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『32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~』  作者: ひろボ


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第11話:魔石の考察

 ウロの内部が静かさを取り戻したころ、ナオキはゆっくりと腰を下ろし、リヴが置いていった小さな袋を手元に引き寄せた。袋の口を指先で押し開いた瞬間、ほこりのような匂いと、湿った森の空気が混ざり合った香りがふっと立ちのぼる。その奥でかすかに光を帯びていたのが、あの小石だった。


 掌にのせると、存在を主張するように重みが伝わる。見た目以上に密度があるというより、肌に触れた部分だけ空気が薄くなるような、不思議な手応えがあった。光の下にかざすと、内部を流れる青白い光がゆっくりと揺れている。


(これが、本当に魔石……なのかな)


 独り言のような心の声が、胸の中に沈む。

 ラノベで見てきた数々の魔石設定が、頭の中にざらざらと浮かび上がった。


 魔物の心臓の代わりに存在する核。

 余った魔力が凝り固まった結晶。

 魔道具を動かす燃料。

 魔法の威力を引き出す触媒。


 そして、大きな町では貨幣代わりに使われることもある――そんな世界もあった。


(でも、どれが正解ってわけじゃないんだよな)


 彼は小石を指でゆっくりと回しながら、ぼんやり考えた。

 ラノベの魔石は作品によって千差万別で、決まった定義などない。

 燃料にも宝石にもなるし、異世界の文明を支える核心でもある。


 ただ、いま掌にのっているこの石は、どの作品のものとも違う気がした。

 現実味があるというか、妙に生々しい。


(リヴが置いていったってことは、こっちの世界でも価値があるんだよな。でも……用途が分からない)


 リヴの表情を思い出す。

 薬草やキノコを置いた時とは少し違う雰囲気で、この小石だけは丁寧に袋に包んでいた。価値あるものという認識があるのだろう。


(美しいだけの石じゃない。絶対に何かの役割がある)


 ナオキは、もう一度ゆっくりと深呼吸した。

 青白い光。

 触れた時の抵抗。

 曖昧な温度。

 少しだけ空気が揺らいでいるような、不思議な存在感。


 そのすべてが、ただの鉱物とは思えなかった。


(魔物の体内で生成された……そう考える方が自然だな)


 薬草やキノコと同列に扱われているのだから、山で掘れる鉱石ではない。

 生き物から採れる何かだ。


(じゃあこの光は、生き物の体内にあった時の名残、みたいなものなんだろうか)


 そんな考えがよぎった。

 だが、答えが出るわけではない。


 思考が少しずつ堂々巡りを始めたところで、ナオキはそっと石を布の上に置く。

 そして、自分の胸の奥にある感覚と丁寧に向き合った。


(……興味が湧いてきたな)


 不安より、好奇心の方が勝っていた。

 薬草の検証も、キノコの実験も楽しかったが、この魔石はそれらとは比べ物にならないほど世界の深い部分に関わっていそうだ。


(どう使うための物なんだろう。燃料なのか、部品なのか、それとも……)


 彼は小さく笑った。

 自分の胸が軽く震えているのが分かる。

 子供のころ、理科室で初めて顕微鏡を覗いた時のような、不思議とわくわくする感覚。


 ただ当てもなく考えるだけでは、何も分からない。

 実際に確かめるしかなかった。


 ナオキはウロに置いてある道具を自然と目で探した。

 家庭用の鍋、金属スプーン、小さな虫眼鏡、手のひらサイズの工具。

 どれも特別な道具ではない。

 だが、いまの自分にはこれで十分だった。


(いけるところまで試してみよう)


 石を指先でつまんだまま、ナオキはウロの床へ道具を順に並べた。

 実験と呼ぶにはあまりに素朴で、どこか心許ない。

 けれど、彼にとってはそれでいい。


 手の中にある小石ひとつが、今後の生活を変えてしまうかもしれない。

 そんな予感があった。


 まずは、この石がどんな反応を示すのか――そこからだ。


 ナオキは魔石を指先で押し、表面の温度と硬さを再確認した。

 滑らかで人工的な均一さがありながら、どこか生き物めいた熱を秘めている。

 次にスマホをそっと近づける。

 電波も画面も乱れない。

 磁性も帯びていない。


(電気には無反応か。じゃあ、熱はどうだろう)


 鍋に少しの水を入れ、魔石を底に沈める。

 カセットコンロの火をつけると、じわじわと湯気が立っていった。

 三分ほど待っても魔石はまるで反応しない。

 五分経っても表面の色も変わらず、ただ静かに沈んでいるだけだった。


(どんな環境にあった石なんだろう。これくらいの温度じゃびくともしないってことか)


 取り出して光に当てると、濡れた表面が白く反射するだけだった。

 内部の光の筋も変化がない。


(見た目は硬い石。でも……本当にただの石か?)


