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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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夜のテーブルで交わる心

 昼と夕方のあいだの光が少し傾き始めたころ、アパートの廊下に小さな足音が混じり、呼び鈴が控えめに鳴った。短い音だったのに、部屋の空気がひと息で変わる。


 窓のそばにいたリヴが、帽子のつばをゆっくり持ち上げた。マスクの内側で息が揺れ、目の奥がかすかに緊張で震える。


(この時間に来るなら、美咲先輩だよな)


 ナオキは玄関へ向かいながら胸の奥でそう思い、扉を開けた。そこに立っていたのは、予想通りの人物だった。


「二人に会いたかったから、こっちから来たよ」


「すみません」


「まあいいけど」

 美咲は靴を脱ぎ、そっと室内へ視線を送った。

 壁際に溶け込むように隠れていたリヴが、気配に押されるように一歩だけ前へ出た。胸の前で指をそろえ、小さく息を整えてから頭を下げる。日本語はまだたどたどしいのに、その声はまっすぐだった。


「……ミサキ。ひさしぶり。きょう……きてくれて、ありがとう」


 美咲は一瞬、瞬きを忘れた。

 声の意味だけじゃない。

 その“日本語として届いてくる形”に、胸の奥がほんの少し震えた。


「……リヴちゃん……すごいね」

「ひさしぶり、だけじゃなくて……日本語で……こんなに……」


 言葉が続かず、美咲はゆっくり笑った。

 驚きと喜びが混ざって、表情が自然に緩む。


「会えて嬉しいよ。本当に。こんなふうに、ちゃんと日本語で……話してくれるなんて」


 その声は明るいのに、どこか包み込むような安心を含んでいた。

 リヴは照れたように帽子のつばを軽く押さえ、胸の奥がほどけるような小さな笑みをこぼした。


「……がんばった……。ナオキ、おしえてくれた……」


「そうなんだ……。ほんとにすごいよ、リヴちゃん。聞けて嬉しい」


 美咲は、まるで宝物を受け取ったみたいな表情だった。


「ミサキ……げんきそう……。よかった」


「元気なのはそっちじゃないの。私、ずっと心配してたんだから」


 その言葉にリヴは視線を落とし、肩をすこし縮めた。

 けれど、胸の前でそっと手を握り直す。その仕草には、遠慮と、会えた喜びが少しずつ混ざっていた。


「……ごめん、なさい」


「謝らなくていいって。大丈夫」


 美咲はリヴのそばまで歩み寄り、その目線に合わせるように身体を少し屈めた。

 リヴは自然と背を伸ばし、美咲の動きを追うように見上げた。


「今日は三人で行くんでしょ?」


「はい。よければ」


「行くよ。誘われるの待ってたんだから」


 軽く手を叩く美咲の仕草に、部屋の空気がやわらかく前へ進み始めた。


「リヴちゃん、外は大丈夫そう?」


「……だいじょうぶ。ちょっと……こわい。でも……いける」


「うん、ゆっくりね」


「……ゆっくり」


 三人で外へ出ると、昼と夜が交じるような風が頬に触れ、街の音がやわらかく流れ込んできた。すれ違う自転車の音、買い物袋の擦れる音、子どもの笑い声が遠くで重なり合う。


 リヴは広がる音を胸いっぱいに吸い込み、帽子のつばを押さえた。


「ひと……いっぱい」


「土曜だからね。でも大丈夫。私と直輝くんがいるから」


「うん……がんばる」


「がんばらなくていいよ。歩けるだけで十分」


「……ゆっくり」


