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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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匂い袋がひらく扉

 朝の光が六畳の畳の上に静かに落ち、細い筋になって部屋の中心へ伸びていた。冬の匂いはまだ残っていたが、空気はどこか軽かった。カーテンの隙間から入り込む光が、昨日の夜に整えた棚の上をそっと照らす。そこには手織り布と一緒に、リヴが作った小さな匂い袋が並んでいた。


 ナオキは布団の中で目を開け、天井を見つめたまま、なんとなく胸の奥に違和感を覚えた。眠気が残っているはずなのに、妙に視界が冴えている。それが気になってスマホを手探りで取った。


 画面をつけた瞬間、指が止まった。


「あれ……?」


 心臓の音が一度だけ強く響いた。通知の欄に、昨日ほんの試しで出品した匂い袋の数字が二つ、青く光っていた。


 売れていた。


 しかも、夜のうちに。


「リヴ……ちょっと起きられるか?」


「……ん……なに……?」


 隣の布団で仰向けになっていたリヴが、ゆっくりまばたきをしてナオキを見た。髪が少し跳ねている。寝起き特有の、ぼんやりした顔だった。


「これ。見てみ?」


 スマホをそっと差し出すと、リヴは半分寝たままの目で画面を覗き込み、そして――一瞬で目が覚めたように身体を起こした。


「……え……? うれ……てる……?」


「売れてる。ふたつ」


「ふ、ふたつ……? きのう……のせただけ……なのに……?」


「うん。しかもレビューが一件ついてる」


「れ……びゅ……?」


「感想みたいなやつ」


 リヴの指が震えた。胸の前でそっと指を重ね、じっと画面を見る。


 レビューの内容は短かったが、妙に熱がこもっていた。


「寝室に置いたら朝の目覚めが少し楽になった気がします

 香りが深い。普通のラベンダーと違う。

 なんとなく空気が軽いというか……説明できないけど、すごく好きです」


 リヴの唇がゆっくり震えた。


「……ナオキ……これ……」


「うん」


「このひと……ちゃんと……わかって……くれた……?」


「伝わってるよ。すごいな」


「……すごい……」


 小さな声がこぼれた。胸の奥に喜びが広がっているのが、表情からはっきり分かった。


 でも同時に、不安の影も少し揺れている。


「ナオキ……にほんのひと……だいじょうぶ……? つよすぎない……?」


「たぶん大丈夫だよ。匂い袋は“ほんの少し”しか魔素残ってないし。それに、匂い袋の袋自体に魔素が染みてるわけじゃないから」


「……ほんのすこし……でも……つたわるんだ……」


「うん。強すぎる反応じゃなくて、ただ“気持ちが落ち着く”くらいなんだろうな」


「きもち……おちつく……。むこうでも……そうだった……」


 リヴはそっと匂い袋を手に取り、鼻先に寄せた。


 香りは淡く、けれど深い。異世界の草木に触れたときのような、少し懐かしい気配が、ごく薄く指先にまとわる。


「……すこしだけ……むこうのにおい……」


「そうだな」


 ナオキは、リヴが香り袋を大事そうに抱える様子を見ながら、胸の奥で小さく思った。


(これ、本当に“売れるもの”になるかもしれないな)


 それは期待というより、静かに落ちていく実感だった。


「ナオキ……」


「ん?」


「きょう……つくったほうがいい……? もうすこし……」


「無理のない分だけでいいよ。焦らなくていい」


「うん……。でも……すごい……うれしい……」


 リヴは目を伏せ、胸の奥で何かを抱きしめるように小さく息を吸った。


 朝の光が匂い袋に当たり、淡く透ける。その香りが部屋の空気と混ざり、六畳の空気がほんの少しだけ温かくなる。


「リヴ、今日の予定だけど……午後に美咲さんが来るらしいんだ」


「……みさき……くる……?」


「うん。なんか渡すものがあるって言ってた。たぶん、食べ物とかだろうけど」


「また……おいしいやつ……?」


「多分な」


 リヴは嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあ……このかおり……ミサキに……わかるかな……?」


