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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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新たな時代の予感

 静まり返った応接室に、夜灯の明かりが揺れていた。


 誰もが口を開けず、ただ――

 ヴァルターの重い沈黙だけが部屋全体を支配していた。


 やがて。


 彼は深く息を吸い、長い年月の経験を滲ませた声で、低く呟いた。


「……工房の話を続けてくれ、ナオキ」


 その声には、迷い、怒り、痛み……そして覚悟が混ざっていた。

 商人の顔でも、父の顔でもある声音だった。


 セラは両手を胸の前で組み、ラナは唇を噛み、

 リヴはそっとナオキの袖をつまんで彼の横顔を見上げていた。


 ナオキは一度うなずき、真正面から言葉を紡いだ。


「まず……先日お渡しした“見本のショーツ”ですが――

 あれは少数しか仕入れできません。ゴムもこちらでは作れない。

 つまり、あれは“貴族向けの概念”にしかなりません」


 ヴァルターが片眉を上げ、静かにうなずいた。


「……やはり、そうか」


「はい。本命は“紐ショーツ”です。この街で量産できる形。

 そして――“布ナプキン”。

 女の人の生活を根本から改善する道具です」


 ラナの瞳が揺れ、


 セラはハッと息を呑み、


 リヴは小さく拳を握った。


「布ナプキン……本当に作れるのか?」


 ヴァルターの声は低く慎重だった。


「作れます。スライム粉の試作品も順調ですし、

 布で包めば十分機能します。

 ――でも、これは単なる商品では終わらせません」


「……というと?」


「“工房”を作ります。

 縫い子を雇い、“生活を支える産業”にするんです」


 ヴァルター、セラ、ラナが同時に息を呑む。


 ナオキはゆっくり続けた。


「縫い仕事なら、力がなくてもできます。

 家が貧しい女性も、働きたいのに働けない母親も、孤児の子も――

 手さえ動けば、給金を得られます」


「…………」


「この街には、働く場所がない人が多すぎる。

 昼に働けない母親は仕事を得られず、子どもだけが市場に立たされる。

 読み書きできず、数字がわからないだけで雇ってもらえない子もいる。

 貧しさが次の貧しさを生んでいる」


 ナオキは視線を下げ、ゆっくり言った。


「――それを断ち切りたいんです」


 セラが小さく震え、両手で口を押さえた。


「……そんな……そんなこと……考えていてくださったんですか……?」


 ラナも瞳を潤ませている。


「働き口のない子……お母さん……

 “働きたくても働けない”って、どれほど辛いか……

 わたし……ずっと見てきました……」


 リヴはナオキの腕を少しだけ握りしめ、

 “わたしのナオキ”とでも言いたげに誇らしげな目で彼を見上げた。


「この工房なら――雇えるんです。

 ほんとうに、大勢」


 ヴァルターが重く問う。


「どうして手縫いなんだ?」


 ナオキは即答した。


「手縫いは、誰でも練習すればできるからです。

 機械を使わないからこそ、多くの人を雇える。

 本当は“ミシン”という道具もあります。

 でも、あれは一台あれば職人一人で何十人分も縫えてしまう。

 つまり“雇用が生まれない”んです」


 ヴァルターの眉が動く。


「……なるほどな」


「ミシンは便利ですが、工房の規模を一気に縮めてしまう。

 街の人に仕事を渡したいなら、今は“手縫い”でいい。

 いや……手縫い“だからこそ”意味があるんです」


「意味、か」


「縫い子にできるのは大人だけじゃない。

 体が弱くて外で働けない子、

 学校に行けない子、

 家に縛られている女の人……

 そういう人でも“手”さえあれば働ける。

 しかも今日働いた分をその日のうちに渡せます。

 ――日払いが必要な人が、この街には多いんです」


 ヴァルターは深く息をつき、商人の顔で言った。


「……つまりお前は“技術の導入時期”まで考えているわけだな。

 いきなり高性能な道具を入れるんじゃなく、段階を踏む」


「そうです。

 まず手縫いで雇用を増やす。

 需要が増え、布や糸の質が安定し、縫い子が育つ。

 そのあとで“足踏み式ミシン”へ進めばいい。

 成長は段階的でいいんです」


 ヴァルターの表情がゆっくりと変わる。

 商人ではなく、父として、街の大人としての理解が生まれた顔だ。


「そういう道具があるんだな……

 手間を残すことが、仕事を残すことになる……か。

 当たり前のようでいて、誰も口にしない話だな」


 ナオキは照れたように肩をすくめた。