 リヴはその言葉を胸の奥におさめ、小さくうなずいた。


 三人は自然と横に並び、ナオキはリヴの歩幅に合わせた。美咲は二人の呼吸を確かめるように少し後ろを歩く。


「リヴちゃん、前にナオキと来たファミレス、覚えてる?」


「おぼえてる……。しろい……やわらかい……ドリア。すごく……おいしかった」


「やっぱり好きなんだね。直輝くんから話だけは聞いてたよ。あんなに目を輝かせてたって」


「……はずかしい」


「可愛かったよ。ほんとに」


「ミサキ……やさしい」


「それも可愛い」


 軽いやり取りが続くたびに、リヴの肩の緊張がほんの少しずつほどけていった。


「前に甘いのいっぱい食べて、倒れかけたって聞いたよ?」


「……いわないで……」


 リヴはマスクの端を押さえて俯き、美咲は楽しげに笑った。


「でも嬉しそうだったんでしょ。そんなに喜んでくれるなら、連れてきた甲斐あったね」


「……うれしい」


 街角で信号が赤に変わり、三人は立ち止まった。車の通りすぎる音が風と混ざり、光が地面に淡く広がる。


「しんごう……」


「青になったら渡ろうね」


「うん……」


 素直に待つリヴの姿に、美咲はそっと目尻を緩めた。


「今日のリヴちゃん、すごく落ち着いてるよ。前よりずっと」


「……ナオキと……ミサキ……いっしょだから」


 その言葉に美咲は、足元を見てふっと笑った。


「まっすぐだね。ほんと」


 信号が青になり、三人は横断歩道を渡った。


「かわいすぎるって……ほんと反則級」


「これ……たべたい」


「じゃあハンバーグね。飲み物は?」


「……みずいろの……きらきら……」


「ソーダ?」


「そーだ……。ちょっと……こわい。でも……のむ」


 美咲は思わず口元を押さえた。


「なんで怖いの?」


 リヴは胸の前で手をそろえ、小さくうつむく。


「……まえ……コンビニで……ナオキが……いった……」


「俺?」


「うん……。ふた……とぶこと……ある、って……」


 美咲は一瞬ぽかんとし、次の瞬間、声を殺すように笑った。


「直輝くん、なんでそんな説明したの」


「……いや、炭酸のボトル振ったらたまに飛ぶって話を……」


「そのまま伝わってるじゃん。そりゃ怖いよね」


 リヴは小さく頷いた。


「はじめて……のむ……。むこう……ない……。こういう……しゅわ……する、のみもの……」


「そりゃ、怖いし気になるよね。でも大丈夫。爆発しないから」


「ほんと……?」


「ほんと」


 リヴはグラスの方をそっと見つめた。

 淡い青のソーダが小さく泡を立て、光を受けてきらきら揺れている。


「……きれい……。でも……つよそう……」


「飲み物に強さを感じるの、もう好きだわ、その言い方」


 美咲の言葉は笑っているのに、どこか嬉しそうだった。


 注文を終えるころには、三人の空気がゆっくり落ち着き、美咲がナオキへ視線を向けた。


「直輝くん」


「はい」


「向こうのこと、話すのはいつでもいいからね。急がなくていい」


「……ありがとうございます」


「でも一つだけ言わせて。帰ってきてくれてよかったよ」


 その言葉は軽い調子なのに、重ねてきた時間が深く滲んでいた。


 リヴはその横顔をじっと見つめた。


「ナオキ……がんばった……?」


「まあ……少しだけ」


「すこしじゃ……ない」


 美咲も笑った。


「すぐ否定すんの。そこ心配なんだよね」


「……直します」


「直さなくていいよ。気づいてさえいれば」


 リヴは胸に手を置き、小さくつぶやいた。


