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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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地図にない国の名前

 仕事が一段落した夕方の六畳は、ほんのりあたたかい空気を抱えていた。

 今日は匂い袋が三つ売れ、レビューもつき、ナオキとリヴの表情には心地よい疲れと静かな達成感が残っていた。


 ポットから立ちのぼる湯気が、低いテーブルの上に並んだ湯飲みの口へゆっくり落ちていく。

 縁側のような落ち着きが漂う中、美咲がひとつの匂い袋を指先でつまみ上げた。


「これね。さっきのお客さん、すごく喜んでたよ。肩が軽くなったって言ってた」


「よかった……」


 リヴは胸の前で指をそっと重ね、ほっと笑う。

 その柔らかい息に、今日の疲れが少しほどけていく。


 だが、美咲は匂い袋をひらりと揺らし、二人を見た。

 その視線だけが妙に鋭い。


「これさ。あの時のチートと同じ気配するんだけど」


「チートって言い方やめてくれない?」


 ナオキはお茶を飲むふりをしながら視線をそらした。


「そもそもさ……あんたの施術の時点でそれっぽいのよ。傷が数分で治る、謎の快眠作用、謎の鎮痛。香りがふわっとしただけで肩が落ちるとか、普通じゃないのよ」


「う……」


 ナオキは黙るしかなかった。

 リヴはテーブルの下でナオキの袖をつまみ、顔を真っ赤にしている。

 その目は完全に泳いでいた。


 美咲は匂い袋をそっと置き、身を乗り出す。


「大丈夫だよ。取って食うとか、研究所送りとか、そういう怖い方向じゃないよ?」


 その言葉を聞いた瞬間、動いたのはリヴだった。


「と、とって……たべる……?」


 目がじわっと潤む。

「けんきゅう、そ……おくり……? いや……いや……いや……」


「待って待って、本当に違うから!」


 美咲は慌てて手を振った。


「脅したんじゃないよ。むしろ安心してほしくて言ったの! 例えが悪かっただけ!」


「ちが……あんしん……?」


 リヴは混乱したまま目を瞬かせる。


「違うよ。だから、食べないし送らないし、怖いことゼロだから。ね?」


「たべ……ない?」


「食べないよ。美咲さんはそんな趣味ないから」


 ナオキが言うと、リヴはぎゅっと息を吸い、胸に手を置いた。


「……よかった……」


(よかった……じゃないんだよ……)


