リヴ、写真の魅力に気づく
朝の空気は少し冷たかったけれど、六畳の部屋の畳にはやわらかい光が落ちていた。カーテンの隙間をすり抜けた陽が、机の端に置いた二枚の布の色を静かに浮かび上がらせている。
ナオキは布団から体を起こし、軽く背を伸ばした。昨日の発送や二枚売れたことの嬉しさがまだ胸の奥に残っているが、その気持ちを表に出しすぎないように、呼吸だけをゆっくり整えた。
台所のほうで控えめな物音がして、ナオキは振り向いた。
「リヴ?」
振り返れば、寝癖を指で押さえながら、小さな湯飲みを両手で持っているリヴがいた。瞼が少し重そうで、けれど悪くない朝の顔だった。
「……おはよう……。おちゃ……いれる……」
「ありがとう。助かるよ」
湯気の立つお茶を一口飲むと、体に温度が戻っていく。
視線を自然に布へ移すと、朝の光の下で布の織り目が静かに浮いていた。
「今日、撮影しようと思ってるんだ」
「しゃしん……とる……?」
「うん。ネットに載せる写真、もう少しきれいにしたくてさ」
リヴはカップを胸に抱えたまま、布に視線を落とした。
「きょう……ひかり……きれい……」
「だろ? こういう朝は撮影に向いてるんだよ」
説明を深くしすぎず、ただそう言った。
布の色が自然に落ち着いて見えるだけで、余計な言葉は必要なかった。
ナオキは机の脇に置いていた箱に手を伸ばした。昨日買ってきた背景紙の箱だ。
「これ、開けてみる?」
「うん……。なに……はいってる……?」
「白い紙だけだよ。布をきれいに写すための背景」
「しろい……だけ……?」
「そう。白が一番、ごちゃごちゃしなくて布が見えるんだよ」
リヴは少し首を傾け、箱の中の白い紙を恐る恐る触った。
「……ほんとに……しろい……だけ……」
「そういうものなんだよ」
その単純さが、逆にリヴには不思議だったのだろう。
指先で紙をそっとなぞる仕草が、くすぐったいくらい素直だった。
背景紙を広げると、六畳の部屋が少しだけ仕事場のように見えた。
床に白い紙を敷き、その上に布を一枚置く。
リヴは布の端を軽く整えながら、光の方向をきょろきょろと見回している。
「ナオキ……ここ……くらい……」
「影が落ちてるな。カーテン、少しだけ寄せてみる?」
「する……」
リヴはカーテンの端を指でつまみ、ほんの少し動かした。
それだけで光が布に均等に広がり、薄い色がやわらかく浮かび始める。
「……かわった……」
「うん。写真は光で全然違うからね」
「ひかり……すごい……」
驚きを何度も言わせないように、リヴは一度だけ感想を口にした。
その一言が、今の彼女の全部なんだと思えた。
ナオキはスマホをカメラモードにして、角度を確かめる。
画面の中で、布の織り目が自然に見える位置を探していく。
リヴは隣にしゃがみ込み、覗き込むというより、そっと見るだけという距離感だった。
「これ……くうき……うつる……?」
「うん。空気も写るよ」
「くうき……とれる……?」
「まあ、雰囲気って意味だけどね」
「ふんいき……」
言いにくそうに呟き、あとでそっと練習しそうな表情をした。
その姿が自然に可笑しくて、ナオキは小さく笑った。
声に出さず、ただ表情だけで笑った。
光が落ち着いてきたころ、布の端を整える作業が続いた。
リヴの手つきは迷いがなく、糸の流れを指でなぞる動きが静かだった。
「こっち……よれる……」
「ありがとう。そこ直そう」
言葉少なでも、二人の動きは自然に合っていく。
昨日から何度か布に触れてきたせいか、リヴの畳み方が少しだけ早くなっている。
「ナオキ……これで……いい……?」
「いいよ。きれいだ」
褒めすぎない。
それで十分伝わった。
ナオキは深呼吸してから、シャッターを切った。
カシャ。
六畳の部屋に、その小さな音が響く。
その瞬間、リヴは画面をそっと覗き込んだ。
「……すごい……。これ……わたしたちの……ぬの……?」
「そう。写真にすると、また違って見えるよな」
「うん……ちょっと……おしゃれ……」
「おしゃれ?」
「にほんのことば……あってる……?」
「合ってるよ。ちゃんと伝わってる」