「ナオキ……ひとりで、がんばる……すきじゃない……」


「リヴ……」


「いるよ……わたし……そばに……」


 美咲はその言葉を静かに受け止め、やわらかくうなずいた。


「言ってくれてありがとう、リヴちゃん」


 その直後、テーブルに淡い青のソーダが置かれた。

 リヴは両手でそっとグラスを包み、泡のひとつひとつを確かめるように見つめた。


「……きれい……」


 光を吸ったように揺れる泡が、小さく弾けては消える。

 リヴは息をひとつ飲み、決意するように口を近づけた。


 恐る恐る、ほんの少しだけ舌に触れさせる。


 次の瞬間、肩がふわりと跳ねた。


「……しゅわ……する……。あたま……ひかる……?」


「光ってないよ」


「ひかるきもち……。なか……くすぐる……」


 リヴは眉を寄せ、でもどこか嬉しそうに目を瞬いた。

 “初めての感覚” が身体のあちこちに散っていくのが分かるようだった。


 美咲は笑いすぎて、手で口元を隠した。


「直輝くん、説明通りの反応だよ。完全に初炭酸じゃん……」


「俺のせいなんですかね……」


「完全にあなたのせいだよ」


 美咲は笑いながらグラスを指さす。


「でも、怖がってたのにちゃんと飲めてる。偉いよ、リヴちゃん」


 リヴはまだ頬を赤くしながら、小さく胸に手を置いた。


「……なんか……すごい……。でも……すき……かも……」


 テーブルの上に落ちる光は、三人の距離を静かに近づけながら、夜の入口へと導いていった。


 料理が運ばれてきたのは、それから少しあとだった。

 店内のざわめきが落ち着き、空気がひと呼吸ゆるんだころ、鉄板の上のハンバーグがじゅっと音を立てた。ソースが弾かれ、香りがふわりと広がる。


「きた……」


 リヴは背筋を伸ばし、胸の前でそっと手を揃えた。

 その呼吸には、緊張と期待が小さくたゆんでいる。


「熱いから、ゆっくりだよ」


「うん……きをつける」


 フォークを握り、そっとハンバーグに触れる。

 思っていたより柔らかく沈み、その瞬間、リヴの目が驚きで揺れた。


「……やわらか……」

 かすかに口の中で呟くように、言葉が漏れる。


 慎重に切り取り、小さく息を吸ってから口へ運ぶ。


 一口噛んだ瞬間、肩がわずかに震えた。


「……あ……やわらかい……」


「うん。よかったな」


「なか……あたたかい……。おにく……ふわってする……。まえ……たべたのと……ぜんぜん……ちがう……」


 美咲が手を止めた。


「前に食べたのって……あれでしょ? スーパーの簡単なやつ」


「うん……。ナオキ、おしえてくれた……やすい……やつ……。すきだった……けど……」


「けど、これは違う?」


 リヴは小さく頷き、胸の前でそっと指を組んだ。


「……ちがう……。こっち……やさしい……。なかが……とける……」


 美咲は笑いながらスープを一口飲んだ。


「ほんと好きだわ、リヴちゃんのこういう言い方。お肉を“とける”とか“ふわってする”とか……聞いてるこっちが楽しくなる」


 リヴは恥ずかしそうに眉を寄せ、マスクの端をそっとつまんだ。


「……へんな……?」


「へんじゃないよ。いい意味だよ。食べたもの全部ちゃんと感じて、言葉にするのがすごく上手」


 リヴは胸にそっと手を置き、少しだけ呼吸を整えた。


「……よかった……。はじめて……こんな……おいしい……」


「リヴちゃんの言葉って、まっすぐで優しいの」


「やさしい……?」


「うん。味をそのまま受け取ってる感じがして、聞いてて嬉しくなるよ」


