40話 絶望の刃
「――ガレット殿、死んでくれないか?私の終わりのために」
「断る。貴公の絶望に付き合う義理はない」
バーンズの白銀の鎧から、陽炎のような熱気が立ち昇る。
直後、爆発音が空気を震わせた。
ドォォンッ!!
バーンズの背後で火属性魔法が炸裂し、その反動を利用した爆発的加速が彼を弾丸へと変える。180センチの体躯が、身の丈を超える大剣を構えたまま、一瞬でガレットの間合いを食い破った。
「――ッ!?」
ガレットは反射的にレイピアを構え、ダキュースに問いかける。
「(……ダキュース!深淵の帳を)」
『了解』
ささやきに応えるように、ダキュースから溢れ出した漆黒の霧がガレットの周囲に渦巻く。
キィィィィンッ!!
火花が散り、衝突の衝撃波が周囲の土砂を円形に吹き飛ばした。バーンズの放つ大剣の重撃を、ガレットは闇の精霊魔法で物理的な衝撃を減衰させながら、紙一重で受け流す。
「速いな。だが、捉えられぬほどではない!」
バーンズの連撃が続く。大剣を振るうたびに、刃から立ち昇る紅蓮の炎が爆ぜ、さらなる加速を生み出していく。右、左、そして上段からの叩きつけ。その一つ一つが地形を変えるほどの威力を持ちながら、速度はすでに音速の壁を突破していた。
対するガレットは、まるで影そのものになったかのような滑らかな動きでそれらを回避し、一瞬の隙を突いてレイピアを突き入れる。
「(……ダキュース、影の棘だ)」
ガレットが囁くたび、バーンズの足元の影から漆黒の棘が幾本も突き出し、彼の機動力を削ごうと絡みつく。しかし、バーンズは全身から爆発的な炎を噴出させ、影を焼き切りながら強引に突き進む。
「ウォォォォッ!!!」
「くっ……!」
赤と黒の閃光が、夜の谷底を縦横無尽に駆け抜ける。
ぶつかり合うたびに発生する轟音と閃光は、もはや人間の動体視力を完全に置き去りにしていた。
少し離れた岩陰で、その光景を眺めていた者達はただ立ち尽くすしかなかった。
「……見える、姉さん?」
「ぜんっぜん見えん」
視界に映るのは火花が散る残像と、空気を引き裂く衝撃音だけ。
「ワレの魔力で身体を強化して動き回っても、あの域にはまったく届きそうにないぞ……。なんじゃあの男、人のくせに化け物か!?」
「あれがアーシス帝国の、いや、ラズウォートの手足となって修羅場を潜り抜けてきた者の力ですか……。ガレットも、あんな速さで魔法と剣を同時に扱ってるなんて……」
マリアも冷や汗を流しながら呟く。
戦場の中央では、さらに激しさを増した「影」と「火」が、巨大な渦となって渦巻いていた。
「――(……ダキュース、深く、もっと深く。闇の檻を……!)」
ガレットの掠れた囁きに応じ、地面から噴き出した影が幾重もの鎖となってバーンズに絡みつく。だが、その漆黒の拘束が完成するよりも早く、バーンズの全身が紅蓮の炎に包まれた。
「無駄だ」
ドォォォォンッ!!
爆発的な火力が影を焼き切り、バーンズが弾丸のごとき速度で突進する。大剣を真横に薙ぎ払う一撃。ガレットは間一髪でレイピアを添え、衝撃を逃がそうとするが、その質量が彼女の想定を遥かに超えていた。
「くっ……あぁっ!?」
受け流しきれなかった衝撃がガレットの細い腕を伝い、脳を揺らす。彼女の身体は木の葉のように吹き飛ばされ、谷底の岩壁に激しく叩きつけられた。
「ガレットさん!」
ミナトの悲鳴のような叫びが響くが、バーンズは追撃の手を緩めない。
大剣の切っ先を足元に向けたまま、再び背後で火属性魔法を爆発させる。その推進力を乗せた刺突が、音速を超えてガレットの胸元へ迫る。
「(……まずい!?ダキュース! 盾を! )」
ガレットが必死に叫ぶ。彼女の前に展開された闇の障壁。しかし、バーンズの剣筋には、これまで彼が奪ってきた数千の悲鳴と、この最後の任務に賭ける狂気的な執着が乗っていた。
バリィィィィンッ!!
