閑話:ギルド受付嬢ミーナと“謎のスライム依頼騒動”
◆ 冒険者ギルドの日常が破られた日
昼前の冒険者ギルドは、今日も安定のカオスだった。
「てめぇのせいで依頼失敗したんだろ!」
「いやお前が酒飲んで寝坊したからだろ!」
殴り合いが始まり、受付嬢が叫ぶ。
「ギルド内での喧嘩は禁止ですっ!!」
(……はぁ……今日も平和……)
受付嬢ミーナは、胸に手を当てて溜息をついた。
栗色の髪、ふわっとした雰囲気、
ついでにちょっと背が低くて、冒険者たちからは
“ギルドの灯り”
なんて呼ばれている。
本人は恥ずかしくて仕方がないけど。
だが、その“灯り”が――
今日は大嵐の前触れを照らすことになる。
◆ 掲示板がざわついた瞬間
ミーナが新しい依頼票を貼った瞬間、空気が変わった。
【採取依頼:スライム核および残留ゼリー質の回収】
※焼却禁止
※密封して持ち帰ること
依頼主:ヴァルター商会
報酬:銀貨3枚
「………………は?」
「スライムの……残り?」
「核はまだ分かるが、ゼリーはゴミの塊だろ!」
「なんで銀貨3枚!? アホか!!」
「ちょ、おいミーナ! 本物かこれ!」
「は、はいっ……!」
掲示板の前に、ワラワラと人が群がる。
スライム素材はほぼ価値ゼロ。
通常なら銅貨1〜2枚。
その“ゴミ同然”の素材を――
高額で買い取る。
街の冒険者全員の脳がフリーズした。
◆ 受付嬢ミーナ、大混乱に巻き込まれる
「ミーナちゃん! 用途はなんだ!?」
「どこの薬師の悪ふざけだよ!」
「商会は何考えてるんだ!?」
「もしかして……食うのか?」
「スライム鍋はやめろ!!」
ミーナは涙目で両手を振る。
「ち、違います!
用途は……商会が“秘匿”って……!」
「秘匿だと!?」
「商会が!?」
「え、怖……」
ミーナは封筒を抱きしめるように持ちながら、
「ゆ、用途は……ギルドにも伝えられてないんです……
“依頼内容だけ掲示しろ”って……」
冒険者たちは一斉に顔を見合わせた。
「……ガチじゃん」
「秘匿で依頼出すって、商会も本気だな」
「何か始まるのか……?」
ミーナ自身も胸がざわついた。
(用途を隠すなんて……
ヴァルター商会が“本気で動いてる”時のやつ……)
◆ ヴァルター商会の使者、降臨
ギルドの扉が開き、冷たい風が吹き込んだ。
濃紺の外套に、品のある足取り。
ヴァルター商会の使者だ。
ミーナは思わず姿勢を正した。
「こ、こちらへどうぞ……!」
使者は淡々と追加書類を出す。
「質より量だ。できる限り集めてほしい。
核は割って構わない。ゼリーは必ず密封袋へ。
以上だ」
「用途は!? 商会は何に使うんですか!」
冒険者たちが一歩前に出る。
使者は一瞥した。
その目は“記録する価値もない”とでも言いたげに冷静だ。
「用途を知るのは商会だけでいい。
ギルドも冒険者も関係ない」
「…………」
そのまま踵を返し、無言で去った。
ざわあああああっ――
ギルドが揺れた。
◆ 片耳のベテラン・グラッドの分析が深すぎる
「……おもしれぇことになってきたな」
人混みをかき分けて現れたのは、
片耳のベテラン冒険者・グラッド。
「グラッドさん……! これ何なんですか!」
「用途非公開で、報酬が跳ね上がる。
つまり――」
グラッドは依頼票を指で弾いた。
「商会が“儲けの核心”を隠してるってこった」
「な、なんだってー!!」
「その核心、多分、とんでもねぇ儲けだ」
「スライムで!?」
「この街、終わった……」
「いや、終わるんじゃなくて動くぞ」
「え、何が!?」
「知らん」
「知ってねぇのかよ!!」
ギルドに笑いが起こるが――
誰もこの依頼の重さを理解していない。
◆ ギルドマスター、読むだけで空気が変わる
