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32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~  作者: ひろボ


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閑話:工房始動編 街、動く日

 朝の光が街路にまだ触れきらないうち、空気には冬の名残がわずかに混ざっていた。濡れた石畳は薄く白い光を反射し、八百屋の店先では朝露に濡れた野菜が青く香っている。毎日と似た風景のはずなのに、胸の奥が落ち着かない。何かが今日変わる予感が、街中を静かに押し上げていた。


 ナオキはヴァルター商会の前に立ち、昨夜掲げた縫い子募集の看板を見つめていた。木の板に墨で書いた四行の文。字が読める者なら誰でも分かる、短い言葉だった。


「働きたい者へ

 経験はいらない

 昼食つき

 子ども連れでもよい」


 ただの案内だ。けれど、このわずかな文字が街の底を揺り動かすとは、書いた時のナオキは思っていなかった。


 隣でリヴが白い息をふっと吐きながら、看板を見上げる。


「来ますよ。昨日、貼ったとき……あの目でした」


「どんな目?」


「……迷っているのに、どうしても見てしまう目。あれは、来る人の目ですよ」


 リヴの言葉は静かだが、確かな響きがあった。


 そのとき、石畳を踏む小さな足音が近づいてきた。最初の来訪者だった。腰の曲がった老女が、布袋を胸に抱くようにしながら歩いてきた。息は浅く、足取りは遅い。それでも目だけは迷っていなかった。


 続いて、抱いた子どもをなだめながら歩く母親。

 痩せた青年。

 字が読めずに隣の老人に看板を読んでもらっている少女。

 孤児の兄妹らしき二人。

 包帯を巻いた腕を気にする女性。


 ひとり、またひとりと歩いてきたその流れは、やがて街路の先へ消えるほど長くなった。角を曲がり、別の通りに折れ、列はさらに伸びていく。


 百を超えていた。


 ナオキは目を遠くに向けたまま息を呑んだ。


「こんなに……」


 リヴは小さく頷く。


「働きたくても働けない人……この街には、多かったんですよ」


 列の先頭にいた老女が、震えた声で言った。


「ほ、本当に……働かせてもらえるのでしょうか……? こんな年寄りでも……?」


 ナオキはゆっくりと言った。急かさないように、受け止めるように。


「大丈夫ですよ。一緒にできる形を探しましょう」


 その瞬間、老女は口元を押さえて泣き崩れた。続く母親たちも、青年も、少女も、抑えていた涙をこぼした。


 少し離れたところで乾物屋の女将が腕を組みながら呟いた。


「……こんなに泣く人がいたなんてねぇ……」


 向かいの八百屋の青年が野菜箱を抱えたまま言う。


「いや……いたんだよ、ずっと。俺たちが見てなかっただけだ」


 商会の奥で面接が始まった。狭い部屋の中には、泣きながら話す声が満ちていく。


「昨日は……子どもに食べさせるものが少なくて……」

「働き口、何度も断られて……」

「字が読めません……でも……覚えたい……働きたいんです……」


 一つひとつの言葉が、心に直接落ちてくるようだった。

 それは生活の告白であり、生きたいという声だった。


 ナオキは一人ひとりの目を見て、丁寧に返す。


「大丈夫ですよ」

「できます、一緒にゆっくりやっていきましょう」

「無理はしなくていいです」


 その言葉に、泣き崩れる者もいた。

 困窮した日々を過ごしてきた人ほど、優しい声に耐えられない。


 隣でリヴは、胸の奥が強く締めつけられるのを感じていた。


(……この街には、こんなにも支えを求めている人がいたんだ……)

(学べる場所……絶対に作らないと……)


 その想いは、静かに、しかし力強く心に灯っていく。


 面接が続く一方で、街のあちこちでも静かでは済まない波が生まれていた。


 乾物屋の店先では、女将が干し肉の束を両腕に抱えていた。棚に並べ直しながら、ちらりと商会の方を見る。


「昼食つきって書いてあったねぇ。働く人が増えりゃ、あたしらも動かなきゃね」


 そう顔を上げた女将の眉は、心なしか誇らしげだった。


 その隣で香辛料を扱う行商の老人が、小さな袋を手に取りながら唸るように言った。


「工房できるなら、塩も必要だろう。安売りはできんが……今日は少し良いもんを回してやるか」


 老人はいつも吝嗇気味で知られていたが、その顔は僅かに緩んでいた。


 鍛冶屋の奥からは、火が強く上がる音が聞こえる。


「大工が動くなら釘が要る! 急いで打つぞ!」


 鉄を叩く打音が響くたび、工房に必要な物が街のあちこちから呼応して生まれていく。


 街の底が、息を吹き返していた。


 その頃、ギルドではミーナが必死に受付に立っていた。足元にはスライムのゼリー質を詰めた袋が山のように積み上がり、滑りそうになりながらもミーナは帳簿を握りしめている。


