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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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ゆっくり息を吸う朝のこと

 カーテンの隙間から差し込む朝の光は細く、六畳の部屋に静かに広がっていった。

 その光が布団の端を淡く照らし、壁に落ちた影を一段明るくする。


 ナオキは目を開けてすぐに、胸の奥に残る微妙な重さを感じた。数日前に見たあの妙な夢の名残りだった。夜中にときどき目が覚める癖も、まだ少し続いている。しかし朝になれば起きられる程度には落ち着きつつあった。


(あの夢、ほんとにしんどかったな。なんで俺、夢の中でまであんなに追われてたんだか)


 警察に囲まれ、裁判官に判決を言われ、金貨や薬草軟膏や魔石を持ち込んだ罪で捕まるという、どうにも理不尽な夢だった。夢の中の自分が右往左往し、逃げ、怒鳴られ、最後にはリヴにまで心配そうな顔をされていた光景が、まだ脳裏に残っている。


 布団から半身を起こすと、キッチンのほうから静かな器の音がした。水道の蛇口が開閉される微かな音も聞こえる。


「ナオキ、起きたの?」


 振り返ると、リヴがゆったりした部屋着のままキッチンからこちらを見ていた。以前より日本語はずっと滑らかで、ナオキと話すときにはもう迷いがほとんどない。朝の光が髪の毛を柔らかく照らし、瞳の奥まで穏やかに光を宿していた。


「うん。今起きた。リヴ、朝早かったね」


「今日は少し早く目が覚めたの。ナオキ、夜は眠れた?」


「眠れたよ。ありがとな。最近はだいぶ平気」


 リヴは胸元にそっと手を当て、ほっとしたように表情をゆるめた。


「よかった。あの日は驚いたよ。夢の中で誰かに追われてるみたいに声が震えてたから」


「ほんとにごめん。俺は寝てただけなんだけど、夢の中の俺が勝手に走り回ってたみたいで」


「夢の中のナオキは忙しすぎるよ。こっちまで心臓が速くなったんだから」


 リヴは小さく笑いながら、椅子を引いてナオキにも座るよう促した。

 テーブルには味噌汁と焼き魚と少しの野菜が並んでいる。器の並べ方も盛り付けも静かで、その手つきがリヴの日常をつくっていた。


「ありがとう。こんな朝から用意してくれて」


「ううん。ナオキ、最近ちょっと疲れてるように見えたから。少しでも落ち着いてくれたらいいなって思って」


 味噌汁をひと口飲むと、胃の奥がじんわりほどけるようなあたたかさが広がった。

(やっぱり、こういうのが現実だよな)

