匂い袋がひらく扉
朝の光が六畳の畳の上に静かに落ち、細い筋になって部屋の中心へ伸びていた。冬の匂いはまだ残っていたが、空気はどこか軽かった。カーテンの隙間から入り込む光が、昨日の夜に整えた棚の上をそっと照らす。そこには手織り布と一緒に、リヴが作った小さな匂い袋が並んでいた。
ナオキは布団の中で目を開け、天井を見つめたまま、なんとなく胸の奥に違和感を覚えた。眠気が残っているはずなのに、妙に視界が冴えている。それが気になってスマホを手探りで取った。
画面をつけた瞬間、指が止まった。
「あれ……?」
心臓の音が一度だけ強く響いた。通知の欄に、昨日ほんの試しで出品した匂い袋の数字が二つ、青く光っていた。
売れていた。
しかも、夜のうちに。
「リヴ……ちょっと起きられるか?」
「……ん……なに……?」
隣の布団で仰向けになっていたリヴが、ゆっくりまばたきをしてナオキを見た。髪が少し跳ねている。寝起き特有の、ぼんやりした顔だった。
「これ。見てみ?」
スマホをそっと差し出すと、リヴは半分寝たままの目で画面を覗き込み、そして――一瞬で目が覚めたように身体を起こした。
「……え……? うれ……てる……?」
「売れてる。ふたつ」
「ふ、ふたつ……? きのう……のせただけ……なのに……?」
「うん。しかもレビューが一件ついてる」
「れ……びゅ……?」
「感想みたいなやつ」
リヴの指が震えた。胸の前でそっと指を重ね、じっと画面を見る。
レビューの内容は短かったが、妙に熱がこもっていた。
「寝室に置いたら朝の目覚めが少し楽になった気がします
香りが深い。普通のラベンダーと違う。
なんとなく空気が軽いというか……説明できないけど、すごく好きです」
リヴの唇がゆっくり震えた。
「……ナオキ……これ……」
「うん」
「このひと……ちゃんと……わかって……くれた……?」
「伝わってるよ。すごいな」
「……すごい……」
小さな声がこぼれた。胸の奥に喜びが広がっているのが、表情からはっきり分かった。
でも同時に、不安の影も少し揺れている。
「ナオキ……にほんのひと……だいじょうぶ……? つよすぎない……?」
「たぶん大丈夫だよ。匂い袋は“ほんの少し”しか魔素残ってないし。それに、匂い袋の袋自体に魔素が染みてるわけじゃないから」
「……ほんのすこし……でも……つたわるんだ……」
「うん。強すぎる反応じゃなくて、ただ“気持ちが落ち着く”くらいなんだろうな」
「きもち……おちつく……。むこうでも……そうだった……」
リヴはそっと匂い袋を手に取り、鼻先に寄せた。
香りは淡く、けれど深い。異世界の草木に触れたときのような、少し懐かしい気配が、ごく薄く指先にまとわる。
「……すこしだけ……むこうのにおい……」
「そうだな」
ナオキは、リヴが香り袋を大事そうに抱える様子を見ながら、胸の奥で小さく思った。
(これ、本当に“売れるもの”になるかもしれないな)
それは期待というより、静かに落ちていく実感だった。
「ナオキ……」
「ん?」
「きょう……つくったほうがいい……? もうすこし……」
「無理のない分だけでいいよ。焦らなくていい」
「うん……。でも……すごい……うれしい……」
リヴは目を伏せ、胸の奥で何かを抱きしめるように小さく息を吸った。
朝の光が匂い袋に当たり、淡く透ける。その香りが部屋の空気と混ざり、六畳の空気がほんの少しだけ温かくなる。
「リヴ、今日の予定だけど……午後に美咲さんが来るらしいんだ」
「……みさき……くる……?」
「うん。なんか渡すものがあるって言ってた。たぶん、食べ物とかだろうけど」
「また……おいしいやつ……?」
「多分な」
リヴは嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ……このかおり……ミサキに……わかるかな……?」
「どうだろな。美咲さん、感覚鋭いしな」
「きづいたら……すこし……はずかしい……」
「はずかしいのか?」
「ちょっと……。でも……よろこんでくれたら……うれしい」
リヴの声は照れと期待がまざっていて、ナオキは思わず笑った。
「よし。じゃあ朝の準備しよっか」
「うん……!」
リヴはうれしさを隠しきれず、軽い足取りで台所へ向かった。
その後ろ姿が、今朝の光より少し明るく見えた。
小さな匂い袋の香りが、六畳にそっと広がる。
その香りと共に、今日の物語がゆっくりと動き始めていった。