リヴは小さく笑い、布をもう一度触った。
その動きは軽くて、少し誇らしげだった。
(慣れてきてるな)
ナオキが心の中でそっと思うだけで、それを口にする必要はなかった。
布を撮り終えると、背景紙の端をリヴが少し整えた。
「ナオキ……これ……もっと……ひかり……ほしい……」
「カーテンあと少し動かしてみる?」
「うん……」
リヴがカーテンを少しだけ開くと、光が角度を変えて布に落ちていった。
その変化を見たリヴの表情が、静かに明るくなる。
「……きれい……」
たったそれだけ。
でも、その言葉は今の一枚に対する正直な印象だった。
ナオキは少し角度を変えて、またシャッターを切る。
カシャ。
昼前の光がやわらかいから、何枚撮っても写真が重たい感じにならない。
部屋の空気がそのまま写り込むような気がして、ナオキの胸に自然な手応えが生まれた。
「よし、撮れたな」
「つぎ……どうする……?」
「商品名と説明文、整えようか。ネットに載せるやつ」
「ぶんしょう……わたし……できる……?」
「できるよ。間違っても平気。手伝ってくれるだけで十分」
リヴは胸に手をあて、軽くうなずいた。
六畳の部屋は少し散らかっているけれど、
その散らかり方が“仕事の途中”という感じで、どこか心地よかった。
こうして第98話の朝はゆっくりと流れ始めた。
静かだけど、確かな“成長”が少しずつ部屋の空気に混じり始めていた。
撮影を一通り終えたあと、ナオキとリヴは机の前に並んで座った。
スマホの画面には、さっき撮った布の写真が並んでいる。光の入り方や色のやわらかさが微妙に違い、どれを使うか選ぶ必要があった。
「これ……すき……」
リヴが指さしたのは、一枚の布の端に自然光が薄く落ちている写真だった。どこか落ち着いていて、布の持つ色が素直に映っている。
「俺もその写真いいと思うよ。光がちょうどいい」
「おちつく……」
「落ち着くのが一番だな」
ナオキが操作して写真を拡大すると、リヴは画面をのぞき込み、織り目をじっと見つめた。
その視線には、昨日までとは違う“自分の手伝ったものを見ている”感覚が宿っているようだった。
「ナオキ……これ……つぎ……いつのせる……?」
「今日の夕方でもいいし、明日の朝でもいいよ。無理なくやろう」
「ゆっくり……?」
「うん。続けやすいほうがいいから」
リヴは胸の前で指をそっと重ね、息をひとつ静かに吐いた。
焦りを押し込めているのではなく、落ち着きを取り戻している動きだった。
「じゃあ……ゆっくり……。わたし……ナオキと……やりたい……」
「一緒にやろう」
その言葉だけで、空気がやわらかくなった。
写真を選び終えたあとは、商品名と説明文を考える作業に移った。
といっても、難しい単語は必要ない。伝えすぎないように、素直な説明を心がけるだけでいい。
「ええと……こんな感じでどうかな」
ナオキはメモ帳に簡単に書いてみせる。
「ておりの布です。やさしい色で、飾りや小物として使えます」
リヴは目を細めて読み、何度か口の中で静かに言葉を転がした。
「わたし……かく……?」
「もちろん。リヴの言葉を入れたほうがいいと思う」
「でも……まちがえる……」
「間違えても大丈夫。読みやすかったらそれでいい」
そう言うと、リヴは小さな鉛筆を持って、少し真剣な顔になる。
紙に短い文章を書き、書き終えてから、そっとナオキに差し出した。
「これ……」
「見てもいい?」
「うん……」
メモには、小さな文字でこう書かれていた。
「ておりぬのです。そっとつかってください。こころこめてつくりました」
ナオキは、胸の奥があたたかくなるのを抑えながら、ゆっくり読んだ。
「……いいね」
「まちがってる……?」
「少しだけ言い回し直す部分はあるけど、そのままでも気持ちはちゃんと伝わるよ」
「ほんと……?」
「うん。リヴの言葉が入っているほうがいい」
リヴはほっとしたように肩をゆるめ、指先を胸の前で軽く合わせた。
「よかった……。ナオキが……だめって言ったら……どうしようって……」
「ダメなんて言わないよ。むしろ、リヴの書いた文章は温度があるからさ」
「おんど……?」