「どうだろな。美咲さん、感覚鋭いしな」


「きづいたら……すこし……はずかしい……」


「はずかしいのか?」


「ちょっと……。でも……よろこんでくれたら……うれしい」


 リヴの声は照れと期待がまざっていて、ナオキは思わず笑った。


「よし。じゃあ朝の準備しよっか」


「うん……!」


 リヴはうれしさを隠しきれず、軽い足取りで台所へ向かった。

 その後ろ姿が、今朝の光より少し明るく見えた。


 小さな匂い袋の香りが、六畳にそっと広がる。

 その香りと共に、今日の物語がゆっくりと動き始めていった。


 午前の光が部屋いっぱいに広がる頃、リヴは匂い袋をもう一度そっと並べ直していた。手つきは慎重で、布に触れる指先は柔らかい。袋の表面を軽く払い、並びの間隔を調整して、小さくうなずく。


「……これで、きれい」


「本当に職人みたいだな」


「しょくにん……?」


「うん。物を丁寧に扱う人のこと」


「……じゃあ、しょくにんになりたい」


「もうなってるよ」


 リヴは照れたように肩をすぼめ、それでも目はうれしそうだった。

 そのまま棚を整え、匂い袋を三つだけ追加で並べた。


 ちょうどその時、スマホが震えた。


「あ、また通知……。リヴ、売れたぞ」


「え……? また……?」


「三つめ」


「さん……!?」


 リヴの表情が一瞬固まり、それから胸の前に手を当てた。


「……なんで……きょう……こんな……?」


「匂い袋の写真、昨日よりちょっと上手く撮れたからかもな」


「しゃしん……つよい……」


「写真が強い、って表現かわいいな……」


「かわいくない……」


 そう言うのに、耳の先はほんのり赤く染まっている。

 ナオキは笑いを飲み込みながら、発送準備のメモを取り出した。


「そういえば……匂い袋、香り強いって言ってるレビューもあったな」


「……きづく?」


「うん。でも悪い意味じゃなくて、落ち着くって」


「……それ、すごく……うれしい……」


 リヴは胸の奥でつぶやくように言い、匂い袋を一つそっと抱えた。

 その姿が、ほんの少し誇らしげに見えた。


 午前の準備を終え、ナオキがサロンの入口付近を掃除していると、リヴはときどき横に立って手伝った。掃除機の音はまだ苦手らしく、スイッチを押すと「むむ……」と表情が強張る。