午前の光が部屋いっぱいに広がる頃、リヴは匂い袋をもう一度そっと並べ直していた。手つきは慎重で、布に触れる指先は柔らかい。袋の表面を軽く払い、並びの間隔を調整して、小さくうなずく。
「……これで、きれい」
「本当に職人みたいだな」
「しょくにん……?」
「うん。物を丁寧に扱う人のこと」
「……じゃあ、しょくにんになりたい」
「もうなってるよ」
リヴは照れたように肩をすぼめ、それでも目はうれしそうだった。
そのまま棚を整え、匂い袋を三つだけ追加で並べた。
ちょうどその時、スマホが震えた。
「あ、また通知……。リヴ、売れたぞ」
「え……? また……?」
「三つめ」
「さん……!?」
リヴの表情が一瞬固まり、それから胸の前に手を当てた。
「……なんで……きょう……こんな……?」
「匂い袋の写真、昨日よりちょっと上手く撮れたからかもな」
「しゃしん……つよい……」
「写真が強い、って表現かわいいな……」
「かわいくない……」
そう言うのに、耳の先はほんのり赤く染まっている。
ナオキは笑いを飲み込みながら、発送準備のメモを取り出した。
「そういえば……匂い袋、香り強いって言ってるレビューもあったな」
「……きづく?」
「うん。でも悪い意味じゃなくて、落ち着くって」
「……それ、すごく……うれしい……」
リヴは胸の奥でつぶやくように言い、匂い袋を一つそっと抱えた。
その姿が、ほんの少し誇らしげに見えた。
午前の準備を終え、ナオキがサロンの入口付近を掃除していると、リヴはときどき横に立って手伝った。掃除機の音はまだ苦手らしく、スイッチを押すと「むむ……」と表情が強張る。
「リヴ、無理しなくていいからな」
「だいじょうぶ……。これ、つよいけど……がんばる」
「掃除機そんな強敵みたいに言う?」
「つよい……。ときどき……かちんかちんいう……」
「それコード当たってるだけだよ」
「こーど……ややこしい……」
その言い方があまりに真剣で、ナオキは笑いそうになった。
リヴは掃除機の後ろをついて歩いて、コードを持ち上げたり、壁との距離を確認したり、妙に忙しそうだった。
「リヴ、それ逆に大変じゃないか?」
「……すこし……」
「少しじゃないよな」
「……すこしだけ……」
そんなやり取りをしているうちに、店のチャイムが小さく鳴った。
リヴが一瞬びくっと肩を上げる。
「……だれ……?」
「多分、一番のりのお客さん。午前の予約の人」
「きょう……だいじょうぶ……かな……。におい、きづくかな……?」
「もし気づいたら、それはそれでいいんじゃない? いい香りなんだし」
「でも……なんか、へんって言われたら……」
「へんじゃないって。むしろ良い匂いだよ」
リヴは息を吸って、おそるおそる入口の方へ歩いた。
「……いらっしゃいませ……」
小さく、でもはっきりとした声。
最初の日よりずっと自然になっていた。
「あ、いい匂い。ここ、アロマ置いてたっけ?」
お客が入ってきた瞬間、言葉がこぼれた。
リヴはその言葉に固まり、目をまん丸にしてナオキを見た。
「ナ……ナオキ……き、きづかれた……!」
「いや、いいことだから」
「でも……はずかしい……!」
「なんでだよ……」
「わたしの……におい……じゃない……?」
「いや、匂い袋の香りだから」
「わたしの……じゃない……?」
「違うよ」
「よかった……」
「なにが良かったんだよ……」
そんな小声のやりとりをしていると、お客がニコニコしながら近づいてきた。
「これ、いい匂いだね。なんか落ち着くっていうか……すごい自然?」
「そ、そうですか……?」
ナオキが答えた。
「うん。アロマオイル、変えたの?」
「あー……まあ、ちょっと……新しい香りを……試してまして……」
「へえ、いいじゃん。好きだよ、この匂い」
お客はそう言って、施術室へ向かった。
リヴはその背中をじっと見つめ、胸に手を当てながら、小さな声で呟いた。
「……ほんとうに、つたわってる……?」
「伝わってるよ。すごいな、リヴ」
「すごい……?」
「うん。ちゃんと地球の人に響いてる」
リヴは、うれしさと驚きが入り混じった不思議な表情でナオキを見つめた。
「……なんか……へんなきもち……」
「へんじゃないだろ。嬉しい気持ちだよ」
「うれしい……。でも……へん」
「どう変なんだ?」
「むねが……ふわって……する」
「それは嬉しい時の反応だよ」
「そうなの……?」
「そうだよ」
リヴはゆっくりうなずき、また匂い袋にそっと視線を向けた。
その瞬間だった。
スマホがもう一度震えた。