「気持ちの温度。読んだ人が安心できる感じってこと」
「ふむ……」
言葉の意味を理解しようとする表情が、どこか少し可笑しくて、ナオキは笑いそうになるのをこらえた。
「じゃあ、説明文はこの方向でまとめようか」
「うん……。またかく……?」
「手伝ってくれると助かるよ」
「うん……まかせて……」
そこだけは少し誇らしげな声だった。
書き終えたメモを机に置くと、さっきまでより部屋の空気が軽く感じられた。
午前中の作業がしぜんに一区切りついたようで、リヴは立ち上がりながら伸びをした。
「ナオキ……すこし……やすむ……?」
「そうだな。お茶飲もうか」
「のむ……」
湯を沸かすあいだ、窓の向こうでは昼の光が強くなり、薄い影が畳の上に伸びていた。
リヴは急須に茶葉を少しだけ多めに入れ、慎重にお湯を注いだ。
茶葉の香りがふわりと広がり、それだけでひと息つける。
「ナオキ……これ……におい……すき……?」
「好きだよ。落ち着く香りだからね」
「よかった……」
カップを両手で包むように持ちながら、リヴは静かに息を吸った。
温度のある飲み物が、心を丸くするように感じられた。
「ナオキ……しゃしん……むずかしい……?」
「難しくはないよ。光を見て、布の向きを見て……それだけでもう十分」
「ふむ……。でも……ナオキ……じょうず……」
「慣れてるだけだよ」
リヴはその答えに安心したようで、口元が少しだけ緩んだ。
お茶を一口飲みながら、机に置いたスマホの写真をじっと見ていた。
「……きれい……。わたし……すこし……てつだった……?」
「大いに助かったよ。影の向きも教えてくれたし、布を整えるのも早い」
「ほんと……?」
「もちろん」
そう言うと、リヴの胸の前でそっと指が重なった。
謙遜しようとするより、今はその嬉しさをそのまま受け入れているようだった。
「ナオキ……きょう……すこし……じしん……でた……」
「それはいいことだよ」
「うん……。すこしだけ……だけど……」
「少しあれば十分だよ。急に増える必要はないから」
「ふむ……」
リヴは湯飲みを持ったまま、机に置いてある背景紙をちらりと見た。
「つぎ……もっと……じょうず……なる……?」
「なるよ。だんだん慣れる」
「じゃあ……またいっしょに……とる……」
「もちろん」
その短い会話だけで、部屋の空気はさらにあたたかくなっていった。
昼前の光が畳を明るく照らし、外の車の音が遠くで小さく響く。
何でもない音なのに、今日の部屋には不思議とよく馴染んでいた。
「リヴ」
「ん……?」
「今日の写真、けっこう良かったよ」
「ほんと……?」
「ああ。自然な感じで布が見えてる。これならきっと伝わるよ」
少しだけ照れたようにリヴが笑う。
「ナオキ……そういうの……すぐ言う……」
「本当のことだから」
「うん……。でも……うれしい……」
その言い方は控えめなのに、心の奥の喜びがしっかり伝わってきた。
こうして、写真撮影の前半はゆっくり終わり、
午後からは説明文の仕上げと、追加の写真撮影に進んでいくことになる。
昼のお茶を飲み終えたころ、部屋の空気はすっかり落ち着いていた。
外では雲がひとつ流れて、柔らかい影が窓をかすめていく。
机の上には、選んだ写真と説明文のメモ。
それだけで六畳は、まるで小さな工房のような気配になっていた。
「ナオキ……つぎ……どうする……?」
「午後は、もう少し写真を撮りたいかな。布の端の部分とか、質感が分かるやつ」
「ふむ……。また……てつだう……」
「助かるよ」
リヴは小さく首を縦に振り、布をそっと抱えて立ち上がった。
その動作ひとつひとつに、午前中とは違う落ち着きがあった。
怖さが少し減って、代わりに“手伝いたい気持ち”が強くなったようだった。
日が傾き始める前の光は、布の色をやわらかく映す。
部屋の奥側に小さな白い板を立てて、布をその手前に置く。
「リヴ、ちょっとこの角度どう思う?」
「すこし……かげ……つよい……」
「確かに。じゃあ……こうかな」
「うん……それ……やさしい」
ナオキが布を指先で軽く整えると、織り目がきれいに浮かび上がった。
