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『32型テレビが繋g...(略)~手取り15万、現代物資(10秒制限)で成り上がる~』  作者: ひろボ


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第1話:ポータルと10秒のギロチン

「……手取り、15万4千円」


 薄暗い6畳ワンルーム。柏木直輝かしわぎ なおき、26歳は、安っぽい折り畳みテーブルの上で給与明細を睨みつけ、深いため息をついた。


「……あと一万あればな」


(学費、来月の家賃、それと奨学金の返済……今月も、ほぼゼロか)


 ナオキは看護師になるために勉強中の看護学生。今の介護の仕事も、そのためのステップであり、実務経験でもある。だが、現実は厳しい。


 現在の総資産、21万3千円。


 これがナオキの「全財産」であり、来たるべき学費の支払いで消し飛ぶ予定の、命金だった。


「……メシ」


 思考を振り払うように立ち上がる。


 キッチンと呼ぶのもおこがましい流し台の下から、業務スーパーで買った冷凍チャーハンの大袋を取り出す。適量を皿にあけ、ラップをかけて電子レンジに突っ込んだ。


(飯食って寝るだけの毎日か……)


 チーン、という間の抜けた音が鳴るまでの数分間が、彼の一日で唯一「無」になれる時間だった。


 その、至福の時間を妨げる異変が起きたのは、本当に突然のことだった。


 ブツンッ――


「あ?」


 部屋の主である32型液晶テレビが、唐突に沈黙した。先月、リサイクルショップで1万円で買った中古品だ。


 リモコンの電源ボタンを連打する。反応はない。


 壁のコンセントを抜き差しし、アンテナ端子をグリグリと押し込む。もう一度、電源を入れる。


 ザーーーーーッ……


 今度は画面が点灯した。だが、映ったのは懐かしい「砂嵐」だった。


 いや、違う。


「……ん?」


 ナオキは眉をひそめ、テレビに顔を近づけた。ノイズが動いていない。まるで静止画だ。


 液晶画面を至近距離で凝視し、ナオキは息を呑んだ。


「これ……木目、だ」


 白黒のノイズではない。茶色と焦げ茶色の、ザラついた樹皮の表面。まるで、放送局が延々と木の幹のドアップ映像を流しているかのようだ。


「なんだこれ、ドッキリか?」


 ナオキは無意識に後ろに下がる。チャーハンの皿を置く手も、微かに震えていた。


 好奇心と恐怖の間で揺れながら、彼はテレビの異変に指を伸ばす。


 ひんやりとした、硬いガラスの感触が――ない。


「え?」


 指が、画面に触れる寸前で、スポンと消えた。いや、テレビの「中」に、入った。


「うわっ!?!?」


 悲鳴を上げ、反射的に腕を引き抜く。


 腕は、ある。切断もされていない。


 ナオキは息を整え、理性を総動員した。


 理屈では説明できない。だが、確認せずにはいられない。


「……うそ、だろ」


 ゴクリと唾を飲む。ラノベや漫画で何度も目にした「お約束」。


 これが、アレか。


「……異世界への穴……ポータル……?」


 ナオキはすぐに、この「穴」のルールを試し始めた。


 まず、部屋の隅に立てかけてあった折り畳みテーブル(畳んだ状態でも縦横90cm×60cmはある)を試す。


「……っ!」


 画面に押し当てるが、テーブルの「面」がテレビの「枠」にガツンとぶつかるだけだ。まるで、ただの硬い壁を押しているようだ。


「……なるほど。吸い込まれたりはしない、か」


 ナオキは理解した。これは「穴」だが、その入り口は物理的に「32型(約70cm x 40cm)」の大きさに固定されている。この枠よりデカいものは、そもそも「入る」ことすらできない。


(じゃあ、枠より長いものはどうだ?)


 彼は玄関から護身用の金属バット(長さ75cm)を持ってきた。画面の枠(横幅70cm)に当ててみる。


 バットの先端から画面の隅に差し込んだ。


 ズブッ


 抵抗はない。バットが画面に飲み込まれていく。


 ナオキはバットを半分ほど差し込んだところで、一度引き抜いた。先端からは、湿った土とカビのような匂いが漂ってきた。


「……異世界、確定、か」


 ナオキは、さっきまで自分が座っていたテーブルと、給与明細、そして通帳を見た。


「手取り15万、貯金20万。日々はぎりぎりだ。


「……行くしか、ねぇよな」


 金属バットを握り、ナオキは画面に突っ込む。狭く、土と樹液の匂いが混じる空間。体勢を崩し、床に転がる。


 暗く、狭く、カビ臭い場所だった。手足が伸ばせない。土と樹液の匂いが混じり合った濃密な空気が肺を満たす。


「げほっ、ごほっ……狭っ!」


 体勢を崩し、ナオキは固い床に転がった。


 振り返ると、今くぐり抜けてきた場所が、ぼんやりと光っていた。長方形の、まさに「32型のテレビ画面」の大きさの光の窓。


 そしてその窓の向こうには、見慣れた自分の6畳ワンルームが、まるでドキュメンタリー番組のように映し出されていた。


「……帰れる」


 それが分かっただけで、心臓が安堵に満たされた。


 だが安心はできない。森側の出口は完全な闇。獣や得体の知れない物音が潜んでいる。


 まずは安全確認。押入れからLED懐中電灯を取り出し、穴の中を照らす、大きな木の内部のようだ。


「木のウロ?」


 内部を照らす。4畳ほどの広さ、天井は低いが床は平ら。出口付近に獣の足跡も糞もなし。


 ナオキは、アパートとは反対側にある、もう一つの「出口」――森へと続く暗い穴――を睨みつけた。あちら側は完全な闇だ。獣のうなり声や、得体の知れない物音がいつ飛び出してきてもおかしくない。


