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パラレル邪馬大国/セア・テア  作者: 三井咲也
再会の陽だまりと、動き出す刻
32/41

32話 冷徹な視線

 

 ルルーニャの案内に従い、一行は石畳の目抜き通りへと足を踏み入れた。

 そこは、門の周辺とはまた違う、エオリアという街の本質が剥き出しになったような場所だった。


 「おぉ……あっちにも、こっちにも。なんと騒がしく、賑やかなところじゃな」


 ヒミコは首が外れそうなほど忙しなく周囲を見渡した。

 通りの両脇には、色鮮やかな看板を掲げた商店が軒を連ねている。軒先に並ぶのは、見たこともない原色の果実や、繊細な意匠が施されたガラス細工、そして鈍い光を放つ魔導具の数々。

 ふと見上げれば、夕闇が迫る空の下、街灯に明かりが灯り始めていた。

 それはヒミコの知る明かりではなく、魔石を組み込んだ魔導ランプが放つ、青白く透き通った光。琥珀色の街並みを彩る光の粒が、緩やかな坂道に沿ってどこまでも続く光の川のように見えた。


 (……まるで、星が地上に降りてきたようじゃ)


 ヒミコの口から、柄にもなく詩的な言葉が漏れる。

 広場の中央にある大きな噴水では、水飛沫がランプの光を反射して宝石のように舞い、その傍らで吟遊詩人が奏でるリュートの音色が、潮風に乗って石造りの建物に反響している。人々が肩を寄せ合い、笑い合い、何気ない日常を謳歌している。


 「ちょっとヒミコ、置いていくわよ」

 「む……分かっとるわ」


 我に返ったヒミコは、髪をなびかせ、再び活気の中に駆け出した。


 ◇


 「ここニャス」


 案内された場所は、先ほどの噴水から目と鼻の先。エオリアの中でも一等地と思われる場所に、その宿屋はあった。

 軒先で揺れる看板には、デフォルメされた可愛らしい猫のマークが描かれている。だが、扉を開けて中に入ると、一階は広々としたパブ兼食堂になっており、夕食時ということもあって野太い笑い声と熱気に包まれていた。


 「っしゃい」


 カウンターの奥から響いたのは、岩を削り出したような顔つきに、蓄えた髭が威圧感を放つコワモテの男の声だった。入口の猫マークとは正反対の店主の姿に、ヒミコは思わず外の看板を再確認した。


 「8人、いけるニャスか?」


 ルルーニャの問いに、店主は鋭い眼光を一行に向けたが、下を向きすぐにルルーニャだと気づくと、髭の奥でわずかに口角を上げた。


 「……なんだ、ルルーニャか。生憎と今は繁忙期でな。空いているのは二食付きの二人部屋が二つだ。それでいいか?」

 「十分ニャス! あ、それと馬と馬車もお願いしたいニャス」

 「裏へ回しな。うちの馬小屋は風通しが自慢だ。エオリア一番の干し草を用意してやるよ」

 料金をルルーニャが支払い。一行は一旦裏手の清潔な馬小屋へ馬車を預け、ギシギシと鳴る木の階段を上って部屋へと向かった。

 二人部屋とはいえ、ベッドは大人二人が並んでも余裕がある広さだ。窓からはエオリアの夜景が覗き、潮騒の音が心地よく響いている。

 荷物を置いた一行は、期待に胸を膨らませて一階の食堂へと戻った。


 ◇


 「ほらよ、お待ちどう。エオリア名物――黄金の海陸蒸しだ」

 店主が運んできた大きな鉄鍋。その蓋が取られた瞬間、爆発的な湯気と共に、暴力的なまでの香りがヒミコの鼻腔を突き抜けた。


 「……っ!! な、なんじゃこの匂いは……!?」


 ニンニクと香草、そして焦がし醤油にも似た香ばしい蜜の香り。

 鍋の中に鎮座していたのは、拳ほどもある分厚いオーク肉の塊と、それに負けない存在感を放つ大エビや貝の群れだった。肉から溢れ出した濃厚な脂が、貝の出汁と混じり合い、黄金色のソースとなって具材を艶やかにコーティングしている。


 「……素晴らしい香りですね。お肉と海の幸を一緒に蒸し上げるなんて、贅沢な趣向です」


 マリアが感心したように、そっと頬を緩める。一方、その隣でガレットは生唾を飲み込むのを隠すように、ぶっきらぼうに呟いた。


 「うまそうニャス!」


 「「「ニ”ャー!」」」


 隣のテーブルでは、猫族達がわちゃわちゃはしゃぎ始めている


 「……。見た目は悪くないわね。魚介の旨味を肉に吸わせるなんて、人族もたまには気の利いたことをするじゃない」


 ガレットが呆然と呟く横で、ヒミコは既に我慢の限界だった。


 「さぁ!今日はボクのおごりにゃ!好きに食べてくれニャス!」


 ルルーニャの声が声が終わるか終わらないかのタイミングで、ヒミコは震える手でフォークという名の小さな三叉矛を肉に突き立て、口へと運んだ。


 「あむっ……、…………っ!!」


 噛みしめた瞬間、肉汁の爆弾が口内で弾けた。

 野性味溢れる肉の弾力。それを追いかけるように、エビのプリッとした食感と濃厚なミソのコクが、怒涛の波のように押し寄せてくる。


 (………うまし)


