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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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黒い影のささやき

 昼を少し過ぎた頃、六畳の部屋はようやく落ち着きを取り戻していた。

 朝に漂っていた小さな“揺らぎ”の余韻は、今は遠くへ引いているように見える。静かで、穏やかで、何も起きていないかのような空気。


 美咲は用事を思い出したと言って、玄関で振り返りながら笑った。


「今日はリヴちゃん無理させないでよ。また来るから」


 そう言って、軽く手を振り、扉の向こうへ消えていった。


 扉が閉まった瞬間、六畳の空気は急に音を吸い込んだように静かになった。

 直輝はソファに腰を下ろし、深く息を吐いた。


(……静かだな)


 美咲がいないだけで、部屋の響き方が全然違う。

 リヴはミシン台のそばに座り、膝の上で指を組んだままじっとしていた。

 香草の袋には触れようとしない。

 いつもなら、朝の続きを楽しみにしているはずなのに。


「リヴ、大丈夫か?」


 声を掛けると、リヴは少しだけ顔を上げた。

 その耳は、ぴんと立つでも伏せるでもなく、中途半端に揺れていた。


「……だいじょうぶ……すこし……つかれただけ……」


 力のない声だった。

 午前中、テレビの裏から何かを感じたあの瞬間のあとから、ずっと気になっている。


 直輝は少し躊躇してから、隣を軽く叩いた。


「こっち来いよ。無理しないほうがいい」


 リヴはゆっくり立ち上がり、ソファまで歩いてきた。

 歩幅は小さくて、どこか慎重だった。


 隣に座ったリヴは、膝を抱え込むように身体を寄せてくる。

 その小さな動きひとつで、不安が伝わった。


「……ナオキ」


「ん?」


「……さっき……おと……した……」


 午前中のことだ。

 テレビの裏で一瞬だけ空気がざらつき、リヴの耳がぴくりと震えたあの出来事。


「あれか。さっきの揺らぎみたいなやつか?」


「……うん……。でも……いまは……すこし……ちがう……」


「違う?」


 リヴは胸の前で指を重ね、耳をそっと触れた。


「……さっきから……みみ……ひくひく……する……

 おと……じゃない……けど……ひびく……」


「耳鳴り、みたいなもんか……?」


「……みみ……のなか……じゃない……

 うしろ……の……ほう……」


 リヴはそっと後ろを指差した。

 そこにあるのは、テレビの裏だけだ。


(……また、あそこか)


 午前中の“揺らぎ”が頭をかすめる。


「リヴ、痛いのか?」


「……すこし……。でも……きこえる……

 ……きこえない……ほうが……よかった……」


 その言葉に、直輝の胸がつまる。


「聞こえるって、どんな感じなんだ?」


「……ひく……ひく……そっと……

 ささやく……みたい……

 でも……ことばじゃない……」


「音じゃないのか?」


「……おと……じゃない……けど……

 そこに……いる……みたい……」


 “いる”。

 たったそれだけで、冷たいものが背中を撫でた。


 ソファに座りなおし、直輝はリヴの肩に手を添えた。


「リヴ、こっち来て。無理して近くで聞かなくていい」


「……ナオキ……

 ちょっと……だけ……きいてみたい……」


「聞く?」


「……うん……

 なにか……しらないと……

 もっと……こわい……」


 怯えているのに、知らないままではいられない。

 そんな矛盾した気持ちが、リヴの表情ににじんでいた。


「わかった。でも俺も一緒に行く。絶対離れないから」


 そう言うと、リヴはゆっくり頷き、立ち上がった。

 直輝が少し前を歩き、テレビの裏に近づく。


 配線の隙間から、埃っぽい匂いがする。

 何も変わっていないように見える。

 でも、リヴは小さく息を呑んだ。


「……ここ……

 ここが……いちばん……ひびく……」


 耳がぴくりと震える。

 肩がわずかに強ばっている。


 直輝は心臓の音を抑えながら、慎重に声を落とした。


「どんなふうに……聞こえる?」


「……すごく……ひくい……

 くうきが……しずんでいく……みたい……

 ……くらい……」


「低い……?」


「……うん……

 ポータル……じゃない……

 あったかく……ない……」


 “ポータルではない”。


 その一言が、午前までの“気のせい”を完全に否定した。


 リヴの呼吸が浅くなった瞬間、耳がぴん、と立った。


「……っ……」


「リヴ!」


 直輝は反射的に肩を支える。

 リヴは胸を押さえ、小さく身体を縮めた。


「胸……痛い……」


「もう離れるぞ。無理だ」


「……まって……もうすこし……

 ……ここ……きこえる……」


「聞かなくていい」


「……でも……こわい……

 わからない……の……もっと……こわい……」


 震える声だった。


(……守らなきゃいけないのに……)


