11.塗り潰されたキャンバス
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やがて、絵はほぼ一か月で出来上がり、ちょうど完成した翌日に絵の先生が戻ってきました。
エマは余計な色を省き、絵を白と綺麗な緑、濃淡を出すのにだけ使う黒と青だけで仕上げました。
頬を伝う涙は、エメラルドグリーン。
まるで本物の宝石みたいに輝かせました。
とても不思議な絵でしたけれど、絵の中のエマは確かにエマそのものでした。
いつもと違う、悲しくて寂しそうな顔をしていましたが、それもエマなのです。
先生は絵を見て大変驚きました。
限られた色彩でのみ描かれているにもかかわらず、足りないと思える色が何ひとつなかったのです。
それに何よりも、美しかったのです。
いつもながら、とても九歳の女の子の描いた絵だとは思えません。
思わず先生は、エマの視線に気づくまで絵に見とれてしまっていました。
先生は、何か言おうとエマの方に目をやりました。
エマは心配そうな表情をして、先生が口を開くのを待っていました。
何を心配しているのか、先生にはわかっていました。先生も、エマと同じことを考えていたからです。
継子であるエマが、こんなに悲しそうに涙を流している絵など、ミザリーが認めるはずがないのです。
先生は思いました。
『たとえコンテストで、大変な評価を受けることが分かっていたとしても、奥様は許さないだろう』
と。
エマの絵には、ミザリーについて悪い評判を立たせてしまう可能性が、大いにあったのです。
結局先生は、自分の立場のことを考えました。
『こんな絵を描かせたとあっては、自分の信用を落としかねない』
先生はすぐに、その絵をすべて塗りつぶさせました。
その上に、はじめから最後まで、全部を目の前で描き直させようと考えたのです。
「もっと、ちゃんとした絵を描きなさい!」
エマはがっかりしました。
それでもすぐに言われた通り、絵をまっさらな状態に塗りつぶしていきました。
きっとそうなるだろうと、わかっていたからです。
キャンバスを塗りつぶしながら、エマは心の中で鏡のエマに謝りました。
(ごめんね……)
自分の姿が塗りつぶされていくうちに、やっぱり悲しくなりました。
自分の心の一部が切り離されて、永久に絵の具の下に閉じ込められていく気がしてならなかったのです。




