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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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ヴァルター・商人筋からの情報

 森を出て街道に足を乗せた瞬間、湿った風が靴の甲にまとわりついた。


 ……森を出たのに。


 胸の奥の重さが残ってる。気のせいじゃない。呼吸が浅くなる感じがするし、背中の汗が乾かない。

 地球にいた頃の“嫌な予感”に近い。こういうの、だいたい当たるから困る。


 俺は無意識に肩を回した。荷物の紐が食い込んで痛い。


「街道まで来てもこれか。外なら少しはマシだと思ったんだけどな」


 独り言のつもりで言ったら、隣のリヴがすぐ返す。


「うん。森の揺れが、外まで漏れてる。魔素も薄い。どこかに吸い込まれてる」


 リヴは前を見たまま、空気の変化を探ってる。

 俺には全部は分からない。でも、リヴの言い方でヤバさは伝わる。


(吸い込まれてる、って……森ごと? 冗談だろ……)


 風向きが落ち着かない。数歩で肌に当たる向きが変わる。

 晴れてるのに、体感だけ寒い。鳥の声も、さっきからほとんど聞こえない。


 俺は、リヴの横顔を盗み見た。

 半年ぶりの帰還なのに、リヴはもう“こっちの住人”の顔になってる。


(そりゃそうだ。ここがリヴの世界だもんな)


 そう思ったら、ちょっとだけ気持ちが落ち着いた。

 俺がビビっても、リヴがいる。単純だけど、それは本当だ。


 しばらく歩いて、ヴェルンの城壁が見えてきた。

 灰色の石の壁。夕日に当たって、いつもなら「帰ってきた」って感じがする。


 でも今日は、なんか変だ。


 目で見た景色はいつも通りなのに、鼻に残る湿った感じが消えない。

 空気が重いというか、胸にひっかかるというか。


 門前は人がいる。荷馬車も列を作ってる。

 なのに、みんな顔が硬い。歩きながら何度も後ろを振り返ってる。


 俺もつられて振り返った。

 森のほうは見えない。見えないのに、背中が落ち着かない。


「……静かだな。みんな怯えてる感じがする」


「分からなくても、変っていうのは分かるんだと思う。空気がいつもと違うから」


 リヴの声が低い。こういう時のリヴは、無理に明るくしない。

 それが逆に、俺の腹に落ちる。


 城門をくぐると、顔見知りの門番が会釈してきた。

 でも手が剣に何度もいく。目の下も青い。


(……寝れてないんだな)


 街の中へ入る。

 石畳、露店、匂い。全部は変わってない。けど、声が少ない。呼び込みも弱い。

 大人が小声で話してる場所が多い。


 それより――子どもがいない。


 いつもなら路地から飛び出してきてぶつかるぐらいなのに。

 今日は、足音がない。笑い声もない。


 俺はその時点で確信した。

「気のせい」じゃ済まないところまで来てる。


「ナオキ、工房……大丈夫かな。みんな、無事かな」


 リヴが俺の服の裾をつまんだ。指先が冷たい。


「大丈夫。セラさんたちがいる。まず顔見て、安心しよう」


 俺は言いながら、自分に言い聞かせてた。

 “工房が無事”ってだけで、どれだけ救われるか。俺は知ってる。


 ◇


 南側の路地を抜けると、工房が見えた。


 赤茶色のレンガの小屋。入口には、子どもたちの絵が貼られたまま。

 太陽、花、へたくそな顔の人。笑ってるやつ。


 ……絵は明るいのに、扉の向こうは静かすぎた。


 俺は扉の前で一回止まる。

 勝手に悪い想像が浮かぶ。やめろ、俺。


 息を整えて、扉を開けた。


 中は暖かい。鍋の匂いもある。

 それでも、空気が固い。


 最初に見えたのはセラさんだった。布の山の前で座り込んでる。

 目元に濃い隈。俺の顔を見た瞬間、肩がふっと落ちた。


「ナオキさん……ああ、よかった。本当に無事だったのね」


「ただいま、セラさん。……みんな、大丈夫でした?」


「“大丈夫”って言い切れないわね。ここ数日ずっとおかしいの。灯りが安定しないし、子どもたちも怖がって奥から出てこない。誰も大声では言わないけど……みんな、分かってるのよ。何かが壊れ始めてるって」