 リヴが怯えるほど、直輝の中に焦りが募る。


「……ナオキ……」


「ここにいる。絶対離れない」


 その言葉に、リヴの指がそっと直輝の袖をつまんだ。

 弱い力なのに、その必死さが胸を刺した。


 息を整えようとした直輝の視界の端で、画面がふっと揺れた。


「……今、何か動かなかったか?」


「……うん……

 くろい……ゆらぎ……

 すこし……みえた……」


 画面はもう元通り。

 ただの一瞬の沈み。

 しかしその一瞬の“黒さ”は、妙に記憶に残る暗さだった。


「……ナオキ……

 あれ……なか……

 なにか……いる……」


「いるって……どういう……」


「……くろい……

 かげ……」


 それは震える声だった。


 その言葉が落ちた瞬間、

 六畳の空気が静かに、底のほうで震えた。


 リヴの言葉が落ちたあと、六畳の空気はわずかに冷たくなったように感じた。

 外の気温が変わったわけではない。ただ、部屋のどこかで“何か”が息を潜めている。そんな錯覚が肌にまとわりつく。


「リヴ、どんな影なんだ?」


 直輝が声を落として尋ねると、リヴはゆっくりと画面を睨むように見つめた。

 耳はぴんと立ち、細かく揺れている。


「……うごいてる……すごく……ゆっくり……

 さわろう……としてる……でも……まだ……とおい……」


「遠い……?」


「……うん……

 でも……ちかづいてる……

 きのうより……ずっと……」


 昨日。

 たしかに、昨夜から小さなざらつきを何度か感じていた。

 気のせいだと言い聞かせていた自分が馬鹿みたいに思える。


「リヴ、目を閉じて。見続けるほうがしんどいだろ」


 直輝がそっと声を掛ける。

 リヴは少し迷ってから、ぎゅっと目を閉じた。


「……みない……。でも……きこえる……

 おと……じゃない……

 でも……ここ……に……くる……みたい……」


 リヴの声は震えていた。

 目を閉じても、影の気配が耳に触れている。


「こっち来い」


 直輝はリヴの体を軽く抱え、ソファに座らせた。

 その肩は驚くほど軽かった。

 触れた部分から伝わる体温が弱く、守らなければと強く思う。


「……ナオキ……」


「いる。ここにいるからな」


 リヴは胸へ手を当て、呼吸を整えようとする。

 しかし、耳がぴくぴくと震え続けていた。


「痛いのか?」


「……すこし……

 でも……ここ……ひびく……

 ずっと……ひくい……おと……ある……」


 “低い音”。

 直輝には聞こえない。

 でも、リヴには確かに何かが触れている。


「……ナオキ……

 これ……なに……?」


「分からん。でも、お前を傷つけるものじゃない。絶対に」


 その言い方に嘘はなかった。

 しかし、胸の内側はざわついていた。


(……怖がらせたくない。でも……)