「誰もが“生きるための仕事”を失わないのが、一番大事なんです」


 ヴァルターは静かにうなずいた。


「さらに、託児施設も作ります」


「た、託児……?」

 セラが目を丸くする。


「子どもを預けられないから働けない母親が大勢います。

 だからまず“安心して働ける場所”を作るべきです」


 ナオキは続けた。


「昼に子どもを預かる場所。

 縫い子として働く母親のためにも、孤児のためにも必要です」


 セラは涙をこぼした。


「……そんな場所……この街にはひとつも……」


「そして、読み書き計算の勉強もできます。

 “働きながら学べる場所”を工房に併設したい。

 読み書きや計算ができれば、給金も上がり、人生が変わります」


 セラが胸に手を当て、小さくつぶやく。


「学びの部屋……そんなもの、この街にはなかった……」


「教師は街の知識人、商会の伝手を使えば見つかります。

 孤児院の子も、働きたいのに働けない子も、

 読み書き計算を覚えれば“未来を選べるようになる”んです」


 ラナが涙を浮かべ、震える声で問う。


「……わたしみたいな子でも……?」


「もちろんです。

 文字が読めれば、仕事は広がる。

 数字ができれば、給金管理も帳簿もできる。

 商会に就職だって、夢じゃありません」


 ラナは唇を震わせて言った。


「……そんな場所……街には……なかった……

 働けても……勉強なんて……できなかった……」


 セラが娘の背中を優しく抱く。


「ラナ……泣いていいのよ」


 ヴァルターは腕を組み、考え込むように息を吐いた。


「……孤児院も巻き込もう。

 あそこには働きたい子も多いし、教育の必要な子も多い。

 孤児院を利用するなら差別にもならん。

 領主への根回しは、俺がやる」


 ナオキは静かに微笑んだ。


「“学びの部屋”は、俺がいなくても回る仕組みにしたいんです。

 誰か一人が教えるんじゃない。

 街の人たちが続けられるように、土台だけつくる」


 ラナは涙をこぼしながら、拳を握る。


「……学びたい……

 働きながら、もっと……できるようになりたい!」


 ヴァルターは娘のその言葉に、満足そうにうなずいた。


「学びたい者がいるなら、あとは大人が道を作るだけだ」


 ナオキはゆっくり息を吸い込む。


「“働く場所”と“学べる場所”。

 この二つがそろえば、人は変わる。

 家族も、街も。

 ――だから一緒に作りたいんです」


 セラは涙を指で拭い、優しく笑う。


「……こんな話、いままで聞いたことがなかったわ……

 でも……“変わる”って信じたくなる……」


「給食もつけます。

 空腹で倒れる子が多い。

 働いても栄養が取れない人も多い。

 だから――工房で“食べられる場所”を作りたいんです」


 その言葉に、部屋がまた静まり返った。


 ナオキの言う内容は、商売ではなかった。

 慈善だけでもなかった。

 “街そのものの構造”を変える話だ。


 長い沈黙ののち、ヴァルターは深く息を吐いた。


「……給食、か」


「はい。温かいスープでも、パンでもいい。

 働いたら食べられる場所がある。

 お腹を満たせば、震えは止まる。

 頭も回る。

 家に食べ物がなくても……工房に来れば助かる。

 そんな場所を作りたいんです」


 セラは両手を口元に当てた。


「そんな……そんな場所……

 街の子がどれだけ救われるか……」


「子どもだけじゃありません。

 夫を亡くした女性、体を壊した人、

 読み書きができないために仕事が限られてしまう人――

 そういう人たちを“縫い子”として迎えられます」


 ラナは涙を拭いながら、かすれ声で言った。


「……働きながら……食べられる……

 勉強もできる……

 そんな工房……聞いたことない……」


「だから作ります。

 ヴァルター商会の名で、“街の新しい基準”にするんです」


 ヴァルターはじっとナオキを見据えた。

 その目には、商人としての計算と、父としての温度が宿っていた。


「……ナオキ。お前の考えは……」


「極端ですか?」


「いや――何世代も先だ」


 ヴァルターは笑った。

 驚き、呆れ、敬意が混ざった笑いだった。


「普通の商人なら“儲け”の話をする。

 だが、お前が語っているのは“人が育つ仕組み”だ。

 その発想は……街の未来を変える。

 利益どころか、文化そのものを変える」


 セラもゆっくりうなずく。


「……ナオキさんの言葉を聞いているとね……

 “お金って、こう使うものなんだ”って思えてくるの。

 回して、動かして、人を助けて……

 そうしたらまた誰かが立ち上がって……

 それが街になるのね」


 ラナも声を震わせる。


「……わたし……そんな工房ができたら……

 絶対働きたい……!

