17.ミザリーとブラッド
※ ※ ※
ブラッドは持っていた燭台を、窓辺に近い小さなテーブルの上に置きました。
月明かりと燭の光が重なり、ふたりのまわりだけが淡く照らし出されていました。
その光のゆらめきの中で、エマの目にはふたりの姿が細かなところまで映っていました。
ふたりはまさか、すぐそばのカーテンの陰にエマが潜んでいるとは思いもしなかったでしょう。
ミザリーが、甘えるようにブラッドの胸に身を寄せました。
それはエマにとって、息をのむほどの出来事でした。
「もう、これ以上は待てないわ」
ミザリーの声は、ほとんど囁きに近いものでした。
けれど、その響きは、エマの耳にまっすぐ届きました。
「まだ、ほんの数ヶ月でしょう。もう……限界なの」
声の奥には、どこか甘やかな熱がまじっていました。
ブラッドは驚いた様子も見せず、静かな物腰のまま、彼女の背に手を回しました。
「駄目だ。いまは動くべき時じゃない」
エマの胸の奥がざわつきました。ふたりのやり取りが、どこか不気味だったのです。
「それでも……もう少し早くはできないの?」
「早まれば目立つ。喪が明けるまでは、誰もが見ている」
「それなら、せめて式を、華やかにして」
(式?)
エマは息をひそめました。
ブラッドは、ミザリーの背から手を離し、両肩をつかみました。
その目は、炎の揺れを映しながらも、ひどく冷めていました。
「派手にすれば噂になる。世間はまだ、あの人の死を忘れていない」
ミザリーは、その手をサッと払いました。
押し殺した怒りが、そのまま頬に浮かんでいました。
「わたし、あの人のときでさえ、式なんて挙げてもらえなかったのよ」
(あの人?)
ブラッドの口元がわずかに歪み、覗いた八重歯が月の光を受けて青白く光りました。
「盛大にしたかったのか? あの老人と」
(お父さんのことだ!)
エマの全身に、氷のようなものが走りました。疑いは、もう疑いではなくなりました。
「そんなわけ……」
ミザリーの声が震えました。
「何年も待たされたのよ。あんな人、もっと早く終わらせてしまえばよかったのに」
『?!』
エマの心臓が、胸の奥で鳴り響きました。
「口に出すな……」
ブラッドの声は低く、刃のように冷たく落ちました。
「言葉は形を残す」
ビリリッ。
静かな部屋に、布の裂ける大きな音が響き渡りました。
動揺したエマが、カーテンを踏みつけてしまったのです。




