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パラレル邪馬大国/セア・テア  作者: 三井咲也
再会の陽だまりと、動き出す刻
36/41

36話 不穏



 「助かったぜ! ありがとな!」

 「本当に、本当にすみませんすみません! ありがとうございましたぁ!」


 ニッカリと人懐っこい笑みを浮かべる男とは対照的に、女の方は壊れた玩具のようにペコペコと頭を下げ続けている。

 男――バサラは、少し跳ねた短い黒髪に、使い込まれて黒ずんだ革のチェストアーマーを纏っている。肩や腕には細かな傷跡が残るプロテクターを装着しており、いかにも前線で泥臭く戦う軽戦士といった風体だ。

 対する相方のセンカは、明るい茶髪を忙しなく揺らしながら、泣き出しそうな顔で謝り倒している。彼女の服装は動きやすさを重視したグリーンのチュニックに、矢筒を背負うための太いベルト。弓使いらしい軽装だが、服の端々にひっかき傷があるのが、先ほどの逃走劇の激しさを物語っていた。

 バサラの方は、おそらく一ミリも悪気がないのだろう。その屈託のなさが、逆に周囲の神経を逆撫でしていた。


 「……あんたら、冒険者よね? 自分がやったことが、どれほどやばいことか分かってる?」


 ガレットが静かながらも、完全にブチギレている。

 その声は低く、草原を吹き抜ける潮風よりも冷ややかだった。


 「いや、だから、ありがとうと礼を言って――」

 「そういう問題ではない」


 ガレットがバサラの言葉を氷の刃のような鋭さで遮る。

 彼女は手にした弓を無造作に、だがいつでも引き絞れる位置に保ったまま、二人を射貫くような視線で睨みつけた。


 「あなたたちは、自分たちが助かるために無関係な人間を『餌』にした。もし私たちが実力のない新人だったら、今頃は全員が狼の胃袋の中よ。……それとも、最初から私たちを捨て駒にするつもりで近づいてきたの?」

 「なっ、そんなつもりは……っ!」


 バサラは黒髪をガリガリと掻き、焦ったように言い返そうとした。しかし、ガレットから放たれる圧倒的な威圧感に気圧され、革の鎧がミシリと鳴るほど体を強張らせる。


 「……ガ、ガレットさん、それくらいにしておいてあげなよ」


 あまりの空気の重さに、ミナトがおずおずと助け舟を出した。


 「みんなもびっくりしてるし……ね?」

 「私はもう終わったことなので、もう良いですよ」


 マリアが柔らかな声で続く。その慈愛に満ちた言葉が、凍りついた空気をわずかに溶かした。


 「…………………」


 だが、ヒミコだけは言葉を発さなかった。

 腕を組み、黙り込んだまま、目の前で項垂れるバサラとセンカを凝視している。

 

 「はぁ……。もういいわ、行きなさい」


 ガレットの突き放すような声で、ヒミコの意識は現実へと引き戻された。


 「あー、その……。悪かった。ルールとか良く分かってなくて、金を稼ぐのに精一杯というか。……言い訳だな。本当に、迷惑をかけた」


 バサラが深々と頭を下げ、革の鎧を軋ませる。


 「すみませんでした! ありがとうございました!」


 センカもそれに続き、二人は逃げるように街の方へと歩き出した。

 遠ざかっていく二人の背中を、ヒミコは依然として無言で見つめ続けていた。


 「姉さん? どうかしたの?」


 ミナトが顔を覗き込んできて、ようやくヒミコは重い口を開いた。



 「……いや」



 ◇


 依頼書に指定された量のアオミグサを採取し終え、一行は街へと戻った。

 午前中に終わる予定だったが、不意のトラブルのせいですっかり昼を過ぎてしまっている。

 ギルドに戻ると、相変わらず人は閑散としていた。忙しくなるのは夕方以降らしい。

 受付へ向かうと、「おかえりなさい」と朝と同じくせ毛の受付嬢が笑顔で迎えてくれた。

 採取した草を隣の検品スペースへ置き、依頼通りの量を納める。


 「はい、確かに。お疲れ様でした」


 差し出された報酬は、銀貨一枚だった。

 後に分かることだが、この街において銀貨一枚とは、せいぜい並の食事が一食取れる程度の価値しかない。朝早くに奪い合うようにして討伐依頼がなくなるわけである。草むしりでは、あまりに実入りが少なすぎるのだ。