 夢の騒がしさよりもずっと、こういう朝の方が確かな感覚を持っている。


 リヴが箸を置き、そっとナオキを見つめた。


「ナオキ。数日前の夢、まだちょっと気になってるの?」


「気になってはないよ。ただ思い出すと、変な汗だけは出るけど」


「金貨の夢のこと?」


「金貨も、薬草軟膏も、魔石も。よくあそこまで揃ったと思うよな、夢とはいえ」


 リヴは少し肩の力を抜き、息を静かに吐いた。


「現実じゃ売らないでしょ?金貨も薬草も。あれ全部、夢の中なんだから」


「もちろん。現実では絶対やらないよ。夢を見てから余計に思ったんだ」


「どんなふうに?」


「異世界のものを持ってきても、現代じゃ簡単にお金にならないってこと。夢の中であれだけ大騒ぎだったんだし、現実でやったらもっと大変なことになるよなって」


 リヴは穏やかにうなずいた。


「そうだね。ヒビレアのものを日本でそのまま使うのは難しいよ。こっちにはこっちの決まりがあるんだから」


「うん。それに俺……たぶん、ちょっと急ぎすぎてたんだと思う」


「急ぎすぎてた?」


「なんとかしようって気持ちだけ焦ってて。できることを一つずつやればいいのに、自分の中で勝手に走ってたっていうか……そんな感じだよ」


 リヴはしばらく黙って見つめた後、ゆっくり口を開いた。


「ナオキ……苦しい?」


「苦しいってほどじゃないよ。ただ、ちゃんとしたいって気持ちがあって。リヴのせいじゃなくて、俺自身の問題だよ」


 そう言った瞬間、リヴがそっとナオキの手に触れた。

 軽くて、でもしっかりとした温度だった。


「……ナオキ。全部わかるわけじゃないけどね」


 リヴは少しだけ言葉を探すように視線を揺らした。


「わたしがここに暮らしてるのに、お金がいるのは分かってるよ。ナオキが大変なのも感じる。でも……それをひとりで抱えなくていいと思う」


 ナオキは視線を落とした。


「リヴに負担をかけてるって思わせたくなくてさ」


 リヴは首を横にふる。


「負担なんかじゃないよ。わたし、ナオキが嫌ならとっくに追い出されてるよ」


「そんなわけないだろ」


「でしょ?だから、お金のことだって隠さなくていいよ。わたしにもできることがあるし。ナオキだけが頑張ってるみたいに見えると、さびしくなるの」


 リヴの声は、叱るでも慰めるでもなく、ただまっすぐだった。

 ひとりきりで背負わせたくないという気配が、その声の隅々にあった。


 そしてリヴは、朝の光を背にしながら静かに言った。


「……ねえ。わたし、ナオキと暮らすのが好きだよ」


 ほんのり照れた声だったが、言葉はまっすぐ届いた。


「だから、仕事のことも生活のことも、ひとりで全部抱えないでね。ふたりで暮らしてるんだから、ふたりで考えるよ」


 ナオキは思わず視線を上げた。


「ありがとう。……その言葉、たぶん今一番欲しかったよ」


 リヴは湯呑みを持つ手をぎゅっと握り、小さくうなずいた。


「うん。それならよかった」


 テーブルに置かれた湯気が揺れ、ふたりの間に漂う空気もやわらかく変わっていった。

 その静けさは、過度な緊張をほどくように穏やかなものだった。


「わたしはね、ナオキといるこの時間が好きだよ。だから、お金のことがどうとか、夢で変なことになったとか、そういうのがあっても……わたしはここにいる」


 リヴはそう言って、少し照れたように視線を落とした。

 まっすぐな告白に近い言葉なのに、押しつけがましさはひとつもない。ただ、静かに寄り添おうとする意思だけが伝わってくる。


「……ありがとう。リヴにはいつも助けられてるよ」


「助けてもらってるのは、こっちも一緒だよ」


 ふたりの間に落ちた沈黙は、重さのない穏やかなものだった。

 朝の空気の中に湯気がゆっくりと伸び、食卓の上に柔らかい気配が流れていく。


(夢は夢だ。今の朝が現実だ。リヴがいて、味噌汁の匂いがあって、こうして一緒に息ができる)