「リヴ、無理しなくていいからな」


「だいじょうぶ……。これ、つよいけど……がんばる」


「掃除機そんな強敵みたいに言う?」


「つよい……。ときどき……かちんかちんいう……」


「それコード当たってるだけだよ」


「こーど……ややこしい……」


 その言い方があまりに真剣で、ナオキは笑いそうになった。

 リヴは掃除機の後ろをついて歩いて、コードを持ち上げたり、壁との距離を確認したり、妙に忙しそうだった。


「リヴ、それ逆に大変じゃないか?」


「……すこし……」


「少しじゃないよな」


「……すこしだけ……」


 そんなやり取りをしているうちに、店のチャイムが小さく鳴った。


 リヴが一瞬びくっと肩を上げる。


「……だれ……?」


「多分、一番のりのお客さん。午前の予約の人」


「きょう……だいじょうぶ……かな……。におい、きづくかな……?」


「もし気づいたら、それはそれでいいんじゃない? いい香りなんだし」


「でも……なんか、へんって言われたら……」


「へんじゃないって。むしろ良い匂いだよ」


 リヴは息を吸って、おそるおそる入口の方へ歩いた。


「……いらっしゃいませ……」


 小さく、でもはっきりとした声。

 最初の日よりずっと自然になっていた。


「あ、いい匂い。ここ、アロマ置いてたっけ?」


 お客が入ってきた瞬間、言葉がこぼれた。


 リヴはその言葉に固まり、目をまん丸にしてナオキを見た。


「ナ……ナオキ……き、きづかれた……!」


「いや、いいことだから」


「でも……はずかしい……!」


「なんでだよ……」


「わたしの……におい……じゃない……?」


「いや、匂い袋の香りだから」


「わたしの……じゃない……?」


「違うよ」


「よかった……」


「なにが良かったんだよ……」


 そんな小声のやりとりをしていると、お客がニコニコしながら近づいてきた。


「これ、いい匂いだね。なんか落ち着くっていうか……すごい自然?」


「そ、そうですか……?」

 ナオキが答えた。


「うん。アロマオイル、変えたの?」


「あー……まあ、ちょっと……新しい香りを……試してまして……」


「へえ、いいじゃん。好きだよ、この匂い」


 お客はそう言って、施術室へ向かった。


 リヴはその背中をじっと見つめ、胸に手を当てながら、小さな声で呟いた。


「……ほんとうに、つたわってる……?」


「伝わってるよ。すごいな、リヴ」


「すごい……?」


「うん。ちゃんと地球の人に響いてる」


 リヴは、うれしさと驚きが入り混じった不思議な表情でナオキを見つめた。


「……なんか……へんなきもち……」


「へんじゃないだろ。嬉しい気持ちだよ」


「うれしい……。でも……へん」


「どう変なんだ?」


「むねが……ふわって……する」


「それは嬉しい時の反応だよ」


「そうなの……?」


「そうだよ」


 リヴはゆっくりうなずき、また匂い袋にそっと視線を向けた。


 その瞬間だった。

 スマホがもう一度震えた。


「あ、また売れた」


「えっ……また……?」


「四つめだな」


「よ、よつ……!?」


「人気出てきたかもな」


「……きょう……なんで……?」


「多分ね、匂い袋のページが”おすすめ”の方にちょっと載ったんだと思う」


「おすすめ……?」


「そう。何人かが見てくれてるってこと」


「な、なんで……みるの……?」


「気になったんじゃないか? 写真も良かったし」


 リヴは胸の前で指をぎゅっと握りしめ、深く息を吸った。


「ナオキ……」


「ん?」


「わたし……もっと……つくりたい……」


「うん。いいよ。無理しないで、できる分だけ作ろう」


「うん……!」


 リヴの目は、朝よりも少し強く光っていた。

 嬉しさと自信が、ほんのすこし芽を出したような表情だった。


 六畳の空気が、柔らかな香りと一緒にゆっくり流れていく。


 午前のお客の施術を終え、ナオキが香りの薄れ具合を確認していると、リヴは部屋の隅で匂い袋の在庫を広げていた。布の触り心地を確かめ、香りの抜け方を確認し、縫い目をそっと撫でる。その表情は、いつもの落ち着いた様子とは少し違い、どこか職人のような真剣みを帯びていた。


「……ナオキ。これ、すこし……におい、よわくなる?」


「うん、ちょっとだけ落ちるな。でも当たり前だよ。これぐらいなら十分だよ」


「じゃあ……すこしだけ……まぜる?」


「新しく作り足すのはいいけど、無理しなくていいからな」


「むりじゃない。つくりたい……。さっき、よろこんでくれたから……」


 そう言ってリヴは胸の前で両手をそっと重ね、表情をほぐした。


 その仕草を見てナオキは思わず笑った。


「リヴ、最近ほんと表情豊かだよな」


「え……? かわってる?」


「うん。いろんな顔するようになった」


「へんじゃない……?」


「変じゃないよ。すごくいい」


 リヴは照れたのか、匂い袋を持ったまま顔を少し隠すようにうつむいた。


「……うれしい……。もっと、うまく、つくりたい」


「じゃあ、午後は追加で三つ作るか?」


「さん……つ? できる……」


「本当に大丈夫か?」


「だいじょうぶ。ナオキと……いっしょなら」


 その言葉に、ナオキは少しだけ胸が熱くなるのを感じた。

 ただ道具を扱えるようになっただけじゃなく、気持ちの動きまで、ちゃんと日本語で伝えられるようになってきている。


(本当に成長したな……)