「あ、また売れた」
「えっ……また……?」
「四つめだな」
「よ、よつ……!?」
「人気出てきたかもな」
「……きょう……なんで……?」
「多分ね、匂い袋のページが”おすすめ”の方にちょっと載ったんだと思う」
「おすすめ……?」
「そう。何人かが見てくれてるってこと」
「な、なんで……みるの……?」
「気になったんじゃないか? 写真も良かったし」
リヴは胸の前で指をぎゅっと握りしめ、深く息を吸った。
「ナオキ……」
「ん?」
「わたし……もっと……つくりたい……」
「うん。いいよ。無理しないで、できる分だけ作ろう」
「うん……!」
リヴの目は、朝よりも少し強く光っていた。
嬉しさと自信が、ほんのすこし芽を出したような表情だった。
六畳の空気が、柔らかな香りと一緒にゆっくり流れていく。
午前のお客の施術を終え、ナオキが香りの薄れ具合を確認していると、リヴは部屋の隅で匂い袋の在庫を広げていた。布の触り心地を確かめ、香りの抜け方を確認し、縫い目をそっと撫でる。その表情は、いつもの落ち着いた様子とは少し違い、どこか職人のような真剣みを帯びていた。
「……ナオキ。これ、すこし……におい、よわくなる?」
「うん、ちょっとだけ落ちるな。でも当たり前だよ。これぐらいなら十分だよ」
「じゃあ……すこしだけ……まぜる?」
「新しく作り足すのはいいけど、無理しなくていいからな」
「むりじゃない。つくりたい……。さっき、よろこんでくれたから……」
そう言ってリヴは胸の前で両手をそっと重ね、表情をほぐした。
その仕草を見てナオキは思わず笑った。
「リヴ、最近ほんと表情豊かだよな」
「え……? かわってる?」
「うん。いろんな顔するようになった」
「へんじゃない……?」
「変じゃないよ。すごくいい」
リヴは照れたのか、匂い袋を持ったまま顔を少し隠すようにうつむいた。
「……うれしい……。もっと、うまく、つくりたい」
「じゃあ、午後は追加で三つ作るか?」
「さん……つ? できる……」
「本当に大丈夫か?」
「だいじょうぶ。ナオキと……いっしょなら」
その言葉に、ナオキは少しだけ胸が熱くなるのを感じた。
ただ道具を扱えるようになっただけじゃなく、気持ちの動きまで、ちゃんと日本語で伝えられるようになってきている。
(本当に成長したな……)
そう思っていると、再びスマホが軽い音を立てた。
「あ、また……」
「えっ……ま、また……?」
「五つめ」
「いつつ……!?」
「今日一気に動いたな……」
リヴは匂い袋を両手で抱えたまま、動きを止めた。
「ナオキ……。にほんのひと……きょう、どうした……?」
「いや、多分だけど……レビューのおかげかも」
「れびゅー……?」
「さっきの人とは別の購入者が、“すごく落ち着く香り”って書いてくれてた」
「おちつく……?」
「そう。リヴが調整した香り、地球の人にも響いてるんだよ」
リヴはほんの少しだけ眉を寄せ、それでも目はゆるんでいた。
「……なんで……。わたし……ただ、よいかおりに……って」
「それで良いよ。リヴは“良い香りだと思うもの”を作った。それが、ちゃんと伝わっただけ」
その言葉を聞いた瞬間、リヴは胸に手を当てて、小さく息を吸い込んだ。
「……つたわるの……すごい……。ちょっと……こわい……けど……うれしい」
「怖い必要はないよ」
「うん……。でも……しんじられない……。わたしの手……にほんのひとが……」
言葉をうまくまとめられず、リヴは小さく首を振った。
それでも、胸の奥からゆっくり湧いてくる喜びは隠しきれない。
そんな空気の中で、ふいに玄関の方から声が聞こえた。
「こんにちはー。今日行っても大丈夫?」
いつもの明るい声。
美咲だった。
「ミ、ミサキ……!」
リヴが慌てて立ち上がる。
「リヴちゃん、もうすっかり慣れた感じだね」
バッグを肩から下ろしながら、美咲は室内を見回した。
「……なれて……る?」
リヴは固まりながら問い返す。
「うん。前よりずっと自然。挨拶もちゃんと声出てるし、動きにも余裕あるよ」
「よ、よゆう……?」
「そう。暮らしになじんできた感じ。すっごい良いよ」
リヴの耳の先がふわっと赤くなる。
「……うれしい……。でも、はずかしい……」
「はずかしくないって。成長してる証拠だよ」
美咲は笑いながら、棚の匂い袋をひとつ手に取る。
「これ……新しいやつ?」
「うん」
ナオキが答える。
「へぇー……うわ。何これ、すごく落ち着く」
その言葉に、リヴが息を止めた。
