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パラレル邪馬大国/セア・テア  作者: 三井咲也
再会の陽だまりと、動き出す刻
28/41

28話 火事

 

 「よし! ならば即座に迂回しようではないか!」


 ヒミコが逃亡を提案しようとした、その時だった。目の前の木々が爆ぜるような音を立てて大きく揺れる。

 そこから姿を現したのは、どす黒く濁った皮膚に、顔の真ん中に居座る巨大な「一つ目」。圧倒的な圧迫感を放つ巨体であった。


 「グゥルゥゥ……!」


 横の脇道から割り込んできたその巨体は、先ほどのイビルボアの死骸を軽々と掴み上げると、紙切れのように引きちぎって貪り始めた。


 「サイクロプスね……」

 「へぇ、こんなの元の世界にはいなかったし。……このハンブッシツ世界だっけ? すごいね、本当にファンタジーなんだ」


 いまだに恐怖よりも好奇心が勝っているミナトは置いておいて、ヒミコは引き攣った顔で隣のガレットに尋ねた。


 「……マジであれを倒せんのか? ワレとお主らで」

 「厳しいわ。今の私たちじゃ、手も足も出ないかもしれない」


 ガレットの冷徹な(演技の)回答に、ヒミコはしばし考え込む。

 やがて、口をあんぐりと開けて巨体を見上げる弟を一瞥すると、彼女はふっと優しい笑顔を浮かべた。そして、ミナトには聞こえない小声で、ガレットにこう告げたのだ。


 「ならば仕方ない。ワレが時間を稼ぐゆえ、お主らはその隙に逃げろ。弟を、頼んだのじゃ!」

 「は――?」


 ガレットが呆気に取られている間に、ヒミコは颯爽と馬車を飛び降りた。

 そして、無防備にも食事中のサイクロプスの目の前まで、迷いのない足取りで躍り出たのである。


 「えっ、ちょっと!? あんた何考えて――」


 ガレットは戦慄した。ほんの悪戯心、少しムカついたから懲らしめてやろう、その程度の軽い気持ちだったのだ。まさかヒミコが、迷わず自分を犠牲に捧げるような本物の英雄の行動をとるなんて、微塵も思っていなかった。

 ガレットは、彼女の性格を大きく見誤っていたことを痛感した。

 ヒミコの頭上には、いまだにハヤテが陣取っている。希少なルミナスが彼女を離れない理由――それは、彼女の内側に宿る、眩しいほどに純粋な魂を感じ取っていたからに他ならない。

 隣では、マリアも表情を激しく歪め、深い後悔の色を滲ませていた。


 「姉さん!? 何してるんだよ、危ないよ!!」


 ようやく正気を取り戻したミナトが、怪物の前に立つ姉の背中に向かって悲鳴を上げる。


 「大丈夫だ、ミナト君。……すまない、ヒミコを驚かせようとして少し嘘をついただけなんだ。あんなもの、私一人でワンパンで倒せる相手だから心配しなくていい」


 「えっ、あっ……えっ?」


 ガレットは焦燥を隠せず、自らの愚かさを呪いながら、飛び出そうとした瞬間――


 「うーん、いけるかのー? まあ、やってみるか。おい! そこの一つ目巨大ゴリゴリマッチョ!」

 「グルゥ……?」


 食事を邪魔された不快感か、あるいは自分を恐れぬ矮小な存在への疑問か。サイクロプスがその巨大な頭を向けた。


 「通行の邪魔じゃ。今すぐそこを退き、消え失せるがよい、此処はデカブツ立ち止まり禁止区域じゃ」

 「グォオオオオ!」


 言葉が通じたわけではないだろう。だが、その傲岸不遜な態度が「侮辱」であることは伝わった。サイクロプスは食べかけの肉塊を投げ捨てると、大地を鳴らしながらヒミコへと歩み寄る。

