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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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手伝いたい朝と、少し先の気持ち

 朝の光がカーテンの隙間から静かに入り、六畳の空気を少しずつ温めていた。

 ナオキが目を覚ますと、台所のほうで控えめな水音が聞こえた。


「……おはよう、ナオキ」


 振り返ると、湯気の立つ急須の前にリヴが立っていた。

 前よりも迷いのない目つきで、両手をそっとカップに添えている。


「おはよう。早いな」


「きょう……おきゃくさん、くるって……おもって……。おちゃ……すこしだけ、あつくしたほうが……いいかなって……」


「へえ。もう分かるようになったんだな」


 リヴは少し照れたように肩をすくめた。


「きのう……ナオキが、おきゃくさん……体、さむそうって……言ってたから……。だから……あったかいほうが……いいかなって……」


「覚えてたんだ。すごいな。俺より気が利いてるかも」


「そんな……。ちがう……。わたし……まだ、いっぱい……まちがう……」


「間違えていいんだよ。こうやって考えられるのがすごいって話」


 ナオキがカップを受け取ると、少し濃い目の香りがふんわり広がった。

 リヴは小さく息をつき、ほっとしたように微笑んだ。


「……よかった……。におい……ちゃんと、した……」


「ありがとな。美味しいよ」


 その言葉を聞いたリヴの耳が、ほんの少し赤く染まった。


「ナオキ。きょう……わたし……もうすこし……がんばってみる」


「がんばるって?」


「……ことば。おきゃくさんが……来たとき……ちゃんと……いえるように」


「うん。リヴなら大丈夫だよ」


 リヴは胸の前で指先を軽く揺らしながら、真剣にうなずいた。


「うん……。やってみる……」


 小さなその声に、ナオキは静かに笑った。

 彼女の日本語は、確かにゆっくり上達している。

 単語を迷ったり、言い換えたりすることが増えたのは、語彙が広がっている証拠だ。


「よし。じゃあ今日は、お客さんの前に出る練習するか」


「れんしゅう……?」


「うん。俺が客のふりするから」


「……ナオキの……きゃくのまね……?」


「なんか変な言い方だな」


「へんなの……?」


「いや、かわいいけどさ」


 こういうところがコミカルになる。

 リヴは首を傾げたまま、けれど真剣に話を聞いていた。


「じゃあ、俺が扉の向こうから入ってくるから。挨拶言ってみ?」


「……うん。やる……」


 ナオキは玄関に向かい、扉を軽く開けてすぐに戻る。

 そして少しだけ間を置き、客の声を真似た。


「こんにちはー、予約した者ですが」


 リヴは一瞬びくっと肩を揺らした。

 だがすぐに息を吸い、小さな声で言葉を出した。


「……い、いらっしゃいませ……」


「いいじゃん。ちゃんと言えてるよ」


「ほんと……?」


「ほんと。声が聞こえたから、それだけで十分だよ」


 リヴは胸に手を当て、そっと息を吐いた。


「……すこし……できた……」


「うん。その調子」


 ナオキが笑うと、リヴもおそるおそる笑い返す。

 その表情は、昨日よりも確かに自信があった。


「じゃあ実戦は、今日のお客さんで……かな」


「……だいじょうぶ……かな……」


「俺が横にいるから安心しろよ」


 リヴは小さく「うん……」と返し、視線を落としながらも、口元だけは少し明るかった。


 こうして、リヴの“声に出す練習”の朝はゆっくり動き出した。


 午前の光が少しずつ強くなり、サロンの空気が落ち着いた温度に変わり始めた。

 カーテンを閉じすぎないように調整しつつ、ナオキは施術台のタオルを整えていく。