 そう思うと、胸の奥のざわつきが少しずつほどけていくようだった。


 朝食を終えると、リヴは器を重ねて流しに運んだ。水音がふわりと響き、部屋の空気に溶けていく。

 ナオキは椅子から立ち上がり、タオルを手に取った。


「洗い物、俺もやるよ」


「大丈夫。少しだけだから。ナオキは着替えしてきて。今日は買い物に行くんでしょ?」


「うん。食材も日用品も減ってるし、そろそろ買わないとね」


「じゃあ、あとで一緒に行こう」


 淡い声なのに、そこにある安心がよく伝わってきた。

 リヴはもう、この部屋の生活に自然に馴染んでいる。最初の頃は食器を洗いながら泡を不思議そうに眺めていたのに、今は小さな戸棚に静かに皿を戻し終えていた。


 ナオキは着替えをすませて戻ってくると、リヴが小さなバッグを肩にかけたまま待っていてくれた。


「準備できた?」


「できたよ。行こうか」


 玄関の扉を開けると、涼しい風が頬を撫でた。寝起きに感じていた胸の重さがその風でほんの少し軽くなる。


 歩道に並んで歩き始めると、リヴが小さな声で言った。


「ナオキ、今日はゆっくりでいいからね」


「うん。ありがとう。リヴと一緒だと落ち着くよ」


「落ち着くならよかった。ずっと変な夢見てたから、今日は静かに過ごそう」


「そうするよ」


 十五分歩く道の途中、公園から子どもの声が響いてきた。

 リヴは立ち止まり、そちらへ小さく首を向ける。


「日本の子どもたち、元気なんだね」


「うん。こうして外に出ると安心するよな」


「わたし、この公園の匂い、好きだよ。草の匂いと、土の匂いと、笑ってる声が混じってて……全部ちゃんと生きてるって感じがする」


「リヴは嗅覚がするどいからな」


「うん。ヒビレアの匂いとは違うけど、日本の匂いも好き。ナオキと過ごす場所の匂いだから」


 ナオキは思わず視線をそらした。


「……それはちょっと、照れるよ」


「照れなくていいよ」


 ふたりはまた歩き始め、スーパーへ入った。

 自動ドアが開くと、冷たい空気が体を包む。リヴはカゴを手に取り、自然とナオキの隣に立つ。


「まずは野菜?」


「うん。いつもどおり」


 キャベツの値段を見て眉が寄ると、リヴが横から覗き込んで言った。


「高い?」


「高いな。節約できるところは節約したいかも」


「無理して買わなくてもいいよ。他の野菜でも平気だから」


「ありがとう。リヴ、ほんと助かるよ」


「助け合いだよ。わたしも暮らしてるんだから、できることはするよ」


 ふたりでいくつかの野菜と調味料を選んでいく。

 洗剤コーナーでは、リヴが棚の前で立ち止まった。


「ナオキ。この前の洗剤、香りがちょっと強かったよね? 別のにする?」


「そうだな。リヴが気になるなら変えよう。香り弱めのやつにしよう」


「うん。強すぎると頭が重くなるときもあるから」


「じゃあ、これにしよ。無香料の」


 カゴの中で少しずつ増えていく品物は、ふたりの生活そのものだった。

 選ぶものにも、互いを思いやる気配が自然に混じっていた。


(こういうのが現実なんだよな。金貨や魔石より、ずっと大事だ)


 会計をすませ外へ出ると、リヴが少し肩の力を抜いた。


「たくさん買ったね。重くない?」


「大丈夫だよ。リヴは軽いほうを持って」


「ありがとう。ナオキ、歩きながら顔が少しやわらかくなったね」


「そう見える?」


「うん。安心してるみたい」


「……リヴと買い物してると、夢で残った変な焦りが落ち着くのかも」


「焦り?」


「夢の後遺症みたいなもんだよ。でも今は、大丈夫だよ」


 リヴは歩幅を合わせながらそっと言った。


「ナオキが自分の歩く速さを取り戻せば、それでいいよ。早くても遅くても、わたしは横で歩くから」


「……リヴは強いな」


「強くないよ。でも、ナオキがひとりで苦しまないでほしいとは思うよ」


 アパートが近づくころ、ナオキが静かに言った。


「リヴ。少しずつ働く準備をしようと思う」


「うん。でも急がないで。ゆっくり、ね?」


「わかってる。焦らないよ」


 リヴは立ち止まり、まっすぐナオキを見た。


「ナオキは急がなくていいの。わたしはここにいるから。だから夢の中みたいに無理しなくていい」


「もう思わないよ。あんなの懲りた」


「よかった」


 アパートに着き、扉を開けると、リヴが小さく言った。


「ナオキ。帰ってきたね」


「うん。ただいま」


「おかえり」


 その声には確かな安心があった。


 部屋に入ると、昼の光が穏やかに広がった。

 買ってきた食材は袋の中でまだ冷たく、部屋の空気はいつもの静けさに戻ったところだった。


「ナオキ、冷蔵庫に入れるね」


「うん。俺は乾物を棚にしまうよ」


 カサカサと袋を開ける音が部屋に響く。ふたりで作業するこの静かな時間が、いつもより少し心地いい。

 買い物の最中も、帰り道も、リヴと話すうちに胸の中のざわつきがすっかり消えていた。


(夢で焦って、金貨だ薬だって追いかけられて……本当に変な夢だったな。でも、今は現実がここにある)