「次の方っ……あ、ちょっと待ってください、床が滑りますから!」


 冒険者たちは熱気を帯び、昨日の倍以上のゼリー質を持ってきていた。


「今日の買値、また上がったらしいぞ!」

「商会が本気らしい!」

「街が変わる時は、こういう日だ!」


 グラッドが肩を回しながらミーナに声をかける。


「ミーナ、無理すんな。ちょっと変わってやる」


「だ、大丈夫じゃないですけど……助かります……」


 ギルドマスターも書類を抱えて近づき、短く言う。


「街が動くときはな……ギルドも一緒に揺れるもんだ」


 ミーナは窓の外を見た。遠くの通りに、工房の骨組みがかすかに見える。


(……あそこに、泣いた人たちが集まっていた……)

(誰かの人生が、今日から変わるんだ)


 その想いが胸の奥に静かに沈む。


 そして、工房予定地。


 大工たちの木槌の音が、工房の前の空気を熱く染めていた。棟梁は木材の傾きを見て腕を組み、短く指示を飛ばす。


「もっと左! ここは子どもが通るんだ、角は丸くしろ!」


 若い大工たちは汗を流しながらも、どこか楽しげだった。街のために何かを作る喜びが、表情に溢れていた。


 少し離れた場所では、昨日泣きながら面接に来ていた母親が、娘の手を引いて工房を眺めていた。娘は昼よりも顔色が良く、目の奥に光が戻っている。


「……ここで働けるんだね」

「おかあさん、あそこ……光が入ってるよ」


 母親の声に震えがある。それでも、その震えは不安だけのものではなかった。


 その会話を聞いて、近くにいた大工の青年が照れくさそうに頭を掻いた。


「そ、そうなんですよ。窓、広くしたんです。光が入るように……学びの部屋だって聞いたんで」


 娘が驚いたように目を輝かせる。


「ありがとう……」


「い、いや! 仕事ですから!」


 大工の顔は耳まで赤くなり、同僚たちから小さな笑いが起きた。


 その空気は、工房に自然とあたたかさを染み込ませていた。


 街路の奥からは、乾物屋の女将が壺を抱えて走ってきた。


「はいはい、追加の干し肉だよ! 働き手が増えるなら、腹も減るだろ!」


 八百屋の青年も続く。


「うちの店、今日の売れ行きやばいっす! なんか……街全体が元気で!」


 声が重なり、人が動き、街が呼吸していた。


 ナオキはその渦の中に立ち、今日だけでどれほどの“人生”が動いたのかを思う。胸の奥が温かくなるような、少しじんとするような感覚があった。


(……街が、本当に動いている)


 ふとリヴが寄ってきて、手元の板の高さを測りながら言った。


「ナオキ。ここ、もう少し高くした方が……子どもが本を取る時に安定すると思います」


「うん、リヴが思う高さでいいよ。子どもが安心して触れる場所が一番大事だしね」


 リヴは頷きながら数字を書き留めた。


(……守りたい人が、こんなにいるんだ)

(ここは、息が楽になる場所じゃないといけない)


 その決意は、誰に言うよりも静かに、胸の底で強く灯っていた。


 午後に差し掛かるころ、街の広場のざわめきはさらに大きくなっていた。工房予定地には、つい先ほど面接を終えた人々が、そっと様子を見に戻ってきていた。まだ骨組みだけの建物なのに、その形を確かめるように、まるで“ここから先の自分”を見に来るかのように。


 ひとりの少女が、工房の梁に差し込む陽光を見上げていた。昨日は泣きながら声を震わせていた少女だ。髪は母親に結い直してもらったらしく、かすかに揺れるリボンが光を受けて淡く輝いていた。