「……お……ちつく……?」
「リヴちゃんが作ったの?」
「……う、うん……。すこし……まぜて……つくった」
「すごいじゃん。これさ……普通の香り袋じゃ出せない匂いしてる」
「へ、へん……じゃない……?」
「全然変じゃないよ。むしろ、かなり好きだよこれ」
美咲は本当に感心したように、もう一度匂い袋を嗅いだ。
「これ、売れてるんでしょ?」
「今朝から五個売れた」
ナオキが言うと、美咲の眉がぴくっと上がった。
「は!? 五個!?」
「うん、なんか今日すごく動いて」
「ちょっと……すごくない? ナオキ君、軽くショップ始めたみたいになってるじゃん」
「いやいや、そんな大げさな……」
「いや、大げさじゃないでしょ。もう立派に商売だよ!」
美咲は笑いながらリヴに目を向ける。
「リヴちゃん、本気で売れるよ。これ……めちゃくちゃ良い匂いだよ」
リヴは胸を押さえたまま、か細い声で答えた。
「……よろこんで……もらえるの……すごい……。へん……。でも……うれしい……」
「それ喜びっていうんだよ」
「よろこび……」
「そう。ちゃんと伝わってるってこと」
美咲の言葉は、優しくリヴに落ちた。
リヴはゆっくりと顔を上げ、小さく笑った。
その笑顔は、朝よりも少しだけ大きかった。
美咲が匂い袋をそっと棚へ戻した頃、室内の空気はほんの少し明るくなっていた。
リヴは胸の前で指先を重ねたまま、美咲の言葉を何度も反芻するように呼吸をしていた。
「リヴちゃん、本当に上達してるよ。言葉も、動きも、ぜんぶ」
「……ほんとう?」
「本当だよ。今日みたいに自然に返事してくれるの、前はなかったし」
「う、うれしい……。でも……すこし、はずかしい」
「はずかしくていいよ。その分だけ成長してるってことだから」
リヴは視線を落としたまま、こくんとうなずいた。
「リヴ、恥ずかしい顔かわいいよ」
横からナオキが静かに言った。
「かわいくない……」
「かわいいって。美咲もそう思うだろ?」
「めちゃくちゃ可愛いよ」
「……ふたりとも……いじわる……」
頬を赤くしたままリヴがむくれ気味に言うと、三人の間に軽い笑いが流れた。
三人で席につくと、美咲が急に声を潜めた。
「ねえ、ひとつ聞いていい?」
「なに?」
ナオキが首をかしげる。
「この匂い袋……。普通のアロマと違うよね?」
「違う?」
「うん。なんか……効き方が強いっていうか。落ち着く度合いが深いというか」
美咲は真剣な顔で言葉を選んでいる。
「昨日、職場でめっちゃ疲れててさ。試しにこれ嗅いだら、頭の中のモヤが一気にどっか行ったのよ。普通のアロマじゃあんな瞬間的に落ち着かないからさ」
「そうなのか……」
ナオキが曖昧に返す。
リヴは、指先をぎゅっと握りこんだ。
「……それ……へん……?」
「変じゃない。すごいって意味だよ」
美咲はそう言うと、リヴに向かって微笑んだ。
「むしろ、よく作ったね。こういうアロマって、今までなかったよ。ほんとに」
言葉の意味を理解した瞬間、リヴは目を丸くした。
「……わたしの……かおり……?
にほんのひとに……つたわった……?」
「伝わったどころじゃないよ。ガッツリ効いてるよ」
「ガッツリ……」
リヴが繰り返し、意味をかみしめるように胸に手を置く。
美咲はバッグから小さなノートを取り出し、匂い袋の写真を見せた。
「ねえ、レビュー見た?」
「さっき軽く見た。落ち着くとか、すごい香りとか……そんな感じの」
「私の友達もね、気に入りそうって言ってたよ。疲れやすい子でさ。こういうの探してたんだって」
「え……そんな……」
「リヴちゃん、自信持っていいよ。これはね、売れる。ほんとの意味で売れるやつ」
リヴはそれを聞いた途端、肩をすくめた。
「……こわい……」
「え、どこが?」
「もっと、いっぱい……ひとが、ほしがったら……どうする……?」
「どうするって……嬉しいじゃん」
「うれしい……でも……いっぱいは……つくれない……」
リヴは眉を寄せ、胸のあたりを押さえた。
「……むりは……いや……」
その言葉は、本当に素直な声だった。
ナオキは椅子を軽く引いて、リヴの隣に座り、落ち着かせるように声をかけた。
「大丈夫だよ。無理しなくていい。そんな急に広げる必要なんてないよ」
「うん……?」
「リヴのペースでいいんだよ。欲しい人がいても、できる分だけでいい」
「できるぶん……」
「そう。ちょっとずつでいい」
その言葉に、美咲もうなずいた。
「そうだよ。無理したら嫌になっちゃうでしょ?