 勉強もしたい……!!」


 リヴはそっとラナの手を握り、優しく微笑んだ。


「……ラナならできるよ。

 手先も器用だし、覚えるのも早いし……

 あったかい場所で働けるようになるよ、きっと」


 ラナは泣きながら笑った。


 ヴァルターは深くうなずき、拳を握る。


「……工房はやる。

 縫い子の雇用、給食、学びの部屋、託児所……

 すべて作る」


 ナオキは小さく頭を下げた。


「ありがとうございます。

 “この街に生まれたから苦しい”なんて思わせたくない。

 それが俺の望みです」


 その姿に、ヴァルターの表情が緩む。


 商人としての勘と、父としての感情――

 その両方が揺れていた。


 そしてナオキは、核心を口にした。


「資金は、俺が出します」


 ヴァルターの目が細くなる。


「……は?」


「報酬でもらった金貨。全部使ってください」


 セラとラナが揃って「えっ」と声を漏らす。

 リヴは、“やっぱり言うと思っていた”という顔で少し笑った。


「ナオキ、お前……なぜだ?」


「俺が持っていても使い道がありません。

 こっちの金貨は向こうでは換金できないんです。

 向こうでは生活ギリギリ。こっちでは金貨が積めるほどある。

 なら……街に回したほうがいい」


 ヴァルターが低く呟く。


「……回す、か」


「はい。

 工房に投資する → 給金が渡る → 食べ物を買う → 商店が潤う →

 取引が増える → 商会が潤う → 新しい仕事が生まれる……」


 ナオキは空中に円を描いた。


「“持っているだけ”じゃ、誰も救えません。

 金は、回してこそ価値がある」


 ヴァルターは息をのんだ。


「……それは……商売の理だ。

 だが……いや、国家規模の考え方だ……」


「そんな大げさなものじゃありません。

 ただ、“人として普通に生きるための最低ライン”を作りたいだけです」


 セラが涙をこぼしながら言う。


「……街の女の子たち……本当に……救われます……

 月の日は冷えて、痛くて、布は乾かなくて……

 働けないのに働けって言われて……

 誰も……助けてくれなかったのに……」


 ラナも目頭を押さえながら震えた声をもらした。


「孤児の子……今日食べるものを探して市場に立って……

 夜は寒くて震えて……

 でも……働く場所ができたら……

 給金がもらえるなら……

 そんな生活、終わるかもしれない……」


 ナオキは静かに言う。


「終わらせましょう」


 その一言が、全員の胸に深く響いた。


 ヴァルターは目を閉じ、長い沈黙を落とした。

 商人として三十年積み重ねてきた経験と、

 父として家族を守ってきた重みが、その沈黙に宿っている。


 そして――


 ゆっくりと目を開き、まっすぐナオキを見た。


「……やるぞ。工房を」


 その声には、揺るぎない決意があった。


「だがナオキ……

 金貨はお前のものだ。

 本当に全部使っていいのか?」


「はい。街のために使ってください」


「……理解した。

 ならば商会として全面的に動く。

 場所、人材、流通……すべて任せろ」


 セラは涙を拭い、ラナは胸の前でそっと手を合わせた。


 リヴはナオキの袖をほんの少し引き、囁く。


「……ねぇ、ナオキ。

 街の……未来、変わるね」


「変わるよ。一緒に」


 リヴは照れたように笑い、目に涙を浮かべて頷いた。


 ――その瞬間、

 この街の未来を変える決断が、静かに、確かに形を持った。


 ヴァルターは席に深く座り直し、真剣な目でナオキを見つめた。


「まずは“紐ショーツ”だな。

 あれなら布を多く使わずに済む。

 動きやすいし、衛生的だ」


「はい。

 現状のふんどし布より擦れが減り、乾きが早い。

 洗ってもすぐ使える。

 そして貧しい家庭でも手が届く――

 だからこそ最初の製品として最適です」


 セラとラナは、思わず顔を見合わせた。


「……本当に……変わるんだね」

「ふんどし布より布が少なくて……洗いやすくて……」


 リヴも静かに微笑んだ。


「森で動くときも全然違うよ。

 擦れないし、走りやすいし……

 “普通に動ける”って、大事」