 リヴの耳に反応が出ている以上、ただのノイズではない。


「リヴ、吐き気とか、めまいは?」


「……ない……

 でも……からだ……すこし……さむい……」


「寒い?」


 直輝はすぐにブランケットを取り、リヴの肩にかけた。

 その瞬間、リヴは小さく息を吐き、直輝の袖をそっと握った。


「……ナオキ……

 きょう……の……あさ……

 ゆらいだ……とき……から……ずっと……

 なんか……かわった……」


「変わったのか?」


「……うん……

 このへや……

 まえ……と……ちがう……

 すこし……くらい……」


 六畳の部屋を見回す。

 部屋の様子はいつもと何も変わらない。

 家具も食器も、夜中のうちに動いたりはしていない。


 でも——

 リヴの感覚では、何かが変質している。


「……ポータル……のとき……

 こういう……かんじ……なかった……

 こわい……おと……なかった……」


「ポータルじゃないんだな?」


「……うん……

 あったかい……みち……じゃない……

 これは……つめたい……

 ちいさく……ひびいて……くる……」


 あたたかい道=ポータル。

 冷たい“ひびき”=何か未知のもの。


 直輝はリヴの手を包み込み、声を落とした。


「怖かったら、ちゃんと言え。無理に我慢するな」


「……ナオキ……いるから……

 こわくない……って……おもった……

 でも……すこし……こわい……」


「怖くていいんだよ」


「……こわい……」


 ようやく打ち明けたその一言が、痛いほど胸に刺さった。


「リヴ。深呼吸できるか?」


「……してみる……」


 リヴはゆっくり息を吸い、吐き出す。

 そのたびに耳がわずかに揺れ、髪がふるりと動く。

 時間をかけながらも、少しずつ落ち着きを取り戻していった。


「……ナオキ……

 わたし……

 きょう……ずっと……

 なんか……よくない……きが……する……」


「よくない……?」


「……うん……

 むこう……から……

 なにか……もどって……きてる……みたい……」


 “戻ってきてる”。

 その言葉に、背筋が凍るような感覚が走る。


「むこうって……異世界のほうか?」


「……うん……

 むこう……で……

 こわれた……におい……

 すこし……だけ……ここ……にくる……」


 リヴは胸を押さえ、唇を震わせた。


「……あれ……にてる……

 すこし……だけ……

 こわれる……まえ……の……におい……する……」


(崩壊核……?)


 思った瞬間、首を振った。

 そんな大げさなはずがない。

 でも、リヴの“感覚”がそう告げているなら——ただ否定するわけにはいかない。


「リヴ、俺に寄れ」


「……うん……」


 直輝が腕を回すと、リヴは素直に身を預けた。

 耳が直輝の胸元に触れ、僅かに震える。


「怖いときは、ちゃんと俺の名前呼べ。すぐ抱えるから」


「……うん……ナオキ……」


 その柔らかい声に、直輝はそっと背中を撫でた。

 呼吸が落ち着くにつれて、頬に触れるリヴの体温が戻っていく。


「……すこし……よくなった……」


「ならよかった」


 ほんの少し安心したそのとき。


 テレビの画面が——

 ふるりと、水面のように揺れた。


「……っ……!」


 リヴの身体が跳ねる。


「また見えたのか?」


「……ナオキ……

 いま……ちかづいた……

 すごく……ちかい……」


「影が?」


「……うん……

 て……みたい……

 つた……みたい……

 わたし……の……ほう……に……」


 その描写は、ただの画面ノイズとは絶対に思えなかった。


「リヴ、俺にしがみつけ。離れるな」


 リヴは直輝の袖をぎゅっと掴んだ。

 指先に込められた力は弱いのに、必死さだけがはっきり伝わってくる。


「……ナオキ……

 どうしたら……いい……?」


「大丈夫だ。俺がいる。絶対に触らせない」


 そう言った瞬間、リヴの肩がわずかに震え、目に涙の膜が浮かんだ。


「……こわい……」


「怖がっていい。隠すな」


「……こわい……こわいよ……ナオキ……」


「大丈夫だ」


 直輝は腕に力を込め、リヴを抱き寄せた。

 その体は細く、頼りない。

 まるで影に触れられたら、そのまま消えてしまいそうだった。


(守る……絶対に)


 直輝の胸の奥で、確かな決意が静かに固まっていく。


 リヴが落ち着きを取り戻すまで、しばらく時間がかかった。

 膝の上に置いた手は弱々しく、指先だけが直輝の袖をつまんでいる。

 耳はぴたりと伏せられ、緊張が少しも抜けていなかった。


「……ナオキ……

 みさき……には……どうする……?」


 不意に出た問いだった。

 声は細く、胸の奥で迷っているのが伝わる。


「美咲に……話したほうがいいってことか?」


 リヴは目を伏せたまま、小さく頷いた。


「……うん……

 ナオキ……ひとり……しんぱい……

 でも……みさき……まきこみ……たくない……

 どうしたら……いい……か……わからない……」


 その迷いが胸に刺さった。

 リヴは美咲を信頼している。

 でも、巻き込みたくない気持ちも本物だ。


「リヴ。全部を話す必要はない。

 けど……お前が苦しんでる理由くらいは説明する。

 美咲が知らないままだと、それは逆に危ない」


「……ナオキ……」


「大丈夫だ。俺が線を引く。

 美咲を“向こう側”の問題に近づけないようにする」


 リヴはゆっくり顔を上げた。

 耳の震えがほんの少しだけ止まる。


「……ありがとう……」


 その一言は弱いのに、まっすぐだった。


(よし……いま言っとかないと)