「……ここで、本当に字を覚えられるのかな」


 その問いは、誰に向けるでもなく、小さくこぼれたものだった。


 リヴがそっと近づき、少女と同じ高さになるように膝を折った。


「覚えられるよ。ゆっくりでいい。あなたには、その力があるから」


 少女は、少しだけ伏せていた目を上げる。


「……手、震えるかもしれない」


「震える手でも、紙に触れたら大丈夫。書けるから」


 ほんの短いやり取りだったが、少女の頬がふっと緩み、目の奥に薄い光が宿った。母親が袖で涙を拭きながら頭を下げる。


「……ありがとうございます……昨日は、名前を言うだけで泣いて……」


 ナオキは首を振る。


「大丈夫ですよ。泣くのは悪いことじゃないし……ゆっくりでいいんです」


 母親は胸に手を当て、震えながら言う。


「この子……家ではずっと、字を覚えたいって言ってたんです。先生のところに行く子たちがうらやましいって。でも……払えないからって……」


 リヴは柔らかく微笑んだ。


「ここは、お金が理由で閉じる扉じゃないから。ここから、いっしょに始めようね」


 少女はその言葉を聞いた瞬間、小さく息を吸い、ぎゅっと拳を握った。


 その姿を見た近くの大工の青年が、照れくさそうに言う。


「光……よく入るように、窓、広げましたからね。字を書くなら、明るくねぇと」


 少女が驚いたように顔を向けると、青年は耳まで赤くして板を担いでいった。


 工房中に、ほんの少し笑いが広がった。


 そんな空気の中、工房の裏路地から、ごそ……と小さな音がした。


 振り返ると、痩せた少年二人が影に身を寄せていた。兄の方は強がるように腕を組んでいるが、視線は落ち着かず揺れている。弟は兄の袖を握りしめ、足元に視線を落としていた。


 リヴが、驚かせないようにゆっくり近づく。


「来たかったの?」


 兄の肩がびくりと跳ねる。


「……別に。どうせ追い返される」


 ナオキが歩み寄り、できるだけ柔らかい声で言う。


「追い返さないよ。ここは、誰でも来ていい場所だから」


 兄は唇を噛んだまま、俯いた弟の手をぎゅっと握った。


「……働けるわけないだろ。俺たち、どこ行っても……」


 その言葉の続きを、弟が小さく遮るように呟いた。


「……ぼく、行きたい。……行きたいよ」


 その声は弱かったが、しっかりとした芯があった。


 ナオキは弟の目を見る。そして兄の肩にもそっと目を向けた。


「守りたいんだよね。弟のこと」


 兄は目を見開き、息が詰まったように沈黙した。


 リヴが横に並び、静かに言う。


「守りたい人がいるなら、なおさら……ここに来ていいんだよ」


 兄の肩が、ゆっくり上下した。しばらくの沈黙のあと、少年はほんの少しだけ頷き、弟の手を引いて工房に近づいた。


 その小さな背中を見送りながら、リヴは胸に手を当てる。


(……この街では、子どもも戦ってるんだ……)

(なら……わたしが支える場所を作らないと……)


 その想いは痛みでもあり、決意でもあった。


 大工たちはその背中を横目に見ながら、ふっと息を吐く。


「最近のガキは……我慢ばっかりしてるんだな」

「そりゃあ……働けない大人が多い街だしな……」

「でもよ、今日の兄ちゃん……目が変わってたぞ」


 棟梁が木槌を肩に担ぎながら近づき、ナオキに言う。


「お前さん……分かってるか?」


「え?」


「笑わせるのは簡単だ。だがな……今日笑ったやつを、明日も笑わせるのは……もっと難しい」


 ナオキは言葉を飲む。


 棟梁は木材を見上げながら静かに続ける。


「今日ここに来たやつは、明日も来るつもりでいる。泣いてた女も、震えてた男も、あのガキも……ここに来れば何とかなるって、お前さんの看板見て思っちまったんだ」


 棟梁の声はぶっきらぼうなのに、どこか優しかった。


「背負ったもんは、簡単に降ろすなよ。街が上を向いた日は、そう毎日は来ねぇんだから」


 ナオキは息を吸い、ゆっくり吐く。


「……うん。分かってる」


 その横でリヴが小さく言った。


「ナオキだけじゃありません。わたしも……背負います」


 棟梁は鼻を鳴らし、頬を掻いた。


「ったく……頼もしい連中ばっかりだな。こりゃ、街は大丈夫だわ」


 柔らかい笑いが工房に広がった。


 木の香り、夕刻の柔らかい風、街を行き交う人々の声。

 工房には、まだ壁も屋根もないのに、確かに“場所”としての温度があった。


 板を運ぶ足音、子どもの笑い声、乾物屋の女将の呼びかけ、大工たちの息遣い。

 それらすべてが、工房の梁に静かに染み込み、未来を形作っていく。


 午後の陽が傾き始めると、街の音はさらに柔らかく混ざり合っていった。工房の梁を照らしていた光は、日が沈みかけるにつれて金色から橙へと変わり、木材の影がゆっくりと長く伸びていく。


