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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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深夜のファミレスで

 サロンの重い扉を閉めた瞬間、夜の空気が肺の奥まで冷たく入り込んできた。

 駐車場のアスファルトには、街灯の頼りない光が滲んでいる。

 その淡い光の中に、三人の影が長く、不安定に伸びていた。


 リヴは胸を強く押さえ、直輝の腕にすがるようにして歩を進める。

 その体温は、驚くほど高い。触れずとも、彼女の体内で魔素が激しく渦巻いているのが、空気の震えとして伝わってきた。


 六畳のアパートから離れたこの場所でさえ、異世界の「呼び声」は止まない。

 むしろ、一度溢れ出した境界線の波は、夜の静寂に乗って確実にその版図を広げているようだった。


「ナオキ……ここ……すこしだけ……いき……できる……」

「そうだね。あの部屋よりは、まだ外の方が安全だ」


 直輝はリヴの肩を抱き寄せ、少しでも彼女が楽になるように、ゆっくりと歩調を合わせた。


 その隣で、美咲が車の鍵を握りしめたまま立ち止まる。

 彼女の横顔は、夜の闇に紛れて表情を読み取らせないように強張っていた。

 泣き出しそうな自分を必死に抑え込むように、少しだけ顎を上げ、遠くの暗い空を見つめている。


「ねぇ……直輝くん、リヴちゃん」


 その声は、夜風にさらわれて消えてしまいそうなほど静かだった。


「アパートに戻る前にさ……少しくらい、どこかで座らない?」

「座る……?」


 直輝が問い返すと、美咲は視線を落とし、アスファルトの上の影を見つめた。


「だって、二人とも……もう身体も心も、限界でしょ。あの地獄みたいな六畳間に戻って、そのまま『はい、準備して出発!』なんて、無理だよ。集中できるはずがない」


 美咲は言いかけて、唇を噛んだ。

 一度言葉にしてしまえば、決壊してしまう何かがそこにはあった。


「……最後に、三人で……ちゃんと、普通の時間を過ごしたい」

「ミサキ……?」


「今日が、本当に最後なんだから。最後くらい、美味しいもの食べて、明るいところにいて……『またね』って言える準備をさせてよ」


 リヴが瞬きをした。

 翡翠色の瞳に、驚きと、そして堪えきれない愛おしさが混ざり合う。


「……ミサキ……いっしょ……たべる……?」

「うん。行こ。街外れのファミレスなら、まだ開いてる時間だし」


 美咲は無理に笑顔を作って続ける。


「明日とか朝とか言ってる余裕、もう私たちにはないんでしょ? 分かってる。だから、今日……いま、この瞬間しかないの」


 直輝はリヴの青ざめた横顔を見た。

 魔素の乱れによる熱に浮かされながらも、彼女は美咲の差し伸べた「日常」という救いに、必死に手を伸ばそうとしていた。


「行こう。美咲さんの言う通りだ。少しだけ、人間らしい時間を持ってから……それから戻ろう」


 美咲がリモコンキーを押すと、車のライトが暗闇をパッと切り裂いた。

 その光は、これから三人が向かう場所が「死地」ではなく、あくまで「生活の延長線上」であることを証明しようとしているかのようだった。


 深夜の街を走る車内には、ヒーターの温かい風が流れていた。

 窓の外を流れる景色は、どれも見慣れたものばかりだ。

 閉まったシャッターの続く商店街、点滅する黄色い信号、誰もいない公園。


 リヴはその一つ一つを、まるで記憶に刻みつけるように、食い入るように見つめていた。


