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パラレル邪馬大国/セア・テア  作者: 三井咲也
再会の陽だまりと、動き出す刻
37/41

37話 偽装解除


 「襲撃……?」


 ルルーニャの部屋に集まった一行。その開口一番、投げかけられた不穏な言葉にヒミコが眉を寄せた。


 「そうニャス。緩衝地帯には、主にレッサーパンダ族が小さな集落を営んで生活しているニャスが……そこに三日後の未明、アーシスの兵が襲撃をかけるという情報が入ったニャス」

 「襲撃っても、なんでそんなことを……? それに、三日後って……」


 未だ来たばかりのミナトはこの世界の理不尽を飲み込めていない。困惑するミナトに、ガレットが重々しく口を開いた。


 「人族の一部は、他種族を自分たちより下の存在だと見なしているのよ。特にアーシス国は選民意識が強く、その傾向が過激だわ」

 「そうニャス。奴らの目的は、おそらく奴隷狩り。レッサーパンダ族は一部の貴族の間で珍しいペットとして高値で取引される。三日後、奴らは村を囲い、若い女子供を連れ去るつもりなのニャ」


 その言葉が落ちた直後、ふいに、扉の向こうから控えめなノックの音が響いた。

 一瞬で部屋に緊張が走る。だが、ガレットだけは分かっていたのか、短く入室を許可した。


 「失礼します」


 入ってきたのは、つい先ほど窓口で会ったばかりの人物。そして、ヒミコも見知った顔がもう一人。


 「あれ? ヨーゼフではないか」

 「ヨーゼフではなくヨゼフです、ヒミコ様。……お久しぶりですね」


 ヒミコが牢屋で目覚めた時にセルフィとガレットの背後に控えていた男。ヒミコは今まで一度もまともに会話をしたことがなかったが、惜しい所まで名前を覚えていたらしい。


 「あなたはもしかしてレイナ? それにヨゼフ、何故ここに?」

 そしてもう一人の人物――くせ毛の受付嬢。彼女の瞳にはギルドで見せたにこやかさはなく、冷たく感情を削ぎ落とした密偵の輝きが宿っていた。


 マリアの問いに、二人は流れるような動作で跪く。


 「マリア様。先ほどは窓口にて不作法な振る舞いを。どうかお許しください」


 「いいえ、いいのです。……突然姿を消して心配していましたが、あなたは今、この場所で……」

 「はい。……国を離れて数年、今は命により、この国で情報収集に従事しております」


 受付嬢という仮面を脱ぎ捨てた彼女の立ち振る舞いは、明らかに鍛え上げられた密偵のそれだった。


 「おぉ! なんかかっこいいな! ぽいな! ぽいぞ!」

 「なに姉さん、ぽいって?」

 「かぁー! 弟よ分からんか? まったく、仕方のない奴じゃ。説明してやろう。表の顔はただの受付嬢。じゃが、その真の姿は……!」


 ヒミコがたっぷりと溜めて、二人で声を揃える。


 「「――密偵っぽい!!」」

 「じゃろ? カッカッカッカ!」


 緊張感のかけらもなく、姉弟ならではの阿吽の呼吸で笑い合う二人。だが、次の瞬間、部屋の空気は一気に氷点下まで凍りついた。


 「……アレはほっといていいわ……それで、レイナ。分かったの?」


 ガレットの低く冷徹な声に、レイナが表情を消して頷く。


 「はっ。……隊長、結論から申し上げます、黒です」

 「……そう」


 その言葉を聞くや否や、ガレットとレイナの動きが重なった。二人は流れるような動作で腰の短剣を抜き放ち、その切っ先を迷いなく一人の人物へと向けた。


 「さて、聞かせてもらおうか。……猫族の皆さん。それとも、『アーシスの加担者』とお呼びすればいいかしら?」


 突きつけられた白刃。



 「―――――――――――ん?」


 弟と周波数を合わせる作業を終えてふと周囲を見回すと、そこには想定外の光景が広がっていた。何故かあいつらが、ルルーニャの喉元に剣を突きつけているのだ。

 (傍から見たら動物虐待。逆の視点から見ても動物虐待。つまりダブル! 故に、どど、ぶぶ、つつ……いかん、意味が分からぬ。ワレは今、必死に冷静になろうとしているのだ)


 横を見れば、ミナトは「ガビーン」と固まり、マリアは冗談抜きに真剣な眼差しだ。


 「――ルルーニャ。貴女がアーシス兵にレッサーパンダ族の集落の場所を売っていたという情報を入手しています。三日後の襲撃……その手引きをしたのは、貴女ですね?」

 「―――ニャニャニャ!?!?!? そんにゃわけニャイニャ!」

 「ヨゼフ」


 ガレットが短く促す。かつてヒミコを尋問した時と同じ、静かな重圧が部屋を支配した。だが、今回ヨゼフが口にしたのは意外な言葉だった。


 「……本当のことを言っています。【心眼】をもってしましたが彼に裏切りの意図はありません」

 「……どういう事だ?」


 ガレットの眉がわずかに動く。ミルナスにもいるようにアーシスにも密偵が日常に溶け込んでいる。そんな密偵から上がって来た「猫族がアーシス兵と接触し、レコット村襲撃の手伝いをしている」という確かな情報が上がっていた。