 リヴは掃除機をゆっくり動かしながら、たまに日本語の口の形を確認していた。


「……いらっしゃいませ……いらっしゃいま……せ……」


 練習しているつもりなのだろうが、小声すぎて吸い込まれていきそうだった。


「もうちょい声出していいんだぞ」


「う、うん……。でも……でない……」


「大丈夫。今日の客は穏やかな人だから」


「おだやか……?」


「やさしいって感じの人」


「やさしい……」


 その言葉に、リヴの顔にほんの少し余裕が生まれた。

 日本の言葉に触れ続けてきた半年で、彼女は音の柔らかさを聞き分けられるようになっている。


 やがて、入り口のチャイムがやさしく鳴った。


「あ、来た」


 リヴは身体を固くしたまま、胸の前で指をぎゅっと握りしめた。


「りょ、りょかい……」


「緊張しなくていいからな。俺も前に出るから」


「う、うん……」


 ナオキが扉へ向かうと、見覚えのある常連の女性が小さく会釈した。

 落ち着いた声で言う。


「こんにちは。予約の……えーっと、十一時の者です」


「どうぞ。お待ちしてました」


 そのとき。

 リヴが、ナオキのうしろからそっと顔を出した。


「……い、いらっしゃいませ……」


 声は細い。

 けれど、確かに聞こえた。


「あら、こんにちは。前にも会った……よね? あなた、ナオキさんの……」


 リヴは、視線を落として一度指先を揺らし、それから意を決したように顔を上げた。


「り、リヴ……です……。きょう……おてつだい……すこし……します……」


 女性は一瞬驚き、それから柔らかく笑った。


「すごい。前よりずっと日本語が……上手ですね」


「え……」


 リヴが固まった。


「ほんとうに。前は挨拶だけだったけど、今日はちゃんと説明してくれた。すごいですよ」


「すごい……?」


「うん。がんばってるんだなってすぐ分かった」


 リヴのまつ毛がふるえ、胸のあたりをそっと押さえるようにさわった。


「……がんばって……る……かな……?」


「うん。ちゃんと伝わってるよ」


 優しい声は、緊張したリヴの胸にゆっくり染み込んでいくようだった。


「よかったですね、ナオキさん。こんなに成長して」


「そうなんですよ。毎日すごく努力してて」


「……ナオキ……」


 名前を呼ぶ声が少しだけ震えていた。

 恥ずかしさと嬉しさが入り混じった声だった。


「じゃあ、施術準備しますね。こちらへどうぞ」


 ナオキが案内すると、お客さんはリヴに向けて軽く手を振った。


「またあとでね。ありがとう、リヴちゃん」


「……あ……ありがとう……ございます……」


 最後の「ます」が少し上ずったが、声には確かな手応えがあった。


 扉が閉まると、リヴはふっと息を吐き、その場にへたり込みそうになりながらナオキの袖をつまんだ。


「ナオキ……いま……わたし……ちゃんと……できた……?」


「できたよ。すごかった」


「……すごかった……?」


「うん。あれは完璧だよ」


 リヴは両手で頬を押さえた。


「……なんか……ここ……あつい……」


「緊張したからな。でもちゃんと伝わってたよ」


「ほんとうに……?」


「うん。相手が笑ってただろ? あれは“伝わってる”証拠」


 リヴは胸のあたりをつかむようにして、ゆっくりとうなずいた。


「……よかった……。ほんとうに……よかった……」


 声が震えていた。

 ただの日本語の成功ではない。

 これは“自分の言葉が相手に届いた”という、小さくて大きな経験だった。


「ナオキ……わたし……もうすこし……できるように……なる……」


「うん。なれるよ。その調子だ」


 リヴは指先で胸元をさわりながら、小さく、しかし確かに笑った。


「……うれしい……」


 その笑顔は、今日いちばん明るかった。


 施術が終わり、午前の客が帰っていくと、サロンは一度静かになった。

 リヴは受付前の机を拭きながら、先ほどの言葉を思い返していた。


