表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

131/173

帰る場所を選ぶ

 直輝の腕の中で泣いたリヴの声が、まだ六畳に残っていた。

 今まで積み重ねてきた小さな日常が、あの一言でいきなり終わりに触れたように思えた。


「……ナオキ……

 いままで……ありがとう……」


 その響きだけが、この狭い部屋をひどく広く感じさせた。

 少しの時間が経ったのに、余韻は消えない。

 六畳の空気は、底に沈むように動かず、冷えたままそこにあった。


 直輝はゆっくりとリヴの肩を抱き直し、小さく息を吐いた。


(終わりじゃない。まだ言わせない)


 喉が熱くなり、胸の奥がぎゅっと痛む。

 今この瞬間だけは、自分の気持ちをごまかす必要がなかった。


「勝手に終わらせるなよ、リヴ」


 声は震えていたが、迷ってはいなかった。


「俺の居場所は……リヴの隣だよ。

 お前がいない場所なんて、帰る場所じゃない。

 だから……あんな終わりみたいなこと、言わないで」


 リヴは驚いたように目を開き、その瞳にまた涙が溜まる。


「……ナオキ……

 でも……ここ……あぶない……

 わたし……いたら……ナオキ……まきこむ……

 それ……いちばん……いや……」


「巻き込んでいいよ。初めからそうだろ。

 お前を置いて逃げるなんて、絶対できないよ」


 言いながら、自分の言葉がこんなに重くなるなんて思わなかった。

 胸の奥から自然と出てきた。

 守りたいとか、助けたいとか、そういう分かりやすいものじゃなく、

 ただ“離れたくない”という気持ちが、初めて形を持った。


「一緒に帰るんだよ、向こうへ。

 お前だけ行かせたりしない。俺も行く。

 そのために生きてるんだから」


 リヴは唇を震わせ、そのまま直輝の胸に額を押しつけた。


「……ナオキ……

 わたし……こわい……

 でも……ナオキ……いれば……いける……」


「うん。大丈夫。一緒に行こう」


 小さく頷いたリヴの肩が、わずかに緩んだ。


 そのとき、そばで震えていた声がひとつ。


「……あんたたち……さ……

 急に濃いこと言い始めるから……

 私、どうしていいか分かんないんだけど……」


 美咲だった。

 ずっと泣くのをこらえるみたいに黙って見ていたが、

 その表情は強さと不安の境にあった。


「美咲さん……ごめん。

 変なところ見せた」


「変とかじゃないよ……

 でも……うん……分かった。

 二人は一緒に帰るんだね。向こうに」


「……うん」


 美咲は大きく息を吸い、目を伏せた。


「じゃあ……私ができること、ちゃんとやる。

 二人が行けるように。

 どうせ止めても無理だろうし……

 だったら……手伝うしかないじゃん」


「美咲さん……」


「いいの。友達だからね。

 友達がこんな状況にいるのに……何もしないなんて嫌だよ」


 そう言った時、美咲の目は赤かった。

 泣くのを必死で堪えているのが分かった。


 だが、次の瞬間。

 ぱき、と部屋の奥の壁がわずかに鳴った。


 三人とも一斉に振り向く。


 テレビの裏。

 壁紙の影になって見えにくい部分に、

 細く、ひびのような“線”が浮かんでいた。


 明らかに広がっている。


 リヴが息を詰まらせる。


「……ナオキ……

 むこう……いま……すごい……ちかい……

 さっきより……ぜんぜん……つよい……」


「分かるの?」


「うん……くる……

 ここ……におい……してる……

 むこうの……くずれたとこ……の……におい……」


 美咲が青ざめる。


「におい……って、あの……昼も言ってたやつ……?」


「うん……

 ちかづくと……すごい……くる……

 こわい……におい……」


(もう時間がない)