 俺は喉が乾いた。

 こういう言い方をするセラさんは、相当追い込まれてる。


 奥から足音。バタバタ。


 ラナが出てきた。……出てきたのに、止まった。

 前なら飛びつく。今日は、俺を遠くから見てる。


(あ、これ……子どもが“安全確認”してる目だ)


 胸がチクリとした。


「ナオキさん……森で何を見たの? 街の大人たち、みんな変な顔してる。夜になると変な音がするって……」


「森は……かなり悪い。魔素の流れがズタズタで、俺たちもまだ全部は掴めてない。

 でも、はっきり言える。自然にしては、おかしすぎる」


 言い終わる前に、奥から重い足音が近づいた。

 ドシン、ドシン。嫌でも分かる。


 ヴァルターさんだ。


 煤けた鞄を床に置いて、深いため息。


「戻ったか。……助かる。おまえがいないと、この場の不安が爆発するところだった」


「ヴァルターさん。交易路のほう、ヤバいって聞きました。本当ですか」


「ああ。最悪だ。北の宿場から逃げてきた旅人が言ってた。道が“黒い枝”に塞がれてる」


 俺の背中が冷えた。


「黒い……枝?」


「枝みたいに伸びて、絡む。影みたいに薄いのに、確かに“ある”。

 光を当てると避けるみたいに引く。近づいたやつは魔素が抜かれる感じがしたってよ。輪郭が揺れて、ずっと何か探してるみたいだった」



 俺のアパート襲った黒い枝と一致しすぎる。


(地球の“黒い枝”と同じ。世界を越えて来てる……)


 俺の顔が強張ったのを見たのか、ヴァルターは声を落とした。


「領主も動いた。兵士と熟練の冒険者を何パーティも北の森へ向かわせた。原因を掴むためにな。だが……」


「……どうなったんですか」


「全滅はしてねえ。だが、誰も奥へ辿り着けなかった。入口から数キロで、魔素の流れが狂いすぎて三半規管をやられる。

 方向が分からなくなる。自分がどこ歩いてるかも分からなくなる。上位の冒険者でも吐いて、這って戻った」


「一流でも……?」


「森が外からの侵入を拒んでるように見える。剣も魔法も、あの流れの前じゃ役に立たねえ。

 今の森は、地図が変わるとかじゃない。空間の感覚そのものが壊れる」


 俺は唇を噛んだ。

 兵隊でも冒険者でもダメ。じゃあ、誰が行く?


