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パラレル邪馬大国/セア・テア  作者: 三井咲也
再会の陽だまりと、動き出す刻
41/41

41話 私の愛した騎士


 「ストーカーか!?」

 

 戦場と化した谷底に、ヒミコの鋭いツッコミが響き渡った。

 絶体絶命の窮地、あろうことか「例のモノ」を平然と差し出してきたバサラとセンカに対し、ヒミコは呆れ果てた表情を隠さない。


 「お受け取り下さい!」

 「さい!」

 「…………」

 「お受け取り下さい!」

 「さい!」

 「………………はぁ」


 断ってもこの無駄なコンビネーションのやり取りが永遠に続きそうな空気を感じ、ヒミコは諦めたようにそれを受け取った。

 その瞬間。

 ヒミコを中心に爆発的な光の奔流が巻き起こり、辺り一面を飲み込んだ。


 かつてウェンデの泉で起きた、時が止まったかのような静寂。あの時はヒミコ以外の誰も見ていなかった神々しい光景を、今、この場にいる全員が目撃することになる。

 

 数秒後。

 

 光が収まった先に立っていたのは、姿かたちこそ先ほどまでと変わらぬヒミコであった。だが、その瞳の一部は黄金の輝きを湛え、纏う空気は劇的に変貌している。

 

 「ふむ、なるほどよの。……それに、ここは『半魔の世界』か」

 

 少女は己の両手を開いたり閉じたりし、その感覚を確かめるように呟く。その瞳の奥には、先ほどまでの我儘な少女とは異なる、深淵を覗き込むような静かな知性が宿っていた。

 彼女は、思い出したのだ。

 夢の中で出会った、自分を呼ぶ声の正体を。

 その人物が自分に託そうとしたもの、そして自分がこの世界で成すべきことの断片を。

 やがて、少女は呆然と立ち尽くすバーンズに視線を向けた。

 

 「姉さん……?」

 「ヒミコ……?」

 

 ミナトとマリアの声が重なる。その声の主を一瞥し、再び目の前のバーンズに焦点を合わせた。

 

 「うぬ……バーンズと言ったか。そなた、これ以上の狼藉ろうぜき) はやめよ。その獣人らを置いて、今は引け」

 「何を言っている、そんな要求が呑めるわけがないだろう!」

 食い下がるバーンズ。だが、ヒミコの声音は氷のように冷え切った。

 「引けと言った」


 少女がそっと手を掲げると、背後に巨大な黄金の鏡――『八咫鏡やたのかがみ』を彷彿とさせる光の輪が浮かび上がる。

 それは夜の谷底を一瞬にして真昼の輝きへと変え、すべてを照らし出した。

 味方には春の陽だまりのような暖かさを。だが、敵対する者には、魂までをも焼き潰すような峻烈しゅんれつな圧力を伴う光。


 「っな!? ……ぐ、ううううっ!!」


 バーンズは、己が誇る筋力をもってしても抗えぬ、究極の重力に圧し潰されるような錯覚に陥った。黄金の光に射すくめられ、指先一つ動かすことすら叶わない。


 「一体……なんだ! 何なのだ、貴様は……っ!?」


 歯を食いしばり、絞り出すようなバーンズの問い。少女は、鏡の輝きの中でふっと口角を上げた。

 

 「なに、通りすがりの者じゃ。……本当にの」

 「何を――」

 「帝国に逆らえぬ事情があるのじゃろう? ……ふむ。なるほど、――お前人質に取られていたな?」

 「なっ何故!?それにいた!?」

 

 バーンズの目が見開かれる。

 それは、彼が誰にも、そして己の心にさえ固く鍵をかけて閉じ込めていた事実だった。言葉を失った彼の動揺が、張り詰めた戦場に波紋のように広がっていく。


 「――その人質だった者が誰かは分かぬ。今の我ではな。お前の想い人か、あるいは家族か。だが、そのために多くの罪なき者を連れ去り、殺めたな? それは決して許されることではない。結局のところ、お前がやっていることは帝国と変わらぬ」

 「…………っ」

 「お前は裁かれねばならぬ。この魂の修行場であっても……黄泉の国であってもな。だが、お前は、そのために生まれてきたわけではあるまい」

 「…………」

 「これ以上、その魂を汚したくなくば――引け」

 「――――だが!! だが、それではニーナがッ―――!」

 