「……ひかってる……きれい……」


 彼女がぽつりと呟く。

 地球に来たばかりの頃、彼女はこの人工的な光を「魔術の灯火」かと怯えていた。

 それが今では、彼女を最も安心させる「故郷の光」の一部になっている。

 その変化が、直輝の胸を締め付けた。


 やがて、ロードサイドに立つ大きな看板が見えてきた。

 深夜のファミレス。


 かつては学生たちが試験勉強に明け暮れ、サラリーマンが孤独な夜食を摂っていたであろう場所。

 今は客もまばらで、駐車場には数台の車が停まっているだけだった。


「……着いたよ」


 美咲の声に導かれ、店内に足を踏み入れる。

 自動ドアが開いた瞬間、店内の明るい蛍光灯の光が全身を包んだ。

 ドリンクバーの機械が鳴らす低い唸り、厨房から聞こえる食器の重なり合う音。


 そこは、紛れもない「地球の日常」の最果てだった。


「いらっしゃいませ。三名様、空いているお席へどうぞ」


 店員の事務的な声さえ、今の直輝たちには慈悲深い祈りのように聞こえた。

 美咲は迷わず、一番奥の窓側のボックス席を選んだ。


「ほら、リヴちゃん。ここ、奥に座りな」

「……うん……」


 リヴがソファに体を預けると、その柔らかさに少しだけ表情が和らいだ。

 向かい側に座った美咲は、慣れた手つきでメニューを広げる。


「何にする? なんでもいいよ、私の奢りなんだから。あ、リヴちゃんはやっぱり、あれだよね?」

「……ハンバーグ……たべたい……」


「正解。デミグラスソースのやつね。直輝くんは?」


「……和風のでお願いするよ」


「よし、私はパスタ。ニンニクたっぷり入れて、眠気も不安も全部ぶっ飛ばしてやるわ」


 美咲はわざとらしく笑って、注文のベルを押した。


 料理を待つ間、三人の間に静寂が訪れる。

 ドリンクバーから運ばれてきた水が入ったグラスの中で、氷がカランと小さな音を立てた。


「……落ち着くね……ここ……あかるい……」


 リヴが小さな声で、自分に言い聞かせるように呟いた。


「そっか。よかった」

「うん……ミサキと、ナオキと……いっしょ……だから……。ここ……わたし……すき……」


 リヴのその言葉に、美咲がグラスを握る手に力を込めた。


「……ほんと、可愛いよね、リヴちゃんは。あんたを連れて帰らなきゃいけないなんて、運命ってやつはセンスがないわ。ねぇ、二人とも。覚えておいてね」


 美咲は顔を上げ、二人を真っ直ぐに見つめた。


「帰ってきたら、またここに来るのよ。ランチタイムでもいい。次は、もっと豪華なやつ食べて、デザートも全部頼んで。普通の日がどれだけ贅沢か、三人で再確認するんだから」


「……また……くる……。三人……で……」


 リヴがテーブルの端をぎゅっと掴む。

 その小さな手が震えているのを、直輝は自分の手で覆うようにして重ねた。


 やがて運ばれてきた料理からは、白い湯気が立ち上っていた。

 鉄板の上で弾けるソースの音、茹でたての麺の香り。


「いただきます」


 重なった三人の声。

 たったそれだけのことが、どうしようもなく胸に突き刺さる。


 リヴは不器用な手つきでナイフとフォークを使い、ハンバーグを小さく切った。

 一口、ゆっくりと噛み締める。


「……おいしい……」


 その一言に、全ての想いが詰まっている気がした。


 直輝もまた、ハンバーグを口に運ぶ。

 自分たちはまだ生きている。

 明日、異世界という未知の暴力に身を投じるのだとしても。

 今、この瞬間だけは、地球の恵みに生かされている。


(これが最後の、食事になるのか)