 ヴァルターは深くうなずき、続けて問う。


「で、本命は“布ナプキン”なのだな」


「はい。

 これは街の女性全員に必要なものです。

 スライム粉の試作品は十分な吸水性があり、

 中心だけにしみ込んで広がらない。

 本当に“生活を変える道具”になります」


 ラナは両手で口元を覆い、震える声で言った。


「……そんなの……ずっと欲しかった……」


「だから作るんですよ。

 街で。街の人たちの手で」


「……っ」


 ヴァルターが重く腕を組み、言葉を続ける。


「布や糸なら商会である程度そろえられる。

 だが――問題は針だ。

 この国で針は鍛冶師が一本ずつ打つ貴重品だぞ」


「そこは大丈夫です」


 三人の視線がナオキに向く。


「俺が持ち込んだ“縫い針”があります。

 向こうの品ですが……こちらでは高性能なはずです。

 十人じゃない、百人を雇える量はあります」


「百……!?」

「そんなに……!」


 ヴァルターの喉がごくりと鳴る。


「糸、裁ちばさみ、メジャー……

 縫製に必要な物は一通り持ち込んでいます。

 すべて……工房に使ってください」


 セラは震える手を胸に当てた。


「女の人……どれだけ救われるか……」


 ラナは涙をこぼしながらうなずく。


「友達……いつも血がついて怒られて……

 隠れて泣いてて……

 でも……変わるんだね……?」


「変えるよ」


 ナオキの声は静かだったが、揺るぎなかった。


「布ナプキンは、月の日が“怖いもの”じゃなくなる。

 冷えが減って、動きやすくて、洗っても楽。

 それだけで――どれだけの女性の生活が変わるか」


 リヴもゆっくり頷いた。


「わたしも……すごく実感した。

 “森が遠くなくなる”って……

 月の日のわたしには、すごく大事だった」


 ヴァルターは深く、長く息を吐いた。


「……ナオキ。

 お前の言うことは……

 商売でも慈善でもない。

 “街を救う仕組み”そのものだ」


 ナオキは首を振った。


「そんな大そうなものじゃないです。

 ただ、困っている人をそのままにしたくないだけです」


 リヴがクスッと笑った。


「それを“救う”って言うんだよ」


「褒めてるのか?」


「褒めてるの!」


 ラナも涙を拭きながら笑った。

 セラも泣きながら笑っている。


 ヴァルターは立ち上がり、机越しに右手を差し出した。


「工房は、商会と、お前で作る。

 街の未来のために、共に動こう」


 ナオキも立ち上がり、その手をしっかり握った。


「お願いします。

 ヴァルターさんの力が必要です」


 二人の手が離れた瞬間、空気が大きく変わった。

 それは――ただの事業の始まりではない。

 街の“時代そのもの”の始まりだった。


 セラは涙を拭いながら、胸に手を当てた。


「……ナオキ……

 女が……普通に生きるための場所を……

 こんなにも真剣に考えてくださる人……

 本当に……いなかった……」


 ラナも震える声で続ける。


「……わたし……

 いつか……そんな工房で……

 胸を張って働きたい……!」


 リヴはそっとナオキの手を握り、柔らかく微笑んだ。


「ナオキ……

 これってね……

 “街の未来を作る仕事”だよ」


 ナオキは少し照れながら言った。


「大げさだよ」


「大げさじゃないってば!」


 小さな笑いと涙が混ざる温かな空気が、部屋いっぱいに広がっていった。


 その夜―― 


 街の片隅で、ひっそりと一枚の看板が掲げられた。


  働きたい人へ

  できる形を一緒に探します

  給金、日払い

  読み書きできなくても大丈夫

  子ども連れも預かります

  困っている人、来てください

             工房



 それは立派な材木でも、華やかな書体でもなかった。

 だが、そのぼくとした板切れに書かれた言葉は、

 たった一つの火種として、確かに街の明日を揺らし始めていた。


 誰も知らない場所で、

 静かに、静かに、未来が動き出していた。

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