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『32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~』  作者: ひろボ


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第2話:50メートル先の水音と足跡

 ピピピピ、ピピピピ……


 けたたましいアラーム音で、ナオキは目を覚ました。


 アパートの自室の、見慣れた天井。午前7時。休日の朝だ。


「……夢、じゃねえ」


 ナオキはベッドから飛び起きた。


 部屋の隅に転がる、焦げた匂いを放つ延長コードの残骸が、昨夜の出来事が現実だと証明していた。指先で触れると、まだ微かに温かい。血の気が引く。

(昨日の計画どおり、まずは安全確認だ)


 台所で食パンを焼き、インスタントコーヒーを淹れる。習慣の味が口に広がるはずなのに、どこか遠い。甘さも苦みも、いまは事務的な通過点にすぎない。食い終わると手早く皿を流しに運び、作業着に着替えて装備を点検する。


 武器:金属バット(75cm)。

 道具(兼サブ武器):文化包丁(タオルで厳重に巻く)。

 記録:スマホ(圏外だがカメラと時計、メモは使える)。

 医療:消毒液・ガーゼ・痛み止めを小さなポーチにまとめる。

 採取用:ゴム手袋、チャック付きポリ袋。

 食料:カロリーブロック一箱。

 その他:軍手、ライター、水筒。


 バックパックにすべてを詰め、ポケットの中の小物も確認する。細かな動作が逆に安心感をくれる。『32型テレビ』の前に立ち、10秒ルールを頭で反芻する。


「よし」


 画面に触れてポータルを起動。感覚的にはまだ信じられないが、腕の震えは抑えられる。バッグを素早く向こう側に放り込み、バットを握って体をウロの中へ滑り込ませた。


 ひんやりした土と樹液の匂いが鼻腔を満たす。四畳ほどの空間には折り畳みベッド、ブルーシート、持ち込んだ荷物の匂いが混ざっている。LEDランタンを点けると、白い光が低い天井に当たって柔らかく拡散した。


 最大の懸案は森側の出口だ。昨夜の目隠しカーテンが静かに垂れている。バットを構え、息を殺してカーテンに近づく。隙間から差し込む光は、昨夜の不穏な闇とは違って安心させるほど明るい。


(獣がいたら即アパートへ戻る)


 端を一気に引き開けると、目に飛び込んできたのは圧倒的な緑。陽光を受けて巨大なシダがきらきらと揺れ、その背後に幹の太い大木が立っている。鳥のさえずり、葉の擦れる音。獣の気配は見当たらなかった。


「……よし」


 一歩を踏み出すと、湿った土が靴底にまとわりついた。指先で土をすくうと、ひんやりとした湿り気。肥沃な土だ。隣に生える赤いキノコは人体に危険を知らせる色だと、本能が告げる。スマホで念のため撮影しておく。


 半径十メートルを慎重に探索する。倒木をまたぎ、苔を踏まないよう細心の注意を払う。便利な果実は見つからないが、獣の足跡もない。安全だが、いまは“安全”が最大の収穫だ。


 水筒で喉を潤そうとした瞬間、耳に入った。


 ――サラ、サラ――


 一定で静かな水音。木漏れ日に反射して白くきらめく水面が、葉の影とともに揺れているのが見えた。波紋がゆっくりと広がっていく。


(まさか……)


 胸の奥に小さな震えが走る。水。飲めるかどうかは分からない。だがここに水源があるとわかっただけで、大きな希望が生まれた。毎回ペットボトルを何往復もする苦行から解放される可能性——それは現実的な生活改善を意味する。


 だが、衝動を抑える。「慎重に」。川には動物が集まる。最も危険なポイントかもしれない。


 茂みの隙間から川面を窺う。光の帯が揺れ、反射がまばゆい。波紋が広がるたび、世界が少しだけ平常に戻ったような気がした。


 しゃがみ込み、十分間、ただ観察する。耳を澄ませ、枝のきしみや葉のざわめき、鳥の鳴き声の変化を探る。湿った空気が肺に入る。苔と土の匂いが鼻に残る。


(……もう少しだけ)


 川に直接向かわず、平行に移動して地形を把握する。靴底に泥が張りつき、倒木を越えるときの苔の感触に気を配る。ひとつの音、ひとつの違和感が命取りになる。


 そして――足跡を見つけた。


「……足跡?」


 ぬかるんだ地面に残る、平らな靴底の痕跡。ヒトのものだ。他の痕跡は見当たらないが、人がここへ来た証拠は確かにある。


 反射的に茂みに身を伏せ、背後のウロの位置を確認する。鼓動が跳ね、呼吸を止め、手が震えた。視界が揺れるように感じる。スマホを取り出し、震える指で慎重に写真を撮る。


 来た道を音を立てないように戻る。倒れた枝に触れぬよう、身を低くして進む。森の匂い、泥の感触を全身で確かめながら――ウロへ戻ると小さく安堵した。


 ウロの奥で背中をもたれさせ、深呼吸を繰り返す。胸の高鳴りをゆっくり整える。まだ鼻に土と木の匂いが残っている。


 着替えを終え、手を洗ってアパートへ戻る。着いた途端にスマホを開き、通販サイトのページを表示した。画面に表示される「バール」「登山ピック」「火バサミ」などの文字をスクロールしながら、指が止まる。


「武器も、情報も足りない。まずは大手通販で『武器』をポチるぞ」

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