 直輝の心がはっきりと覚悟を固めた。


「……美咲さん。

 俺たち、少し部屋を出よう。

 今のうちに、やれること全部やっておきたい」


「外に出るの……? 今?」


「うん。

 ここがどんどん危なくなってる。

 それに……地球側で“整理しないといけないもの”があるんだ」


「……あ……サロンの……?」


「うん。

 異世界産のやつ……アロマとか薬草とか、軟膏とか……全部ここに置けない。

 あれも向こうの影響を引きそうだし、何より……残ってると危ない」


 美咲は迷わず頷いた。


「分かった。じゃあ車出すよ。

 三人でサロン行こう。

 今日のうちに全部預かる」


「ありがとう。

 本当に……助かる」


「礼はいいって言ってるでしょ……。

 帰ってきたら焼肉奢ってよ……

 あんたの奢りでいっぱい食べるからね……」


 笑おうとしているのに、声は震えていた。


「美咲さん……」


「泣かせないでよ……もう……!」


 美咲は顔をそむけ、手で素早く目元を拭った。


「行こ。

 リヴちゃんは……私が運ぶから。

 ナオキくん、荷物だけ持って」


「リヴ、大丈夫か?」


「……うん……

 ナオキ……いれば……

 だいじょうぶ……」


 弱い声だったが、目はしっかりと直輝を見ていた。


「行こう。すぐ終わらせる。

 ここに戻って……準備して……

 向こうに帰る準備も全部」


 リヴはこくりと頷いた。


 三人は六畳を出た。

 外に出ると、むしろ空気が軽く感じた。

 あの部屋だけが異常な密度で沈んでしまっている。


 階段を降りる途中、美咲がそっと言った。


「……二人とも。

 絶対……死なないでね。

 私……見送るの、これが限界だから……」


 その声は今夜いちばん弱かった。


 夜風が静かに髪を揺らした。


 三人は美咲の車へ向かい、

 最後の地球での“準備”に向かった。


 夜の空気は冷たく、静かだった。

 アパートの階段を降りた時、三人とも深く息を吸った。

 六畳の異常な空気から外へ出ただけで、肺がやっと動き出したように思えた。


 美咲の車は、薄い街灯の下できらりと光っている。

 エンジンの音も灯りも、どこか普段より心強く感じた。


「乗って。後ろ、広くないけど……リヴちゃん、眠いならもたれていいからね」


「……ありがとう……ミサキ……」


 リヴは静かに頭を下げ、そのまま後部座席へ乗り込んだ。

 直輝も隣に乗り、シートベルトを締める。

 リヴは心細そうに袖を掴んでくる。

 寝ているわけではない、ただ怖くて離れられないのだ。


「ナオキ……

 ここ……でたら……すこし……らく……」


「うん。あの部屋、もう影響が強いからね。外の方が安全だよ」


 美咲が運転席で深呼吸し、キーを回した。

 エンジンがかかり、その普通の音が、三人にはやけに温かく聞こえた。


「よし……行こう。サロンまで二十分くらいで着くから」


 車はゆっくりと動き出した。


 夜道は白い街灯と店の灯りがまばらに続いているだけで、

 人影はほとんどなかった。

 平日でも遅い時間だから、街は休んでいるように静かだ。


 走り始めて三分ほど経ったころ。


 美咲がバックミラー越しに二人を見る。


「ねぇ……二人とも……

 本当に行くんだよね……向こうに」


「うん。

 あのままだと……ここは持たない。

 リヴも危ないし……美咲さんも巻き込む」


「……そっか……

 でも……なんでだろ。

 こういう時ってさ……自分の気持ちが分かんなくなるんだね……

 止めたいような……でも止めちゃだめな気もするし……

 応援したいけど、怖くて……」


 言葉が少しずつ震え、アクセルを踏む足がわずかに揺れている。


「美咲さん……」


「ううん、大丈夫。運転はちゃんとするから。

 ただ……ね……

 こんなの初めてで……すごく怖いよ……

 二人がいなくなるのが……こんなに……」


 美咲は言葉を切り、続けた。


「でも……

 リヴちゃんの顔見れば分かる。

 あんなに震えてたのに……今は少しは落ち着いてる。

 ナオキくんが隣にいるからだよね」


 リヴは恥ずかしそうにうつむき、袖を握る。


「……ナオキ……

 いないと……たぶん……

 わたし……うごけない……」


「大丈夫。ずっといるよ。

 向こうでも、離れない。