「お前ら、騒ぐなっ! ミーナが困ってるだろう!」
奥からギルドマスターが出てきた。
白髪混じりの大柄な男で、顔の傷が歴戦を物語る。
「マスター! これ見てください!」
ミーナが依頼票を差し出す。
マスターは目を細め、短くうなった。
「……ヴァルター商会が“秘匿”とは……
街がひっくり返る前触れじゃな」
「ひっくり返る!?」
「スライムで!?」
「何が起こるんだよ……」
マスターは、しずかに言った。
「商会長には娘がいるからな。
あの男が本気で動くのは、“街の庶民が得をする時”だ」
「え、意外に優しい……?」
「そんな話初めて聞いたぞ!」
「知らんけどな」
「またそれかよ!」
混乱の中、依頼は瞬く間に埋まっていった。
◆ 森へ向かう冒険者たち
「おい新米、袋忘れるなよ!」
「スライムのゼリー素手で触るなよ!」
「うわぁ……今日のギルド、スライム臭がする……」
「それお前の装備が臭いだけだろ」
「ひどい!!」
そんな騒がしい中、
グラッドは若手2人を連れて森へ向かっていた。
「グラッドさん、本当に用途知らないんです?」
「知らん。が――」
グラッドは森の入口で立ち止まった。
「商会が隠す時ってのは、“街が変わる時”だ」
「街が……?」
「庶民向けの生活用品か……
病気を減らすための何かか……
女が笑えるようになる道具か……」
「え、そんなの分かるんですか?」
「商会長には娘がいるからな」
「……なんか説得力ある!」
「知らんけどな」
「やっぱ知らんのかい!!」
◆ 森の湿気とスライムの影
森に入ると、じめっとした空気が全身を包む。
「スライム出るかなぁ……」
「出るに決まってんだろ。ほら、足元を見ろ」
べちゃ。
「ぎゃああぁぁ!!? 足踏んだ!?」
「スライムは踏むな! 臭いんだよ!」
足元の青いゼリーが揺れる。
「核が奥にあるやつだな。ほら、外殻揺らすぞ」
グラッドが大剣で風だけ起こし、外殻を震わせる。
ぽとり。
小さな透明の核が落ちた。
「新米、割れ!」
「はいっ!」
ぱきん。
スライムの体が一気に力を失い、地面に広がる。
「袋、袋! ゼリー全部いれろ!」
「くっさ!!」
「我慢しろ。銀貨3枚だぞ」
◆ 森の奥――スライム多すぎ事件
「グラッドさん……なんか音が……」
「いるな。五体……いや六体か」
「群れ!? スライムって群れるの!?」
「普段は群れねぇけど……誰かが刺激したんだろ」
「だ、誰が……?」
「お前だよ新米」
「俺かよぉぉ!!?」
ずるんっ、と6体の青スライムが迫る。
「焼却禁止だからな! 核だけ狙え!」
「無茶言わないで!!」
「いくぞ、若造ども!!」
グラッドが地面を蹴る。
大剣で広範囲に風を巻き上げ――
スライムの外殻だけを切り裂く。
「核、落ちた! 今だ!」
若者が核を叩き割る。
別の若者がゼリーを袋に詰める。
「これ……こんなに大量……?」
「街が変わる量かもしれんな」
「街が変わるゼリーって何!?」
「知らん」
「やっぱ知らんのかーーーー!!」
◆ 帰り道~グラッドの“核心に触れそうで触れない”話
森を抜け、帰り道。
「でもグラッドさん……
スライムで街が変わるって、どういう意味なんです?」
「商会長の娘は、女の不便をよく話すらしい。
洗濯、寒さ、怪我、衛生、いろいろだ」
「へぇ……」
「街の女が得する道具が出る時、
あの男は静かに動くんだよ」
「もしかして、それに関係ある……?」
「知らん」
「うわああああ!!」
「だが、用途を隠すってことは……
“独占すると決めた商売”なんだろう」
「やっぱりでかい話なんだ……」
「お前らのゼリーで、街の歴史が変わるかもしれんな」
「スライムで!?」
「スライムで」
◆ ギルド帰還・ミーナ、頬を赤くする
