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パラレル邪馬大国/セア・テア  作者: 三井咲也
再会の陽だまりと、動き出す刻
30/41

30話 正義の告発者

 

 「おいおい、お前ら。俺たちがこうして糞暑い中、立って待ってるってのに、猫族様は馬車で優雅に御休息か? えぇ? 羨ましい限りですなー、おい!」


 下卑た笑い声を上げながら、三人の男たちがルルーニャの馬車を取り囲む。

 先頭に立つ大男は、はち切れんばかりの筋肉を誇示するように、袖をまくりあげた汚れたレザーアーマーを纏っていた。使い込まれた革には無数の傷跡が刻まれ、その隙間から覗く腕は、丸太のように太く、びっしりと濃い体毛に覆われている。

 対するルルーニャは、御者台の上で耳をペタンと寝かせ、必死に言葉を絞り出す。


 「……僕たちは商人ニャスからに荷物を運ぶからニャスからに、馬車がニャイからには、商売にはニャラニャイからによ」

 「あぁん? 何だって?」


 恐らく、いや間違いなく、ルルーニャは冷静を装おうとしているのじゃろう。しかし、その口から飛び出したのは、もはや新種の難解な早口言葉であった。

 ルルーニャは今、心臓が口から飛び出るほどテンパっている。語尾の「ニャ」が激しく渋滞を起こして、もはや独自の言語体系を築きつつあった。


 「何言ってんのかわかんねーよ。ったく、あーあ……疲れたなぁ、お前ら?」

 「死にそうっすよ、兄貴! 喉がカラカラだ!」

 「座りたいっす。あー、どこか座り心地の良い椅子はねえかなぁ。……あっ、地べた以外で」


 男たちがニヤニヤと、ルルーニャの座っている御者台を見上げる。

 リーダー格の男は、禿げ上がった頭にべっとりと汗をかき、その顔面は脂ぎってテカテカと光っている。腰には無骨な大剣を下げ、金属製のプロテクターが歩くたびにガチャガチャと嫌な音を立てていた。その視線は、隙あらば馬車を奪い取らんとする、ハイエナのような卑劣さを孕んでいた。


 「はぁ……。たちの悪い冒険者ね」


 馬車の中からその様子を伺っていたガレットが、心底嫌そうに吐き捨てた。


 「「冒険者?」」


 ワレとミナトの声が重なる。


 「えぇ、そうよ」


 冒険者。元はハンター(狩猟者)と呼ばれていた者たち。

 昔は純粋に魔物を討伐することを生業としていたが、文明が進むにつれ、魔物から採取できる素材や、未開の地にある鉱物資源の確保など、その仕事内容は多岐に渡るようになった。結果、単なる狩人を超えた『冒険者』という呼称が定着したのじゃという。

 

 「……見て。あの首に下げている金属の板が、冒険者の証である『タグ』よ」


 ガレットの指差す先。男たちの胸元で、鈍い光を放つプレートが揺れていた。

 冒険者ギルドに登録すると支給されるそのタグは、ランクによって色と文字が描かれている。

 ブロンズ(D)シルバー(C)ゴールド(B)ブラック(A)そして最高位のプラチナ(S)

 上に行けば行くほど、国からの信頼も厚く、より危険で高額な報酬の依頼を受けられるというわけじゃ。

 「……今ルルーニャたちに絡んでいる、あのごつい輩たちはシルバーのタグね。中堅どころといったところかしら。実力はある程度あるけれど、その分、増長して自分たちを特別だと思い込んでいる手合いが一番多いランクよ」


 ガレットの言葉通り、男たちの態度は傲慢そのものだった。

 シルバーランク――それは、一般人からすれば十分に恐ろしい暴力の専門家であることを意味する。もちろんすべてではないが、こういう輩も一定数存在するのが、この世界の現実なのだ。