リヴがその様子を近くで見て、ゆっくりと呼吸をした。
「……きれい」
「そうだな。光の入り方で印象が変わるからね」
「ふむ……。にほん……ひかり……とても……つよい」
「うん。特に冬は空が澄んでるから、光の線がはっきりするんだよ」
「なるほど……」
光をじっと見ているリヴの横顔は、異世界で見たあの工房の前と同じだった。
静かに集中して、目に入るものを全部吸い込むような表情。
スマホを構えて写真を数枚撮ると、リヴが布の端をほんの少し持ち上げた。
「ナオキ……これ……どう……?」
「お、いいな。それで撮ってみよう」
「うん……」
撮影ボタンを押す音が部屋に軽く響く。
何枚か重ねて撮るうちに、リヴはだんだん動きが滑らかになっていった。
布の位置を直したり、光の強い部分を避けてあげたり、
さりげない気遣いがいくつも重なっていく。
「リヴ、もう慣れてきた?」
「ちょっと……。でも……たのしい……」
「それが一番だよ」
ナオキが笑うと、リヴは照れたように目を伏せた。
「……ナオキ……すぐ、そういうこと……いう……」
「本当のことだから」
「ふむ……。よわい……それ……」
そう呟きながらも、布を扱う手つきはいつも通り丁寧だった。
少しすると、外の光が変わり始めた。
日差しが弱まり、部屋の奥へ長い影が伸びていく。
「この時間の光も悪くないな……」
「おちつく……」
「うん。自然に影ができるから風合いが分かりやすい」
「ふむ……」
リヴは布をそっと撫で、整えてから手を離した。
「ナオキ……これ……すき……。おと……ない……」
「静かでいいよな。写真も落ち着いて見える」
「うん……。なんか……むこうのひかり……すこし……にてる……」
「似てる?」
「うん……。あさの……ひかり……。すこしひんやりしてる……」
「ああ……あの工房の前の道の、朝の感じか」
「うん……それ……」
リヴの声はどこか懐かしさを含んでいて、
ナオキもその景色を思い浮かべながらうなずいた。
ひととおり撮影が終わると、リヴは布を胸の前に抱きしめた。
「……おわった……?」
「撮りたいのは全部かな。ありがとう、リヴ」
「ううん……。わたし……たのしかった……」
「楽しめたならよかったよ」
ナオキが笑うと、リヴはほんの少しだけ頬を赤くした。
「ナオキ……そういうの……すぐ言う……」
「言うよ。だって本当にそう思ってるから」
「……ふむ……」
その照れた声は小さいのに、どこか安心しているように聞こえた。
机へ戻り、撮影した写真をひとつずつ確認する。
光が強すぎるものや、角度が微妙にずれたものを除き、
数枚だけ残していく。
「この辺がいいかな……」
「これ……すき……」
「うん。これもいいね」
並ぶ写真には、さっきの午後の光がそのまま閉じ込められていた。
布の色も質感も、どれも素直に映っている。
「よし、これで今夜の投稿に使えるな」
「いまのせる……?」
「もう少し説明文整えてからかな。焦らなくていいよ」
「ふむ……。ゆっくり……」
「そう、ゆっくり」
そのやり取りが自然に重なり、部屋の空気がやわらかく揺れた。
外の光は夕方色になりつつあって、
窓に映る影が静かに揺れていた。
「リヴ。今日もよく頑張ったよ」
「ナオキも……がんばった……」
「ありがとう」
ふたりの声が少し重なり、六畳の部屋に静かに沈んでいく。
あとは、発送の準備と、夜の仕上げ作業だけだった。
日が落ちかけて、六畳の空気が少しずつ夜の色に変わっていった。
撮影を終えた布は棚に戻し、机の上には写真とメモ、湯飲みが並んでいた。
窓の外から、小さく自転車のブレーキ音が聞こえて、ふたりは自然に視線を向けた。
「そろそろ……のせる、やつ……えらぶ……?」
「うん。さっき撮った中から選んで、文章だけ整えれば大丈夫だよ」
「ふむ……。てつだう……」
「助かるよ。じゃあ、一緒に見ようか」
ナオキはスマホを手に取り、椅子を少し引いてリヴに寄せた。
リヴもそっと近づき、ふたりの肩が軽く触れそうな距離で画面を覗き込む。
「これ……さっきの……ひかりの……」
「うん。午後のやつ。織り目がよく見える」