「おかえりなさい! 怪我はありませんか?」
ミーナが袋を受け取り、
鼻先をひくひくさせて――
「す、すごい量……そしてすごい匂い……!」
「だろ? 俺たち頑張ったんだぞ」
「本当に……ありがとうございます……!」
ミーナはぺこりと頭を下げた。
「あの……この素材……
街の“重要案件”に使われるそうです」
「重要案件!?」
「そんな大事なの……?」
「わたしたち受付にも用途は隠されていますが……」
ミーナは少しだけ笑った。
「……街の女の子たちが笑う未来につながるといいですね」
若者の胸が、ズキュンと音を立てた。
「ミーナちゃん……(天使か……)」
「えっ!? 何か言いました!?」
「いえなにも!!」
◆ ギルドマスターの静かな言葉
山のように積まれたスライム袋を見ながら、
ギルドマスターがぽつりと呟く。
「……街が、良くなる」
「マスター、そんなに確信あるの?」
「あるとも。
ヴァルター商会はな……
“庶民が救われる時だけ”静かに動くんだ」
「へぇ……」
「知らんけどな」
「またそれーーー!!」
◆ 商会使者・二度目の来訪
夕刻。
ギルドの扉がまた音を立てて開いた。
今朝と同じ、濃紺の外套の商会使者が現れた。
「――依頼の進捗を確認に来た」
その声だけで、ギルド内が静まる。
冒険者の喧騒が一瞬止まるほどの“圧”。
「ひっ……来た……」
「またあの怖い人……」
「沈黙の化身……」
ミーナは慌ててデスクから立ち上がる。
「こ、こちらにスライム素材は全てまとめています!」
使者は頷き、袋山をざっと数え、
まるで“在庫棚をチェックする店員”のように淡々と手帳に書き込む。
「……十分だ。
街の者たちもよく働いてくれた」
その短い言葉に、若手がざわつく。
「褒め……たよな、今の……?」
「商会が褒めた!? あれが!? あの無表情が!?」
ミーナだけが小さく笑った。
(やっぱり……裏で何か大きな計画が動いてるんだ……)
◆14 使者からの“追加依頼”
「ギルドマスターはいるか」
「ここだ」
マスターが奥から出てくる。
使者は封筒を一つ渡した。
「――追加依頼だ。
スライム素材の“継続回収”。
当分、この街で最優先の依頼にしてくれ」
「最優先……?」
「理由は言えん。
だがこの依頼は“街の未来”に関わる」
若者たちが息を呑んだ。
ミーナも胸が高鳴る。
(街の未来……
やっぱり……そんな大事な計画なんだ)
マスターは封筒を重く受け取り、短く頷く。
「分かった。ギルドとして全面協力しよう」
「助かる」
使者はそれだけ言い残し、また静かに帰っていった。
◆15 残されたギルド
「街の未来って何だよ!?」
「スライムで!? スライムで未来が!?」
「明日から俺たち、“未来の材料集めてくるわ”って言えるの……?」
「ちょっとカッコいいな……」
冒険者たちの騒ぎに、
ミーナはやわらかく、でも真剣な声で言った。
「……きっと、いいことですよ」
冒険者全員がミーナの方を見る。
「まあ、ミーナちゃんが言うなら……」
「それなら……いい、のかな……」
「癒やされるぅ……」
マスターが咳払いする。
「落ち着け。
この依頼は……おそらく“生活の底”に関わる案件だ」
「底……?」
「女の生活とか、子どもの腹とか……
そういうところを変える計画じゃ」
「なんで分かるんですか?」
「商会長には娘がいるからな」
「説得力あるな!?」
「知らんけどな」
「結局言うんかい!!」
◆16 ギルド受付嬢ミーナ、ひとり考える
騒ぎがひと段落したころ。
ミーナは受付のカウンターで、
今日集まったスライム袋を見つめていた。
(……スライムのゼリーなんて、誰も欲しがらなかったのに。
どうして急に……?