 静かな空気の中で、自分の呼吸の音が広がる。

 その中で魔石だけが、ひどく無言で、無抵抗で、逆に不気味だった。


(……次は、どうする)


 答えはすぐ出た。

 外側が完全に反応しないなら、中を見るしかない。


 ナオキは魔石を布でやさしく包み、手を止めたまま少しだけ目を閉じた。

 気が進まない理由はある。

 リヴが大切に扱っていた物を壊すことになる。

 しかし、内部構造を知らなければ役割の見当すらつかない。


(ごめんな……ちょっとだけ、中を見せてもらうよ)


 静かな決意が胸に落ち着いたところで、ナオキは金槌を手に取り、布に覆われた魔石へ軽く力を込めて振り下ろした。


 カン、と澄んだ音がウロに響く。

 石が割れたような手応えがあった。

 ゆっくりと布をめくると、魔石の中央に細い裂け目が走っていた。


 その瞬間、ナオキは呼吸を忘れた。


 割れた内部は、ただの鉱物ではなかった。

 外側と同じ色の結晶の奥に、細い光の糸がいくつも束になり、脈打つように淡い光を放っている。

 髪の毛ほどの細さで、蜘蛛の糸よりも繊細だった。


(これ……本当に、石の中身なのか)


 光の繊維は生き物の臓器の断面を連想させた。

 しかし生々しいわけではない。

 むしろ美しさの方が強かった。


 じっと見つめていると、繊維の間を光の粒子が流れはじめた。

 すべてがゆっくりと、規則正しく動いている。


 その瞬間、ナオキの中でひとつの考えが静かに形になった。


(これは……あの世界の生命活動そのものなんじゃないか)


 地球の生物がATPを作り、代謝を行い、必要なエネルギーを生み出すように、

 魔物は魔力という形でエネルギーを扱っている。

 光る繊維は、魔力を流す器官の名残のようにも見えた。


(余った魔力がこの中に溜まり、結晶化する……そんな感じなのかな)


 ふっと繊維の鼓動が弱まった。

 光がひとつ、またひとつ、静かに消えていく。

 空気に触れた魔力が抜けていくように。


 そして最後のひとすじが白く揺らめき、消えた。


 残ったのは、光を失ったただの石片だった。

 手に取ると、先ほどまで感じた圧のような存在感が全くない。

 軽く、何の力も宿していない。


(中身そのものが価値だったんだな)


 ナオキは破片を布に包み直し、そっと袋に戻した。

 胸に少しの切なさが残りつつ、視線は静かに天井へ向かう。


(魔石を壊すことで失ったものは大きい。でも……分かったことも多い)


 魔力は外気で消える。

 内部構造は生命の器官に近い。

 そして、殻に守られた状態こそが価値だった。


(魔道具が存在するなら、きっと魔力を扱うための技術があるんだろうな。俺にはまだ分からないけど)


 胸の奥に温かいものが広がる。

 どこか希望に似ていた。


(いつか、この世界の魔力を地球の道具に使えたら……。そんなことができたら、もっと楽に生きられる日が来るかもしれない)


 ウロの静けさが、ゆっくりと彼の心を包んでいった。


 その夜、ナオキは魔石の破片を小さく握りしめたまま、しばらく動くことができなかった。


 魔石の破片を袋に戻したあとも、ナオキはしばらく手のひらを見つめ続けた。掌に残る微かな温度が、つい先ほどまで石の中にあった“何か”を証明しているように思えた。


(魔力って、本当に存在してるんだな。見えないけど……こうして作用して、こうして消える)


 彼は破片をしまった袋に触れ、指先に伝わる冷たさを確かめた。

 光を失った石は、もう力を持っていない。それでも、かつてそこに確かに「活動」があったことを手が覚えている。


(中を見たことで失ったものもあるけど……知らずにいるよりずっといい)


 ナオキは小さく息を吐き、気を引き締めるように背を伸ばした。

 魔石の扱いは、どう考えても慎重さが求められる。

 魔力は空気と接すれば消える。

 それなら逆に、魔石のままの形で保存する方法が、この世界には必ずある。


(魔道具っていうのは、魔力を逃さない器なのかもしれない。石単体じゃなくて、魔力を扱うための仕組みがあるんだろう)


 想像をめぐらせると、胸の奥で静かに熱が高まっていく。

 もし燃料として扱えるなら、石の大きさや質で出力が変わるのかもしれない。

 もし触媒として扱えるなら、術者の能力を押し上げる役目があるのかもしれない。

 もし生き物の代謝の延長なら、魔力の種類や色も存在するかもしれない。


(リヴの魔法……いや、あの子はまだ魔法を使ってるわけじゃないんだよな。でも、どこかでこの世界の住人は魔力を感じ取れるんだろうか)