 「ふむ……。シルバーか。色だけで言えば、ワレの好みの色ではないな」


 ワレは馬車の窓枠に肘をつき、楽しげに目を細めた。

 周囲の旅人たちは、巻き添えを食うのを恐れて一斉に目を逸らしている。この閉塞感と、理不尽な力の誇示。平和な大森林では見られなかった、人族特有の『濁った空気』がそこにはあった。


 「姉さん、目が笑ってるよ。また何か変なこと考えてるでしょ」

 「失礼な。ワレはただ、人族の国の洗礼というやつを、じっくりと観察しているだけじゃ。……なぁ、ガレット。あのタグ、力ずくで奪ったらワレも冒険者とやらになれるのか?」

 「普通にギルドへ行けば誰でもなれるわよ。変なことしないでよね」


 ガレットのツッコミが飛ぶが、前方ではいよいよ事態が動いていた。

 男の一人がルルーニャの細い腕を乱暴に掴み、御者台から引きずり下ろそうとしている。


 「おい、猫。耳が遠いのか? 席を譲れって言ってんだよ!」

 「いや、それはちょっと困るニャスというか……!」


 震える声で抵抗するルルーニャ。それを見て、ワレは無意識に馬車の扉を開けていた。


 「――おい」

 「あぁ?」


 下卑た笑いを浮かべていた男が、声のする方へと顔を向ける。

 そこに立っていたのは、一人の少女。頭の上に小鳥を載せた、場違いなほど凛とした佇まいの子供だった。


 「あのバカ……!」


 背後でガレットの絶望に近い呟きが聞こえたが、無視じゃ。


 「なんだガキ、あっち行ってろ」


 ゴリゴリのマッチョマンが、しっしと手で追い払う仕草をする。その腕の筋肉が、まるで脈打つ蛇のようにボコボコと盛り上がった。それに続いて、部下たちも笑いながら同じ仕草を重ねた。


 「お主……恥ずかしくないのか?」

 「あ?」

 「だから、恥ずかしくないのかと問うておるのじゃ。……その見事なつるっぱげで、ゴリゴリマッチョの癖にな。その反射する頭皮に、周囲の人間は迷惑しているぞ? 見て見よ、周りの者はお主を見る時、眩しすぎて目を細めねばならんのじゃ。光害という言葉を知っておるか?」

「……なんだおめー、喧嘩売ってんのか?」


 男の目が険しくなり、周囲の空気が一気に一変した。熱を帯びた苛立ちが、明確な殺意へと変わる。だが、ワレの心は凪のように静かなものだった。この程度の脅し、母上の説教に比べれば、そよ風のようなものじゃ。


 「猫族相手に弱い者いじめか。……だっせーのぉ。お主、あれじゃろ? 自分より強そうな相手には、腰を低くしてペコペコするタイプじゃろ? 『あっ、うっす……』みたいな。普段は下の者に息巻くくせに、上となると『あっ、うっす(二回目)』。……やめとけやめとけ。そういうのは周囲によく見られとるから。きっとお前の取り巻きも、内心では『だっせー』と思っとるぞ。今は仕方なく付いて行っとるが、お主に危機が訪れたら、多分誰も助けん。お前みたいな奴はな。というか、弱い者いじめをする奴など性根が腐っておるから、一回死んだらどうだ? 多くは望まん、とりあえず一回だけでいいから死んでこい。……そうじゃの。冥土の土産に、この木の実をやろう。…………あぁ、これぞ最後の晩餐じゃ。お前みたいなもんには、木の実一粒で十分じゃろ。どうだ? ありがたく受け取れ。カカッ、こうべを垂れよ」