「きれい……。おちつく……」
「落ち着いて見える写真は、買う人も見やすいからね」
「ふむ……」
リヴは指先で画面の端をそっと触れそうになり、慌てて手を引っ込めた。
「……さわったら……こわれる……?」
「壊れないよ。画面だから」
「よかった……」
その小さなやり取りだけで、部屋の空気が和らいだ。
ナオキは選んだ写真を投稿用のフォルダに移しながら、説明文を考える。
「リヴ、これ読んでもらっていい?」
「うん……」
ナオキが声に出して説明文を読み上げると、リヴは少し首を傾けた。
「……これ……やさしい……。でも……おきゃくさん……わかる……?」
「うん。飾り方だけ伝えれば十分だよ。効果とかは書かないし」
「ふむ……。じゃあ……いい……」
「他に変えたほうがいいところある?」
リヴはしばらく考え、画面の「やわらかい色味」という言葉を指差した。
「これ……“おだやか”のほう……すき……」
「おだやか、か……いいな。じゃあ、そうしよう」
そう言ってナオキは指を動かし、文章を静かに整える。
入力の音だけが、六畳に細く響いた。
「よし。文章はこれでいいかな」
「うん……。ナオキ……すごい……」
「すごくないよ。一緒に考えてるだけだよ」
「ふむ……。でも……すごい……」
ぽつりとそう言って、リヴは照れたように視線を落とした。
ナオキはその小さな声に少し笑いながら、投稿画面を開く。
「じゃあ……押すぞ」
「うん……。おして……」
軽いタップ音が、静かな夜の部屋にひとつ響いた。
投稿完了の画面を見て、リヴはゆっくり息を吸った。
「……でた……」
「うん。これで今日のぶんは終わりだな」
「なんか……ふしぎ……。しゃしん……のせると……ほんとうに……ひとに見られる……」
「そうだね。どこかで、誰かが今見てるかもしれない」
「こわい……けど……すこし……うれしい……」
「その気持ち、すごく分かるよ」
ナオキはやわらかく笑い、湯飲みを手に取った。
温度はほとんど残っていなかったが、それでも口に運ぶと落ち着く。
リヴも自分の湯飲みを両手で包み込み、少し口をつけた。
「ナオキ……」
「うん?」
「きょう……いっぱい……したね……」
「したな。撮影して、文章考えて、投稿もした」
「うん……。おしごと……してる感じ……すこし……わかった……」
「分かった?」
「うん……。いそいでなくていいけど……ゆっくりするの……“しごと”ってかんじ……した……」
「そっか。なら、いい時間だったな」
「うん……」
ふたりはしばらく黙って、お茶を飲んだ。
黙っているのに、落ち着いた温度だけがゆっくり部屋を満たした。
やがてナオキが体を少し伸ばし、軽く息を吐く。
「リヴ。今日はここまでにしようか」
「うん……。つかれた……。でも……きょう……すごく……よかった……」
「俺もそう思ってるよ。頑張ったな」
リヴは胸の前で静かに手を重ね、ほんの少し笑った。
「ナオキ……。こういう日……すき……」
「俺も好きだよ」
微かな風が窓を揺らし、花束の影が淡く揺れた。
その揺れを見つめながら、リヴはゆっくり目を閉じた。
「ナオキ……。あした……どうする……?」
「明日は、布の整理と、次の撮影の準備を少しやろう。無理しない程度に」
「ふむ……。じゃあ……てつだう……」
「うん。一緒にやろう」
そう言うと、リヴは照れたようにうなずいた。
「……いっしょ……がいい……」
「ありがとう」
その素直な声が、夜の六畳に静かに落ちた。
明かりを少し落とし、布団の準備をする。
今日の作業で散らかった小さな机を片づけると、部屋がまたいつもの形に戻る。
「ナオキ……」
「なに?」
「きょう……“しゃしんのしごと”……すごく……すき……だった……」
「そうか。それなら、これからも一緒にやっていこう」
「うん……」
布団に入り、ふたりの呼吸がゆっくり揃っていく。
窓の外では、遠くの車の音が薄く流れ、静かな夜が深まっていく。
六畳の部屋の片隅に置いた布と花束が、ほのかな香りと一緒に、
小さな未来の予感を静かに灯していた。
文字数、多すぎますか?