 リヴが魔法を使う姿を見たことはない。

 ただ、彼女の眼差しの奥にある鋭さは、周囲の気配を敏感に察知しているようにも見えた。

 魔力という概念を受け入れているからこそ、魔石をこうして対価として差し出すのだろう。


(あの子に聞くのは早いよな……まだ距離があるし)


 ナオキはリヴの顔を思い浮かべた。

 警戒と信頼の境目で揺れていたあの日の表情が、胸の奥に静かに浮かんだ。

 無理に問い詰めるようなことはしたくない。


(まずは俺が、俺のやり方で調べられるところまで調べよう)


 袋を丁寧に結び直し、ナオキはウロの隅にそれを置いた。

 同時に、薄暗い天井の影が視界に入り、さきほどの光の繊維を思い出す。


(魔物の体内で、あれがどう働いていたんだろう。血管なのか、それとも……流路って言ったほうが近いのかな)


 魔石の内部に広がっていた構造は、明らかに“自然”に生まれたものだった。

 格子状でも、規則的な工業製品のようでもない。

 それは生き物の体に刻まれた、複雑で、しかしどこか秩序ある形。


(魔力量が多い魔物ほど、この繊維が太いとか……本数が違うとか……そういう可能性もあるのか)


 次から次へと仮説が浮かび、彼の胸の内で渦を巻く。

 いまは比較対象がない。

 破片ひとつでは足りない。

 だが、次にリヴが来たとき――魔石がもう一つ手に入る可能性はある。


(次は……割らずに光の量を比べてみようかな。光の強さが“魔力量”ってことはあり得る)


 あるいは、複数の魔石を並べて近づけたら何か反応が起こるのかもしれない。

 磁石のように引き合うのか、反発するのか。

 もしくは、まったく何も起きないかもしれない。


(何にしても、まだ実験材料が少ない)


 ナオキは少し苦笑した。

 こんなにも好奇心が湧いているのに、いまはたったひとつの破片しか手元にない。

 焦ってはいけないと自分に言い聞かせ、ゆっくり立ち上がる。


 ウロの入口から、森の静かなざわめきが微かに聞こえる。

 木々が揺れる音、どこかで鳥が鳴く声。

 その全てが現実であり、見知らぬ世界の証だった。


(俺、こういうの好きなんだな)


 慎重に観察して、仮説を立てて、小さく検証していく。

 仕事では味わえない集中と楽しさが、ここにはある。


(今日はもうやめとくか。深追いしても答えは出ないし)


 ナオキは残った道具を片づけ、ウロの中央に座り直した。

 魔石の破片を指先でなぞると、すでに石は冷えきっていた。


(魔力って、どういう形で存在してるんだろう。地球みたいに電気が流れるわけじゃない。さっきの光の繊維みたいに、何か流路が必要なんだろうな)


 体内の代謝のように、循環する仕組み。

 器官。

 保持。

 消費。

 どれも地球の生命活動と似ているようで、まったく違う。


(もし魔道具があったら……きっと外の空気に触れさせずに魔力を使う仕組みがあるんだろうな)


 魔道具がどんな見た目で、どんな構造をしているのか。

 想像するだけで胸が高鳴る。

 もしそれが道具であるなら、人が扱えるよう設計されているはずだ。

 つまり、この世界は魔力を文明として取り込んでいる。


(もし魔力を電気に変換できたら……すごいことになるな)


 地球の家電を異世界でも使える。

 照明、暖房、通信、冷蔵庫、ポータブル機器――。

 ただの学生レベルの思いつきかもしれない。

 だが、可能性を否定する理由はどこにもなかった。


(魔石の量が増えれば、この世界の暮らしももっと変えることができるかもしれない)


 ナオキは目を閉じた。

 ウロの薄い光と静寂が、反対に彼の内側を鮮やかにしていく。

 この世界への好奇心は、もう止まらなくなっていた。


(よし……続きは次の魔石が手に入ってからだな)


 結論が静かに胸に落ち着く。

 焦りも高揚も、いまはちょうどいい温度で混ざり合っていた。


(今日はここまででいい。十分だ)


 そうつぶやいた瞬間、

 ナオキは自分が無意識に微笑んでいることに気づいた。


(ああ……こういうの、嫌いじゃないな)


 魔石の破片が、袋の中で小さく音を立てた。

 その乾いた響きは、不思議と彼の心を温めた。


 いつか、魔力を地球の道具と結びつける日が来るかもしれない。

 遠い未来のようで、案外近い未来なのかもしれなかった。


 ウロの中で静かに息を吸い、ゆっくり吐き出す。

 この世界の空気が、ほんの少しだけ甘く感じられた。


 その夜、ナオキは魔石の輝きを思い浮かべながら、長い一日を静かに締めくくった。



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