「……じょうず……って……いわれた……」


 自分に言われたとはまだ実感がないようで、胸のあたりを何度も触っている。


「リヴ。午後は美咲さんだからな」


「みさき……?」


「うん。前に少し会ってるだろ? ナオキくんの味方って言ってた」


「あ……やさしいひと……」


「そう。その人がもうすぐ来る」


 リヴは少しだけ緊張し、そして深呼吸した。


「ナオキ……いまの……みたいに……できる……かな……」


「できるさ。美咲さんは話すの上手いし、リヴのこと気にしてくれてるから」


 リヴは胸に手を当て、小さな声でつぶやいた。


「……だいじょうぶ……だいじょうぶ……」


 そのとき、外のドアベルが軽い音を立てた。


「こんにちはー、予約の美咲でーす」


 明るい声は、少しだけ部屋の空気を上向きに変える。


 リヴは一度固まり、それから勇気を出し、受付台の横にそっと立った。

 そして、意を決したように顔を上げる。


「……い、いらっしゃいませ……」


 美咲が軽く目を見開いた。


「リヴちゃん? ……え、すごい、前よりずっと自然じゃん」


「え……」


「声が出てるし、ちゃんと言えてるよ」


 美咲は口元をふわっと緩め、全く構えない自然な褒め方をした。

 それがリヴには一番効く。


「……じ、じつは……きょう……すこし……がんばって……て……」


「うん、伝わってる。だって、今の挨拶だけで分かるよ」


 リヴは照れたように、胸の前で指をもじもじさせた。


「……がんばった……の……わかった……?」


「分かるよ。ナオキくんのところの子は、いつも真っすぐだもん」


「まっすぐ……?」


「そう。努力が顔に出るタイプ」


 リヴは聞き慣れない褒め方に戸惑い、ナオキのほうを見た。


「ナオキ……いまの……よかった……?」


「うん。すごく良かったよ」


「……ほんとうに……? へんなとこ……なかった……?」


「全然。美咲さんが驚いてただろ? あれは“良い意味での驚き”だよ」


 美咲が笑いながら口を挟む。


「そうそう。可愛いし、がんばってるのが分かるし、好感度めっちゃ高いよ」


「こうかんど……?」


「人気ってこと」


「にんき……?」


「人に好かれるやつね」


 リヴの耳が少し赤くなった。


「……わ、わたし……にんき……?」


「あるある。少なくとも私は好き」


「……す、すき……?」


「うん。話しやすいし、素直だし」


 リヴは一瞬固まったあと、胸にぎゅっと手を重ねた。


「……よかった……。すき……って……いわれた……」


「素直に喜ぶとこも可愛いなあ」


「ナオキ……」


「うん?」


「……いま……うれしい……」


「良かったよ。ちゃんと伝わってる証拠だな」


 美咲はナオキのほうにも視線を向けた。


「ねえナオキくん。リヴちゃん、すごいよ。ここ数ヶ月でこんなに話せるようになるって、相当努力してるよ」


「知ってます。毎日がんばってますから」


「あなたも、ちゃんと支えてるんだね」


「まあ……できることだけですけど」


 リヴはそれを聞いて、また目を潤ませてしまった。


「ナオキ……」


「どうした?」


「……なんか……いっぱい……ほめられて……どうしたら……いい……」


「そのままでいいよ」


「そのまま……?」


「うん。今のリヴで十分だよ」


 リヴは胸の前で指をぎゅっと握り、ほっとしたように微笑んだ。


「……よかった……」


 美咲はリヴの肩を優しく軽く叩いた。


「今日のリヴちゃん、めっちゃいいよ。ほんとに」


「……ありがとう……ございます……」


 まっすぐに返したその言葉は、今までで一番“会話”らしい形になっていた。


 美咲の施術が終わる頃、サロンにはやわらかい午後の光が差し込んでいた。

 施術を終えてベッドから起き上がった美咲は、肩の力が抜けたような顔でゆっくり伸びをした。


