22.止まった時間――静かな海の底
※ ※ ※
その夜のことでした。
王様が眠りについて、しばらくした頃のことです。
近くで、誰かが泣いている気がしました。
目を覚ますと、確かに女の子の泣き声がしていました。
例の絵が泣いているのだと思いました。
けれども絵は、遠くの部屋に掛けられていました。
泣き声が聞こえるはずはありません。
それでも、噂で聞いた通りに、あたりの空気がエメラルドグリーンに輝いていたのです。
そこはまるで、時間が止まってしまった静かな海の底でした。
まわりからは、鮮やかな色が消え失せて、すべてがモノトーンとなり、エメラルドの海に静かに沈んでいたのです。
あらゆるもの、コップや水差し、テーブルまでが、気の遠くなるほど昔からそこにあるような気がしました。
『時間が止まっていた』
王様は、皆が口にしていたという言葉を思い出しました。
本当に、時間が止まっていると感じたのです。
時間が止まったのはいつからなのか――想像もつかないくらい遥か昔からのように感じられました。
体も動きませんでした。
天井の一点しか見ることが出来ません。
それなのに部屋中の様子が、手に取るように見えていました。
その永遠とも思える世界の中で、確かに女の子の泣き声だけが、小さく部屋中に響いていました。
ベッドの中で体を動かそうともがきましたが、まったく動くことも出来ませんでした。
泣き声は、いつまでも続いていました。
声を上げようとしました。
声が出ません。
それでもぼんやりと、これが夢であることに気づいていました。
夢の中でも、魂の存在なんて信じていませんでした。
けれども、とうとう心の中で叫びました。
『なぜ泣く! 言いたいことがあるのなら言ってみろ!』
その途端、王様は目を覚ましました。
その夢は、その夜から毎晩毎晩続きました。
ついに五日目の朝、王様は家来に、花の絵を寝室に掛け直せと命じました。
さすがに、絵になにか不可解なものを感じたのです。
でも、まだ信じてはいませんでした。
『夢なんてしょせん、寝ぼけている時にする空想みたいなものだ』
その夜、王様が寝室に入る頃にはもうちゃんと、絵はベッド脇の壁に掛かっていました。
豪華な絵でもないので、あまり王様の寝室にはふさわしくないのでしたが、もともと絵や宝物に興味がありませんでしたので、どんな絵が掛けてあろうと少しも構わなかったのです。
ベッドに入る前、王様は絵をしばらく眺め、
「フン!」
と鼻で笑うと、それからシーツにくるまりました。
でも気になって、しばらくモゾモゾしていましたが、やがて眠りの世界に落ちて行きました。
王様が眠りについてから、だいぶ時間が経ちました。
もうとっくに真夜中をまわって、街も城も、国中すべてが寝静まっていました。
その時また、泣き声が聞こえてきたのです。
王様は目を覚ましました。
やはり体は動きません。
あたりは、あの静かな海の底に沈んで輝いていました。
目も、見上げた天井の一点から動きません。
それにもかかわらず、視線は確かに絵の上に留まっていました。
まるで心が体から抜け出して、眺めている感じなのです。
視線は間違いなく、あの花の絵の上に注がれていました。しかし、そこには花も花瓶もなく、王様の瞳には、半透明の輝く白い肌をした、美しい少女の姿が映し出されていました。
少女はサファイアのように青い瞳から、エメラルドグリーンに輝く涙を流していました。
王様は少女の姿を見た途端、悟りました。
「これは夢ではない」と。
怖いという感情も、不思議とわきません。
ただ――その少女が、たまらなく可哀想に思えたのです。
王様は聞きました。
『なぜ……、泣いているのだい?』