 ナオキは乾麺を棚の奥にしまいながら、胸の奥でゆっくり息を吐いた。


「お水、飲む?」

 リヴがそばに来て、冷たい水の入ったコップを差し出した。


「ありがとう。助かるよ」


 水を飲むと、指先の冷たさが胸のあたりに静かに落ちていく。

 リヴはナオキの顔を見て、少しだけためらいながら口を開いた。


「さっきの夢のことだけどね」


「うん」


「……ナオキ、本当に苦しかったんじゃない?」


 リヴの視線は逃げずに、まっすぐこちらを見ていた。

 心配の色が濃いわけではない。ただ、確かめたいという静かな意思があった。


「夢の中で金貨とか薬草とか魔石とか、いろんなもの抱えてたんでしょ? 現実じゃできないことなのに、夢の中のナオキは、それを全部持って逃げてて……」


「……確かにな。あんなに追われる夢は初めてだったよ」


「見てるだけでも苦しそうだったよ。寝てるのに息が速くて、涙が出そうだったもん」


「そんなふうに見えた?」


「うん。こわい場所にひとりで放り込まれてるみたいだった」


 ナオキは視線を落とし、言葉を選んだ。


「……たぶん、自分でも気づかないうちに焦ってたのかもしれない。できないことを急いでやろうとして、ひとりで勝手に追い詰めてたんだろうな」


「言ってくれればよかったのに」


「言えるくらい整理できてなかったんだよ。夢の中で暴走した分、現実で余計にしんどかったのかもな」


 リヴはゆっくりと近づき、そっとナオキの手首に触れた。

 指先の温度が、まるで言葉のように伝わってくる。


「ナオキは、誰かを守りたいって気持ちが強いから、自分のことを後回しにしちゃうんだよ。でも……苦しくなるなら、ちゃんとわたしに言ってほしい。わからないことがあっても、ちゃんと聞くから」


 その声は細くて柔らかいのに、芯がある。

 ナオキは胸の奥がじんわりほどけていくのを感じながら頷いた。


「……ありがとう。心配かけてごめん。リヴと話すと楽になるよ」


「心配くらいするよ。大事な人なんだから」


 不意に刺さるような優しいひと言だった。

 ナオキは目を伏せ、それから照れたように笑った。


「そう言ってくれて、嬉しいよ」


「うん」


 午後の光が部屋に揺れ、ふたりの影を柔らかく落としていく。


 しばらくしてリヴが言葉を続けた。


「ナオキ。日本では金貨も魔石も使えないんでしょ?」


「うん。絶対に使わない。夢の中でも大ごとになったくらいだしな」


「じゃあ……無理なものに頼らなくていいよ。ナオキはちゃんと生きてるし、わたしたち今日もこうして買い物して、ご飯作って、眠って、起きてるでしょ?」


「そうだね」


「じゅうぶんだよ。わたしにはそれでじゅうぶん」


 その言葉は強くないのに、ふしぎと胸に深く染みた。


(そうだよな……焦る必要なんてない。少しずつでいい)


「ありがとう。なんか、やっと落ち着いた気がするよ」


「よかった。じゃあね、今日はゆっくりしよう。洗濯物あとで回すね」


「俺も手伝うよ」


「ふたりでやろ」


 リヴはそう言ってナオキの腕に軽く触れ、洗濯カゴを手に取った。

 洗濯機の前に並び、二人で洗濯物を入れていく。

 洗剤の量を量るとき、リヴの表情は真剣で、なんだか可愛らしい。


 スイッチを押して洗濯機が回り出すと、リヴがそっと肩を寄せた。


「ナオキ。あの夢みたいに焦らなくていいんだよ。わたし、いつも横にいるから」


「いるよな。……ありがとう、リヴ」


「どういたしまして」


 ほんの短いやり取りなのに、心がすっと静かに整っていく。


 リビングへ戻り、ふたりでソファに座った。

 寄りかかるでも、手をつなぐでもない。

 ただ、ほんの少し近くにいて、同じ呼吸をしているだけ。


 それだけで十分だった。


 窓の外の光がソファに落ちて、午後の空気を淡く照らしていた。

 洗濯機の回る音がゆっくりと部屋を満たしていく。


「ねえ、ナオキ」


「ん?」


「今日みたいな日でいいよ。無理しなくていい。わたし、ここにいるから」


「……うん。わかってる」


 ナオキは深く息を吸った。胸の奥にゆっくりと安定した温度が戻ってくる。


(大丈夫だ。焦らなくていい。現実にはリヴがいる)


「夕方になったら、ご飯作ろうね」

 リヴが柔らかい声で言った。


「うん。一緒に作ろう」


 そのやり取りだけで、胸の奥にあった不安や焦りはすべて溶けた。


 窓の外で木の葉が揺れ、小さな影がゆらゆらと部屋に映る。

 ふたりの時間は、静かに、確かに、前へ動いていた。


 夢に追われていた夜は遠ざかり、

 今、六畳の部屋には

 落ち着いた現実と、そばにいる人の温もりが

 静かに満ちていた。



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