それもヴァルター商会が……用途も隠したままで……)
(何のためなんだろう……)
ミーナは、ギルドの窓口に立つたび見てきた“街の現実”を思い返した。
(……薬にするには聞いたことがないし……
食べ物でもないし……
戦いにも使えないし……
商会がこんなに大量に欲しがる理由って……何?)
胸の奥に、小さな不安と、説明のつかない期待が同時に浮かぶ。
(……分からないけど……
あの商会が本気で動いてるなら……
ただの悪い話じゃない……はず……)
けれど――
“誰かを助けるためのもの”かどうかなんて、ミーナには分からない。
(……ただ、こういう“静かな動き”のあとには……
決まって、“何か”が起こるのよね……)
ミーナは依頼票を見つめながら、ひとりごちた。
(本当に……何が始まるんだろう……)
◆ グラッドたちPT、もう一度依頼票を見る
冒険者席では、グラッドが依頼票を手にしていた。
「……スライム核およびゼリー質の回収。
焼却禁止。密封必須。
用途不明。報酬高額。依頼主はヴァルター商会」
「やっぱり……何度読んでも怪しいっすね」
「絶対ヤバいってこれ……」
「ヤバいのは、お前らの想像力だ」
「グラッドさんはどう思うんです?」
「……女が得するものだろ」
「えっ、なんで分かるんです?」
「商会長には娘がいるからな」
「またそれですか!」
「知らんけどな」
「結局知らねぇのかよ!!」
ギルド中に笑いが起こる。
◆ ギルドマスターの“静かな確信”
マスターは受付に立つミーナに声をかけた。
「ミーナ、今日も大変だったな」
「いえ……でも……
なんだか、不思議と嫌な感じはしません」
「そうだろうな」
マスターは山積みのゼリー袋を見つめて言った。
「街はな……
庶民の生活が変わる時、
必ずどこかがざわつき始める」
「ざわつき……?」
「そうだ。
石けんが広まった時も、
読み書き教室が始まった時も、
女の働き口ができた時も……
最初は“何が起きるんだ”って騒ぎになった」
「……じゃあ……今回も……?」
「街が変わる前触れだ」
ミーナはその言葉に、はっと息を呑んだ。
◆ そして――街の端で、歴史は動き始める
荷馬車がギルド前に停まり、
ヴァルター商会の職員たちがゼリー袋を引き取っていく。
「あれ全部……何になるんだろうな」
「商会しか知らねぇんだろ、あんなの……」
夕陽を受けて輝く荷馬車の列。
その中には――
街の未来を変える“原材料”が積まれていることを、
誰もまだ知らない。
「ミーナちゃん。明日も出るんだろ?」
「はい。……しばらく続くそうです」
「よし、明日も稼ぐぞお前らァ!」
「おおおおお!」
ギルドは活気に満ちていた。
その中心で、ミーナはそっと呟いた。
「……どうか、この街が少しでも良くなりますように」
静かで、けれど確かな祈りだった。
◆ ミーナの微笑みは街の希望
ギルドの外で風が吹き、
どこか遠くから子どもたちの笑い声が聞こえてくる。
ミーナは受付の窓からそっと空を見上げた。
(スライムの素材で街が変わるなんて……
ちょっと信じられないけど……)
(でも、変わるなら――
そのきっかけに、ギルドも関われているなら……)
ミーナは小さく、胸に手を当てた。
「……なんだか、嬉しいです」
その笑顔はほんのり赤く、
夕暮れの光に照らされて――
それは確かに“街の明日”の色だった。




