表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/25

25.長い時間の先までも

                 ※    ※    ※


地下にもかかわらず室内の空気は乾いていて、わずかな流れを感じました。

ここまで通ってきた地下の通路とは違い、明らかに、闇が神秘を宿していました。

直感が王様の鼓動を速めました。

厳かな、信仰心めいたなにかに包み込まれるような――

闇そのものが、いざなっていました。

そこに恐れはなく、優しい慈愛の満ちた深みが、どこまでも柔らかく広がっているようでした。


真っ暗の部屋にひとり、王様は燭台を片手に入っていきました。

まっすぐにマホガニーの長持ちのところへ向かうと、そこで跪きつぶやきました。


「ここにいるのだな?」


王様は、手にした燭台を床に置くと、壊れものを扱うかのようにそっと蓋のふちに両の手をそえて、おごそかに引きあげました。


とたん、長持ちの中からエメラルドグリーンの閃光がほとばしりました。

光は、ワインセラーを、そこにいたすべてを包み込みました。

ミザリーも、憲兵隊も飲み込み、空間と時間の脈動までをも、実体のないエメラルドの結晶へと変え、輝きで塗りつぶしたのです。


声も出せず、皆、眩しさに目を閉じました。


一瞬の輝きでした。


そうして、どうにか目を開けられるようになったとき、視界には、ロウソクの明かりだけが、ただ何もない暗闇にぼんやりと揺れていました。


けれども王様だけは、その一瞬に、最後の輝きが、長持ちの中に横たわる少女の右手の内に消えるのを見たのです。


※    ※    ※


秘密の部屋は、取り囲む壁龕(へきがん)の燭台の灯に、柔らかに照らし出されていました。


すべての燭台を自ら灯すと、王様は長持ちの傍らに再び跪き、目を閉じて、エマのために初めて神様に祈りました。


エマは、長持ちの中で静かに横たわっていました。

大好きだったお母さんのドレスに埋まるようにして……。


ネグリジェを着たエマの左胸には、黒く血の跡が(にじ)み、ナイフで刺された小さな裂け目がありました。

けれども不思議なことに、肌がほんのりと透きとおり、淡い光を帯びて輝いていました。


とても穏やかな顔をしていました。

まるで、つい今しがた目を閉じたかのように――。

十五年間、変わらぬ綺麗な姿のまま、眠るように死んでいたのです。


王様は長い間祈り続けました。

空気も息を潜めていました。


やがて、ゆっくりと瞼を開くと、エマがまとっていた淡い輝きは消えていました。


ただ、小さな燭台の灯が、王様のうつろな影をかすかに揺らしています。


王様は視線を、エメラルドの閃光が吸い込まれるようにして消えていった、エマの右手に移しました。


そこには、ロケットがしっかりと握られていました。


※    ※    ※


数日後、エマの亡き骸は、お母さんとお父さんのお墓の横に埋葬されました。


屋敷は取り壊され、ミザリーは捕えられました。

ただ、どこで身の危険を聞きつけたのか、ブラッドは外国に逃げ延びたらしく、捕まることはありませんでした。


                 ※ ※ ※ ※ ※

その日からもう、絵が泣くことはなくなりました。

王様は絵を大切にして、屋敷の跡に教会を建てました。


                 ※ ※ ※ ※ ※


ずっと昔の話です。


その何十年か後、戦争が起こって、この国はなくなってしまいました。

教会も壊れてしまい、今はその跡が少しだけ残っています。


エマのお墓への縄梯子は、とっくの昔に落ちてしまって、もう誰もそこには渡っていきません。

エマ達のお墓は、朽ちてボロボロになりました。墓標も読めません。


苔むして、雑草や蔦が覆いかぶさり、今では誰一人、そこにお墓があることさえ知りません。


花畑もなくなりました。

いまは、すべて雑草に覆われています。


でもお墓の前に立つと、やはり、海からの風が心地よく吹き寄せてきます。

足元の街並みはすっかり変わりましたが、その向こうに広がる海は昔のままです。

これからも、ずっとずっと、長い時間の先までも、海はそこに広がっているのでしょう。


最終話まで読んでくださって、本当にありがとうございました。


すべてが終わっても、どこかにかすかな呼吸が残っている。

終わりの先までも、世界は広がっている――そんなふうに思えたらな、と。


もしお気に召しましたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると励みになります。


また次の物語で、お会いできますように。


――ゆきつぶて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