 ナオキは頭を抱えそうになりながらも、リヴの背を軽くさすった。


 美咲は深呼吸し、やっと本題へ戻る。


「じゃあ改めて聞くね。

 リヴちゃん。あなたの国って、どこ?」


 声は優しい。

 でも、その奥には逃がさない意志がある。


 その瞬間、リヴの思考が一気に飽和した。


「あう……あう……あうあうあうあう……」


 顔は真っ赤。

 手はパタパタ。

 ナオキの袖をつまむ、離す、つまむ、離すを高速で繰り返す。


「り、リヴ、落ち着いて」


「むり……あう……あう……」


「なにその鳩みたいな反応……かわいすぎ」


「笑わないであげて……」


 ナオキが小声で言うが、美咲は肩をすくめるだけだった。


「いや、ほんと、顔が全部正直なのよ。図星って書いてある」


「ちが……ちが……」


「違わないよね?」


「ちが……ちが……」


 リヴは否定しようとしているのに、言葉が指先でほどけるみたいにばらけていく。

 胸の前で重ねた指が落ち着かず、小刻みに震えた。


「違わないよね?」


「ちが……う……? ちが……う……? あう……」


 その瞬間、リヴの頭の中で何かがふわっと空回りしたようだった。

 次の言葉を探しているのに、どこにも見つからない。


 目はくるりと泳ぎ、視線の置き場をなくして上のほうをさまよい、

 指先はぎゅっと重ねたり離したりをゆっくり繰り返す。

 耳の先だけ、じんわり赤い。


「あ……あう……」


 小さく漏れた声は、言葉になれなかった困惑そのもので、

 リヴはそのまま、軽くフリーズしてしまった。


「リヴちゃん。大丈夫だよ。ゆっくりでいい。怖くないからね」


 美咲は視線の高さを合わせ、優しい声を向ける。


「地球の地図にない国なんだよね?」


 リヴは視線を伏せ、ぎゅっと指を重ね、小さくうなずいた。


「……ない……。ファステリア、おうこくは……ない……」


「やっぱり」


 美咲の声には、驚きよりも納得の温度があった。

 まるで、ずっと形が見えなかったパズルのピースがカチッとはまったような表情だった。


「直輝くん」


「うん」


「あなた、本当に……どこから連れてきたの?」


 ナオキはゆっくり息を吐いた。


「……言えないこともある。でも、美咲さんの推測は……ほとんど正しいよ」


 美咲は、映画の探偵のように目を細めた。


「つまり、異世界ね」


「ミ……サキ……」


 リヴの息が揺れた。

 それでも、美咲の声だけは不思議と怖くなかった。


 美咲はそっと身を寄せ、リヴの手に触れた。


「大丈夫だよ。取って食わないし、研究所にも送らない。

 私は、あなたの味方」


「……たべない……?」


「食べない。かわいいから保護したいだけ」


「かわ……」


「照れてる。かわいい」


「な、なでないで……」


「分かってるよ。でも可愛いものは仕方ないの」


 頬を赤くしたリヴの表情に、部屋の空気が一気に柔らかくなる。


「これからは、三人でやっていこうね」


「……みさき……」


「うん。三人で」


 落ち着いた夕方の六畳に、ゆっくりと安心が広がった。

 リヴの震えも少しずつ収まり、湯気の立つお茶の香りが、その上をやさしく包んでいった。


 湯飲みを両手で包んだまま、リヴは少しずつ呼吸を整えていた。

 胸の奥で揺れていた不安が、さっきよりだいぶ小さくなっている。


 美咲が驚くほどストレートに問いを投げてきたせいで混乱はしたが、今の空気にはもう怖さはなかった。


 美咲はリヴの表情が落ち着いたのを見て、ほっと息をつくと、匂い袋を手のひらで転がしながら言った。


「で、これは……どういう仕組みなの? 魔法とか、そういうやつ?」


「え、えっと……」


 リヴの肩が小さく跳ねる。

 さっきよりは落ち着いてきたが、まだ“異世界”関連は刺激が強い。


 ナオキは湯飲みを置き、少しゆっくりした声で言った。


「仕組みってほどじゃないんだよ。ただ……あっちの世界の植物には魔素みたいなのがあるっていうか。

 その……匂い袋にも残ってるんだと思う」


「つまり、魔素の残り香みたいなものが、地球人に効いてるわけね?」


「……まあ、そうかな」


「ちょっと待って。それって普通にすごいんだけど」


「すごいって言うなよ……余計こわいから」


 ナオキが困ったように眉を寄せると、美咲は肩をすくめた。


「いや、安心して? 私は騒がないし売り飛ばさないし、信じてもらえるなら秘密保持はプロ級よ。仕事柄ね」


「みさき……」


 リヴは胸の前で指を重ねたまま、ほっと息を吐く。


 美咲はその姿を見て、ふっと笑った。


「大丈夫だよ。私はね、直輝くんのあの“謎の施術”の時点でほぼ確信してたんだよ。

 普通じゃないのは分かってたし、それを怖いと思ったことは一度もない」


「リヴちゃん。こわくないよ? 本当に」


「……こわく……ない?」


「ないない。だってさ、直輝くん……この前、私の腕の切り傷、数分で治しちゃったんだよ?」


「……なおき……きず……?」


「普通なら、あれ縫ってもおかしくなかったんだよ。でも……ほんの数分で塞がった」


「……」


「だから、こわいどころか……むしろ面白いの。

 あんたたち、普通じゃない方が自然なんだよ」


 リヴはぽかんと口を開け、胸に手を置く。


「……みさき……こわく……ない?」


「ないない。怖がる理由どこにもないよ。

 だって、助けてもらった側だし」


「たすけ……た……?」


「そう。直輝くんの“謎の施術”で、何度も楽にしてもらってるしね。

 だからね……私は二人の味方」


 美咲の目がきらりと光る。


 リヴは「おもしろい……?」と首を傾ける。

 その仕草があまりにも素直で、美咲は笑いを堪えきれずに口元を押さえた。


「だって、異世界の手仕事の布や匂い袋が、地球でこうやって誰かの暮らしを良くしてるなんて……普通にロマンじゃない?」


「ろまん……?」


「あとで教えるからね」


「うん……」


 リヴの目が少しだけ輝く。

 恐怖の色は完全に消え、かわりに“興味”が入り込んでいた。


 美咲は続けた。


「それに……直輝くんがあんたに惚れてるのは前から知ってたし」


「ちょっ……美咲さん!?」


 ナオキが湯飲みを落としそうになる。

 リヴはびくっと背筋を伸ばし、耳の先まで赤く染まった。


「ほ、ほれて……」


「ちが……いや……ちが……う……?」


 またあの迷子モードに入りかける。


「リヴ、深呼吸しよ。ゆっくりな」


 ナオキが慌てて肩に手を置くと、リヴはこくんとうなずき、胸元でぎゅっと指を重ねた。


 美咲はその二人を見て笑いをこらえる。


「焦らなくていいの。答えを出せと言ってるわけじゃないよ。

 ただ……二人が一緒に作ってる物がこうして売れて、お客さんが喜んでる。

 それだけで十分すてきじゃない?」


「……すてき……」


 リヴは静かにうなずいた。


「だからね。せっかくなら、私も手伝いたいんだよ。

 ほら、あの匂い袋、もっと上手に作れるようにアドバイスできるかもしれないし」


「みさき……てつだう……?」


「もちろん。

 今日の匂い袋なんてね、香りの混ぜ方は良いんだけど、袋の縫い目がちょっと甘かったから」


「ぬいめ……」


 リヴは自分の作った袋をつまみ、真剣に見始める。


(うそ……みさき、すごい。わたし……ちゃんと できてない……)


 目が徐々に潤む。


「いや泣くとこじゃないからね!?」


 美咲が慌てる。


「うう……がんばったのに……へた……」


「へたじゃない! 初心者にしてはすごいの!