 獣人に厳しいあの国で、自由に動き回れる猫族などそう多くはない。状況証拠はすべてルルーニャを指していたはずだった。


 「ボクがそんなことをする訳ニャンてニャイニャ!」

 「では、ルルーニャ殿は何処で今回の情報を?」

 「商人の伝手にゃ! 色々話をしているとアーシスの不穏な情報が入ってきて、調べていくうちに本当のことだと分かって……。同族を助けてほしくて話したのニャ!」 


 ルルーニャだけではない、背後の猫族の必死の懇願の表情に嘘は見られない。どうしても皆嘘には見えなかった。


 「よいか?」

 「今真面目な話をしているの、ふざけるのは後にして」

 「待て、ワレをそんなキャラにするな。ワレだって真面目な事を言うことが出来る」

 「はぁ……それで?聞くだけ聞きましょうか」


 「とりあえずだな――」


 ◇


 アーシス国とミルナス国の国境。両国の狭間に横たわるアドリア渓谷、緩衝地帯。

 どちらの国にも属さないその場所には、細い川辺に寄り添うようにして、小さな集落――レコット村が存在していた。


 事前の話し合いで、ヒミコが下した決断は極めてシンプルだった。

 

 「ヨゼフの心眼でも白黒つかぬなら、とりあえず全員連れて行く」という、あまりにも直感的かつ脳筋な力技である。疑わしきは罰せず、だが監視下に置く。実に彼女らしいやり方だった。


 情報によれば、アーシス兵が村を襲撃するのは夜寝静まった「三日後の未明」のはずだった。だが、平和な未来図は、あまりにも唐突に、音を立てて崩れ去る。


 「ニャニャニャ!? 燃えてる……燃えてるニャス!?」


 ルルーニャの引き裂くような悲鳴が夜風を震わせた。

 三キロ先。闇に塗りつぶされた世界の一角が、不浄な朱色に染まっている。赤い舌を出すように激しく燃え上がる炎。それは建物だけでなく、そこにいた人々の日常を、命を、無慈避に灰へ変えていく地獄の業火だった。


 「たっ頼むニャ! 急ぐニャス!! みんな良い人らなんニャ!! フランを、フランをいつか海に連れて行くって約束したんニャス! それに――!」

 「落ち着きなさい、ルルーニャ殿。ここであんたが理性を失えば、救える命も救えなくなります」

 

 マリアが凛とした声で制し、その横でガレットが鋭い視線を闇へ投げかけた。


 「ガレット、ダキュースを先行させて」

 「はっ! ……ダキュース! 先に状況を確認しろ。一刻を争う事態ならば、貴様の判断で介入を許可する!」

 『心得た。……血の匂いが漂っているな。急ぐぞ』

 ガレットの足元、長く伸びた影の中から、闇そのものを擬人化したような上位精霊ダキュースが滑り出した。

 「レイナ! お前のも先行させろ!」

 「了解しました!……行け、ナーヴァ!」

 『まかせて』


 ギルドの受付嬢という仮面を脱ぎ捨て、殺戮の道具としての鋭さを剥き出しにしたレイナが続く。

 闇を駆けることに特化した二体の上位精霊は、物理法則を無視した速度で炎の方向へ消えていった。


 「総員! 馬の腹を蹴れ! 目的地まであと五分、いつ敵と接触してもおかしくない! 警戒を厳にせよ!」

 「「「「「はっ!!」」」」」


 ガレットの号令に、十五名の精鋭たちが地を揺らす馬蹄の音で応える。

 近隣国で潜伏任務に就いていたエルフたちの人員を最低限残し緊急招集、集まったエルフは今人族への偽装を解き、尖った耳と鋭い魔力を夜気に晒して疾走する。

 その隊列の中心。殺気立つ密偵たちに囲まれ、激しく揺れる馬車の中で、浮世離れした会話を交わす姉弟がいた。


 「なぁ、ミナトよ。あのガレットを見ろ。あれが本来の隊長の姿じゃ。実に輝いて見えるのう」

 「すごいね。普段は世話焼きなお姉さんって感じだけど、今は完璧に『上司』の顔だよ姉さん。……いや、感心してる場合じゃないんだけどさ。ねえ、マリアでさえ馬に跨っているのに、僕らだけ馬車でいいのかな?」

 「仕方ねえじゃろ、お前、馬に乗れるのか?」

 「……わかんない」

 「嘘つけ! 何が『わかんない』じゃ! 『乗れるかもしれないけど、試してないから分からない』みたいな、変な含みを持たせるんじゃねえのだ!お前姉ちゃんにマウントとろうとするんじゃねぇ! 」

 「……そんな言い方しなくたっていいじゃん!それに別にマウントなんて取ろうと思ってないし!姉さんだって乗れないでしょ?」

 「……わからぬぞ?(ニヤ)」

 「嘘つけぇ!」



 百戦錬磨の密偵たちは、背筋に冷たいものを感じていた。

 (((この姉弟……なぜこんな死線を前に、ふざけ合う余裕があるのだ……?)))


 肝が据わっているという次元ではない。


 実際のところ、姉弟は何も考えていない。それどころか、深夜の強行軍という圧倒的な非日常に、「夜更かしだー! ワクワクするのじゃ! お祭り騒ぎじゃな!」と不謹慎な昂ぶりすら感じていたのである。

 「無視しないで! 姉さん!」

 「うっせー! ワレの勝ちじゃ!(?) そんな事より見えたぞ。悪党どもの顔が拝める距離じゃ!」

 ヒミコは不敵に、カッカッカと笑い声を上げた。



 「小熊猫を攫おうとする不届き者どもめ。直々に、地獄へ案内してやろう!エルフ達が!」


 

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