたある朝。


 夜勤明けの眠気を振り切り、ナオキは六畳の部屋を出ると、そのまま木の中の十畳へ向かった。


 三十二型の木目をくぐると、十畳の空間はいつものひんやりした空気に包まれていた。

 ランタンを灯せば、金属や瓶や袋――自分が積み重ねてきた日々が、柔らかい光を跳ね返す。


 落ち着いて待てる気はしなかった。


 ポータルの前のブルーシートを整える。

 軟膏の小瓶を箱に収める。

 湯を沸かす準備もしてから、森側の目隠し布の前に腰を下ろした。


 ウロの外は、もう朝だった。


 布越しに湿った風が通り、鳥の声が近づいたり遠ざかったりする。

 木の根の隙間から射す光がゆっくり濃くなり、ランタンを消しても、空間は淡い光をたたえていた。


 時間が妙にゆっくり流れる。


 一時間。

 時計の針が一周するたび、森の音が変わっていく。


 二時間。


 どこかで枝が折れる。

 それが獣の気配なのか、ただ風が走っただけなのか、判別ができない。


 胸の奥で、勝手に悪い想像が形を取り始めた。


(獣に襲われた……?)


(街で誰かに目をつけられた……?)


(もう来ない、と決められていたら……?)


 考えが深くなる前に、指先で木の床を軽く叩いた。

 変な想像を育てるだけ無駄だ。

 そう自分に言い聞かせる。


 それでも、不安は静かに形を変えながら居座った。


 そのときだった。


 森側の布が、微かに揺れた。


「……」


 反射的に立ち上がる。

 手にはいつの間にか、そばにあったバールを握っていた。


 布の向こうから近づく気配。

 足音は軽くない。

 地面を引きずるような、疲れた足取り。


 布が、ゆっくり持ち上がる。


 差し込んだ朝の光の中に、ひとつの影。


 フードの影が揺れ、その下から――見覚えのある輪郭。


「……リヴ」


 名前が漏れたとき、腕から力が抜けた。

 バールが土の床に落ち、鈍い音が響く。


 リヴは、小さなデイパックを背負い、弓を握っていた。


 顔は泥と汗で汚れ、頬には乾いた筋が残っている。

 青い瞳の縁は赤く、白目には細かな血管が浮かび、肩で息をしていた。

 長い旅で擦れた革紐が腕に絡み、弓の弦には張り替えた跡がいくつも刻まれている。

 足元はふらつき、靴底は薄く削れていた。


 それでも、ウロに入った瞬間、リヴは一度だけ木目を振り返った。

 その奥にある六畳を確かめるように――ほんの一瞬だけ目を細めた。


 そして力が抜けたように、デイパックを降ろし、その場に膝を落とした。

 土がわずかに舞う。


「……よく帰ってきた」


 それしか言えなかった。


「無事で、本当に……よかった」


 声が震えた。

 リヴは息を乱しながら、かすかに頷いた。


 足元には、汚れた布袋が並んでいた。

 袋を開けると、青黒い薬草がぎっしり詰まっている。

 別の袋には、乾いたキノコが数種類。

 土と干しキノコの匂いが、一気に広がった。


 リヴはデイパックの奥を探り、くしゃくしゃのスケッチブックを取り出した。


「ナオキ……ただいま」


 その一言で、胸の奥が強く揺れた。


 スケッチブックには、ナオキが描いた簡単な線の横に、びっしりと細かい文字や図が描き足されていた。


 硬貨の絵。

 城壁らしき線と、門の印。

 塩の周囲に並ぶ矢印と注釈。


 読めない文字でも、そこに込められた密度は伝わった。


 リヴは、呼吸を整えながら語り始めた。


 塩の価値。

 領主の専売。

 街での視線。

 砂糖の白さがどれほど珍しいか。

 ライターが“神の火”と呼ばれたこと。


 ナオキの背に冷たい汗が伝った。


 そして、ヴァルターの名前が出た。


 市場での失敗。

 囲まれかけたこと。

 商会の男に助けられたこと。

 安全のために、知っている限りのことを差し出したこと。


「こわかった」

「でも、言わないと……もっと、こわい」


 声が震え、最後はほとんど聞こえなかった。


 そして、深く頭を下げた。


「ナオキ……わたし、しっぱい……した」


 その言葉で、ナオキの胸が詰まった。


 自分の軽い考えが、どれほど大きな渦に触れたのか。

 領主。

 専売。

 商会。


 知らなかった言葉が、急に現実味を帯びて迫ってくる。


 乾いた喉で、なんとか声を絞り出す。


「いい」


 短い言葉だった。

 けれど、本音のすべてだった。


「いいよ、リヴ。よく……生きて帰ってきた。それだけで、もう十分だ」


 言葉が終わる前に、リヴの肩が震えた。


 ナオキは膝をつき、そっとその身体を抱き寄せた。


 泥と汗の匂い。

 細い背中。

 腕の中で乱れる呼吸。

 シャツに触れた頬が、ゆっくりと熱を伝える。


「ナオキ……」


 掠れた声が胸元で震えた。


 その重さは、三か月分の孤独と恐怖。

 そして、たったひとつの帰る場所を見つけた安堵だった。


 ナオキは、胸の奥に広がる痛みから目をそらさなかった。


(俺が無知だったからだ)


 塩も砂糖も、軽い金策のつもりだった。

 向こうの世界では、命を左右する力になりうる。

 その想像を、してこなかった。


(次は絶対、同じやり方はしない)


 腕の中の小さな体温を確かめながら、静かにそう誓った。

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