 ヒミコの瞳が、街灯よりも眩しく輝く。夢中で肉を頬張る彼女を見て、ミナトも負けじとフォークを伸ばした。

 「ふぉいえば、お主ら二人は肉を食えるのか?」


 ふと思い出し、口をもぐもぐさせながらヒミコが尋ねる。


 「エルフは肉を食べない」と聞いていたからだ。

 「え? 二人は食べないの? ベジタリアンってやつ?」


 ミナトの問いに、ガレットは自分の皿の肉を器用に切り分けながら答えた。

 「正確には意思疎通ができる動物は食べない、という戒律ね。でも魔物は別。あれは自然の循環から外れた歪な存在だから、狩って食べることはむしろ浄化に近い行為なのよ。……それに、こんなにいい匂いをさせておいて食べるなっていうのは、酷な話でしょう?」


 そう言って悪戯っぽく笑うガレットと、幸せそうにスープを運ぶマリア。

 

 「……では、なぜエフィリアでは肉料理が出なかったのじゃ? アサシンスパイダーのような魔物が湧いた時もあったじゃろ。兵士たちが怪我をしてるとこも見たのじゃ、あれは魔物のせいじゃろ?」


 「あぁ、あれね……」


 ガレットは少し嫌そうな顔をして、エールで喉を潤した。


 「いい、ヒミコ。エルフにとって食事っていうのは、ただの栄養補給じゃないの。清浄な魔力を取り込む儀式でもあるわけ。……あんた、あんな毒々しい蜘蛛の肉、食べたいと思う?」


 「……。いや、流石に遠慮したいが?」

 

 「でしょ? エフィリアの周辺に湧くのは、アサシンスパイダーみたいな汚染された害獣か、森の奥から迷い込んでくるようなしぶとい雑魚魔物ばかりなの。あんな不浄なモノ、里の食卓に並べるなんて族長たちが許さないわ」

 「そうです、ヒミコ」


 マリアがそっと補足する。


 「エルフ国は、精霊たちの加護によって清らかな空気に満ちています。そのため、このオークのような魔物は、その清浄な空気を嫌って基本的に寄り付かないのです。結果として、エフィリア周辺では、私たちと共生している言葉を解する動物たちのものだけになってしまうのですよ」


 「……なるほど。友達を食うか、毒蜘蛛を食うかの二択しかなかったという訳か。それは確かに、草を食っていた方がマシじゃな」


 「そういうこと。だから伝統的に肉は食べないものっていう建前で通してるのよ。……ま、森の遠征で仕留めた獲物をこっそり焼いて食べたりなんかもしてたけどね」


 「ガ、ガレット!? 初耳ですよ!?」

 「あ……、いや、今のは内緒」


 ガレットは慌てて口を塞ぐと、誤魔化すように手元のジョッキを掴んだ。琥珀色のエールを喉に流し込み、「プハァッ!」と短く息を吐く。その飲みっぷりは、エルフというよりは歴戦の冒険者そのものだ。

 「……はしたないですよ、ガレット。精霊神様が見ていらっしゃいます」

 「いいのです、人族の街にいる間くらい。これも『大地の恵み』を味わう儀式です」

 「……まったくもぅ」


 そんな賑やかなやり取りを、ミナトだけは先程から黙って少し離れた視線で見ていた。

 彼は先ほどから食事の手を止め、店内の喧騒とは無関係なある一点をじっと見つめている。やがてミナトは静かに椅子を引くと、会計を終えて店を出ようとしていた二人組の男たちの方へ、音もなく歩み寄った。

 「ねえ、そこの人。……帰るの?」


 不意に背後から声をかけられ、男たちは足を止めた。


 「あぁ? ああ、そうだけど。……なんだ坊主、用か?」


 振り返った男たちの顔には、旅の疲れと、酒で赤らんだ無防備さが浮かんでいる。

 すると、ミナトは感情の読めない無機質な瞳で、彼らを真っ向から見据えた。その全身から、この場に似つかわしくないほど濃密で冷徹な圧が立ち昇る。


 「…………えっ。死にたいの?」


 一瞬にして、食堂の喧騒が遠のいた。

 エールを飲んでいたガレットの手が止まり、カツンとジョッキがテーブルに置かれる。彼女のエルフ国隊長としての直感が、ミナトから放たれる本物の殺気に反応したのだ。


 「な、なんだと……!? ガキ、ふざけてんのか!」


 男が気圧されながらも声を荒らげる。だが、ミナトは怯むどころか、さらに首を傾げて淡々と告げた。


 「ふざけてないよ。……ボクには見えるんだ。君たちが置いていこうとしているアレが、どれだけ恐ろしいことを招くか。……本当に、このまま行くつもり?」


 ミナトの指差す先。男たちが座っていたテーブルに残されたソレ。少年の気迫があまりに凄まじく、周囲の目にはそれが取り返しのつかない不吉な供物か何かに見えていた。

 「えっミ、ミナト……?」

 マリアが震える声で呼ぶ。


 琥珀色の夜。街灯の光さえ届かないような少年の瞳が、獲物を射抜くように男たちを捉えて離さなかった。


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