6.お父さんが亡くなった夜
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それから数日間、エマは体調を崩し、学校もすべての習い事も休んで、部屋に引きこもっていました。
もう、お父さんはどこにもいません。
お母さんのお墓の隣に埋葬され、お葬式も何もかもが、あっという間に過ぎてしまったのです。
広い屋敷には、エマと数人の召使だけ。ミザリーも、お父さんが亡くなった夜から、心労で入院していました。
代わりにお父さんの秘書兼、顧問弁護士だったブラッドが、すべてを済ませてくれました。
エマはひとりきりの部屋でも涙を見せず、一日中ぼんやりしていました。
お父さんがいなくなった事で、住み慣れた屋敷が急に寂しくなり、途方もなく広くなってしまった気がしていました。
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お父さんが亡くなった日は、朝からずっと小雨が降っていて、夜になっても空は厚い雲で覆われていました。
お父さんとミザリーは夜遅く、芝居を観て劇場を後にすると、行きつけの店にワインを飲みに入りました。
ほろ酔い加減で店を出た二人は、屋敷に帰るため暗い路地を歩いていたのです。
そこでお父さんは誰かに刺され、そのまま息をひきとったのです。
ミザリーは警察に助けを求めました。
けれども警察は、何が起きたのかという大まかなことさえ聞き出すのに苦労しました。
そのときの彼女は、ひどく取り乱しているように見えたのだといいます。
『突然あらわれて、ナイフで刺した』
『刺したあと、あっという間に逃げていった』
『犯人は、一人の男だった』
警察が聞き出せたのは、それだけでした。
どんな顔をしていたのかも分からず、それ以上のことは何ひとつ明らかにならなかったのです。
その夜は月も星もなく、路地は闇に包まれていました。
たとえミザリーでなかったとしても、あの暗さでは、顔までは見分けられなかったでしょう。
結局、事件を見た人はひとりもおらず、警察も他に手がかりを得ることはできませんでした。
しかも財布も、高価な懐中時計も残されたまま。
そこで街の人々は、ひそひそとささやきあったのです。
『きっと金持ちだったから、誰かに恨まれていたのだろう……』