 その間、ヒミコは全身に魔力を巡らせ、無駄遣いの魔力ブーストを自身に掛ける。そして、更にこう呟く。


 「――【召喚】」


 ミナトを呼び寄せた時とは異なり、光はヒミコの右手へと集束していく。サイクロプスもその異常な輝きに足を止め、本能的な警戒を見せた。

 やがて光が収束した右手に現れたのは、周囲の光を反射して荘厳な輝きを放つ刀であった。

 刀身は白銀に輝き、ただそこに存在するだけで大気をピリピリと震わせている。


 「おぉ!? いけたな。案外、何とかなるものじゃ」


 ヒミコが試しにその刀を軽く一振りすると、刃から溢れ出した紫電が地面を叩いた。バリバリと激しい音を立てて土が爆ぜ、地面には黒々と焦げた跡がくっきりと残る。


 「「「はぁぁぁっ!?」」」


 馬車から見ていた三人の叫びが重なった。


 「さっかかってくるがよい」

 「あっ、あんた! 今、何をしたのよ!?」


 驚愕に目を見開いたまま駆け寄ってきたガレットに、ヒミコは不思議そうに首を傾げた。


 「おぉ、ガレット。なぜ逃げんのじゃ? ワレが時間を稼いでやると言ったであろうに」

 「……私も戦うわよ! それより、今の何!? 何をしたの!?」

 「んん? 召喚で人が呼べるなら、武器もいけるのではないかと思ってな。やってみたら、何やら凄そうなのが出てきたのじゃ」


 「……何でもありね、あんたの無属性」


 呆れ果てたガレットだったが、あまりに規格外なヒミコの引きの強さに、思わず笑いが込み上げていた。


 「カカッ! まぁ、見ておるのじゃ!」


 ヒミコは全身から魔力を放出すると、風を置き去りにするような速度で踏み込んだ。

 巨体というのは大きければ大きいほど、動作が鈍くなるのが道理。だがサイクロプスは、その圧倒的な筋力で強引にヒミコの速度へ対応し、巨大な腕を振り回す。

 眼前に迫る丸太のような腕。しかしヒミコはそれを見切り、鋭く跳躍した。

 サイクロプスの頭上を越え、後方へ回ったかと思いきや、敵が放った後方蹴りのさらに側面へと滑り込む。そこから、召喚した刀を思い切り薙ぎ払った。

 バリバリバリッ!!!

 凄まじい電光が走り、刃がサイクロプスの肉体を焼断していく。

 紫電を纏った一閃は、巨大な片足を根本から焼き切り、切断した。辺り一面には、肉が焦げた鼻を突くような悪臭が充満する。


 「……うえっ、やっぱり気持ち悪いのぅ。あと……速く動きすぎて三半規管が酔ったのだ……」

 「「「ニャー!! ヒミコ凄すぎるニャス!!!」」」


 後ろの馬車から上がる猫族たちの歓声を尻目に、ヒミコは青い顔でガレットに「あとは頼んだのじゃ……」と言い残し、道端の隅っこでリバースを開始した。


 「……はぁ。格好いいんだか、情けないんだか」


 ガレットは苦笑いを浮かべながらも、「分かったわ」と短く応える。動けなくなったサイクロプスに慈悲のない止めの一撃を叩き込んだ。

 こうして無事に討伐を完了した一行だったが、まだ問題は残っていた。

 ふと辺りを見渡せば、ヒミコの放った激しすぎる雷撃のせいで、周囲の草木がパチパチと火を上げ、森が燃え始めていたのである。

 あいにく、ガレットもマリアも「水の精霊」とは契約を交わしていない。

 つまり、この火を消すには――。


 「ちょっと! 感動してる暇はないわよ! 全員、人力で消すわよ!!」


 ガレットの号令のもと、せっかくの勝利の余韻もどこへやら。ヒミコも、マリアも、猫族も、そして召喚されたばかりのミナトまでが、必死に土をかけたり足で踏んだりして消火活動に追われる羽目になったのだった。


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