 ほんのちょっとだけ改善点があるだけ!」


(……美咲さん、指導がうまいんだよな……)


 ナオキは心の中でつぶやいた。


「リヴちゃん、一緒にやってみようか?

 縫うのも、香りの調整も。

 直輝くんの部屋で秘密サシェ会でも開こうよ」


「……ひみつ……さしぇ……かい……?」


「そうそう。お茶飲みながら、三人でコソッとね」


 リヴの目が輝く。


「……やる……。みさき……いっしょ……つくる……」


「うん。作ろうね。可愛いのいっぱい作ろう」


 美咲は満足げにうなずいた。


 その瞬間、リヴが小さな声でつぶやく。


「みさき……ありがとう……」


 美咲は一瞬だけ目を見開き、それから柔らかく微笑んだ。


「どういたしまして」


「うん……」


「リヴちゃん、ちゃんと伝わってるよ」


「……よかった……」


 その言葉が落ちたあと、六畳の空気はゆっくりとあたたかく沈んだ。

 三人で囲むテーブルに、小さな光が落ちていくようだった。


 湯気がすっと落ち着き、静けさがふたたび部屋に戻る。

 リヴは湯飲みを両手で抱えたまま、美咲のほうへ視線を上げた。


「みさき……わたし、がんばる。もっと、うまく……つくる」


「うん。できるよ。リヴちゃんは吸収が早いし、丁寧だし」


「ていねい……?」


「そう。ちゃんと手が気持ちを覚えてる。すぐ上手になるよ」


 美咲の声は優しく、あたたかい。

 リヴは胸の奥にぽっと灯るような嬉しさを感じ、指をぎゅっと重ねた。


「ねえ、リヴちゃん」


「……うん?」


「今日ね、ひとつ思ったの。

 まだ、言ってないことがあるんじゃないかな……って」


「……?」


「隠してもいいのよ。でも……言ったほうが楽になることもあると思って」


「……らく……?」


「うん。私はね、リヴちゃんのことをもっと知りたいの。怖くない範囲でね」


 リヴの胸の奥がふるっと揺れる。


「みさき……」


「うん?」


「……まだ、ひとつ……ひみつ……ある」


 美咲は姿勢を低くし、優しい声で包む。


「いいよ。ゆっくりでね。無理しないで」


「うん……でも……これ、いったら……きらわれる……かも」


「嫌わないよ?」


「……ほんとう……?」


「本当。私、リヴちゃん好きだよ」


 その言葉に、リヴの耳の先が赤く染まる。


 リヴは深く息を吸い、帽子へ手を伸ばした。

 つばの部分をつまむ指先が震えている。


「なおき……みさき……嫌わない……?」


「嫌わないよ」


「大丈夫だよ」


「……なら……」


 リヴはそっと帽子を持ち上げた。


 影になっていた耳が光を受けて現れる。

 人より少し細長く、先がやわらかく尖った、静かな輪郭。


 部屋が一瞬だけ静まり返った。


「……リヴ……」


 美咲の瞳がゆっくりと見開く。

 驚きはある。

 でも、それは恐れの色ではなかった。


「……エルフ……?」


 美咲の声はささやくように軽く、どこか嬉しそうですらあった。


 リヴは胸の前で指をぎゅっと重ね、小さく震える。


「わたし……はんぶん……エルフ……。はーふ……え、えるふ……」


「……リヴちゃん」


「むこうで……ちがうって……いわれる……。まざりもの……って……

 だから……いま、いうの……こわかった……」


 震える声は、胸の奥に閉じていたものそのものだった。


 美咲はそっと息を吸い、リヴの目をまっすぐ見つめた。


「リヴちゃん」


「……うん……?」


「それね……めちゃくちゃ可愛い」


「え……?」


「綺麗だし、繊細だし……いや、もう……すごいよ? すごくいい」


「す……すごい……?」


「うん。私、個人的に超好きなんだけど」


「好……き……?」


 リヴの耳がさらに赤くなる。


「こんなの見せられて嫌う人いないって。

 むしろ守りたくなる」


「……みさき……」


「うん」


「……よかった……こわかった……でも……よかった……」


 ぽつりと落ちた声と同時に、涙がふわりと流れた。

 それは恐怖ではなく、受け入れられた安堵の涙。


 美咲はリヴをそっと抱き寄せた。


「これからも一緒にやっていこうね。直輝くんも、私も」


「……うん……

 みさき……すき……

 ありがとう……」


 その小さな声のあと、

 三人のあいだに柔らかい夜の気配が流れ込んだ。


 六畳の部屋は、今日だけ少し広く感じられた。

 まるで、新しい家族がひとり増えたように――。

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