 だから安心していい」


 リヴはその言葉に、安心したように小さく息を吐いた。

 表情はまだ緊張しているが、胸の前の手は少し緩んでいた。


 しばらく沈黙が続く。


 夜の道路を走る車の音だけが、静かな街を切り取っていく。


「……あのさ」


 美咲がふっと笑った。


「三人で夜にドライブなんて……最後になるのかもね。

 こんな状況じゃなかったらさ……もっと楽しかったんだろうけど」


「楽しかったよ。

 こうして美咲さんが運転してくれるだけで、心強いし」


「うそつけ。絶対気遣ってるでしょ」


「いや、本当に。助かってる」


 美咲はバックミラー越しに直輝を見て、少しだけ目を細めた。


「……ねぇ直輝くん。

 ――ありがとうって言うの、帰ってきてからでいいよ」


 その言葉は、今日一日で一番、心に刺さった。


「……うん。帰ってきて言う」


「絶対ね」


「絶対」


 会話が終わると、車内にはまた静けさが戻った。

 リヴは窓の外を見つめ、街の灯りが流れていくのを目で追っている。

 知らない土地の夜景が、どこか少し寂しげだった。


「……ナオキ……

 ここ……すき……

 みんな……やさしい……

 ミサキ……も……

 ナオキ……の……ともだち……すき……

 でも……かえる……

 ナオキ……いるから……」


「うん。帰ろう。二人で」


 そう答えた時、美咲がルームミラー越しにそっと微笑んだ。


「……ほんっと……仲いいよね、二人……

 なんか悔しいわ……

 でも……いいな……って思う……」


 軽口の中に、本音が混じっていた。


 やがて、車はサロンの近くへと入る。

 夜の街は静まり返っていて、ガラスに映る街灯だけがやわらかく伸びていた。


「着いたよ。

 じゃあ……急ごっか。

 ここも影響受けたら困るし……」


「うん。手伝う」


「私も……やる……」


 三人は車を降り、暗い道路を渡って静かなサロンへ向かった。


 鍵を開ける音が小さく響き、扉が開く。


 サロンの中は、昼間の記憶のまま静かで、温かかった。

 ここはまだ、異常な気配が入り込んでいない。


「よし……

 じゃあ、持ってきた物……全部ここで預かるね」


「助かる。

 本当に、ありがとう」


「だから礼は帰ってからって言ってるでしょ……」


 それでも美咲の声は、ほんの少し震えていた。


 この場所は、

 三人にとって“帰ってくる場所”になる。


 そのことを、美咲はよく分かっていた。


 サロンの照明は夜の静けさをそのまま受け取ったようにやわらかく、

 入った瞬間、外の冷えた空気がふっと遠くなった。

 ここの香りは穏やかで、安っぽい六畳とは違う、落ち着いた匂いがあった。


「ここ……あったかい……」

 リヴがほっとしたように小さく息を吐いた。


「うん。ここは安全だから」

 直輝はリヴの背中を支えながら、店内の奥へ進む。


 美咲がカゴと収納ボックスを持ってきて、カウンターに置いた。


「じゃあ……あるもの全部、出して。

 危なくないやつと、置いていいやつ……分けておくから」


「ありがとう」


「平気。どうせ、泣いてても役に立たないし……

 だったら働いてた方が気が紛れるよ」


 強がりの声だったが、目は真剣だった。


 三人は袋を開け、アパートから持ってきたものをテーブルに置いていく。


 小瓶に入った香草のエキス。

 薬草を乾燥させた包み。

 軟膏の容器。

 試作品のサシェ材料。

 リヴが調合した少し強い香りのオイル。

 美咲と一緒に選んだラベルや袋。


 いろんなものが並んだ。


 こうして並べてみると、

 ここでの暮らしが思った以上に深く、確かだったことに気づく。


「……けっこうあるね……」

 美咲はひとつひとつ慣れた手つきで確認し始めた。


「これは置ける。

 これは温度管理がいるから冷暗所に……

 これはラベル貼ってからじゃないと危ないかな……」


 ぶつぶつ言いながら、動きはてきぱきとしている。


「ミサキ……すごい……」

 リヴが感心したように見上げた。


「慣れてるだけ。

 でも……二人がまた戻ってきた時、すぐ商売再開できるようにしたいしね」


 美咲の“戻ってきた時”という言葉が、胸に刺さった。

 こうして普通のことを言ってくれるだけで、どれだけ救われるか。


(絶対に帰ってこないと……)