「はあ……やっぱりナオキくん、うまいね。なんか気持ちが明るくなる」


「ありがとうございます」


 ナオキが静かに頭を下げると、リヴはその横でそっとお茶を差し出した。

 手が少し震えているのに、こぼさないように慎重に持ってきている。


「……どうぞ……」


「ありがとう、リヴちゃん。え、すごい。ちゃんと自然に出てるね、その言い方」


「え……い、いま……?」


「そう。前よりずっと落ち着いてる。会話になってる」


「かいわ……」


「うん。ちゃんと“伝わる日本語”になってるよ」


 リヴは驚いたようにナオキを見て、そして胸に手を置いた。


「……ほんとう……?」


「本当だよ。聞いてて安心するくらいだ」


 美咲は湯飲みを手にしながら、少しだけ表情を和らげた。


「ねえリヴちゃん。前に会ったときより、言葉がしっかり届いてるの。自信つけていいよ」


「じしん……」


「そう。今日のリヴちゃんは、すごく良かった」


 その言葉が、静かに胸の奥へ染みるようだった。

 リヴはぎゅっと目を閉じて、それからそっと開く。


「……うれしい……」


「うん。その“うれしい”もちゃんと伝わってるよ」


 美咲は笑いながら立ち上がり、カバンを肩にかけた。


「じゃあまた来るね。次も楽しみにしてる」


「……はい……また……きてください……」


「うん。ありがとうね、リヴちゃん」


 美咲がドアを出ていき、ベルの音が静かな室内へ消えた。


 そのあと、リヴは入口のほうを見つめたまま、しばらく動かなかった。

 胸のあたりをそっと押さえ、言葉を探すように息を吸う。


「……ナオキ……」


「ん?」


「……ちゃんと……つたわった……?」


「伝わってたよ。美咲さんの反応を見れば分かるだろ?」


「……わたし……しゃべれた……?」


「しゃべれてた。会話になってたし、気持ちも届いてた」


 リヴの目がゆっくり揺れ、そして小さな震えを含んだ声が落ちた。


「……よかった……」


 その言い方は、安堵がゆっくりほどけていくような響きだった。


「リヴ」


「……うん……」


「今日のリヴは、すごく頑張ってたよ。ちゃんと見てた」


 リヴは胸の奥に指を当てたまま、また少し目を潤ませてしまう。


「……がんばった……の……わかった……?」


「分かったよ。全部」


「……ナオキ……」


「うん」


「……きょう……いっぱい……ほめられた……」


「そうだな」


「……なんか……へんなきもち……」


「へん?」


「ううん……へんじゃない……。むねが……あったかい……」


「それはいいことだよ」


 リヴは深く息を吸って、ゆっくり吐いた。


「ナオキ……きょうね……すこし……わかった……」


「何が?」


「ことば……って……こわいけど……でも……つたわると……すごく……うれしい……」


「うん。リヴの言葉、ちゃんと届いてたよ」


「……ほんとうに……?」


「ほんとだよ」


 リヴは両手を胸の前でそっと重ねて、まるでその“嬉しさ”を手で包んでいるようだった。


「ナオキ……つぎも……がんばる……」


「焦らなくていい。今日みたいに、一歩ずつでな」


「……うん……いっぽ……ずつ……」


 六畳のサロンには、ゆっくりとした満足の空気が流れていた。

 外の光は夕方に向かって傾き始めている。

 その光に照らされたリヴの横顔は、昨日よりも少しだけ大人びて見えた。


「ナオキ……」


「ん?」


「きょう……すこし……じぶんのこえ……すき……って……おもえた……」


 その言葉は、今日一日の中でいちばん深く響いた。


「……それは、すごくいいな」


「うん……」


 小さな自信が芽を出して、その芽が風に折れないように、そっと育てていく。

 そんな穏やかな未来の輪郭が、静かな六畳に静かに広がっていった。

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