 その言葉にリヴは静かにうつむいた。胸のあたりをそっと押さえ、もう一口ハンバーグを食べる。


「……あまくないけど……やさしい……。しょっぱい……おいしい……」


「そういう味なんだよ」


 サラダを口に運ぶと、レタスが音を立てた。


「しゃき……する……。みず、でてくる……」


「野菜はそういうやつ」


「やさい……すき……。むこうの……やさい……もっと、かたかった……。にがい……。これ……やさしい……」


 美咲は一度まばたきをしてから、小さく首を傾けた。


「……ねえリヴちゃん」

「あなた、どんな土地に住んでたの?」


 ツッコミというより、本気の驚きが先に出た声だった。


「そんなに固いの? にがいの? サラダでそんな反応する子、初めて見たよ……」


 けれど言い終える頃には、声の奥に心配も混ざっている。


「向こうって……環境、きつかったの?」


 リヴは少し考えるように胸の前で指を揃えた。


「……きつい、じゃない……。ただ……おおきい人……よわい人……すこし……ちがう……。やさい……すこしだけ……つよい……」


「つよい野菜……?」


 美咲は思わず吹き出した。


「やっぱり聞いたことない言い方するね。可愛いけど……なんか切なくもあるなあ」


 リヴはきょとんとしたまま、胸の前でぎゅっと手を握った。


「……へんな、かな……?」


「変じゃないよ。むしろ正直でいい」


 美咲はやさしい目をして、そっと続けた。


「向こうの土地がどんな場所か少しわかってきた気がする。

 だから、こんなふうにちゃんと食べられてるのを見ると……ほんと、安心するよ」


 リヴは静かに頷いた。


「うん……ここ……こわくない……」


「可愛いね、ほんと」


「……かわいくない……」


「可愛いよ。直輝くんだって思ってるでしょ?」


 急に振られ、ナオキは手元のフォークを持ったまま小さく息を呑んだ。

 否定しようとして、けれどリヴがこちらを見ている気配が胸の奥でほどける。


「いや……まあ……はい」


 その答えに、美咲がふっと笑った。

 からかい半分の笑いなのに、どこか安心が混ざっている。


「やっぱりね。あんたの顔、全部出てるんだよ」


 リヴはきょとんとしたまま、胸の前で小さく手を握った。


「ナオキ……? わたし……へんじゃない……?」


「変じゃないよ。……ほんとに可愛いよ」


 言葉にした瞬間、リヴの肩が小さく震えた。

 照れと安心が同じ場所で、そっと揺れるように。


「……うれしい……」


 美咲はナイフの動きを止め、ナオキの目をまっすぐ見た。


「帰ってきてからさ、少し痩せたよね。向こう、相当大変だったんでしょ?」


「いや……まあ、色々ありましたけど」


「ほら。そうやって濁す」


「濁してるつもりは」


「あるんだよ。私にはわかる」


 リヴも静かに頷いた。


「ナオキ……むこうで……つかれた……。でも……すこし、やわらかい……いま」


「やわらかいって……」


「うん……。おとが……すこし、あたたかい」


 美咲は軽く吹き出して、でもすぐ真面目な顔に戻った。


「そうらしいよ? ほら、自覚しなよ」


「……そう見えるなら、ちょっと安心しました」


「安心していいよ。無理してる顔じゃないから」


 店内の照明が少し落ち、テーブルの影がゆるく揺れた。


「直輝くん」


「はい」


「帰ってきた理由、私たちにもちゃんとわかるようにしてよ。

 全部じゃなくていい。あなたの負担にならない範囲でいいから」


 ナオキは水を口に運び、息を整えた。


(説明……どう言えば……)