 直輝は心の中で強く思った。


「よし。全部収めちゃうね」

 美咲は収納棚を開け、アロマの瓶や香草の袋を丁寧に順番に入れていく。


 棚の奥へゆっくり押し込む音が、

 三人が今この場所に“預けようとしているもの”の重さを、そのまま映していた。


「ねぇナオキくん」


「ん?」


「帰ってきたら……

 ここでまた、リヴちゃんのサシェ売るんでしょ?」


「もちろん。全部続ける。

 もう生活の一部だから」


 美咲は小さく笑った。


「……よかった……

 ちゃんと戻ってくる気……あるんだね……

 なんか……嬉しい……」


「あるよ。戻るよ。絶対に」


「うん……信じる……」


 美咲はそっと棚を閉め、手のひらで表面を押した。


「はい。預かり完了。

 二人の物、全部ここに置いとく。

 ……なくしたりしないよ。

 私……ちゃんと守るから」


 その言葉は、

 今日いちばん重たく、優しかった。


 リヴはそっと歩み寄り、美咲の袖を軽くつまんだ。


「……ミサキ……

 ありがとう……

 わたし……ミサキ……すき……

 ここ……まもってくれる……うれしい……」


「ばか……そんなこと言われたら……泣くでしょ……」


 美咲は一度目をぎゅっと閉じ、深く息を吸った。

 涙は落ちない。

 落とさないように、全身でこらえている。


 そして、ゆっくりと直輝の方を見る。


「ナオキくん」


「うん」


「鍵、ちょうだい」


 直輝は胸ポケットから、二つの鍵を取り出した。


 アパートの鍵。

 サロンの予備鍵。


 どちらも、半年以上の生活を閉じ込めている大事な金属の重みだった。


「……頼む。

 帰ってくるまで……

 この二つ……美咲さんに託す」


 美咲が手を伸ばし、そっと受け取る。

 鍵が手に触れた瞬間、少しだけ彼女の指が震えた。


「……責任……重いね……これ……」


「ごめん。でも……頼りたいんだ」


「謝らないでよ。

 嬉しいよ……すごく。

 こんな大事なもん預けられるなんて……

 信頼されてるって……思っていいんだよね……?」


「あたりまえだよ」


 美咲はくっと笑い、胸の前で鍵を握りしめた。


「任せて。

 二人の“帰る場所”は……

 私が守る。

 絶対に壊さないし、なくさないし、

 誰にも触らせない」


 その声は、どんな魔物よりも強かった。


 リヴが涙を落としそうになり、

 慌てて手で押さえた。


「……ミサキ……

 ありがとう……

 ここ……のこす……

 ナオキと……わたしの……ばしょ……」


「うん。

 ちゃんと残しとくから。

 帰ってきた時、すぐここで笑えるようにしておくよ」


 三人の呼吸がそろった。

 静かなサロンの空気の中で、

 わずかな時間だけ、心が落ち着く。


 だが――


 その穏やかさは続かなかった。


 棚がわずかに震えたような錯覚が走り、

 店の奥の鏡の表面に、波紋のような揺らぎが一瞬だけ浮かんだ。


 ほんの一瞬。

 空気が“向こう”と混ざりかけた。


 美咲が息を呑む。


「今……揺れ……た?」


「……六畳から離れてても……

 影響が届き始めてるのかもしれない」


「……急ごう。

 もう時間……ない……」


 リヴが胸を押さえ、苦しそうに息をする。


 直輝はすぐに駆け寄った。


「大丈夫?」


「うん……

 でも……におい……また……つよくなってきた……

 むこう……ひらいてる……

 はやく……かえらないと……」


「分かった。戻ろう、すぐ準備にかかる」


 美咲が鍵を握りしめ、深く頷いた。


「私がここ守るから。

 二人は行きなよ。

 もう時間ないんでしょ?」


「うん。急ぐ」


 三人はサロンを出て車に戻った。


 外の空気は来たときよりも重くなり、遠くの闇が、まるで六畳の裂け目から流れてくる“向こう側の圧”を含んでいるようだった。


