34話 登録
翌朝。宿で朝食を済ませた一行は、港町の活気に誘われるように外へと踏み出した。
ルルーニャは商人としての仕事があるとのことで夕方まで別行動。ヒミコ、ミナト、マリア、ガレット……四人と一羽は、街の中心に鎮座する『冒険者ギルド』へと向かう。
「……うぅ、身体が痛いなぁ」
ミナトが腕を回し、身体のあちこちの悲鳴を確認しながら呻いた。
無理もない。昨夜の宿、ベッドは二台。ガレットがソファーで寝ようとしたのをマリアが制止して二人は同じベッドへ。ミナトも気を使ってソファーへ行こうとしたのだが、今度はヒミコがそれを引き留めたのだ。
「久しぶりに一緒に寝るな!」
無邪気な笑顔の裏に隠された、地獄の就寝時間。寝返りのたびに無意識に繰り出されるプロレス技。幾度となくベッドから叩き落され、ミナトは最初からソファーを選ばなかった自分を呪った。
ちなみに、ガレットが暗闇の中で哀愁漂う目を向け、叩き落されるミナトをじっと見守っていたことを、彼はまだ知らない。
「まったく。本当は姉ちゃんと寝られて嬉しかったんじゃろ? この、照れ屋さんめ」
「……はは、そうだね」
見当違いな方向に胸を張るヒミコに、ミナトは乾いた苦笑いを返すのが精一杯だった。
そんなやり取りをしながら辿り着いたのは、周囲の建物より一際頑丈そうな石造りの要塞――冒険者ギルドだ。その重厚な扉に手をかけようとした、その時。
「だから、その依頼はやめましょうよー!」
「うるさーい! 金が無いんだ! お前が毎回ちゃんとしてればだな、俺は苦労しないんだよ!」
扉が勢いよく弾け、若い男女の冒険者が罵り合いながら飛び出してきた。
「……活気がある、と言っていいのかしらね」
ガレットが皮肉げに肩をすくめ、一行を喧騒の渦へと促した。
一歩足を踏み入れれば、そこは石と鉄、そして野心の匂いがする広大な空間。
「そこまで人はいませんね?」
不思議そうに首を傾げるマリアに、ガレットが囁くように答えた。
「この時間だと、もう大半は獲物を求めて出かけた後なんです」
「えっ? 早いんだね。そういえば宿で朝食を食べている時も、そこまで人がいなかったのはそういうこと?」
「そうだ、ミナト」
依頼の内容にもよるが、基本的に冒険者の朝は早い。遠方での任務なら野宿を避けるため、門が閉まるまでに帰還できるよう早朝から動くのが鉄則なのだ。
「うえー、これからはもっと早起き生活をせねばならんのか?」
ヒミコが露骨に嫌そうな顔をして、自身のアホ毛を力なく垂れさせた。
「別に、強制というわけじゃないわよ?街の中での依頼なんかもあるし。あれを見て」
ガレットが指さした先には、大きな木製の掲示板があり、複数の依頼書が所狭しと並んでいた。
「あれが依頼書よ。自分のランクに見合った仕事を選ぶの。……とりあえず、まずは登録ね。行くわよ」
促されるままに、一行は奥にあるカウンターへと向かった。
三つある受付窓口のうち、ガレットは迷うことなく一番端に座る女性の前へと進んだ。
「冒険者ギルドへようこそ!」
強烈なくせ毛が特徴的な、自然体で素敵な笑顔を浮かべた女性が一行を出迎えた。
「登録を頼む。この三人だ」
ガレットが短く告げると、受付嬢はニコリと微笑みを深めた。
「畏まりました。では銀貨一枚、三人で3枚頂きます。はい確かに。
では手続きの前に、まずはギルドの仕組みについて簡単に説明させていただきますね」
彼女はカウンターの下から、ランク表が記された羊皮紙を取り出した。
「依頼にはランク制限がございます。D、C、B、A、S……と分かれておりますが、最初は全員一律でDランクからのスタートとなります」
「実力に関わらずか?」
ヒミコが尋ねる。
「はい。ギルドは実力と共に信用を大事にしますので。まずは簡単な依頼で実績を積んでくださいね」
受付嬢はそう言うと、透明な球体を引き寄せた。
「それでは、生態登録をさせていただきます。こちらの球体に手を触れていただけますか? 魔力濃度を測定するための魔導具です」