 そこへ、リヴがそっと袖をつまむ。


「ナオキ……むこうで……がんばった……。でも……ひとりで……がんばるの……よくない……」


「……よくない、か」


「うん……。いる……ひと……いた……。でも……ナオキ……ひとりで……あるく、とき……あった……。すこし……さみしい、おと……した」


 美咲はテーブルに手を置き、落ち着いた声で言った。


「直輝くん。帰ってきたってことはさ、ちゃんと“逃げてもいい場所”に戻ってきたってことだよ。

 逃げるって悪い意味じゃないよ。自分の身を守るために選んだ場所ってこと」


 その言葉に、胸の奥の重さが少しほどけるのが自分でわかった。


「……ありがとうございます」


「礼を言うとこじゃないよ。ほんとにそう思ってるだけ」


 リヴが安心したように微笑んだ。


「ナオキ……ここ……すき……?」


「うん。二人といると、楽だよ」


 リヴの瞳が静かに揺れた。


「……よかった……。それ……ききたかった……」


 美咲もふっと表情を緩めた。


「ならいいじゃん。こっちで休めばいい。

 ちゃんと二人いるんだから」


「二人……?」


「私とリヴちゃん」


 リヴは胸に手を置いて、小さくうなずく。


「いる……。ここ……すき……」


 その言葉が落ちた瞬間、テーブルの空気がすこし変わった。

 三人の呼吸が静かに揃い、店内の明るさの中で、夜の影と温かさがゆっくり混ざり合っていく。


 プリンのときみたいに大きな皿じゃないのに、

 三人で分けて食べる時間は、小さな祭りのように感じられた。


 リヴはしばらくチョコケーキを見つめ、

 ゆっくり胸の前で指を揃えた。


「ミサキ……あったかい……。ナオキの……あったかいに……にてる……」


 美咲はフォークを止め、少し照れくさそうに笑った。


「似てる……んだ?」


「にてる……。おと……やさしい……。きもち……やさしい……」


 ナオキもどこかくすぐったい気持ちになりながら言う。


「そう見えるなら、たぶんそうなんだと思います」


「直輝くん、なんか照れてる?」


「照れてないです」


「照れてるじゃん」


 リヴは嬉しそうに小さく笑った。


「ふたり……にてる……。すき……」


 その声は、どこにも嘘がなかった。


 静かに揺れる照明の下、三人の心はゆっくりと交わり始めていた。


 デザートを食べ終え、テーブルに残ったグラスの水面がゆるく揺れていた。店内の照明は昼より落ち、夜の静かさを呼び込むように柔らかい光を落としている。


 リヴはスプーンをそっと置き、胸の前で指を重ねた。


「……おいしかった……。ミサキと……ナオキと……たべるの……すき……」


「嬉しいこと言うね、リヴちゃん」


 美咲は口元を緩め、水をひと口飲む。


「直輝くん、昔はこんなふうに“美味しいね”って言い合う時間なかったよね」


「まあ、仕事ばっかでしたから」


「そうそう。あの頃ほんと余裕なかったよ」


 リヴは二人の会話を静かに聞き、そっとナオキを見る。


「ナオキ……むかしより……いま……すき……。おと……やわらかい……」


「おとって……俺の声のこと?」


「うん……。いま……あったかい……」


 その言葉に美咲が小さく笑う。


「ほらね。リヴちゃんには全部ばれてるんだよ」


「まあ、否定しないですけど」


「しないんだ」


「……しません」


 美咲はその言い方が少し嬉しそうで、ナプキンを指先で軽く押さえた。


「ねえ直輝くん、リヴちゃんの前ではちゃんと優しいじゃん」


「そりゃあ……そうですよ」


「ならいいよ。ちゃんと伝わってるし」


 リヴは深く喉を鳴らし、胸に手を当てる。


「ナオキ……やさしい……。わたし……ちゃんと、わかる……」


 その言葉が静かに落ちると、美咲は真面目な声音で言った。


「……直輝くん。ちゃんとこの子を見てあげなよ」


 心臓が少し跳ねた。


「見てるつもりですけど……」


「つもりじゃなくてね。今日のリヴちゃん、すっごく頑張ってるんだよ?」


 リヴははっとしたように美咲を見た。


「がんばってる……?」


「そうだよ。こうやって日本語で話して、知らない場所で食べて……あなたたち二人の間にちゃんと入ってきてるんだから」


「……わたし……がんばって……る……?」


「うん。すごくね。ちゃんと“来てる”んだよ、こっちに」


 その言葉にリヴはゆっくり胸元へ手を当て、俯いた。


「……うれしい……」


「ほら。ちゃんと響いてるじゃん、直輝くん」


「……そうですね」


 ナオキは小さく息を吐いた。

 嬉しさも、少しの戸惑いも、自然と胸に溶けていく。


「じゃあさ」


