19.『お母さん……助けて……!』
※ ※ ※
エマは必死に走っていました。
恐怖で後ろを振り返る余裕すらなく、ただひたすら、秘密の部屋――お母さんの眠る場所へ逃げ込みたかったのです。
地下への扉にたどり着くと、震える手で把手をつかみ、音を立てぬようにゆっくりと回しました。
扉もできる限りそっと引いたのに、
「ギッギッー!」
きしむ高い音が、闇に刺さりました。
『いつもこんな音、しないのに!』
涙をこらえ、唇をかみしめながら、真っ暗な階段に足を踏み入れました。
そこから先に光はありません。
扉を閉めると、あたりは闇に包まれ、どこを歩いているのかさえ分からなくなりました。
それでも手で壁を探りながら、できるだけ急いで階段を下りました。
何も見えません。
壁の冷たい湿気が指先を伝い、じっとりと手のひらを濡らしました。
闇の恐ろしさと、背後から迫る気配の恐ろしさに挟まれながらも、エマは気持ちを奮い立たせて前へ進みました。
『絶対、お母さんが助けてくれる!』
階段を降り切ると、壁をたどりながら走りました。
目は一向に慣れませんでしたが、毎晩のように通っていたエマには、ワインセラーへ続く道をたどる自信がありました。
石の壁の感触が、時おり木の扉のざらつきに変わります。
そうして数えて四つ目――最後の扉、ワインセラーの前にたどり着きました。
ここも取れかかった把手をそっと扱い、慎重に扉を開けて、ゆっくりと閉めました。
あたりには、闇に溶けてしまったかのようで、音がありません。
あまりに心臓がドキドキするので、外に漏れ響かないか心配になるほどでした。
まだ上の扉が開く音はしていません。
エマは急いで、把手のあるところのワインの瓶を手探りで引き抜きました。
(大丈夫……誰もこの部屋のこと知らないんだから!)
その時、上の扉の軋む音がしました。
「ギッギッー!」
同時に――
「ガシャン!」
固い床でガラスが砕け、飛び散る音。
エマがワインの瓶を落としてしまったのです。
途端に甘酸っぱい香りが、あたりに広がっていきました。
「ここだ!」
ブラッドの押し殺した声が、上の方から響きました。
エマは、必死で隠し扉を引き開けて中に逃げ込みました。
すぐさま扉を元に戻すと、その場でしゃがみこみました……。
扉には鍵がありません。
『お母さん……助けて……!』
エマは首からロケットを外し、両手で固く握りしめました。




