表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パラレル邪馬大国/セア・テア  作者: 三井咲也
再会の陽だまりと、動き出す刻
38/41

38話 先生



 紅蓮の炎に包まれる村。建物は次々と焼け落ち、爆ぜる音が夜の静寂を容赦なく切り裂く。

崩れ落ちた梁から火の粉が舞い、熱気が肌を焼く。地べたを這いずり、泥にまみれて泣き叫ぶ者。物言わぬ骸を抱きしめ、枯れた声で天を仰ぐ者。そこには、慈悲など微塵もない、純粋な地獄が完成していた。


 「全隊、警戒を怠るな! 二次被害を防ぐ。消火と救助を最優先にしろ!」


 ガレットの鋭い指示が、絶望に沈む空気を切り裂く。エルフの隊員たちが流れるような動きで展開する中、猫族たちは目の前の惨状に魂を抜かれたように立ち尽くした。


 「クソッ、遅かったか……! ダキュース!」


 ガレットの影が不自然に伸び、その足元から底なしの闇が這い出した。


 「すまない、限界まで上が(・・)って確認できるか!?」

 『……いい(・・)のか?魔力の消費、並大抵ではないぞ?』

 「好きなだけ持って行け! 急いでくれ!」

 『承知した』


 闇の中で、ガレットと精霊を結ぶ魔力のパスが、不可視の鎖のように激しく明滅し、バチバチと大気を震わせる。ダキュースはその奔流を貪欲に吸い込み、巨大な鴉のような影となって上空へと突き抜けていった。それは村全体の地獄を俯瞰し、悪鬼たちの足取りを掴むための、命を削る偵察であった。


 ◇


 さっきまでの道中のじゃれ合いが、まるで数年前の出来事のように遠く感じられた。

 ――奴隷。

 邪馬大国にはそんな文化は無い。それゆえ、話に聞いてはいてもどこか御伽噺のような、実体のない言葉としてしか捉えていなかったのじゃ。

 じゃが、目の前で虫けらのように扱われる命、尊厳を奪われた者達の姿を見せつけられ疑問が沸く。


 (なぜ、このような道理がまかり通るのじゃ?)


 網膜に焼き付いた炎の赤が、消えない。横を見れば、ミナトは奥歯を噛み締め、何かに耐えるように、冷徹なまでの静かな怒りをその瞳に宿していた。


 対してワレは本来なら激怒する場面であろうが、何故か不思議とそこまで怒りの感情が生まれん。むしろ冷静さを保っているまである。


 ―――何故じゃろうか?本来なら隣のミナトのように怒る場面ではないか?何故ジャ?ナゼ――ワレハ――



 「……大丈夫?」


 ハッと我に返ると、虚ろな目で燃える我が家を見つめていた小柄な獣人の子供に、ミナトは努めて穏やかに声をかけていた。


 「ヒッ!? 人、人族……っ!?」

 「安心して?僕たちはエルフのみんなとやって来たんだよ」

 「嘘だ! そうやって優しくして、また連れ去るんだ! お姉ちゃんを……クランお姉ちゃんを返せ!!」


 子供の悲痛な叫びが弟の胸を深く突く。差し出した手は、触れることさえ許されず、行き場を失って宙を彷徨っていた。


 「大丈夫ですよ。この二人は本当に、私たちと共に来た味方です」


 マリアがそっと膝をつき、子供の泥に汚れた頭を、宝物を扱うかのように優しく撫でた。マリアから溢れる聖らかな心が伝わったのか、張り詰めていた子供の糸が切れ、感情が決壊する。


 「うっ、うわぁぁぁーん!!」

 「大丈夫、大丈夫ですから。私たちが必ず、お姉ちゃんを救い出します」

 「……グスッ……ほんとう?」

 「はい、約束です」


 そこへ、鬼の形相となったルルーニャが駆け寄ってきた。そのしなやかな指先からは鋭い爪が剥き出しになり、怒りで全身の毛が逆立っている。

 「……フラン!?無事かニャ!?……クランはどこだニャ! クランは無事なのかニャ!?」

 「あ……ル、ルルーニャ先生……ッ!」

 「「先生?」」


 ワレとミナトの声が重なった。この猫、商人ではなかったのか? だが、さすがに今の空気を壊すほどワレも無粋ではない。突っ込むのは後にしようと心に決める。


 「先生、お姉ちゃんが……怖い人たちに連れて行かれちゃった!」

 「……ニャ!? ふざけるな、ふざけるなニャ……ッ!!」


 ルルーニャは絞り出すような声で咆哮した。その瞳には、もはやいつもの人懐っこさは微塵もない。大切な教え子の家族を、平和を蹂躙された、一人の男としての、剥き出しの怒りだけが燃えていた。

