25.長い時間の先までも
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地下にもかかわらず室内の空気は乾いていて、わずかな流れを感じました。
ここまで通ってきた地下の通路とは違い、明らかに、闇が神秘を宿していました。
直感が王様の鼓動を速めました。
厳かな、信仰心めいたなにかに包み込まれるような――
闇そのものが、いざなっていました。
そこに恐れはなく、優しい慈愛の満ちた深みが、どこまでも柔らかく広がっているようでした。
真っ暗の部屋にひとり、王様は燭台を片手に入っていきました。
まっすぐにマホガニーの長持ちのところへ向かうと、そこで跪きつぶやきました。
「ここにいるのだな?」
王様は、手にした燭台を床に置くと、壊れものを扱うかのようにそっと蓋のふちに両の手をそえて、おごそかに引きあげました。
とたん、長持ちの中からエメラルドグリーンの閃光がほとばしりました。
光は、ワインセラーを、そこにいたすべてを包み込みました。
ミザリーも、憲兵隊も飲み込み、空間と時間の脈動までをも、実体のないエメラルドの結晶へと変え、輝きで塗りつぶしたのです。
声も出せず、皆、眩しさに目を閉じました。
一瞬の輝きでした。
そうして、どうにか目を開けられるようになったとき、視界には、ロウソクの明かりだけが、ただ何もない暗闇にぼんやりと揺れていました。
けれども王様だけは、その一瞬に、最後の輝きが、長持ちの中に横たわる少女の右手の内に消えるのを見たのです。
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秘密の部屋は、取り囲む壁龕の燭台の灯に、柔らかに照らし出されていました。
すべての燭台を自ら灯すと、王様は長持ちの傍らに再び跪き、目を閉じて、エマのために初めて神様に祈りました。
エマは、長持ちの中で静かに横たわっていました。
大好きだったお母さんのドレスに埋まるようにして……。
ネグリジェを着たエマの左胸には、黒く血の跡が滲み、ナイフで刺された小さな裂け目がありました。
けれども不思議なことに、肌がほんのりと透きとおり、淡い光を帯びて輝いていました。
とても穏やかな顔をしていました。
まるで、つい今しがた目を閉じたかのように――。
十五年間、変わらぬ綺麗な姿のまま、眠るように死んでいたのです。
王様は長い間祈り続けました。
空気も息を潜めていました。
やがて、ゆっくりと瞼を開くと、エマがまとっていた淡い輝きは消えていました。
ただ、小さな燭台の灯が、王様のうつろな影をかすかに揺らしています。
王様は視線を、エメラルドの閃光が吸い込まれるようにして消えていった、エマの右手に移しました。
そこには、ロケットがしっかりと握られていました。
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数日後、エマの亡き骸は、お母さんとお父さんのお墓の横に埋葬されました。
屋敷は取り壊され、ミザリーは捕えられました。
ただ、どこで身の危険を聞きつけたのか、ブラッドは外国に逃げ延びたらしく、捕まることはありませんでした。
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その日からもう、絵が泣くことはなくなりました。
王様は絵を大切にして、屋敷の跡に教会を建てました。
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ずっと昔の話です。
その何十年か後、戦争が起こって、この国はなくなってしまいました。
教会も壊れてしまい、今はその跡が少しだけ残っています。
エマのお墓への縄梯子は、とっくの昔に落ちてしまって、もう誰もそこには渡っていきません。
エマ達のお墓は、朽ちてボロボロになりました。墓標も読めません。
苔むして、雑草や蔦が覆いかぶさり、今では誰一人、そこにお墓があることさえ知りません。
花畑もなくなりました。
いまは、すべて雑草に覆われています。
でもお墓の前に立つと、やはり、海からの風が心地よく吹き寄せてきます。
足元の街並みはすっかり変わりましたが、その向こうに広がる海は昔のままです。
これからも、ずっとずっと、長い時間の先までも、海はそこに広がっているのでしょう。
最終話まで読んでくださって、本当にありがとうございました。
すべてが終わっても、どこかにかすかな呼吸が残っている。
終わりの先までも、世界は広がっている――そんなふうに思えたらな、と。
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また次の物語で、お会いできますように。
――ゆきつぶて