 「でも、お金を稼ぐのは大変だって分かったでしょ?」


 ガレットが諭すように言う。その言葉を聞いて、ミナトはふと疑問を口にした。

 「そういえばガレットさん、僕たちの旅の資金って……元々持ってるの?」

 「ええ、あるわ」


 ガレットによれば、この世界のお金は銅貨・銀貨・金貨と、どの国でも共通して流通しているらしい。エルフの国で金を使う機会は滅多にないが、今回の旅にあたって相応の資金を預かってきたのだという。当面の間、普通に生活していく分には困らない額だ。


 「そうなんだ」

 「でも、いつまでもこのお金に甘えるわけにはいかないからね。軍資金はあくまで保険。なるべく自分たちで稼げるようにならないと」


 釘を刺すようなガレットの言葉に、ミナトは「うっ」と言葉を詰まらせ、ヒミコは「わかっておるわ!」と鼻を鳴らした。


 「さて。それじゃあ、まずは腹ごしらえにしましょうか。……慣れない草むしりで、みんなお腹が空いたでしょう? 先に外で待っててくれるかしら?」


 ガレットに促され、一行はギルドの近くにある酒場兼食堂『潮騒の鉄鍋亭』へと足を向けた。

 店内は港町らしく、磯の香りと焦がしバター、そして食欲をそそるスパイスの匂いが充満している。

 一行は隅のテーブルに陣取ると、今日稼いだ銀貨一枚の重みを噛みしめることなど一切せず、豪華なメニューを次々と注文した。


 テーブルに並んだのは、湯気を立てる『大アサリと地魚の香草蒸し』に、カリカリに焼いたパンを添えた『濃厚な海老の肝ソース和え』。さらに、この街の名物である『シーサーペントの輪切りステーキ』が、ジューシーな脂の音を立てて運ばれてきた。


 「姉さん、これ、銀貨一枚どころか金貨が飛ぶんじゃないかな……」

 「……あぁ、そうじゃの」

 「えっ?」


 なぜか先程から覇気がないヒミコ。いつもなら真っ先に食らいつくはずの姉の様子に、ミナトは少し首を傾げたが、それ以上に目の前の馳走の誘惑には勝てなかった。


 「ふふ、マリア様もどうぞ。しっかり食べて体力をつけないと」


 ガレットは微笑みながらマリアに勧め、自身もキリッと冷えた果実酒を喉に流し込んだ。エルフの里では味わえない、海の恵みが凝縮された料理を堪能し始める。


 「えぇありがとう。それにしてもガレット……あなた、よくお酒を飲みますね」


 少し意外そうにマリアが小首を傾げると、ガレットはわずかに頬を染めた。


 「いや、その……たしなむ程度です」

 「昨日も『プハァ!』と、随分勢いよく飲んでいらっしゃいましたが? たしなむ程度とは、具体的にどういう状態を指すのでしょうか?」

 「あ、いや、それはっ……」

 「ハハハッ」

 マリアの追及にガレットがしどろもどろになる。そんな他愛ない笑い声が響いていたテーブルだったが、隣の席から流れてきた低い声によって、その場の空気は一変した。


 『……聞いたか? 隣のアドリア渓谷、ついにアーシス兵が動いたらしいぜ』

 『ああ。緩衝地帯に軍が集まっているらしい。なんでも、質の良い「商品」を狩り集めて帝国に上納でもするんだろう』

 『女子供をさらって売っ飛ばすのか……。ケッ反吐が出るなアーシスのクソどもは、人の心ってのは無いのかね?』

 『あぁまったくだ』


 美味いはずの海鮮ステーキが、一瞬で砂を噛むような味に変わる。

 ガレットの瞳が鋭く細まり、マリアは静かに祈るように目を伏せた。

 

 ヒミコは、口に運ぼうとした大アサリを皿に戻すと、不機嫌そうに隣の席を睨みつけた。


 


 食事を終え、一行は会話することなくどこか重苦しい空気のまま宿屋に戻った。

 するとタイミングよく、ルルーニャたちも帰ってきたところだった。しかし、その表情は非常に神妙で、周囲にはただならぬざわめきが満ちている。


 「……ちょっと話しがあるニャス、部屋に来てくれるニャスか?」

 

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