 直輝はスマホを取り、深呼吸してから美咲へ電話をかけた。

 呼び出し音が短く鳴り、すぐに繋がる。


「なに? 直輝くん、声かたいよ?」


「ちょっと……話したいことがある」


「珍しいね。今から戻ろうか?」


「いや、いい。電話でいい」


 声を落とし、言葉を選びながら話す。


「リヴが……ちょっと体調を崩してる。

 耳が痛いとか、胸がざわつくとか……そんな感じ」


「体調? さっきまでは普通だったじゃん」


「……午前中から少しずつ悪くなってたみたいだ。

 あいつ、無理してたんだよ」


「リヴちゃん……無理するタイプじゃないのに……」

 美咲の声が少し沈んだ。


「だから今日は休ませる。

 それと……もし何かあっても、俺が対処するから大丈夫。

 お前を巻き込む気はない」


 一瞬の沈黙があった。

 受話器の向こうで、美咲が息を吸い込み、言葉を選んでいるのが分かる。


「……巻き込まれたくないとかじゃなくてさ。

 二人とも好きなんだよ、あたし。

 役に立ちたいって思ってる」


「……気持ちはありがたい。でも、本当に危険かもしれん」


「本当に危険だからこそ、じゃないの?」


「……美咲」


「でも……いいよ。

 境界線を引きたいって言ってるなら、それに従う。

 直輝くんが決めたことなら」


 言い切る美咲の声は、迷いがなくて強かった。


「ありがとう。助かる」


「リヴちゃんのこと、しっかり支えてあげてね。

 だって……頼れるの、直輝くんしかいないんだから」


 電話が切れたあと、直輝は息を吐いた。

 胸の奥が、少しだけ軽くなった。


「……みさき……なんて……?」とリヴが尋ねる。


「大丈夫だってさ。

 俺の決めた線を尊重するって」


 リヴはほっとしたように目を伏せた。

 耳が力を失うようにふにっと下がる。


「……みさき……やさしい……」


「そうだな。いい友達だよ」


 リヴは胸に手を当て、深く息を吐いた。


「……ナオキ……

 わたし……みさき……すき……

 でも……まきこまないほうが……いい……」


「その判断でいい。俺もそう思う」


 その瞬間、リヴが小さく肩を震わせた。

 まるで何かの気配が触れたように。


「……また……ちかい……」


「影か?」


「……うん……

 ナオキ……

 きょう……のよる……もっと……くる……

 そんな……きがする……」


 夜——。

 その言葉に、胸の奥が冷える。


(夜に……何かが来る)