 リヴが一歩前に出た。


「……道が偽物になる。普通の人には霧や影に見えるだけ。でも今の私には分かる。揺れの向きがある。

 どこが本当の道か分かる」


 ヴァルターが頷く。


「……だからこそ、だ。核心へ辿り着ける可能性があるのは、おまえたち二人だけだ」


 工房の中が静まり返った。

 針仕事の音も止まる。鍋のコトコトだけがやけに大きく聞こえる。


 ◇


 俺は一回、息を吸った。

 喉がカラカラで、声が裏返りそうになる。だからこそ、腹で押さえる。


「……隠してる場合じゃないですよね」


 セラさんとヴァルターを見る。


「俺たちが向こうの世界に行ってた間に、俺の部屋に“黒い枝”が出ました。リヴも見てます」


 空気が固まった。

 セラさんが口元を押さえる。ラナは目を見開いて動かない。


「……向こうの世界? ナオキ、何を言ってるの……?」


 疑ってるんじゃない。理解が追いついてない顔だ。


「ごめん。隠したかったわけじゃない。ただ……俺も説明できなくて。

 俺は、この世界の人間じゃありません。魔素も魔力もない『地球』って世界から、ここに来たんだ」


 最初に言葉を出したのはセラさんだった。


「……そう。だからだったのね。あなたの道具も考え方も、私たちの常識を軽く超えてた。

 でも……嫌じゃない。あなたがどこから来た誰でも、私たちのナオキであることは変わらないって、そう思える」


 俺は目が熱くなるのを必死に堪えた。

 ここで泣いたら、話が進まない。


「信じてもらえないと思ってました。普通の男が“別世界から来ました”なんて言ったら、変人扱いされるって。

 でも、その地球にまで黒い枝が伸びてきた。俺の部屋を侵食して、魔素を持ってるリヴを狙ってきたんです」


 ラナが小さく息を呑む。


「……それ、今、森にあるのと同じなの?」


「ああ。動きも雰囲気も、リヴが感じた匂いも同じだ。

 あいつは魔素がある場所を探して、世界を越えて根を張ろうとしてる」


 ヴァルターが腕を組んで、低く言った。


「……森の沈み、街道の変調、黒い枝。全部が一本の線で繋がったってわけか」


 セラさんの声が震える。


「そんな……魔素がなくなったら、街は……」


「断定はできねえ」ヴァルターが言った。「だが宿場じゃ、魔石を入れ替えても灯りがすぐ消える。周りの魔素が薄い証拠だ」


 ラナが涙目で俺を見る。


「街が……真っ暗になっちゃうの?」


 俺は答えに詰まって、リヴを見た。

 リヴは唇を噛んで、うなずく。


「その可能性は……ある」


 その言葉だけで、工房の空気が一段落ちた。

 俺の頭に、六畳の壁から伸びた黒い枝が浮かぶ。


(あれが、ここまで来たら……最悪だ)


 リヴが俺の袖を掴む。少し震えてる。


「ナオキ……森の奥の揺れと、あなたの部屋の黒い枝、同じ匂い。飢えてる匂い」


「……怖いよな」


「怖い。すごく怖い。でも逃げたら、街が壊れる。森が死ぬ。私の……お母さんが守ってくれた家も、なくなる」


 その言葉は、強がりじゃない。

 ただの事実を言ってる声だった。だから刺さる。


 ◇


 ヴァルターが話を前へ進める。


「北の宿場の商人が言ってた。黒い枝に覆われた道を、力で突破しようとした奴は飲まれて消えた」


 ラナが縋るような目を向ける。


「ナオキさん……この街、どうなるの?」


 俺は一回、腹を括った。


「分からない。けど、ここで待ってたら確実に悪くなる。

 ……明日、北へ行く。森の奥へ。黒い枝の元がどこにあるのか、確かめてくる」


 ラナがぎゅっと拳を握る。


「……必ず帰ってきて。みんな、待ってるから」


 セラさんも重ねた。


「英雄じゃなくていい。奇跡もいらない。でも、戻ってきて」


 胸の奥が熱くなる。

 重いんじゃない。支えが増える感じだ。


 ヴァルターが俺を見る。


「兵も冒険者も弾き返された。だが……おまえたちなら道が開くかもしれない。頼む……」


 俺は頷いた。


(逃げ道は最初からない。でも、俺は一人じゃない)


 リヴが俺の手をぎゅっと握り返す。


「行こう、ナオキ。森が待ってる」


 ◇


 湯気の立つ鍋。裁縫道具。布の匂い。

 こういう“生活の匂い”が、今はやけに大事に思える。


 ラナが鍋をかき混ぜ終えて、木べらを置いた。

 さっきより背筋が伸びてる。怖いのを飲み込んで、前に出てきてる顔だ。


「ナオキさん。工房を守ってくれて、子どもに字を教えてくれて……。

 別の世界から来たって言われても、わたし、変だと思わない。だって、ナオキさんはナオキさんだもん」


 俺は苦笑して頭を掻いた。


「いやぁ……地球じゃ普通に底辺寄りだったぞ。月の手取り十五万でカツカツで。帳簿なんて家計簿が限界だった」


 誰かが小さく笑った。

 セラさんの顔も少しだけ柔らかくなる。



「明朝、北門で。俺は商人ギルドのルートで情報を集める。黒い枝の動き、北の“断絶”の噂……使えるものは全部使え。準備しとけ」


「お願いします」


「礼は無事に戻ってからだ。……気をつけろ。あの森は、もう俺たちが知ってた森じゃない」


 ◇


 工房を出ると、街はもう暗くなりかけていた。

 魔道具の灯りが、弱く明滅してる。俺はそれを見るたびに、心臓が嫌な跳ね方をする。


(明日、北へ。怖い。死ぬかもしれない。でも行く)


 隣のリヴは、北の方角を見ていた。

 俺も同じ方向を見る。森は見えない。なのに、そこに“何かがいる”感じだけはする。


「明日だね、ナオキ」


「ああ。行こう、リヴ。俺たちの場所、守るために」


 街灯の下で、俺たちの影が伸びた。

 細いけど、ちゃんと前へ伸びていった。

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