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パラレル邪馬大国/セア・テア  作者: 三井咲也
日輪の少女と黄金の神樹
9/14

9話 踏み出す一歩


 むき出しの石とモルタルで造られた、無機質な通路。

 暗がりの角を曲がろうとしたところで、男は低く鋭い声に呼び止められた。


 「首尾はどうなっている」


 男は即座にその声の主を察知し、振り返ると同時に、上官に対する最敬礼で応じる。


 「はっ。来月の出撃までには、すべての準備が整います。例の人物とも確認を取り、万事抜かりはありません。……ですが」


 男の言葉が、喉に何かが引っかかったように濁る。


 「……お前の言いたいことは分かっている。私も、このような真似はしたくない」

 「でしたら――!」

 「声を落とせ。誰が聞いているか分からん。……帝国は、今回が最後だと言っていた。今の帝国において『最後』という言葉がどれほど信用に足るかは怪しいものだがな」

 「…………はっ」


 国に仕えるという誇りに不満はない。だが、最近は胸の奥に冷たい蟠が沈殿している。

 ガキの頃、沿道をパレードする馬上の騎士をキラキラした目で見つめていた、あの頃の純粋な憧れ。自分たちの国を守るその鎧に、誰もが尊敬と敬意を抱いていた時代。

 先代国王は賢帝として慕われ、当代の王もお優しい方だ。だが、その「優しさ」こそが隙となった。平和な時代なら美徳であったはずの性質を、隣国――帝国という毒蛇は、何十年も前から狙っていたのだ。

 染まりやすく、流されやすい、愛すべき母国。

 男は冷たい壁を見つめる。今の自分の信念は、この意志を持たない無機質な石壁と同じ。

 隔絶し、相反し、己の正義を殺して進む道は、本当に正しいのか。

 ――その昔。俺が生まれるずっと前。エルフの国に二人の人族が何処からともなく現れたという。

 俺の親は、かつてその背中を実際に見たと言っていた。先頭を歩く一人の男、傍らに並ぶ人族とエルフの女性。ユニコーンと二柱の大精霊を従えて歩くその姿は、荒れ果てた地上を救うために降り立った神の使徒に見えたと。

 彼らは旧帝国の圧政から他種族を救うために戦い、勝利し、解体した。

 だが、平和とは往々にして「次の戦争への準備期間」に過ぎない。

 あれから五十年。

 もし歴史上の人物が「戦争とは低能な無能がすることだ」と書き残してくれていれば、今のこの状況は変わっていただろうか。

(……いや、結局は『俺は天才だから関係ない』と嘯く奴が出てくるだけか)

 男は自嘲気味に息を吐く。

 生まれ変わったら鳥になりたい――そんな現実逃避じみた言葉が、今の自分には一番似合っている気がした。

 

 ◇


 「……ぁが! ……ぅが……ゥウー! ……ミ”ャ”オン”…………んぁあ?」


 ボス猫に転生して縄張り争いでもする夢を見ていたのか、足をバタつかせながら、ヒミコは女性としてはいささか不正解な声を上げて目を覚ました。


 「……ぁあ? ここはどこじゃ?」

 「ヒミコの部屋ですよ」

 気だるげに上半身を起こすと、そこにはロッキングチェアでゆらゆらと揺れながら本を読むマリアの姿があった。天井の魔法光源に照らされた部屋は、木目調の落ち着いた雰囲気で、ヒミコの感性からすれば少し寂しいが、不思議と心安らぐ空間だ。


 「あれ……マリーか。。。してここは何処じゃろう。。。」

 「………あなたの部屋です」

 「……うーん。そうか……して、ワレはどうなったんじゃ?」

 「魔力欠乏症で意識を失いました。……安心してください、倒れる前に私がちゃんと支えましたから」


 マリアは本を閉じると、あろうことかヒミコに向かってグッと親親指を立てた。見間違いでなければ、そこには若干の「ドヤ顔」が混じっていた。


 【サムズアップ×ドヤ顔】

 選ばれしものしか許されない表現方法。仮に油ぎっちょの太ったやつがやった場合。これは相手に不快という感情を与える。


 クールでほわほわしたお姫様だと思っていたヒミコは、その意外な一面に珍しくたじろいだ。


 「……そ、そうか。ありがとうなのじゃ。ところでマリー、どこへ行く?」

 「起きたことを報告しに。それともうすぐ夕食の時間です。迎えが来るまで休んでいてくだしゃい」

 