その時、上空から黒い弾丸が舞い戻り、ガレットの眼前に音もなく降り立った。


 「――そうか! 北だ!」


 ガレットが鋭い剣を抜き放ち、燃え盛る空へと掲げた。


 「数名ここに残り、村の救護と消火を急げ! 残りは、私の後に続け! 一人も逃すな、アーシスの狗どもを叩き潰すぞ!!」


 「「「はっ!!」」」


 エルフの戦士たちが一斉に、風となって動き出す。その列の先頭、誰よりも速く地を蹴り、闇へと消えていったのは、怒りに身を焼かれるルルーニャだった。

ワレらもまた、その風を追うように闇の先へと駆け出した。


 ◇


 馬車ではこの険しい夜道、エルフたちの足の邪魔になる。ということで、ワレら姉弟は別々のエルフの背に乗せてもらうことになった。ガレットはマリアを乗せているため、ワレは必然的に面識のないエルフの後ろじゃ。

 さて。馬の背に乗る際、前に乗るのが正しいのか? 後ろに乗るのが正しいのか?

さっぱり分からんかったので、とりあえず中央付近に跨り、相手の乗ってくる位置によって前後にスライドしようというナイスアイデアを思いつく。


 ふっ、さすが姉弟よ。横を見ればミナトも全く同じことを考えていたらしく、揃って挙動不審に馬の背の真ん中でうろちょろしておった。



 ――結局、作法などどうでも良かったようじゃ。

 ワレは後ろ、ミナトは前。振り落とされぬよう必死に捕まる。

しかし、一時間の疾走はあまりに単調じゃ。後ろから、この一心不乱に馬を駆る姉ちゃんの脇をくすぐったらどうなるじゃろうか?