強固なはずの精霊魔法の盾が、ガラス細工のように砕け散る。
ガレットは辛うじて急所を逸らしたものの、白銀の刃が彼女の肩口を浅く切り裂いた。鮮血が夜の闇に舞う。
「……はぁ、はぁ……っ」
ガレットの呼吸が荒い。
一方のバーンズは、呼吸一つ乱れていない。いや、乱れるだけの心がすでに枯れ果てているのだ。
彼が踏み込むたびに、地面が爆発し、地形が抉れる。火属性の爆発加速と、大剣の重厚な破壊力。その理 不尽なまでの力押しの前に、技巧と精霊魔法で戦うガレットの防御は、徐々に削り取られていく。
先ほどまで音速のダンスを踊っているように見えた二人の均衡が、明確に崩れ始めていた。
バーンズの一振りごとに、ガレットのレイピアが悲鳴を上げるようにしなる。
囁く声は弱まり、闇の精霊魔法の濃度が薄れていく。対照的に、バーンズから溢れ出す殺気と炎は、終わりが近づくにつれて、より一層ドス黒く、激しく燃え上がっていた。
「……これで、終わりだ」
バーンズが、その業を象徴するかのような大剣を高く掲げる。
彼の背後で、渦巻く火属性魔法が巨大な火球へと膨れ上がった。周囲の酸素を食いつぶし、夜の冷気を焼き払うその熱波は、すべてを灰にしてでも人間という名の安寧に戻ろうとする、男の最後の咆哮そのものだった。
ガレットは膝をつき、砕けかけたレイピアを杖代わりに、死を待つように目を細める。
だが。
その焼死の寸前、殺伐とした戦場に似つかわしくない、脳天気な怒声が割って入った。
「あー、いたいた! おい、いたぞ!」
「ほんとです! 卑弥呼様――っ!!」
「……っあ?」
バーンズの眉間が歪む。
振り下ろされようとした大剣の動きが、予期せぬ乱入者によってわずかに止まった。
視線の先にいたのは、先日ミナトたちが散々迷惑をかけられたばかりの男女――バサラとセンカだった。
だが、おかしい。彼らに名前を教えた覚えなど、一度としてないはずだ。
「……何奴だ、貴様ら」
バーンズが地を這うような声で威嚇するが、二人は意に介した様子もない。所謂パーフェクト無視。
「すみません卑弥呼様! あの後、何故か記憶が戻りまして」
「はいいい! あっ、そういえば! って、急に思い出したんです!」
「やはり、そうか。ワレはお主らの……」
ヒミコが呟く。その瞬間、少女の空気は霧散し、背後に目に見えぬ威厳が立ち昇った。
「「はっ!!」」
二人は魂を捧げるような真剣な表情で跪く。
「「――次期、邪馬台国女王。卑弥呼様!」」
「えっ……? ちょっと待って、知り合い? 友達?」
ミナトが素っ頓狂な声を上げた。ついでに「戦いの最中だけどシカトしていいの?」と心の中で突っ込む。
見れば、エルフの一人がこっそりガレットに回復魔法をかけに行っている。ガレットも「なんとも言えない顔」をしていたが、「まぁいいか」という表情で腕をぶんぶん振り、戦闘準備を万端に戻していた。
「……ワレも説明がし難い。夢の中で出会った配下であったはず。じゃが、あれは現実であったということか」
「はい。その通りです、そして――」
バサラが顔を上げる。その瞳には、主君を護る武人の輝きが宿っていた。
「何やら危急のようですので、一先ずこれをお受け取りください」
差し出されたのは、ヒミコにも見覚えのあるモノだった。
「ストーカーか!?」