 そんな考えが頭をよぎるたび、直輝はそれを強引に振り払った。

 最後ではない。

 これは、次に帰ってきた時のための「前菜」に過ぎないのだと。


「……んー! これ、ニンニクきつい! 明日、仕事じゃなくて本当によかったわ!」


 美咲がわざと大げさにパスタを啜る。

 その明るさが、どれほどの無理の上に成り立っているか、直輝には痛いほど分かっていた。

 美咲は、自分が崩れれば二人が安心して旅立てないことを知っているのだ。


「明日は……」


 直輝が言いかけて、口を閉ざした。

 明日の今頃、自分たちがどこにいるのか、そもそも五体満足でいるのかすら分からない。


 美咲もそれに気づいたのか、ふっと寂しげな笑みを浮かべた。


「ま、いっか。明日のことなんて、考えても意味ないもんね。今日は……三人でこうして座っていられるだけで、もう十分すぎるくらいだよ。ね、リヴちゃん」

「うん……。ミサキ……じゅうぶん……うれしい……」


 店を出ると、外の空気はいっそう冷たさを増していた。


 駐車場へ向かう道すがら、美咲がリヴの隣に並び、その頭をそっと撫でた。


「リヴちゃん。今日は、本当によく頑張ったね。怖かったでしょ。痛かったでしょ」

「……こわかった……。でも……ナオキが……いたから……」

「うん。大丈夫。あんたは強い子だよ。向こうへ行っても、その強さを忘れないでね」


 駐車場の中央で、三人の足が止まった。

 遠くで、街の夜景が瞬いている。


「……帰ろっか」


 美咲が言った。

 それは「家へ帰る」という意味ではなく、「六畳間という名の戦場へ戻る」という宣言だった。


「六畳が……呼んでるでしょ?」


 リヴが顔を上げ、直輝の袖を引いた。

 その瞳には、もはや迷いはなかった。


「ナオキ……いこう。かえる……じゅんび……する」

「ああ。行こう」


 車に戻り、再び深夜の道路を走る。

 ファミレスのネオンが遠ざかり、バックミラーの中で小さな光の点へと変わっていく。

 それが、日常との決別を告げる合図のように思えた。


「……ねぇ、二人とも」


 ハンドルを握る美咲が、ルームミラー越しに語りかける。


「怖いとか、不安だとか……私の前では隠さなくていいから。今日が、本当の意味での『普通』の最後なんだからさ」


 美咲の声が、わずかに震える。


「弱音くらい、全部ここに置いていきなよ」


 その言葉に、直輝の心の糸がふっと緩んだ。


「隠さないよ。怖いよ、美咲さん。不安で押し潰されそうだ」

「……直輝くん……」

「でも……リヴと一緒に行くって決めた。彼女を一人にはさせない。それだけが、俺の支えなんだ」


「……ナオキ……」

「知ってるよ。あんたたちは、最初からそうだったもんね」


 美咲は小さく笑った。その目元に、一筋の光が流れた。


「今日の二人、本当にかっこよかったよ。ちゃんと『二人で一つ』になってた。だから、絶対に帰ってきて」


 美咲は前を見据えたまま、声を張り上げる。


「この街に。この空気に。私が守ってる、この日常にさ」

「約束するよ。必ず戻る」

「……ミサキ……わたし……かならず……かえる。ナオキと……いっしょに……」


 アパートの薄暗い外階段が見えてきた。

 街灯の光が、そこだけ不自然に歪んでいる。

 空間そのものが、向こう側からの重圧に耐えかねて悲鳴を上げているようだった。


「……着いたよ」


 車が停まり、エンジンが切れる。

 訪れた沈黙は、かつてないほど重かった。


 三人は車を降りた。

 冷たい夜気が、現実に引き戻すように頬を叩く。


「ここからは……二人で行きなよ」


 美咲が車に背を預けて言った。


「私はここで待つ。六畳は、もう私みたいな一般人が入っていい場所じゃない。足手まといになりたくないし……それに、二人の門出を見送るには、ここが一番いい場所な気がするから」


 直輝は一歩、美咲に歩み寄った。


「美咲さん。本当に、何から何までありがとう」

「礼はいいってば。鍵、ちゃんと預かってるからね。アパートのも、サロンのも」


 美咲は胸元の鍵を握りしめた。


「二人の帰る場所は、私が死守する。埃一つ立てさせないから、安心して行ってきな」


 リヴもまた、美咲の元へ歩み寄り、その両手を力強く握った。


「……ミサキ……。だいすき……。ありがとう……。かならず……もどる……」

「うん……。信じてる。だから……もう、これ以上泣かせないでよね……!」


 美咲は顔をそむけ、必死に涙を堪えた。


「……早く行きな。長くいると……本当に、引き止めちゃいそうだから」


 直輝は頷き、リヴの手を取った。


「行こう、リヴ」

「うん……!」


 二人は階段を一段ずつ、踏みしめるように上っていった。

 背中に感じる美咲の視線は、熱く、そしてどこまでも温かかった。


 二階の踊り場に立ち、部屋の扉の前に立つ。

 直輝は一度だけ、下を振り返った。


 駐車場で小さく見える美咲が、両手で大きく手を振っていた。


「二人とも――! 絶対、絶対、帰ってきなよ――!」


 その叫びは、深夜の住宅街に響き渡り、空に消えていった。


 直輝は力強く頷き返し、ポケットから鍵を取り出した。

 扉を開けた瞬間。


 ブォン、という重低音と共に、部屋の中から「異界の風」が吹き抜けた。

 テレビの裏、壁に走った亀裂からは、もはや光すら飲み込むような漆黒の揺らぎが溢れ出している。

 その揺らぎの向こう側には、深い森の影と、見たこともない星空が見えた。


「……きた……ナオキ……むこうが……よんでる……」

「ああ。準備しよう。リヴ。俺たちの、本当の戦いが始まる」


 六畳の部屋は、もはや日常の空間ではなかった。


 アイテムボックスから、スーパーで買った物資を取り出す。

 カセットコンロ、保存水、缶詰、そして予備の着替え。


 それらを、リヴが一つずつ「向こう側」で使いやすいように整理していく。


 テレビの砂嵐が激しくなり、そこから伸びる「黒い枝」が、再び部屋の壁を侵食し始めた。


 だが、今の直輝には、先ほどのような恐怖はなかった。

 お腹の奥には、先ほど食べたハンバーグの温もりが残っている。

 耳の奥には、美咲の「帰ってきて」という叫びが響いている。


 それが、直輝にとっての最強の魔除けだった。


「リヴ、準備はいいか?」

「……うん。ナオキ……いこう。わたしたちの……セカイへ」


 直輝はリヴの手を固く握りしめた。

 二人は、異世界へのポータルへと、迷うことなく足を踏み出した。


 背後で、地球への道が静かに閉じる。

 そこには、たった今までの三人の笑い声だけが、残り香のように漂っていた。

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