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3.チビッ子画家

                  ※ ※ ※ 


エマはたくさん絵を描いたので、メキメキと上達しました。あまりにも上手になりましたので、お父さんは、自分と一緒のときでなくても習えるよう、エマに専属の先生を付けてくれました。

それからは色々なコンテストに出品して、何度も賞を取りました。

七歳のときには、大人も出す街のコンテストに優勝し、ちょっとした有名人になりました。


「チビッ子画家の誕生だ!」


街の人たちに持てはやされて、エマはほんの少し得意になっていました。

ちょうどその頃でした――屋敷に、新しいお母さんがやってきたのは。



新しいお母さんは、突然やってきました。


エマが七歳になってすぐ、絵のコンテストで優勝してから、まだ十日も経っていませんでした。

朝から出かけていたお父さんが突然、もう日が沈むという頃に、二十歳くらいの若い綺麗な女の人を連れて帰ってきたのです。


屋敷じゅうがざわつきました。召使いたちでさえ、何も知らされていなかったのです。

皆は顔を見合わせ、こそこそと囁き合いました。


『あの人、どこから連れてきたの?』

『名前がミザリー、とだけしか聞いていないんだけど……』

『旦那様のお知り合いに、あんな方がいるなんて聞いたことないわ』


誰一人として、はっきりとしたことを伝えられていなかったのです。


玄関まで迎えに出たエマも、もちろん驚いてお父さんを見ました。


「エマ、こちらはミザリー、新しいお母さんだよ」


お父さんはとても嬉しそうに言うと、新しいお母さんの肩を抱き寄せました。


「エマちゃん、私のこと『お母さん』って呼んでちょうだい。これからは、私が『お母さん』よ!」


ミザリーは、とても華やいだ声をしていました。

着ている服や飾りは、いかにも裕福な人のように見えます。


けれども、


『お父さんのお友だちやお客さんなら、だいたい誰なのか知っているのに……。こんな人、知らない……』


どこか、馴染みのない匂いがしていたのです。


エマの心に、小さくない不安の種が埋め込まれた瞬間でした。



次の日の朝にはもう、屋敷じゅうに掛けられていたお母さんの絵は、一つ残らず取り外されていました。

エマの部屋に飾ってあった絵まで外されたのです。

エマに残ったのは、お母さんの形見のロケットと、そこに収められたお母さんの小さな肖像画だけでした。


エマは、お父さんの言いつけで、ミザリーを『お母さん』と呼ぶようになりました。

もちろん、嫌でたまりませんでしたけれど……。

お母さんは、エマにとって、もっとも大切な存在なのですから。


――でも、しかたがありませんでした。


エマに出来ることはといえば、なるべく『お母さん』と呼ばないで済むような話し方をすること――心の中では『ミザリー』と呼ぶことだけでした。


お父さんは、まるで別人のように変わってしまいました。

仕事がどんなに忙しくても、いつも必ず夕食だけは一緒に食べてくれていましたのに、食堂にも姿を見せなくなりました。

毎晩、必ず出かけるようになったからです。

ミザリーと連れだって、夜通し遊びに行くようになったのです。


お父さんは、エマを放り出して顧みぬほどに、ミザリーに心を奪われていたのです。

その姿は、自分の半分以上年下の彼女と、同じくらいまでに、若返ったと思い込んでいるかのようでした。


屋敷の空気が変わっていってしまうのも、しかたがないことだったのでしょう。

古くから仕えていた召使いたちは、人前では「奥様」と呼びながら、陰では「あの方」と言うようになりました。

そのよそよそしい響きの奥にある隔たりを、エマは召使以上に感じました。

けれど、お父さんだけは気づかないふりをしているようでした。


お父さんは、お墓にも連れて行ってくれなくなりました。

どんなに頼んでも、


「今度連れて行ってあげるよ」


と言うだけで、ふたりでいるときもどこかそっけなく、エマは自分が邪魔にされていると感じていました。


お母さんの話も、まったくしてくれなくなりました。

まるで、お母さんなど、この世にいなかったかのように振る舞うのです。

エマはお父さんが離れて行き、心の中のお母さんまでも、薄れ、遠のいて行ってしまいそうで怖くなりました。


ミザリーが来てからも、絵は続けました。

新たに家庭教師も付けられ、ピアノもこの頃から習い始めました。

学校から帰ると毎日、勉強が三時間、ピアノ三時間、油絵三時間。

あっという間に夜中になり、召使が眠そうな目をこすりながら、部屋のロウソクを消しにくるのが日常になりました。

しかも、学校がない日は、その分、勉強の時間が増えるのです。


どの日も同じように過ぎていくようになりました。

望まぬものを与えられ、与えられた分、奪われて――。



お父さんと話す時間もなくなり、ミザリーは、ますますお父さんを独り占めにするようになりました。


召使いたちの囁きも、泥に濁された水のように変わっていきました。


『あの方、実は育ちが悪いんじゃないかしら……』

『わかるわ。お嬢さま育ちにしては、食事のマナーもなってないもの』

『すました顔してるけど、どこか怪しいわよねぇ……』


エマはお父さんと話す機会が、ほとんどなくなりました。

気づけば、お母さんの絵ばかりを、たくさん描くようになっていました。

それだけが、心の慰めになっていたのです。


それなのに、その慰めも取り上げられたのです。

ミザリーがエマの描いた絵に気づき、


「そんな絵は、もう描かせないで」


と先生に言ったのです。


その言葉は、エマの心の灯を一つ消しました。

エマは絵を描くことすら、嫌になってしまいました。

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