 バーンズの叫びは、天を仰ぐ絶望の咆哮だった。

 人質という鎖に繋がれ、己の誇りを泥に塗れさせてきた男。その苦悩を、目の前の少女はあまりにも容易く暴いてみせた。


 「――死んでいる」

 「……何!?」

 

 黄金の瞳が、冷徹に、そしてどこか憂いを含んでバーンズの目を見据える。


 「亡くなっておる。魂は既に、――高天原よ」

 「死んだ!? 何を言っている……嘘だ、そんな嘘を信じると思うか!」

 

 取り乱すバーンズを余所に、少女は静かに両手で印を組んだ。

 その刹那、厚い雲に覆われた夜空の一点から、更に眩い一条の黄金の光が降り注ぐ。それは現世の光ではなく、天上の理を映し出す神威の輝きだった。


 「……フェナス」

 「ニーナ!? ニーナなのか!?」

 

 バーンズは驚愕に目を見開き、光の中に浮かぶその女性を見つめた。

 無理もない。バーンズのことを本名の略称であるフェナスと呼ぶ者は、この世界でただ一人、彼の婚約者しかいなかったからだ。

 

 「この方の言う通りよ。私は……帝国が攻めてきたあの日、既に殺されていたの」

 「嘘だ! 帝国は、お前の身柄を確保していると……私の忠誠と引き換えに、お前の命を保証すると言ったんだ!」

 「あなたを利用するために、嘘をついたのよ。……ごめんなさい」

 「何を、何を謝っているんだ……。お前が謝ることなんて、何一つ――」

 「何年も、何年も……あなたの心を閉じ込めてしまって」

 

 光の中に佇むニーナの姿は、バーンズが記憶していたあの日のまま、穏やかに微笑んでいた。彼女の謝罪は、己の死に対してではなく、愛する人が自分という鎖に縛られ、その高潔な魂を汚し続けてきたことへの痛みだった。


 「10分だけやる。……折り合いを付けよ」


 短くそう告げた少女は、光の届かぬ影へと静かに下がり、二人の時間を見守る位置に立った。


 ◇


 「あなたは、あなたの人生をもう生きて。フェナス」

 「……ニーナ」


 バーンズは震える手を伸ばした。だが、愛しいその頬に触れようとしても、指先は温かな光の粒子をすり抜けるばかりで、確かな感触はどこにもなかった。

 かつて愛した人の、柔らかな肌の温度も、共に歩んだ日々の記憶も、今はただ掌をこぼれ落ちていく光に過ぎない。


 「私は……あなたと一緒に過ごせた期間、本当に、本当に幸せでした。だから、もう自分を責めないで」

 「私もだ。……私にとっても、お前といた日々だけが、この汚泥に塗れた世界で唯一の真実だった……っ!」

 

 溢れ出す涙を拭おうともせず、バーンズは絞り出すような声で叫んだ。

 帝国のために剣を振るい、良心を殺し、無辜の民を犠牲にしてきた。そのすべてが、ニーナという「偽りの希望」を守るための代償だった。だが、彼女はそんな彼の罪すらも包み込むように、ただ穏やかに微笑んでいる。


 「待ってくれ、行かないでくれニーナ! まだ、何も返せていない……!」

 「いいのよ、フェナス。あなたは十分すぎるほど戦ったわ。これからは、誰かのためではなく、あなた自身の心に従って」

 

 光の粒子が、より一層眩しさを増していく。

 バーンズの視界の中で、ニーナの姿がゆっくりと透き通り、天へと昇っていく。


 「さようなら、私の愛した騎士様」

 「ニーナ――ッ!!」

 

 虚空を掴むように伸ばされたバーンズの手が、夜の冷たい空気を切り裂いた。

 黄金の光が弾け、静寂が戻った谷底には、ただ一人、膝をついて慟哭する男の姿だけが残された。

 少し離れた場所で、少女は、沈黙を守ったままその光景を見届けていた。その瞳には、冷徹な断罪の光ではなく、一人の人間の魂が救われたことへの、静かな肯定が宿っていた。


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