4話 御伽噺
「……じゃあ、あの御伽噺は全部実話じゃと?」
ワレの問いに、女王ミスティスは慈愛に満ちた、それでいて少し悪戯っぽい微笑みを返した。
「ええ、おそらく。内容を聞く限り、泉にいた少女は私で、その男女はあなたのご両親――ナミとナギで間違いないでしょう。白いシカ……いえ、『ユニコーン』と出会った話も、二人からよく聞いていましたから」
彼女はまるで、昨日あった出来事を思い出すようにスラスラと言葉を続ける。
二人がこの世界で旅をし、困っている他種族を助け、ついには伝説の『救世主』となったこと。そして最後は光となって消えていったこと。
「ナミなら、そんな風に物語を書き上げそうね。……あぁ、あと『エルフだけ老けないのはズルい!』なんて愚痴も、彼女なら絶対に入れているはずだわ。……どうかしら、当たっている?」
ドンピシャ。ズバババッサリ
敷かれたレールを歩くような正確さで、ワレの知る御伽噺の正解を言い当ててきおった。
……そうなると、目の前の人物はマジモンの父上と母上の旧友、ということになる。
「……うむ。あっ、いや、はい。となると、ここは本当にエルフの国……?」
「そうです。エルフ族が住まう国『スピリットキングダム』。そして此処は首都エフィリアです」
ここで女王がどえらい変顔でもしてくれれば、まだドッキリの希望も持てたのじゃが
隣のご老体も、セルフィもガレットも、冗談ひとつ通じそうにない真剣な眼差しで見守っておる。……さすがに信じるしか、ないのでは?
「えーっと……。して、わが国『邪馬大国』はどっちの方向にあるのじゃ? そろそろ帰宅せねば、皆が心配するからの。夕飯に遅れると爺やがうるさいのじゃ」
ワレの精一杯の「現実逃避」に、女王は憐れむような、それでいて言葉を選ぶようにゆっくりと告げた。
「この世界は、あなたの住む場所とは『別世界』です。残念ながら帰れません」
「…………っ!」
「――少なくとも、三年間は」
……ん? 三年間?
◇
扉を開けて入ってきたのは、一目で「あ、こやつヤバい奴じゃ」と分かる男だった。
シュッとした鼻筋に涼しげな目元。素材だけ見れば、見惚れるほどの美形……が、その素材の良さを「わっしょい」とドブに捨てるかのような、凄まじい「だらしなさ」が全身から溢れ出ておった。
あ?お前はパジャマじゃねえかって?ワレはノーカンで頼む。
当時は着ていなかったそうだが、せめてものという事でナギが無理やり作らせ、着せたという『白衣』は、いつから洗っていないのか裾が黒ずみ、ボタンは掛け違えたまま。
その金髪は、寝癖をそのまま数日間熟成させたかのように四方八方へ爆発している。もはやアート
何より、その瞳の奥に宿る「知識への飢え」が怖いのじゃ。
まるで獲物を見つけた猛獣……いや、新種の野草を見つけた時の弟のような、キラッキラとした気味の悪い輝きを放っておる。
「ヒミコ様! お会いできて光栄です! 私はヨルヴァン!ヨルヴァーンでもヨールヴァンでもありません!まぁどちらでもいいです!ああ!あなたが渡ってきた現象の観測と――」
前のめりに喋りだすたびに、白衣のポケットから得体の知れない数式の書かれたメモ紙がパラパラと零れ落ちる。それを拾おうともせず、彼はワレの牛柄パジャマを凝視しながら、口元をこれでもかと歪ませて笑っていた。
「……というわけで、昨夜は我らが衛星『ネプラ』が、この惑星ファースに最接近した夜だったのです」
女王、そして前国王に注意されたヨルヴァンは冷静を取り戻したようだ。
なんでも、ヒミコの世界の衛星(月)とこの世界の衛星が最接近したタイミングで、二つの世界が『共鳴』してしまったのだという。
「実は、『神渡り(みわたり)』によってこの世界にやって来たのは、あなたのご両親だけではないことが分かってきました」
ヨルヴァンが語るには、世界の何処かで「光となって消えた」と言う記録が定期的に報告されている。最近で言えば、ここから北東にある人族の国家『ラズウォート帝国』でも。
「ヒミコ様、一つ確認させてください。あなたが住まう世界のことを『地球』と呼びますね? では…… 『アース』というのは何を指しますか?」
「…………それも地球じゃ」
「……っ! やはり!!」
わなわな、という擬音が見えるほどに全身を震わせるヨルヴァン。
センチメンタルな気分に浸りかけていたワレであったが、この男の異常な興奮ぶりに、すっかり呆れと困惑が勝ってしまった。
「……ヨルヴァン、少し落ち着きなさい」
女王がたしなめるが、彼女の瞳もどこか明るい。
「申し訳ありません、取り乱しました! 続けて解説しますと……」
ヨルヴァンの仮説によれば、地球(物質世界)とファース(半物質世界)は、上下にくっついた二つの竜巻のような構造をしており、三年に一度、衛星の接近に合わせてその先端が重なり合う。
その時こそが、世界を渡れる唯一のチャンスだというのだ。
「加えて、時間の流れにも差があるようです。私の計算では、この世界の一年は、あなたのいた世界の約三倍の速度で進んでいます、ヒミコ様のご両親のご年齢は30半ばではございませんか?」
「あぁ……確かその位じゃな。にしても三倍……。つまりワレがここで三つ指ついて三年待つ間に、地球では一年しか経たん、ということか?」
「その通りです。そしてもう一点。体調の変化はありませんか? 身体が妙に軽く感じるとか……」
「……たしかに、牢屋にいた時からふわふわしている気がするのじゃ。……お腹も空くし」
「それは、この世界の重力が物質世界よりも軽いからです。ゆえに、地球から来た方々は、こちらの世界の住人にはない力を発揮します。お腹が空くのは……すみません、多分お腹が空いているだけかと思います」
「えっ?さっき食べたばかりじゃない」と顔に書いているガレットの顔を鼻を膨らませたり変顔で返す。「えっなんで!?」と顔に書いているが、そこは無視した。ただふざけたかっただけで特に理由は無いからじゃ。
そしてそんな出来事があった事に気づいていないヨルヴァンは声を潜め、確信に満ちた顔で言った。
「それとヒミコ様。『神渡り』によってやって来る人たちは、大概にして……とんでもない『魔法の才』をその身に秘めているのですよ。このように」
そう言うとヨルヴァンは何やら呟くと、彼の指先数センチ浮いた虚空に、拳大程の『真紅の球体』が静かに灯った。