 噛んだ。


 マリアは一瞬で頬を赤く染め、スタスタと早足で部屋を去っていった。ヒミコは「まあいい、二度寝のチャンスじゃな」と重力に身を任せ、再びベッドに沈み込んだ。



 ◇


 「いいか? まずは己の内に流れる魔力を感じ取ることだ」

 

 ガル爺の指導のもと、マリアがヒミコの練習を手伝うことになった。


 「ヒミコ、まずは私が魔力を巡らせます。私の腹部に触れてみてください。……あ、服の上からで結構ですよ?」

 「わかった!」


 マリアの腹部に手を当てると、服越しに人肌の温かさが伝わってくる。

(もう一枚捲った方が感度が良いのではないか?)という邪念を両手でガードされつつ集中すると、確かに何かがグルグルと回っている感覚が伝わってきた。


 「なんとなく伝わりましたか?」

 「おぉ、不思議発見じゃな」

 「その感覚を忘れないでください。おへその辺りから発生させ、全身に巡らせるイメージです」

 「なるほど。底辺×高さ÷2みたいなものか」

 「違います」

 「わかった!」

 

 ヒミコは地べたに座り、「ふぬぬぬぬ……」と顔を真っ赤にしてお腹に力を込めた。

 通常、魔力循環の習得には数ヶ月から一年を要する。誰しも最初は「魔力器官」が固く閉ざされているからだ。ガル爺もヴァレルも、初日から成功するはずがないと高を括っていた。


 「……あっ、なんか詰まっとる感じがするの。んっしょ、んっしょ。こなくそ……んんんっ!!」


 ヒミコがふくらはぎを揉みながら、詰まりを無理やり押し通そうとした、その時だった。

 最初に異変に気づいたのはミストガル、次いでヴァレルだった。


 「……なにぃ!?馬鹿な!!? 可視化ノイズだと!? まずい、マリア離れろ!! ルクシス!」

 『おいおい……やるな人族の娘。【エンポディオ(障壁)】展開!』


 瞬時に現れた最上位精霊ルクシスが、ヒミコの周囲に透明な結界を張り巡らす。


 「ルクシス! 上部だけ開けろ! 圧を逃がすんじゃ!」


 バチバチバチッ!

 ヒミコの体から、黒い稲妻のような「魔力ノイズ」が噴出した。結界に触れた一部の木々が横一線に割れ、地響きが轟く。逃げ場を失った膨大な魔力は、唯一開かれた天井部――上空へと一斉に唸りを上げて突き抜けた。


 ――ドォォォォォン!!

 唸る魔力の奔流は、厚く垂れ込めていた曇り空を文字通り「消し飛ばした」。

 ぽっかりと開いた雲の穴から、一筋の青空と太陽の光がヒミコへと射し込む。仮にその光の中で神妙な面持ちで立っていれば、とてもさまになったでだろう。


 だが現実は残酷である。


 「ワレ!? これワレか!? おい、ちょっと助けてくれ! 何かが猛スピードで減ってる感じがするんじゃがががが! アべババババッ!――ブ――ベシ」


 ◇


 「マリア、ヒミコを運んでやってくれ」


 魔力を出し切り、白目を剥いて倒れる直前のヒミコを抱きかかえる。

 魔力欠乏症は初心者の登竜門。ですが、あんな「空に穴を開ける」ような欠乏の仕方は聞いたことがありません。

 お爺様の転移で彼女を部屋まで運び、私は独り、廊下を歩きます。

 私には、友人と呼べる存在がいませんでした。女王の娘という立場が、同世代の子たちとの間に目に見えない壁を作っていたのです。

 先日、お母様に相談した際、お母様は懐かしそうに目を細めて言いました。


 「私にも、かつて人族の友人がいたわ。マリア、あなたは私の子供の頃にそっくり。自分からは行けない受け身タイプね。……でもね、あの二人に出会って、私は変わったの」

 「あの、ナギ様とナミ様ですか?」

 「そう。あの二人の子供でも来てくれれば話は早いんだけど。……いい? マリア。仲良くなりたいなら、自分から動くしかないわ!」


 自分から動く。

 それは、どんな魔法の構築よりも勇気がいることでした。

 先ほど、ヒミコの部屋で「噛んで」しまい、顔が火が出るほど熱くなったのを自覚しています。

 急いで部屋を出ましたが、どうかバレていませんように。

 私がパニックになっていたわけではありません。断じて。


 ……本当ですよ?

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