「ほー、魔力が高いとどうなるのじゃ?」
「球体の放つ光の濃淡が変わります。光が濃ければ魔力量が多く、逆もまた然り。それによって今後のアドバイスもできますが、あくまで本人確認用の登録ですのでご安心ください」
受付嬢が快活に笑う。ガレットはそれを黙って見守り、マリアだけは受付嬢をじっと凝視していた。何か、普通の人族とは違う空気を感じ取っているのかもしれない。
「んじゃ、僕からいこうかな」
「おっ、さすがワレの弟。男の子じゃな!」
ミナトはヒミコの発言を華麗にスルーし、緊張した面持ちで球体へと手を伸ばした。
「おぉー、なかなかですね。はい、大丈夫です」
球体が淡く白く発光する。「なんだ、こんなもんか」とミナトは少し拍子抜けした様子で手を引いた。
続いて、マリアが登録を済ませる。彼女が触れた瞬間、球体はミナトの時よりも一際強く、清浄な輝きを放った。受付嬢が「素晴らしいですね!」と目を丸くする。
「ピ!」
「カカッ! ハヤテ、お前も触ってみるか? 最近影が薄いからな」
「ピッ!?」
ヒミコはハヤテを両手でむんずと掴むと、そのまま球体にその細い足をピタッと押し付けた。突然の鳴き声に受付嬢がビクッとする。一瞬「ぺかっ」と光った気がしたが、それだけで終わった。
「まだまだ修行が足りんぞ、ハヤテ」
「ピー……ピ!」
そして。最後に、ヒミコがその球体に触れた。
――瞬間。
マリアの輝きなど灯火に過ぎないと思わせるほどの、極大の閃光が爆発した。
視界のすべてが白銀に塗りつぶされる。
「お? お? ちょ……まぶっ!?目が、目がぁーーーっ!」
咆哮するような光の奔流。その中心で、ヒミコだけが困惑した声を上げていた。
◇
茂みから三つの影が、こっそりと顔を出していた。
獲物を確認した男女は互いに深く頷き合う。そして、背後に控える少女へ許可を求めるように視線を送った。
前方にいる女性は獲物を狙う鷹のような鋭い目(自称)で、物音ひとつ立てずに弓の弦をギリリ……と引き絞る。
だが、様子がおかしい。一斉に立ち上がった狼の群れが、鼻先を天に向けて空気を嗅ぎ始めたのだ。
「中止だ!」と男が合図を送ろうとしたが、時すでに遅し。指を離れた矢が空を切り、同時にはた迷惑なのんきな声が漏れた。
「あっ。ここ、風上でしたね」
放たれた矢は、ボスの頭部を避けて虚しく空を切る。風上でとうに察知していたボス狼は、余裕の表情で首を横に避けた。
次の瞬間、怒り狂った狼たちが牙を剥いて猛然とこちらへ詰め寄ってきた。
「おぉーい!? お前、弓に関しては右に出る者はいないって豪語してたよな!?」
「だって仕方ないじゃないですかぁ! 私が得意なのは『的当て』です! 躱されたら無理に決まってるじゃないですか!」
「はぁ!? 的限定の弓使いなんて、もっとマシな奴を連れてくればよかったわ!」
「ひっどい! ……ちなみに弓を引くとき胸元をジロジロ見てるのは気づいてますからね! 変態!エッチスケベ、ヘンタイヘンタイ!!」
「うっ、うるさい! 今はそれどころじゃねぇだろ! ……って、あぁーっ! 近くまで来たらみんなしてドヤウォークしやがって……! もうピンチ!」
死角から躍りかかってくる狼の群れ。
万事休す。男が必死に剣を構え直し、叫んだ。
「――様! お願いします!」
やがて。後方にいた少女が、やれやれと呆れ顔を浮かべながら立ち上がった。
彼女は短く呟き、静かに右手を天へと掲げる。
――瞬間。
三人と狼の境界に、この世ならざる巨大な影が染み出した。爆発のような衝撃ではない。ただ静かに、圧倒的な「密度」がそこに現れたのだ。
掲げた右手が振り下ろされた刹那。
召喚された「なにか」が閃光のごとく森を駆け抜け、狼たちの気配を根こそぎ飲み込んで消えた。
数分後。
何もなかったかのように静寂を取り戻した森で、生き残っていたのは、その三人だけであった。