 美咲は手を叩き、少し軽い声を戻した。


「お腹も落ち着いたし、そろそろ行こっか」


「行くって……どこへ?」


「ちょっと外散歩。リヴちゃん、夜の街って見たことないでしょ?」


 リヴは目を丸くした。


「みたい……。ナオキと……ミサキと……いっしょ……」


「よし、決まり」


 美咲は伝票を持ち、ナオキに向けて微笑んだ。


「三人で歩くのって、悪くないよね」


「悪くないですね」


 リヴは帽子を軽く押さえながら、控えめに微笑んだ。


「……すき……。ふたりと……いっしょ……」


 その言葉が、これから始まる夜の景色の扉をそっと開いていった。


 店を出ると、自動ドアが静かに閉まり、外の空気がふっと頬へ触れた。

 昼の熱気がようやく抜け、地面にはほんのり温かさが残っている。それなのに、風だけは夜の色をして、指先に少し冷たかった。


 リヴは一歩外へ出た瞬間に、胸の前でそっと手を合わせた。


「……すずしい……。さっきより……きもち、すっきり……」


「中、暖房きいてたもんね」


 美咲は軽く伸びをしながら言う。


「寒くない? リヴちゃん」


「さむくない……。だいじょうぶ……。すずしい、すき……」


「ならよかった」


 ナオキは店のガラスを一度だけ振り返る。

 温かい光が背後で揺れて、いま三人が歩いていく夜道との境界を静かに照らしていた。


 三人が並んで歩き出すと、夜の街の音が自然と耳に戻ってきた。

 コンビニの自動ドアの音、車がゆっくり走るエンジン音、遠くの笑い声。

 そのどれもが、昼とは違う静けさをまとっている。


 リヴは歩きながら、帽子のつばを押さえて言った。


「ミサキ……このみち……まえも、きた……」


「よく覚えてるね」


「うん……。いろんな、おと……あった……。すこし、こわかった……」


「うん、怖かったね」


 美咲は歩く速度を少し落とし、リヴの足に合わせた。


「でも今日は?」


 リヴは胸元を押さえて答える。


「……だいじょうぶ……。ふたりといっしょ……」


 美咲は自然に笑った。


「そう言ってもらえるの嬉しいよ」


「うん……」


「でもさ、直輝くん、あんた歩くの早い」


「え、俺ですか」


「はいはい。リヴちゃん基準だからね今日は」


「了解です」


 ナオキが歩幅を合わせると、リヴは嬉しそうにほんの少し近づいた。


「ふたり……なかよし……」


「まあ、なかよしですよ」


「否定しないんだ」


「否定しても負けますし」


「その通りだよ」


 そんなやり取りに、リヴはふわっと笑った。


 三人は大通りから一本はずれた静かな道へ入った。

 街灯はまばらで、みずいろの光が歩道を薄く照らす。

 風の音が本当にゆっくりで、葉の擦れる音さえ穏やかだった。


「ここ……すき……」


 リヴは少し前へ出て、並木道を見上げた。

 葉の影が揺れて、その間を街灯の光がこぼれる。


「きれい……。しずかで……こわくない……」


 ナオキはその横顔を見ながら問いかける。


「静かなところ、落ち着く?」


「うん……。やさしい、音……。にがい音……ない……」


 美咲がゆっくり頷いた。


「分かるよ。私も人多い場所苦手だから」


「ミサキも……?」


「そうそう。だから今日みたいに食べたあとに散歩するの好きなんだよね」


「……うれしい……。わたしだけじゃない……」


「そんなことないよ。苦手なものがあるって、普通だよ」


 リヴは胸に手を置き、小さく息を吸い込んだ。


「ミサキ……やさしい……。ことば……あたたかい……」


「そうかな?」


「そう……。きくと……ここ、すこしひらく……」


 リヴは胸の真ん中を指で軽く触れた。


 美咲は驚きつつも、ゆっくり言葉を返した。


「ひらくって、いいね。それ」


「うん……しめてると……くるしい……。ひらくと……あったかい……」


 風がひゅうと抜け、三人の髪を軽く揺らした。


「ねえ直輝くん」


 突然美咲がナオキを見る。


「はい」


「この子、ちゃんと開いてるよ。あなたの前で」


「……そう、見えますか?」


「見えるよ。すごくね」


 リヴが少し恥ずかしそうに目を伏せる。


「ナオキ……すき……。いっしょ……いると……あたたかい……」


 胸の奥にじわっと何かが広がった。


「ありがとう。俺も嬉しいよ」


「ほんと……?」


「ほんと」


 リヴはその言葉に、小さく肩を震わせてほっと息をした。


「ミサキ」


「ん?」


「きょう……また……いっしょに、ほこうね……?」


「もちろん。何度でも付き合うよ」


 風が軽く吹き抜け、三人の影がゆっくり揺れた。

