1.花束の絵
涙は、境界を越えるたびに時を沈めました。
きらめくしずくは心を溶かしこみ、空気までをもエメラルドグリーンに染め上げてしまうのです。
ひっそりと色を変え、静かに輝きながら混じりあう世界。
その光に触れた人たちは、彫像の様に動けなくなりました。
そうして、誰しもが、理由の分からない悲しさと寂しさに包まれたのです。
『絶対に、女の子が泣いていた』
――ずっと昔のお話です。
※ ※ ※
そのころ、世界の端に、とても小さな国がありました。
東には海が広がり、残りの三方は大きな国に囲まれていました。
けれど、よく栄えた平和な国でした。
緑が豊かで、いろいろな職業の人たちが暮らす街。
石造りの大きな教会や貿易の港があり、たくさんの馬車が大通りを行きかっていました。
医者や絵描き、警察官、そして警察の役割も引き受ける憲兵。
とびぬけて裕福な人は多くありませんが、
『いつまでも、不自由なく暮らせる』
そんな気配が、この国には満ちていました。
輝く海に、美しい山々。
四季があり、優しい日差し。
けれど、そんな光にも影はさします。
心の弱さや、優しさにつけこむ詐欺師。
路地裏に潜む泥棒。
住むところもないほどに貧しい人たちも、ほんの少しだけいました。
そんな国を治めていた王様は、『良い王様』と言われていました。
城は壮麗でしたが、無駄づかいをしませんし、贅沢もしませんでしたから。
城の建つ山のふもとには、この国でいちばん大きな街が広がっていました。
その街で、ある時、一枚の油絵が大変な話題になっていました。
どこかの貧乏な絵描きが描いたそうで、綺麗な花束が花瓶に生けられているものでした。
けれども特別、人を魅了する何かがあるというわけでもなく、どちらかというと、ごく普通の絵でした。
ただ一つ、奇妙なうわさがたてられているということを除いては……。
やがて、そのうわさは国じゅうに広がり、王様の耳にまで届くこととなりました。
「花の絵が、泣く?」
どうしてそんなうわさが生まれたのか――。
それを知るには、エマという名の少女がどんなふうに生まれ育ち、どんな出来事に出会ったのかを振り返らなければなりません。
――ここから物語は、十五年ほど遡ります。