 「ヒミコ様、おやめください」


 おっと、不吉な想像が口に出ていたようじゃ。


 「……お主、ワレのことを知っているようじゃな?」

 「もちろんです。既にヨゼフ様よりお話は伺っております。……すみません、ガレット隊長に置いていかれないよう必死なのです。あまりお相手はできませんが」

 「あぁ分かった。お主は運転に集中せよ。お口にチャックじゃな」

 「ありがとうございます」


 そして、全力で走り続けること一時間。

 先頭を行くガレットの鋭い停止信号と共に、全隊が一斉に息を殺して集結した。


 「この谷を下った先に奴らがいる。……私の合図とともに全力で駆け抜けよ。抵抗する人族は――殺せ」

 「「「はっ!!」」」


 エルフたちの瞳が、獲物を狙う獣のように冷たく光る。ガレットはワレらの方を向き、短く問うた。


 「姫様、それにお前たちは……どうする」

 「行きます」


 ミナトが、いつもの穏やかさを完全に捨て去った鋭い声で応える。

 「ここまで来て参加しない訳には行かないのじゃ」

 「ボクも行くニャ!!」



 ◇


 「総員、馬車には指一本触れさせるな! 狙うは外道の首のみ。――放てッ!」


 ガレットの峻烈な号令が谷間に響き渡ると同時に、夜空が、虹色の光跡によって塗り潰された。

夜の帳を切り裂き、頭上から降り注ぐ色とりどりの魔法。それが、慈悲なき処刑の幕開けを告げる合図となった。

 静寂を守っていた森のあちこちから、続いて魔力を纏った矢が雨のように降り注ぐ。だが、それは決して無差別な乱射ではない。


 「ぎゃあああッ! 手が、手がぁぁッ!」

 「――っ!? 敵襲だ!! 馬車を盾に……ぐふっ!?」

 「あれは……精霊!? エルフだと!? なぜ、こんな場所に……ぐわぁぁぁッ!!」


 アーシス兵たちが、荷台に乗せられた獣人を盾にしようと醜く手を伸ばした瞬間、その手首だけを正確に、緑の光が貫いていく。


 荷台で身を寄せ合い、ガタガタと震える子供たちの髪筋一本、服の端さえ掠めることのない、神業を通り越した精密射撃。

 エルフの戦士たちは、もはや風そのものだった。

 ガレットの指揮のもと、彼らは馬車の荷を傷つけない射線を完璧に計算し、死角から音もなく現れては、混乱に陥った敵の喉元を冷徹に掻き切っていく。


 「いよっしゃー! 見つけたのじゃー! このヒミコ様が直々に来てやったぞ、パンダ族め! 覚悟しろ、人攫いのアーシス共! カッカッカ!!」

 「……レッサーパンダだよ姉さん。それに、そんな笑い方だとどっちが悪人か分かったもんじゃないよ、全く……」

 戦場のど真ん中、呆れ顔の少年を背後に従え、ヒミコは傲岸不遜に胸を張る。

 彼女はさらに、後方に控えるエルフの精鋭たちへ、何故か意味も無く指示を飛ばした。


 「さぁ! ガレットさん! マリアさん! 存分にやっておしまい! カッカッカ! 一度このセリフを言ってみたかったのじゃ!」

 「はぁ……。姉さん……、本当にもう……」


 ミナトの呆れ混じりの溜息さえも、凄惨な戦いの序曲。

 今ここに、慈悲なき復讐の宴が幕を開けた。


 「な、なんなんだこの正確さは……!? 獣人を盾にしているのに、俺たちだけが狙われる……っ!」


 悲鳴を上げる兵士の目の前に、ガレットが影の中からゆらりと、亡霊のように姿を現した。


 「当然よ。お前たちのようなゴミと、森で数百年を過ごす私たちの眼を一緒にするな。――汚らわしい」

 彼女がレイピアを一閃させると、その足元から伸びた影の触手が、兵士の足を絡め取り、馬車から強引に引き剥がした。遮蔽物を失い、剥き出しになった敵の無防備な胸元を、追撃の矢が容赦なく貫く。

一方、ルルーニャは戦場の中央、子供たちが囚われている馬車のすぐ傍らで、鋭い視線を周囲に走らせていた。

 

 「先生……ルルーニャ先生……ッ!」

 「大丈夫だニャ。そこから動くんじゃないニャ」


 彼は自ら獲物を狩りには行かない。

 本来、猫族は争いを好まぬ穏やかで、臆病な生き物である。ルルーニャとて、その細い脚は恐怖で僅かに震えていた。だが、彼はその心を強靭な意志で押し殺す。


 今は先生として、恐怖に震える子供たちを落ち着かせ、万が一の跳ね返りや、敵の捨て身の特攻から彼らを守る、最後にして最強の防波堤となっていた。その瞳には、教え子を守る壁としての、黄金の意志が宿っている。


 「マリア様、浄化の風を!」

 

 ガレットの声に応え、後方で清らかな祈りを捧げていたマリアが、杖を天へと掲げた。

 「……シルフィ。清らかなる風よ。迷える魂に安らぎを、悪しき者に縛鎖を」

 『ワカッタ!』


 マリアの呼びかけに、姿を慧眼し、幼い幼女の精霊が応える。

 放たれた光の奔流は、戦場全体を白く染め上げた。

 それは獣人たちにとっては、凍える心を温める毛布のような慈愛の加護となり。

対するアーシス兵たちにとっては、全身の自由を奪い、底なしの泥沼へと引きずり込むような絶望の重圧となった。


 「ぐ、ぐぬう……体が動かねぇ……!」


 事態は着実に、圧倒的なまでのエルフ優勢に傾いていた。

その統率と神速の攻撃によって、馬車の上の尊い命は守られ、ただゴミだけが着実に掃除されていく――はずだった。


 突如、その均衡が爆ぜた。

 

 ――――ドォォォォンッ!!


 前兆も、魔力の揺らぎさえもなく。

 最前線で剣を振るっていた屈強なエルフの戦士が、まるで巨大な質量に叩き潰されたかのように、一瞬で遥か後方へと吹き飛ばされた。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