 そう思っていると、再びスマホが軽い音を立てた。


「あ、また……」


「えっ……ま、また……?」


「五つめ」


「いつつ……!?」


「今日一気に動いたな……」


 リヴは匂い袋を両手で抱えたまま、動きを止めた。


「ナオキ……。にほんのひと……きょう、どうした……?」


「いや、多分だけど……レビューのおかげかも」


「れびゅー……?」


「さっきの人とは別の購入者が、“すごく落ち着く香り”って書いてくれてた」


「おちつく……?」


「そう。リヴが調整した香り、地球の人にも響いてるんだよ」


 リヴはほんの少しだけ眉を寄せ、それでも目はゆるんでいた。


「……なんで……。わたし……ただ、よいかおりに……って」


「それで良いよ。リヴは“良い香りだと思うもの”を作った。それが、ちゃんと伝わっただけ」


 その言葉を聞いた瞬間、リヴは胸に手を当てて、小さく息を吸い込んだ。


「……つたわるの……すごい……。ちょっと……こわい……けど……うれしい」


「怖い必要はないよ」


「うん……。でも……しんじられない……。わたしの手……にほんのひとが……」


 言葉をうまくまとめられず、リヴは小さく首を振った。

 それでも、胸の奥からゆっくり湧いてくる喜びは隠しきれない。


 そんな空気の中で、ふいに玄関の方から声が聞こえた。


「こんにちはー。今日行っても大丈夫?」


 いつもの明るい声。


 美咲だった。


「ミ、ミサキ……!」

 リヴが慌てて立ち上がる。


「リヴちゃん、もうすっかり慣れた感じだね」

 バッグを肩から下ろしながら、美咲は室内を見回した。


「……なれて……る?」

 リヴは固まりながら問い返す。


「うん。前よりずっと自然。挨拶もちゃんと声出てるし、動きにも余裕あるよ」


「よ、よゆう……?」


「そう。暮らしになじんできた感じ。すっごい良いよ」


 リヴの耳の先がふわっと赤くなる。


「……うれしい……。でも、はずかしい……」


「はずかしくないって。成長してる証拠だよ」


 美咲は笑いながら、棚の匂い袋をひとつ手に取る。


「これ……新しいやつ?」


「うん」

 ナオキが答える。


「へぇー……うわ。何これ、すごく落ち着く」


 その言葉に、リヴが息を止めた。


「……お……ちつく……?」


「リヴちゃんが作ったの?」


「……う、うん……。すこし……まぜて……つくった」


「すごいじゃん。これさ……普通の香り袋じゃ出せない匂いしてる」


「へ、へん……じゃない……?」


「全然変じゃないよ。むしろ、かなり好きだよこれ」


 美咲は本当に感心したように、もう一度匂い袋を嗅いだ。


「これ、売れてるんでしょ?」


「今朝から五個売れた」

 ナオキが言うと、美咲の眉がぴくっと上がった。


「は!? 五個!?」


「うん、なんか今日すごく動いて」


「ちょっと……すごくない? ナオキ君、軽くショップ始めたみたいになってるじゃん」


「いやいや、そんな大げさな……」


「いや、大げさじゃないでしょ。もう立派に商売だよ!」


 美咲は笑いながらリヴに目を向ける。


「リヴちゃん、本気で売れるよ。これ……めちゃくちゃ良い匂いだよ」


 リヴは胸を押さえたまま、か細い声で答えた。


「……よろこんで……もらえるの……すごい……。へん……。でも……うれしい……」


「それ喜びっていうんだよ」


「よろこび……」


「そう。ちゃんと伝わってるってこと」