「……急ごう。戻らなきゃいけない」

 美咲が運転席に乗りながら言う。


 直輝も頷いたが、その前にふと気づいた。


「美咲さん……

 このまま六畳へ戻る前に……一つだけ寄っていい?」


「……スーパー?」


「うん。食料と生活用品、向こうで必要になる分。

 今日逃したら、もう買えない」


 美咲は短く息をのみ、小さく頷いた。


「分かった。最後の買い出しだね……。

 行くよ」


 車は静かに走り出した。



 店内はほとんど無音だった。

 深夜のスーパー特有の、蛍光灯のまっすぐな白い光が棚を照らし、床に三人の影を淡く並べていた。


 リヴは入口に立ったまま、胸の前で指をぎゅっと重ねる。


「……ナオキ……

 ここ……また……これる……?」


 たどたどしい声は震えていた。


「帰ってくる。絶対に。約束する」


 直輝がまっすぐ言うと、リヴの瞳に涙が溜まり、それでも小さく笑った。


 横でカートを押す美咲も、目元をぬぐいながら強がる。


「帰ってきたらさ、また普通に買い物しよ?

 夜中にお菓子買って怒られるとか、そういうくだらないやつ」


「……ミサキ……いっしょ……また……くる……」

 リヴが泣き笑いで頷いた。



 カートは静かな通路をゆっくり進む。


 保存水

 缶詰

 乾パン

 パスタ、米

 カイロ

 包帯

 塩

 乾電池

 薬箱の補充

 万能ナイフ

 携帯用の火種

 レトルト食品


 地球の生活がそのまま山積みになっていく。


 直輝が缶詰を手に取る。


「これ、持っていけそう?」


 リヴは胸の前で両手を合わせるようにして、魔素の揺れを感じ取る。


「……うん……

 アイテムボックス……まだ……だいじょうぶ……

 でも……ちょっと……つかれる……」


 その声は弱々しい。

 魔素が乱れている証拠だ。


「無理はしないでいい。これは俺が持つよ」


「……ナオキ……ありがと……」



 レジは他に客がいなかった。

 機械的な音が静かな店内にこだました。


 袋詰めをしながら、美咲がぽつりと言う。


「なんか……変だね。

 三人で普通に買い物してるのに……これが最後だって思うと……」


 直輝は言葉をなくしたが、リヴが小さく答えた。


「……さいご……じゃない……

 ナオキ……と……かえる……から……」


 その声は泣きながらなのに、強かった。



 外の空気は昼より冷たく、街灯の下で袋の影が長くのびた。


「これも入れちゃうね」

 美咲が袋を差し出す。


 リヴが両手をそっとかざした。


「……ん……いくよ……」


 大量の食料が、光に吸い込まれるように、

 ふっと消えてアイテムボックスへ収まった。


「……ほんとに……チートよね……これ……」

 美咲が笑いながら涙を拭く。


「でも、本当に助かってる。これがなかったら……」

 直輝が言うと、リヴが恥ずかしそうに笑う。


「……ナオキ……たすけるため……

 わたし……もらった……だから……だいじょうぶ……」


 美咲は息を震わせながら言った。


「……あんたら……ほんと、ずるいくらい絆深いよ……

 でも……守るよ。二人の帰る場所、全部」


 車に荷物が乗り終わると、三人は静かに顔を見合わせた。


 この“何も起きない普通の駐車場”が、

 三人にとって最後の平穏な場所になるかもしれなかった。


「……行こっか」

 美咲が言った。

 その声は、泣きたいほど優しかった。


「うん。戻ろう」

「……かえる……ナオキと……」


 三人は車へ乗り込み、六畳へ向かって走り出した。


 外の空気は、来る前より少しだけ重くなっていた。


 六畳が呼んでいる。

 テレビの裏の裂け目が、確実に広がっている。


 今夜が――限界だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