 その影は、まるで距離を少しずつ近づけるように寄り添って見えた。


「直輝くん」


「なんですか」


「次、どこ行きたい? 三人で」


 リヴが期待で目を丸くする。


「ナオキ……いきたいとこ……ある……?」


 ナオキは少し考え、照れながら答えた。


「夜の公園とか……どうですか。静かだし」


「こうえん……? よるの……?」


「夜は風が気持ちいいよ」


 リヴはぱっと顔を明るくした。


「いきたい……! おおきい草……みたい……」


「草じゃなくて木ね」


「き……?」


「そう。すぐ見えるよ」


 美咲は満足げに手を叩いた。


「いいじゃん。行こ行こ。私も好きだよ夜の公園」


「いきたい……ふたりと……いっしょ……」


「決まり」


 三人の歩幅が自然にそろい、夜風がその足音に軽く重なる。


 その足音は、夜の街でひとつだけあたたかく響いていた。


 公園をあとにして歩き出すと、道は少しずつ明るさを取り戻した。

 夜の空気は静かなままなのに、街灯が増えるだけで世界がふわりと開けていくように見える。


 リヴは帽子のつばを押さえながら、歩道の白い線をなぞるように歩いた。

 その足取りは少し軽くなっていて、さっきまでの緊張がほどけたのがよく分かった。


「ミサキ」


「ん?」


「きょう……たのしかった……」


 美咲は少しだけ歩を緩め、横に並んだリヴの顔を覗きこんだ。


「うん。私も楽しかったよ。ほんとに」


「……また、あいたい……?」


「もちろん。またすぐ会おうね」


 美咲の声は迷いがなくて、リヴは胸の真ん中をそっと押さえた。


「……よかった……。ほんとに……よかった……」


 その様子を見て、ナオキは自然と笑っていた。

 リヴの声は小さいのに、ちゃんと夜道の空気に溶けて、まっすぐ届いてくる。


 やがて、アパートの明かりが見えてきた。

 玄関前の外灯が静かに照らし、三人の影を足元へ落とす。


「じゃあ、今日はここまでかな」


 美咲が立ち止まって言った。

 その声は明るいのに、名残惜しさが少し混じっていた。


「ミサキ……きょう……ありがとう……」


 リヴは胸の前でそっと指を揃え、深く頭を下げた。

 美咲は慌てて手を振った。


「そんなにしなくていいって。こっちこそありがとね。……会えて嬉しかったよ」


「うん……わたしも……」


 リヴは照れたように帽子のつばを触り、小さく笑った。


 美咲はナオキの方へ向き直り、軽く顎を上げた。


「直輝くん」


「はい」


「今日さ。……二人とも、顔がちゃんと元気だったよ」


「そう見えました?」


「うん。だから、帰ってきてよかったねって思った」


 その言葉は、夜の空気より静かに胸へ落ちた。

 ナオキは少しだけ息を吸い、穏やかに頷いた。


「……はい。ほんとに」


 美咲は満足したように微笑むと、ゆっくり歩き出した。


「じゃあね、二人とも。またすぐ」


「うん……また、すぐ……!」


「先輩、ありがとうございました」


「はいはい。また連絡するよ」


 美咲の背中が街灯の向こうに溶けていく。

 その歩き方は軽くて、最後まであたたかかった。


 リヴはその姿が小さくなるまで見つめ、ゆっくりとナオキの袖をつまんだ。


「……やさしい……ことば……あたたかい……」


「そうだな。優しい人だよ」


「うん……。きょう……しあわせだった……」


 ナオキは立ち止まり、ゆっくりと答えた。


「俺もだよ」


 リヴは目を細め、小さく息を吐いた。

 夜風がその髪を揺らして、ふたりの間だけに静かさが落ちてくる。


「ナオキ……かえろ……?」


「帰ろうか」


 アパートの階段を上がり、鍵を開けると、暗い部屋が静かに迎え入れてくれた。

 スイッチを押すと、やわらかい光が六畳の空気にふわっと広がる。


 靴を脱いだリヴは、明かりの下で胸の前に手を置いた。

 その仕草は、どこかほっとしたようで、少し照れくさそうだった。


「ナオキ……きょう……ずっと、あったかかった……」


「そうだな。いい時間だった」


「うん……。わたし……このせかいで……こういうの、はじめて……」


 ナオキはリヴの横に立ち、静かに答えた。


「また行こう。三人でも、二人でも」


「いきたい……。いっぱい……」


 リヴは小さく頷き、足元を見て微笑んだ。

 部屋の灯りがその頬をほんのり照らし、夜風の名残がそっと消えていく。


 ナオキは靴をそろえながら、胸の奥に浮かんだ言葉をそっと抱えた。


 そのあたたかさだけが、そっと部屋に残った。

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