 「「「「「「「「「「……なっげー」」」」」」」」」」





 この時、その場にいたすべての者の心が一つになった。

 しかし、ヒミコの攻勢は止まらない。


 「……いや待て、やはりお主にやるのはもったいない気がしてきた。ワレが食う」


 彼女は差し出していた木の実をひょいと自分の口に放り込み、無表情で咀嚼した。


 「うむ。やはり飽きたな。最近の間食はこればかりじゃったからの。という訳で、何も食わずに死んでくれ」



 「ねえちょっと、あんたの姉さん……あれ、病気なの!?」

 「ごっ、ごめんなさい! うちの姉さん、嫌いな相手にはとことん煽り倒すんです昔から……っ!」

 「……すごい煽りスキルですね。ある意味、魔法より恐ろしいです……」


 馬車の中の三人は、もはや羞恥心で顔を上げられない。


 「お、おい……お前……っ! いい加減にしろよ! お前ら、このクソガキをぶちのめせ――!」


 男が拳を振り上げた、その時じゃった。


 「そこまでだ!」


 カシャン、と硬質な金属音が周囲の空気を切り裂く。

 現れたのは、光沢のある鋼の鎧に身を包んだ、四人の武装した兵士たちであった。


 彼らは港湾都市を守る精鋭たちらしく、その顔つきは潮風に晒されて赤銅色に焼け、鋼のように固い。鎧には波を象った青い意匠が刻まれ、その手にはズシリと重そうな槍が握られていた。


 「ここでの喧嘩は即刻、入国禁止だ。それを分かっているのか?」


 隊長らしき、顔に深い傷跡のある年配の兵士が、一歩前に出る。その歩みだけで、周囲のざわめきが凍りついた。

 するとヒミコは、脱兎のごとき速さで隊長の隣までシュタタッと移動。クリクリとした瞳の「善良な市民」の顔でマッチョを指差した。


 「兵士殿! ワレのせいではないのじゃ! この男、あろうことか猫族の馬車を奪おうとしておったぞ! 差別反対! 日進月歩!(?) 唯我独尊!(?) 極悪非道! 言語道断な奴なのじゃ! ……っな? 皆もそう思うじゃろ?」

 ヒミコは兵士を背に、周囲の旅人たちに向かって、不器用なウインクをこれでもかと連発し始めた。

(おいお主ら、ワレの話に口裏を合わせるのじゃ! 悪を成敗するチャンスじゃぞ!)

 その必死すぎる少女の様子に、周囲の人々からは証言の声が上がり始める。


 「……あ、ああ、確かにそうだ! あの冒険者、さっきからあそこで難癖をつけてたぜ」

 「その子の言う通りですよ、兵士さん」


 隊長は眉間に皺を寄せ、不審なものを見る目でヒミコを見下ろしたが、次いでマッチョ男の方へと鋭い視線を戻した。

 「……シルバーランクの冒険者が、入国前から不祥事か。貴様らのタグ、ここで預かることになっても文句はあるまいな?」

 「そ、そんな! 隊長、こいつが先に……!」

 「問答無用。……それと」


 隊長は冷徹な視線をゆっくりと足元へ落とし、勝ち誇った顔で立っている少女を見下ろした。


 「――勿論、君もだ。連行しろ」






 「………………ガビーン!!」


 まさに、青天の霹靂。

 振り返り、驚愕の表情で隊長を見上げたヒミコの視界に飛び込んできたのは、冗談の通じそうにない、鉄の掟を体現したような兵士たちの威圧感だった。


 「ちょ、ちょっと待つのじゃ! ワレは正義の告発者なのじゃぞ!? どちらかと言えば表彰される側ではないのか!?」

 「騒ぐな。ここでの口論は『等しく喧嘩』と見なす。それに君……さっきからその目が怪しい。何か隠しているな?」


 兵士の手が、ヒミコの細い肩に置かれる。

 馬車の中では、ガレットが「だから言わんこっちゃない……」と言わんばかりに顔を覆い、ミナトは「姉さん、さよなら」と窓を閉めようとしていた。

 波乱の港湾都市、入国早々の「逮捕」!?


 ヒミコたちの運命や、いかに――。

 

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