 リヴは膝を抱え込み、耳を伏せたまま震えた。


「こわい……

 ナオキ……どうしたら……」


 その震え方は、午前中とは違った。

 “ただの違和感”ではなく、“予感”に近い。


 直輝は迷わずリヴの肩を抱いた。


「大丈夫だ。絶対にお前を守る。

 何が来ても、間に立つ。

 だから……俺から離れるな」


 リヴの指がぎゅっと直輝の服をつまんだ。


「……ナオキ……

 こわい……

 でも……そばにいる……

 ナオキ……いるから……」


「ああ。いるぞ」


 そのやり取りは短いのに、胸の奥で静かに重く響き続けた。


 落ち着いたかと思ったその瞬間——


 テレビの画面に、黒い“ノイズ”が走った。


 ほんの一瞬。

 だけど、その黒は昨日より深く、濃かった。


「……きた……」とリヴが息を呑む。


「まだ画面の中だ」


「……でも……

 わたし……に……きこえる……

 さわろう……としてる……」


「絶対に触らせない」


 言い切ると同時に、リヴは涙を浮かべた。


「……ナオキ……

 こわい……

 どうして……

 ここ……まで……きてる……の……?」


 直輝は答えられなかった。

 でも答えられないままではいけない。


「……リヴ。今日はもう作業も何もやめよう。

 体力残しておけ。夜、何があっても対応できるように」


 リヴは黙って頷いた。

 その瞳が揺れている。


「……ナオキ……

 よる……ほんとうに……くる……よ……」


「来たら俺が止める」


 その言葉を聞いたとき、リヴは胸に顔を埋めて小さく震えた。


「……ナオキ……すき……

 まもって……」


「ああ、守る。絶対に」


 その誓いのようなやり取りが落ちたところで——


 テレビの裏から、ふっと冷たい風のような“気配”が抜けた。


 二人は息を止めた。


 夜は、まだ来ていない。

 なのに——「前触れ」だけが確かにそこにあった。


 午後の静けさは、夕方に近づくにつれて変質していった。

 六畳の空気は落ち着いているはずなのに、どこか重く、奥底に沈殿していく気配だけが消えない。


 カーテン越しの光は柔らかい。

 けれど——その柔らかさが妙に不安を増幅させる。


「……ナオキ」


 リヴが小さく呼ぶ。

 ソファの端に座り、直輝の腕をそっと掴んだままだった。


「ん、いるぞ」


「……もう……おと……しない……

 でも……きえる……感じ……もしない……」


「音がやんだんじゃない。潜んでるだけだ」


「……ひそんで……る……?」


 リヴの耳が弱々しく揺れた。

 力がなく、ただ怯えの反応だけがそこにあった。


「夕方になる前に……部屋、少し整えよう。

 なんかあっても動きやすいように」


「……うん……」


 ゆっくり立ち上がろうとしたリヴの足が、ふらりと揺れた。

 直輝は慌てて腕を伸ばし、彼女の腰をしっかり支える。


「大丈夫か?」


「……め……まい……すこし……」


「無理に動くな。座ってろ」


「……でも……ナオキ……てつだう……」


「いいから。お前は休め」


 柔らかいはずの声が、少しだけ強くなる。

 その「強さ」に、リヴは一瞬びくっと肩を揺らした。


「あ……ごめん。怒ってるわけじゃない」


「……ううん……しってる……

 ナオキ……やさしい……」


 そう言って、リヴは素直にソファへ身を預けた。

 耳は小さく伏せ、胸の前で指をそろえている。


 直輝は部屋の中を静かに片づけた。

 香草は袋にしまい、机の布やミシンも端に寄せる。

 動線を作る——というより、“逃げ道”を確保する。


(何が来るか分からんが……備えるしかない)


 最後にテレビの前に立ち、画面をじっと見つめた。

 反射する自分の姿は何も異常がなく、違和感もない。


 それでも、心臓だけは落ち着かなかった。


「ナオキ……」


 呼ばれて振り返ると、リヴが胸を押さえながらこちらを見ていた。


「……くる……

 ゆうがた……になると……もっと……ちかづく……」


「予感か?」


「……うん……

 むこう……で……まえ……おなじ……

 こわれる……まえ……の……きもち……」


 その言葉だけで、部屋の空気が冷えた。


(やっぱり“あれ”と似ているのか……)


「ナオキ……

 わたし……まもれる……?」


「守る。絶対に」


 その言い切りを聞いた瞬間、リヴの瞳が揺れた。


「……すき……」


「……ありがとな」


 直輝は彼女の隣に座り、そっと抱き寄せた。

 震える肩を包み込み、呼吸が落ち着くまで背中を撫でる。


「……こわい……

 ナオキ……そば……にいて……」


「ああ。離れない」


 その短いやり取りが、どんな理屈よりもリヴを支えていた。


 夕暮れが近づく。

 部屋の色が少しずつ青く薄く染まっていく。


 その時だ。


 テレビが——

 無音のまま、ふっと画面を黒く沈めた。


「……っ!」


 リヴが直輝の腕にしがみついた。


 黒い画面に、わずかに“揺らぎ”が走る。

 それはノイズというより、深い闇の奥が動くような——そんな変化だった。


「ナオキ……

 あれ……うごいた……」


「ああ、見えた」


 画面の奥で、黒が“重なり”、ゆっくり深度を増していく。

 画面を透かして、そこに“何かの形”があるように見えた。


「……て……みたい……

 のびて……くる……」


 リヴの声が震え、耳がきゅっと伏せられた。


「こわい……

 ナオキ……」


「大丈夫だ。まだ画面から出てない」


 しかし“まだ”という言葉には、続きがある。


 黒い影は、画面の奥でゆっくりと形を整えている。

 枝のようで、腕のようで、触手のようでもあった。


 その動きが、見るだけで胸の奥をざわつかせる。


「……あれ……

 よる……に……でる……」


「夜に?」


 リヴは小さく頷き、涙を浮かべた。


「むこう……でも……あった……

 よる……こわれる……

 でる……まえ……こんな……かんじ……」


 そして——


「ナオキ……

 きょう……よる……

 くる……よ……」


 その予感は、叫びにも似た“警告”だった。


 直輝は息を吸い込み、リヴの手を握った。


「分かった。

 リヴ。今夜は俺のそばを離れるな。

 何があっても……俺が全部止める」


 リヴは震えたまま頷いた。


「……ナオキ……

 まもって……

 こわい……

 でも……ナオキいる……

 だから……いきる……」


「生きろ。俺が守る」


 その瞬間、テレビの画面が微かに歪んだ。

 黒い影が、今にも“外側”へ近づこうとしている。


 日が沈むまで——あと数時間。


 静かな六畳の部屋には、目に見えない緊張の糸が張り詰めていた。


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