 ナオキは息を殺し、金属バットを握りしめ、その「出口」を警戒した。


「……暗すぎる」


 この4畳間ほどのウロが安全な拠点になるかどうかは、あの「森側の出口」次第だ。ナオキはひとまず、『32型』を通ってアパート側へ慎重に戻った。


「まずは光だ」


 彼は押入れから、災害用に買ってあった強力なLED懐中電灯(電池式)を掴むと、再びウロへ戻った。


 懐中電灯のスイッチを入れる。パッ!白い光が、ウロの内部を照らし出した。


 4畳間ほどの広さ。天井は低いが、床は平らだ。ナオキは光を、警戒していた「森側の出口」に向ける。


(……何も、いない)


 出口の周囲には、獣の糞や足跡らしきものはない。ナオキは慎重にそこまで這っていき、懐中電灯の光だけを外に向けた。


「うわ……」


 視界に広がるのは広大な森。天を突く木々が鬱蒼と茂り、月明かりは届かない。懐中電灯の光だけが頼りだ。


「……夜の森に飛び込むのは、自殺行為だ」


 ナオキは、ひとまずこのウロは安全だと判断した。そこで、彼は閃く。


「そうだ、電力……!」


 アパート側に戻ったナオキは、これ以上ない「文明の利器」に目をつけた。壁のコンセントだ。


「これさえあれば、電気毛布も、ライトも使い放題だ」


 彼は押入れから延長コード(長さ5メートル)を引っ張り出す。まず、アパートの壁のコンセントに延長コードのプラグを差し込んだ。


 次に、コードのタップ(差込口が複数ある側)を掴み、意気揚々と『32ポータル』に腕ごと突き刺した。


 ウロの中に腕が出る。手にはタップ。


 アパート側からは、ウネウネと黒いコードがテレビ画面に吸い込まれていく。ナオキは、あらかじめ持ち込んでおいたLEDデスクライトを、そのタップに差し込んだ。


(カチッ)


 ウロの中が、文明の光で白く照らされる。


「うおっ!点いた!最高だ!異世界で電気使い放題じゃん!」


 勝利を確信し、ナオキがガッツポーズをした。



「ん?」


 ぼんやりと光のポータルとして見えていたテレビ画面が、突如として激しく明滅を始めた。『ザーッ』という不快なノイズ音と共に、空間が不安定に揺らぐ。


 ――10秒経過――


 ブツンッ!!!


「うわっ、なんだ!?ショートか!?」


 ナオキが慌ててタップからデスクライトを抜こうとした、その瞬間。




 世界から音が消えた。


 ウロの中は再び完全な闇に包まれる(懐中電灯は床に置いていた)。ナオキが手に持っていた延長コードのタップ側は、まるで高熱の刃物で切断されたかのように、滑らかな断面を残して床に落ちた。


「……は?」


 ナオキは背筋が凍るのを感じた。


 恐る恐る、まだ『32型』に半分残っていた腕を、完全にウロ側(異世界)へ引き抜く。


 ポータル(テレビ画面)は、明滅を終え、再び静かな「木目」の映像(ウロの内部)を映し出していた。


 アパート側では、バチン!と音がしてブレーカーが落ちた。テレビの前に転がっている延長コードの残骸からは、チリチリと焦げた匂いが漂っている。


「……あぶな」


 ナオキは自分の体を抱きしめた。


 さっき、金属バットを半分入れて引き戻した時。もしあのまま10秒放置していたら、バットは切断されていた。


 そして、自分がここに来るとき。もし、怖気づいて……画面の途中で10秒ためらってたら……?


「……ギロチン、じゃねえか」


 考えるだけで、全身の血の気が引いた。この『32型』は、便利な「扉」であると同時に、10秒きっかりで作動する「処刑台」でもあるのだ。


「電力の『継続供給』は、ダメ」


「物体をポータルに『またがらせる』のは、10秒が限界」


 ナオキは、ノートに気づいたルールを書き出していた。延長コード作戦の失敗は痛いが、命があっただけ儲けものだ。


「なら、『独立した電源』を持ち込むしかない」


 彼はクローゼットから、昔登山用に買ったきり使っていなかった60リットルの大型バックパックを引っ張り出した。中身が詰まってなければただの布だ。押し込めば通る。


 彼はまず、空のバックパックを丸めて画面に押し込み、10秒以内にウロ側へ投げ込んだ。一度アパートに戻り、次に運ぶ物資を厳選する。


「最優先は、光。それと、拠点化だ」


 必要物資をバックパックに詰め、10秒ルールでウロに運び込む。重量は重いが、工夫してクリア。


 パンパンに膨れ上がったバックパック。重さは15キロを超えている。これを背負って10秒以内に窓を抜けるのは、ナオキの筋力では不可能だ。


「なら、こうだ」


 ナオキはバックパックを『32型』の前に置き、深呼吸する。一度画面に触れ、その重いバックパックを両手で抱え、ウロ側に向かって全力で「放り投げた」。


 バックパックは画面を通過し、ウロの中にドサリと落ちる。――10秒以内、クリア。


「よし。次は俺」


 身軽な体で、再び『32型』を飛び越えた。


 ナオキはまず、ウロの「森側の出口」に目をやった。外はまだ真っ暗だ。彼はブルーシートを使い、森側の出口に簡易的な「目隠し」のカーテンを取り付けた。これで、ウロの光が外に漏れるのを防ぎ、同時に外からの視線を遮断できる。


 4畳間のウロに、ランタンの光が灯る。床にはブルーシートが敷かれ、その上には地球から運ばれた物資が並べられていく。ナオキはアパートから持ち込んだ折り畳みベッドを組み立て、寝袋を広げた。


 異世界での秘密拠点の完成だった。

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