リヴちゃんの“好き”が大事なんだから」
「……すき……」
「うん。リヴちゃんが“いい香りだな”って思える作品じゃないとね」
リヴは胸に手を当てたまま、ゆっくり息を吸った。
「……すき……つくるの、すき……。にほんのひと、よろこんで……すこしこわい……でも……うれしい」
「それでいいよ」
ナオキは優しく返した。
「リヴがそう思えるなら、それが一番なんだ」
リヴは小さくうなずき、ほんの少しだけ笑みを浮かべた。
「……ナオキ……。これからも……いっしょに、つくる……?」
「もちろん。ずっと一緒にやるよ」
「うん……よかった……」
その瞬間、美咲が「よし!」と小さく声を上げる。
「じゃあ、今日は私も手伝うよ。作り方教えて。気になってしょうがない!」
「えっ……み、美咲……つくる……?」
「作る作る! こういうの好きなの! 工作感あって!」
美咲が身を乗り出した。
「こうさ、袋に詰める時むずかしそうじゃん。そこがやりたい!」
リヴは困ったような顔をしながら、小さく笑った。
「……ミサキ……へん……」
「褒め言葉として受け取る!」
「へんじゃないよ、美咲は。元気なだけ」
ナオキが苦笑する。
「よしリヴちゃん。弟子入りだ!!」
「で、でし……?」
「それやめてあげて」
ナオキがすかさず突っ込む。
部屋の空気はすっかり賑やかになり、笑いがそのまま広がった。
こうして、三人で匂い袋を囲んで話す時間は、思ったより早く過ぎていった。
「リヴちゃん、これ一緒に作りながらさ、商品ページの文章ももうちょい丁寧にしたら?」
「ぶんしょう……?」
「そう。香りの特徴とか使い方とか。分かりやすく書いたら、もっと伝わるよ」
「……つたわる……?」
「うん。匂い袋がどう“効く”のか、誰に“合う”のか。そういうの」
美咲が丁寧に説明すると、リヴは目を見開いた。
「……つたわるなら……したい……。かきたい……」
「よし、じゃあそこも手伝おう!」
「美咲、ほんと助かる」
ナオキが息をつく。
「任しといて。こういうの大好きだから」
リヴはふと、テーブルの上に広げた匂い袋を見つめた。
「……この、ちいさい……におい……
だれかの、こころに……とどくんだね……」
その言葉は静かで、でも確かな光があった。
「うん。ちゃんと届くよ」
ナオキは穏やかに声を返す。
「リヴの作るものは……ちゃんと誰かに届く」
リヴは胸の前に置いた手をぎゅっと重ね、小さくうなずいた。
「……うれしい……
ちょっとこわい……でも……うれしい」
その素直な声を聞いた瞬間、美咲が優しく微笑む。
「それね、すっごく良い気持ちだよ。大丈夫。
リヴちゃんはもう、“つくる人”の顔になってる」
「つくる……ひと……?」
「そう。ものを作って、それが誰かに届く人」
リヴは驚いたように目を丸くし、少しだけ照れたように笑った。
「……それ……すこし……すき」
「なら、今日から名乗っていいよ。“つくる人”って」
美咲が明るく言う。
「みさき……すごい……」
「でしょ?」
「ちがう。ちがう意味で……すごい」
リヴが真顔で言って、ナオキが吹き出す。
「それ褒めてないよね?」
美咲が笑いながら肩をすくめる。
笑い声が三人の間で弾む。
その中でふと、リヴはテーブルの匂い袋を見つめた。
そこには自分の手で縫った、異世界の布と香りが小さく丸まっている。
それが、“誰かの心に届く”という事実は、まだ完全には理解しきれない。
けれど、ゆっくりと温かいものが胸に広がっていく。
「ナオキ……みさき……
これから……もっと、つくりたい……」
「もちろん」
「もちろんだよ!」
二人の声が重なった。
その瞬間、午後の光がそっと室内を照らし、
新しい小さな仕事の気配が、三人の間に静かに根を下ろした。