 しばらくして、商会の奥の扉が開き、ヴァルターが姿を見せた。昼から走り回っていたのだろう、額にはまだ汗が残り、手には何枚もの図面が握られていた。


「ナオキ、リヴ。今日……お前ら、よくやったな」


 ナオキは苦笑する。


「いや、俺はただ看板出しただけだよ」


「看板出すやつが一番難しいんだよ」


 ヴァルターは鼻で笑ったが、目にはその笑いと違うものが滲んでいた。今日列に並んだ人たちの涙が、ずっと胸に残っているのだろう。


 大工の棟梁が近づいてきて、ヴァルターの肩を軽く叩く。


「商会も本気だな、今日は。ここまで街が騒ぐの、俺は初めて見たぞ」


「そりゃあな……街の半分が動く日なんて、そうは来ねぇよ」


 ヴァルターはふっと息を吐く。昼間何気なく言った言葉を思い返したのか、少し照れたように眉を寄せた。


「……いや。“半分”じゃねぇな。もっとだ」


 ナオキが静かに言う。


「ヴァルターも……感じた?」


「ああ。あいつらの顔を見れば分かる。今日、何が変わったか」


 ヴァルターは図面を見下ろし、深く息を吸った。


「……街がようやく動き始めた。ここで手ぇ離すような真似、俺にはできん」


 その声は低く、迷いはなかった。


 リヴは小さく微笑む。


「商会が動いてくれるのは……心強いです。街も、わたしたちも」


「当たり前だろ。やると決めたんだ。やりきるさ」


 そのやり取りを見ていた大工たちが、少し離れたところで笑っていた。


「商会主も、案外熱いな」

「見てみろよ、あの目。あれは街の未来が見えてる目だ」


 木槌が置かれ、作業がひと段落し、工房の中に静かな余韻が流れ込んだ。


 そのころ、街の反対側では、ギルドの灯りがまだ消えずに揺れていた。スライムのゼリー質が詰まった袋は床の端まで山のように積まれ、ミーナは机にもたれかかりながら小さく息を吐いた。


「少し……落ち着いてきた……」


 グラッドが机に片腕を置き、笑う。


「よく頑張ったな、ミーナ。街が動くってのは……こういうことだ」


 ギルドマスターも帳簿を閉じながら言った。


「今日の動きは異常だ。しかし……悪い異常ではない。街が変わる時は、混乱もあるものだ」


 ミーナは窓の外に目を向ける。遠くの工房の骨組みが薄暗がりの中に見えていた。昼間見たあの光景──涙の列、震える声、そして笑顔。

 そのすべてが、思い返すたびに胸を温かくしていく。


(……あの工房、本当に……誰かを救うんだ……)


 胸の奥に広がるざわめきは、不安ではなく、まるで希望の形をした鼓動だった。


 ギルドの扉から吹き込む風が、ミーナの髪を揺らす。

 木槌の音、街の笑い声、工房の熱──それが風に乗って届くようだった。


 夜が深まり始める頃、工房では大工たちが道具を片付け、次々と帰路につき始めていた。梁と柱だけの空間に、夜の気配が静かに満ちていく。街路には家々の窓から灯りがこぼれ、人々の会話が風に混ざって聞こえてくる。


 ナオキとリヴは、工房の真ん中に立っていた。


 夜になりかけの空気は透明で、木材に残った昼の熱がほんのりと指先に伝わってくる。二人の影が柱に沿って揺れていた。


「……すごい一日だったね」


 ナオキが呟くと、リヴもゆっくり空を見上げた。


「はい。街の人たちが……今日、本当に変わり始めました」


「リヴは、どう思った?」


 リヴは胸の前で指を軽く重ね、言葉を探すように少し黙った。


「泣いていた人たちの顔が……胸に残っています。全部、苦しかった。でも……全部、あたたかかった」


「痛くて、あたたかい……か」


「はい。苦しさの中に……“生きたい”って声がありました」


 ナオキはその言葉を飲み込むように息を吸った。


「……責任、重いね」


 リヴはすぐに首を振る。


「分け合えば、大丈夫です」


 ナオキは思わず目を丸くする。


「え?」


「背負うのはひとりじゃなくていいんです。ナオキとわたしと、今日来た人たちと……街全体で背負えば、重さは全然違います」


 夜風が工房の隙間を抜け、柔らかい木の匂いが二人の髪に触れた。


 ナオキは肩の力がゆっくり抜けていくのを感じた。


「……ありがとう。なんだか軽くなったよ」


「軽くなっていいんです。今日だけでも、十分重かったんですから」


 リヴの声は静かで、深く優しかった。

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