 美咲の言葉は、優しくリヴに落ちた。


 リヴはゆっくりと顔を上げ、小さく笑った。


 その笑顔は、朝よりも少しだけ大きかった。


 美咲が匂い袋をそっと棚へ戻した頃、室内の空気はほんの少し明るくなっていた。

 リヴは胸の前で指先を重ねたまま、美咲の言葉を何度も反芻するように呼吸をしていた。


「リヴちゃん、本当に上達してるよ。言葉も、動きも、ぜんぶ」


「……ほんとう?」


「本当だよ。今日みたいに自然に返事してくれるの、前はなかったし」


「う、うれしい……。でも……すこし、はずかしい」


「はずかしくていいよ。その分だけ成長してるってことだから」


 リヴは視線を落としたまま、こくんとうなずいた。


「リヴ、恥ずかしい顔かわいいよ」

 横からナオキが静かに言った。


「かわいくない……」


「かわいいって。美咲もそう思うだろ?」


「めちゃくちゃ可愛いよ」


「……ふたりとも……いじわる……」


 頬を赤くしたままリヴがむくれ気味に言うと、三人の間に軽い笑いが流れた。


 三人で席につくと、美咲が急に声を潜めた。


「ねえ、ひとつ聞いていい?」


「なに?」

 ナオキが首をかしげる。


「この匂い袋……。普通のアロマと違うよね?」


「違う?」


「うん。なんか……効き方が強いっていうか。落ち着く度合いが深いというか」


 美咲は真剣な顔で言葉を選んでいる。


「昨日、職場でめっちゃ疲れててさ。試しにこれ嗅いだら、頭の中のモヤが一気にどっか行ったのよ。普通のアロマじゃあんな瞬間的に落ち着かないからさ」


「そうなのか……」

 ナオキが曖昧に返す。


 リヴは、指先をぎゅっと握りこんだ。


「……それ……へん……?」


「変じゃない。すごいって意味だよ」


 美咲はそう言うと、リヴに向かって微笑んだ。


「むしろ、よく作ったね。こういうアロマって、今までなかったよ。ほんとに」


 言葉の意味を理解した瞬間、リヴは目を丸くした。


「……わたしの……かおり……?

 にほんのひとに……つたわった……?」


「伝わったどころじゃないよ。ガッツリ効いてるよ」


「ガッツリ……」

 リヴが繰り返し、意味をかみしめるように胸に手を置く。


 美咲はバッグから小さなノートを取り出し、匂い袋の写真を見せた。


「ねえ、レビュー見た?」


「さっき軽く見た。落ち着くとか、すごい香りとか……そんな感じの」


「私の友達もね、気に入りそうって言ってたよ。疲れやすい子でさ。こういうの探してたんだって」


「え……そんな……」


「リヴちゃん、自信持っていいよ。これはね、売れる。ほんとの意味で売れるやつ」


 リヴはそれを聞いた途端、肩をすくめた。


「……こわい……」


「え、どこが?」


「もっと、いっぱい……ひとが、ほしがったら……どうする……?」


「どうするって……嬉しいじゃん」


「うれしい……でも……いっぱいは……つくれない……」

 リヴは眉を寄せ、胸のあたりを押さえた。


「……むりは……いや……」


 その言葉は、本当に素直な声だった。


 ナオキは椅子を軽く引いて、リヴの隣に座り、落ち着かせるように声をかけた。


「大丈夫だよ。無理しなくていい。そんな急に広げる必要なんてないよ」


「うん……?」


「リヴのペースでいいんだよ。欲しい人がいても、できる分だけでいい」


「できるぶん……」


「そう。ちょっとずつでいい」


 その言葉に、美咲もうなずいた。


「そうだよ。無理したら嫌になっちゃうでしょ?

 リヴちゃんの“好き”が大事なんだから」


「……すき……」


「うん。リヴちゃんが“いい香りだな”って思える作品じゃないとね」


 リヴは胸に手を当てたまま、ゆっくり息を吸った。


「……すき……つくるの、すき……。にほんのひと、よろこんで……すこしこわい……でも……うれしい」


「それでいいよ」

 ナオキは優しく返した。


「リヴがそう思えるなら、それが一番なんだ」


 リヴは小さくうなずき、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。


「……ナオキ……。これからも……いっしょに、つくる……?」


「もちろん。ずっと一緒にやるよ」


「うん……よかった……」


 その瞬間、美咲が「よし!」と小さく声を上げる。


「じゃあ、今日は私も手伝うよ。作り方教えて。気になってしょうがない!」


「えっ……み、美咲……つくる……?」


「作る作る! こういうの好きなの! 工作感あって!」

 美咲が身を乗り出した。


「こうさ、袋に詰める時むずかしそうじゃん。そこがやりたい!」


 リヴは困ったような顔をしながら、小さく笑った。


「……ミサキ……へん……」


「褒め言葉として受け取る!」


「へんじゃないよ、美咲は。元気なだけ」

 ナオキが苦笑する。


「よしリヴちゃん。弟子入りだ!!」


「で、でし……?」


「それやめてあげて」

 ナオキがすかさず突っ込む。


 部屋の空気はすっかり賑やかになり、笑いがそのまま広がった。


 こうして、三人で匂い袋を囲んで話す時間は、思ったより早く過ぎていった。


「リヴちゃん、これ一緒に作りながらさ、商品ページの文章ももうちょい丁寧にしたら?」


「ぶんしょう……?」


「そう。香りの特徴とか使い方とか。分かりやすく書いたら、もっと伝わるよ」


「……つたわる……?」


「うん。匂い袋がどう“効く”のか、誰に“合う”のか。そういうの」


 美咲が丁寧に説明すると、リヴは目を見開いた。


「……つたわるなら……したい……。かきたい……」


「よし、じゃあそこも手伝おう!」


「美咲、ほんと助かる」

 ナオキが息をつく。


「任しといて。こういうの大好きだから」


 リヴはふと、テーブルの上に広げた匂い袋を見つめた。


「……この、ちいさい……におい……

 だれかの、こころに……とどくんだね……」


 その言葉は静かで、でも確かな光があった。


「うん。ちゃんと届くよ」

 ナオキは穏やかに声を返す。


「リヴの作るものは……ちゃんと誰かに届く」


 リヴは胸の前に置いた手をぎゅっと重ね、小さくうなずいた。


「……うれしい……

 ちょっとこわい……でも……うれしい」


 その素直な声を聞いた瞬間、美咲が優しく微笑む。


「それね、すっごく良い気持ちだよ。大丈夫。

 リヴちゃんはもう、“つくる人”の顔になってる」


「つくる……ひと……?」


「そう。ものを作って、それが誰かに届く人」


 リヴは驚いたように目を丸くし、少しだけ照れたように笑った。


「……それ……すこし……すき」


「なら、今日から名乗っていいよ。“つくる人”って」

 美咲が明るく言う。


「みさき……すごい……」


「でしょ?」


「ちがう。ちがう意味で……すごい」

 リヴが真顔で言って、ナオキが吹き出す。


「それ褒めてないよね?」

 美咲が笑いながら肩をすくめる。


 笑い声が三人の間で弾む。


 その中でふと、リヴはテーブルの匂い袋を見つめた。

 そこには自分の手で縫った、異世界の布と香りが小さく丸まっている。


 それが、“誰かの心に届く”という事実は、まだ完全には理解しきれない。

 けれど、ゆっくりと温かいものが胸に広がっていく。


「ナオキ……みさき……

 これから……もっと、つくりたい……」


「もちろん」

「もちろんだよ!」

 二人の声が重なった。


 その瞬間、午後の光がそっと室内を照らし、

 新しい小さな仕事の気配が、三人の間に静かに根を下ろした。



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